第30話 比翼の止まり木
行きと同じく何度かの夜を越えてリューゲン邸へ戻る頃には、陽は頭上に昇っていた。
帰還の挨拶を終え、遅めの昼食を家族四人で摂りながら、主にドルフの口から帝都での出来事が共有される。
【鑑定】の結果を知らされた二人の反応は対照的だった。
コーデリアは喜びはしたものの、その表情はどうしても晴れない。
ハイドたちがいずれ成人し、モンスターとの戦いの矢面に立つ未来を想像して不安になっているのだろう。
対して、エンジュの反応は明るいものだった。
彼女は自分のことのように飛び跳ねて喜び、コーデリアに「はしたない」と窘められていた。
そんな彼女たちを、ハイドは複雑な心境で眺めていた。
「結局、名前決まらなかったな」
夜になって領都セントリッツへ移動したハイドは、ギルド会館までの道を歩きながらぼやく。
ヘレネーと結成したパーティ名。その名前でしっくり来るものが思い浮かばなかった。
(とりあえず、書き出した案をヘレネーさんに見てもらおう)
そんなことを考えていると、夜の町では目映いマナストーンの明かりが見えてくる。
「……ん?」
屋内からの逆光で影になって顔が見えないが、ギルド会館の入り口脇で座り込んでいる人影があった。
こんな夜に何をしているのだろうと不思議に思いながら近付くと、人影がこちらを見上げた。
「……! ショウっ」
ヘレネーだった。
フードの陰に隠れた青い瞳がハイドを捉えたかと思えば、勢いよく立ち上がり、ハイドの下へ駆け寄ってくる。
「ヘレネーさん。どうしたんですか、こんな所で」
「ショウを待ってた」
「もしかしてこの十日ほど、ずっとですか?」
ヘレネーはこくりと頷いた。
「……ずっと見かけなかったから。折角パーティを結成したのに、……またいなくなっちゃったのかなって」
そう零すヘレネーの声はとてもか細かった。
急に帝都へ行くことになり、ヘレネーにはなんの連絡もできず十日ほどギルド会館を空けることになってしまった。
だが、固定パーティといっても必ずそのパーティで依頼を受けなければならないわけでもないので、自分がいなければソロで依頼を受けているだろうと勝手に踏んでいた。
(まさか毎日俺を待ってくれていたなんて……)
ギルド会館の外にいたのは、屋内にいると他の冒険者の迷惑になると思ってのことだろう。
ハイドはヘレネーへ向けて頭を下げた。
「すみません、何の連絡もできず。所用でセントリッツを離れていて……」
「ううん、別に約束してたわけでもないし、私が勝手に待ってただけ。……それに、捨てられたわけじゃないみたいだから」
「ヘレネーさん……?」
消え入りそうな声はフードの中で溶けていく。
そんな彼女がとても儚い存在に見えて、どことなく不安を抱きつつ、ハイドは懐にしまった紙の存在を思い出す。
「そうだ、ヘレネーさん。パーティ名、色々と考えてきたので見ていただけますか?」
「――! うんっ」
ハイドの声にヘレネーは顔を上げ、嬉しそうに頷いた。
◆ ◆ ◆
「し、っこく、同盟……? 剣弓、双軍……、終夜の、影団……夢幻……破星の、近衛団……?」
ギルド会館内のロビー。
パーティ名の候補をこの世界の文字に直して羅列した紙を、ヘレネーに手渡す。
すると彼女は文字を目で追いながら、次第に眉間に皺を寄せ始めた。
(いや、意外と悪くないんじゃないか?)
一人で考えていたときはあまりしっくりと来ていなかったが、ヘレネーが読み上げる声を聞いていると、次第にそんな気がしてくる。
ヘレネーは小さく息を吐き出すと、紙をテーブル上に置いた。
そして、ハイドの顔を真剣な眼差しで見つめる。
「ショウ」
「はい」
「パーティ名、私が考えてもいい?」
「うぇ?」
どうやら不評だった。
少なくないショックを覚えるハイドに、ヘレネーはあたふたと手を動かす。
「わ、私はいいと思う……けど、受付の人が読みづらいかも……? も、もちろんショウが考えた名前だったら、私なんでもいい、よ?」
「いえ、元々ヘレネーさんと一緒に考えたかったので、気にしてないですよ」
そう言いつつも、つい十日ほど前は全幅の信頼でパーティ名の考案を一任してきた彼女の言葉を思い返し、今の反応とのギャップに項垂れた。
(そんなにダメだったかな。いや、ダメか……)
ふと冷静になって、改めてパーティ名の候補を見る。
……猛烈にダサい気がしてきた。
「そういえば、普通パーティを組んでる人たちってどういう風に連絡を取り合っているんですか?」
パーティ名を考え始めたヘレネーを見守りつつ、疑問に思ったことを口にする。
この世界にはスマホも無ければインターネットもない。
今回のように突発的にセントリッツを離れるなんてことが、今後も起こらないとは限らない。
その度にヘレネーを待たせる事態は避けたい。
「冒険者は大抵、ギルド会館のある町に宿をとってる。借りている宿をパーティメンバーに共有して、何かあったら宿に言伝を残しておく」
「へぇ、そうなんですね」
「あとは、……大手になると固定パーティで家を借りて、一緒に住んだりする」
「確かに活動拠点が一緒だったら連絡も密に取れますしね」
それもそうだ、と。ヘレネーの説明に納得する。
(宿か……この世界の宿って、ホテルというよりは住居に近いらしいしなぁ。長期間借りて自分の家にするのが当たり前みたいだし)
いずれ装備が充実すればリューゲン邸の自室に隠せなくなるので、ショウとしての拠点の確保も考えてはいた。
宿自体がメッセンジャーの役割を果たすなら、拠点の確保は急務かもしれない。
「ショウはどこの宿を借りてるの?」
「あー……セントリッツの外なんです」
「野宿? ショウ、お金ないんだ」
「はは、は」
心配そうな目で見られてしまった。
「じゃあ、依頼、頑張らないと」
「はい、頑張りましょう」
なお、パーティ名は《比翼の止まり木》になった。
ハイドが意味を訊ねても、ヘレネーはなぜか頑なに教えようとはしなかった。