第3話 転生③
ハイドが異世界に転生してから早くも二年の月日が流れた。
不自由だった赤子の体はメキメキと成長して、今では一人で歩き回ることもできる。
そんなハイドはつい最近与えられたばかりの自室で机に向かっていた。
「やばい、やばいってこれは……」
彼は手元に積んだ紙の束を眺めながら一人ぼやく。
この紙の束には彼がこの二年間、家族や従者たちに悟られないよう慎重に集めたこの世界の情報が書き込まれている。
日本語で、それも意図的に雑な字で書き殴られたそれらは、この世界の人間からは単なる子どもの落書きにしか見えないだろう。
幸か不幸かハイドの生まれたリューゲン家は貴族で、この世界の基準では相当裕福な暮らしをしていた。
屋敷の中には書庫なんかがあり、そこに収蔵されていた本が情報の大半を占めている。
お陰でこの世界についておおよそのことがわかった。
……彼に与えられた力が非凡なものであることも。
「いや、まあスキル名からしてやばそうなオーラはしてたけどさ……」
ハイドはぼやきながら机上の手鏡を手に取り、覗き込む。
絹のような白銀の髪に、鉱石を思わせる透き通った青い瞳。
幼いながらに美男子の片鱗がうかがえる。
そしてその顔の上に、光の文字が現れる。
転生直後に目の当たりにした鑑定情報というやつだ。
改めてそこに載っているスキル名を確認し、ハイドは深くため息を零す。
【武神の導き】【神泉の源】【全知神の目】【神界の泥人形】
ハイドはもしかしたらこれらのスキル名が無駄に荘厳なだけで、実はこの世界では割と一般的なスキルなのかもしれない――と、半ば縋るように現実逃避した。
だが、情報が集まるにつれて突きつけられた現実は真逆のものだった。
スキルについてわかったことは、以下の通り。
第一に、スキルは誰もが先天的に備えているということ。
第二に、スキルは遺伝しやすいということ。
第三に、スキルを使える年齢には個人差があるが、一般的には五歳ごろになると自分のスキルを自覚し、扱えるようになるということ。
第四に、スキルの行使にはマナを消費するということ。
マナとは体内に満ちる生命力のようなもので、スキルによってその消費量も違えば、そもそも体内に有するマナの総量にも違いがある。
ハイドが転生直後に体から力が抜ける感覚を抱いたのは、無自覚にスキルを使ったために体内のマナが減少したからだった。
そして最後に。――大抵の人はスキルを一つか二つ、多くても三つしか所持していない。
「まずこの時点でおかしいんだって」
紙に記した情報を改めて読み返していたハイドは、そこで一度視線を手鏡に戻す。
……四つ。何度見ても四つ、ハイドにはスキルが備わっている。
どう考えても異常だった。
神様いくらなんでもやり過ぎですと、何度も突っ込むぐらいには。
とはいえ、まだここまでなら取り返しが効いた。
役に立たないスキルであれば、いくつ持っていたところでハイドの望む平凡で幸せな人生からは遠のかない。
だが、そう上手く事は運ばなかった。
ハイドは紙を一枚めくる。
そこには、ハイドが自分で鑑定した自分自身のスキルの能力が書いてある。
【武神の導き】……体を使うありとあらゆる武芸や体術において正解の動きを見通し、実行することができる。
【神泉の源】……マナを無尽蔵に扱える。
【全知神の目】……鑑定や千里眼の能力を有する。この目で見通せないものはない。
【神界の泥人形】……あらゆるものに変化することができ、あらゆる傷を癒やすこともできる。
「どう考えても、最強過ぎるって……」
神様は別れ際の言葉通り、世界の頂点に君臨できるスキルを授けてくれたらしかった。それも四つも。
ハイドは机に突っ伏すと、「ぅぁぁああ」と声にならない声を零す。
「俺はただ、普通に生きて、普通の幸せな人生を送りたかっただけなのに……」
それを謙虚だ何だと勘違いされて、予想外に神様に気に入られてしまった。
結果として望まない力を手にしてしまったのだから笑えない。
今にも泣き出しそうな思いで突っ伏していると、部屋の扉が外から叩かれた。
「ハイド坊ちゃま。お食事のお時間です」
「は、はーい」
ハイドは弾かれたように立ち上がると、紙の束を整えてからメイドの待つ廊下へと駆け寄った。