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俺はSSSレア転生特典をひた隠す。  作者: 戸津 秋太
第一章 領都セントリッツ編
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第29話 お気に入り

「何者と言われましても、リューゲン伯爵が長子、ハイド・リューゲンと名乗るほかありませんが」


 咄嗟に平静を装いながらそう返すことができたのは、もしかしたらヘレネーとのやり取りが活きているのかもしれない。


 鋭い眼光で睨み付けてくるモニカに困った風な表情を作りながら、ハイドは内心で焦っていた。


(まさか【神界の泥人形】の偽装を見破られた? いや、【全知神の目】を上回る鑑定スキルがあると思えないけど)


 それでも最悪の場合を想定してしまう。

 もし【鑑定】で他のスキルを見抜かれていたのなら、両手を挙げるしかない。


「あくまで(しら)を切るつもりですのね。――でしたら」


 強気な表情をそのままに、モニカはソファから立ち上がると、ハイドを見下ろすようにして告げる。


「わたくしの目を前にして(とぼ)けても無駄ですわ」

「――ッ」

「昨日わたくしが会ったハイド・リューゲンと、今、目の前にいるあなたは別人」


 犯人を特定した探偵よろしく、モニカは得意げに語る。

 そうして白くて細い指でハイドを指差した。


「答えなさい。わたくしとあなたは(・・・・)今が初対面――そうですわよね?」


 綺麗で可憐な人が凄むと迫力がある。

 若干気圧されながらも、ハイドは素直な反応を返した。


「いえ、昨日アーレ宮の庭園でお会いしましたが」

「…………あら?」

「殿下がお育てになられている、花壇の前で。……お忘れですか?」


 エピソードも付け足して答えると、それまで得意げだったモニカの顔面が蒼白になる。

 突き出された人差し指はへにゃりとして、腕ごと床へと向けられた。

 そして、両手を頭の左右に当てながら、ぐるぐると頭を揺らし始める。


「本当に……いえ、でもそんな、あら? あらら?」


 モニカが壊れた。

 やがて目が回ったのか、ふらりとソファへ倒れるように座り直す。


「だってわたくしの目は、いえ、そんな大それたことができるとは思っていませんでしたけどっ。それに理由がないですものね」

「殿下……?」

「っ、少し静かにしていてください!」

「は、はい」


 何が何やらわからないまま、なぜか怒られてしまった。

 ハイドはモニカが直るまでの間、所在なげに室内に視線を彷徨わせた。





 ◆ ◆ ◆





 ようやく立ち直ったモニカが不意に部屋の外で待機しているメイドを呼び、ティーセットを運ばせている間。

 ハイドは今の彼女の言動を整理していた。


(どうやら【神界の泥人形】による偽装を見破られたわけではないみたいだけど……どうして彼女は昨日の俺と今日の俺が別人だと誤解したんだ?)


 もし、昨日の時点で一度【鑑定】を使用されていたなら納得もできる。

 昨日と今日ではハイドの所持スキルが変わっているのだから。


 スキルは先天的に備えるものであり、【神界の泥人形】によって【剣術】を付与したような、そうした例外でもない限り、特定の個人において所持スキルが変化することはない。


(でも、さっき【鑑定】を使われた時に感じた視られている(・・・・・・)っていう感覚は、庭園では感じなかったんだよな)


【鑑定】を使われる度に同じような感覚に襲われるかは不明だが、あの場でわざわざ皇族令を破るとも考えづらい。


(いっそ、彼女を視るか……)


 ショウでない時でも、スキルを隠すためにスキルを使うことをハイドは割り切っていた。

 この場でモニカを鑑定すれば、彼女のスキルについてその仔細が明らかになる。


 だが、


(今までは気にも留めなかったけど、鑑定される側はもしかしたらそのことに気付くかも知れない……)


 ハイドが積極的に鑑定を他人にしていたのはまだ幼い赤子のころだ。

 仮に視られているという感覚に襲われていたとしても、近くにいたのが赤子では、気のせいと思われていても不思議ではない。


(でも、そもそも【全知神の目】には【鑑定】に必要な同意のやり取りが存在しない。……視られていることを相手は気付けない、と仮定することもできる)


 しかしそれを実践するにはこの状況は危険すぎる。


 結局、ハイドはモニカの次の言葉を待つことにした。


 ティーセットを運び終えたメイドがモニカに促されて部屋を出て行く。

 再び二人きりになり、モニカは赤らんだ頬を隠すようにティーカップを手に取り、顔の前まで運んだ。


 ゆっくりとした時間が流れる。

 カチャリとティーカップをソーサーの上に戻し、モニカが恥ずかしそうに口を開く。


「どうやら、わたくしの誤解のようでしたわね。取り乱してしまってごめんなさい」

「いえ、誤解が解けたのでしたら何よりです。ただ、このままですと私も戸惑ったままと言いますか、できれば殿下が何を誤解されたのかお聞かせいただけませんか」


 するとモニカは少し悩むようにティーカップの持ち手に指をかけ、持ち上げることなく指を離した。


「そうですわね。勝手に疑いをかけておいて、何も話さないのは無礼ですものね」


 膝の上に両手を載せ、モニカは濃紺の瞳で真っ直ぐにハイドを見つめた。





「――【審美眼】?」

「そうですわ。それがわたくしのもう一つ(・・・・)のスキルの名前。このスキルは目にした者の内面――言うなれば魂の美しさや価値を量ることができるの」


 それが、モニカがハイドを別人だと疑った理由だった。

 昨日と今日で、【審美眼】を通して視えた魂がまったく違ったのだという。


(そうか。考えてみればあり得る話だ。【鑑定】以外にもスキルを持っているかもしれないというのは)


 転生してからスキルについては調べたつもりだった。

 そこで、大抵の人間はスキルを一つか二つ、多い場合は三つ所持していることがわかっていた。

 だから、彼女がもう一つのスキルを所持していてもなんの不思議もない。


「それは、すごいですね……」


 モニカのスキルの説明に何の気なしに返すと、不意に彼女の表情が曇った。


「それほどいいものでもないわ。……このスキルは、わたくしの意思に関係なく視え続けるんだもの」

「え?」

「……っ、とにかく! 昨日【審美眼】を通して視たあなたの魂はとっても大きくて、輝いてて……綺麗だったのっ。なのに今日はずっと小さくなってて、輝きも曇ってて……でも、変わらず綺麗で」

「殿下……?」


 モニカはもにょもにょと口元で言葉を転がすように呟く。

 すっかり収まっていたはずの顔の赤らみがまた増したような気がした。


 彼女の【審美眼】で視える世界がどのようなものなのか、ハイドにはあまり想像できない。

 だが、一つ確信があった。


(やっぱり、俺のスキルの偽装はバレていない)


 彼女の言う魂の大きさ。それが保有するスキルの能力や格に関係するなら、確かに昨日と今日とで別人のように視えるだろう。

 だとしても、そこに秘められた真のスキルに気付くには、【審美眼】で視える景色は狭い。


「……モニカ殿下の仰りたいことはわかりましたが、何分(なにぶん)、私には心当たりがありません。ですので殿下のお力にはなれないかと」


 モニカがキッと睨み付けてくる。

 多少強引ではあるが、秘密が破られるよりはずっといい。

 どのみち疑惑を完全に払拭することはできないのだ。


「……そう、わかったわ。確かにわたくしの【鑑定】では、【剣術】しか視えなかったのだし、別人でないことがわかったのなら、これ以上疑念を向けても意味はないものね」


 そう言って立ち上がったモニカは、部屋の扉へと向かった。

 そして扉のすぐ傍で振り返り、ソファに座ったままのハイドへ言い放つ。


「でも、あなたが隠していることは必ず暴いてみせるわ。わたくし、あなたのことが気に入ったんですもの!」


 ハイドの返事を待たずして、モニカは部屋の外へと去って行く。

 ひとまず……本当にひとまずだが、なんとか場を乗り切ることができたハイドは、ソファの背に体を沈ませたのだった。





 ◆ ◆ ◆





「……父様、なんだかご機嫌ですね」


 帝都を出立した馬車の中。

 珍しく鼻歌のようなものを口ずさむドルフに声をかけると、彼は「当たり前だろう」と顔を向けてくる。


「【剣術】を持っていたことが発覚したことも嬉しいが、まさかお前があの(・・)第四皇女殿下に気に入られるとはな」

「あの、というと?」

「帝都では有名なのだ。モニカ第四皇女は、ご自身が愛するものへの執着が尋常ではないとな。宮殿の花壇一つとっても、殿下が気に入られたものはすべてご自身で管理なされる」

「へ、へぇ……」


 モニカが部屋を出て行く時に告げた言葉が脳内で木霊する。


(いや、俺は花壇とかじゃなくて人間だし、管理とかそんなの、できっこないだろ。たとえ話だ、たとえ話)


 噂話につられて嫌な想像をしてしまったハイドは、ぶんぶんと頭を振る。

 そんなハイドを見つめながら、ドルフはにんまりと表情を緩めた。

 その表情は以前にコーデリアとの惚気話をしたときのものと似ていた。


「お前との話を終えた殿下が私の下へ挨拶にいらっしゃったのだが、その時の殿下のご様子といったら……」


 喜色を隠さず愉快そうに話すドルフの声は、しかしハイドには届かなかった。

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