第28話 【鑑定】
モニカと別れたハイドは、アーレ宮に割り当てられた客室で全身鏡に向かっていた。
「【全知神の目】」
鏡に映る自分の姿に被るように、見慣れた鑑定情報が視界に表示される。
鑑定情報
名前:ハイド・リューゲン
所持スキル:【武神の導き】
【神泉の源】
【全知神の目】
【神界の泥人形】
これから試すことが成功するかどうかで、今後の人生が左右される。
そう思うと、途端に緊張してきた。
「――【神界の泥人形】」
イメージする。
スキルを持たない自分自身を。
「っ、ぐぅ――!? なん、だ」
スキルを行使した途端、全身に激痛が走る。
体が内側から弾け飛びそうな猛烈な痛みだ。
「ぃ、づ、ぅ……」
苦悶に悶えながら半ば反射的にスキルを使うのをやめる。
すると、あれだけ全身を襲っていた痛苦が一気に引いていった。
「なんだったんだ、今のは……」
絶え絶えになった息を整え、額の汗を拭いながら考える。
スキルは間違いなく使えていた。
自分自身が持つスキルを消すために、【神界の泥人形】を使ってスキルを持たない自分へ変化しようとした。
その結果、まるで何かを拒むような痛みが全身を駆け巡った。
(拒む……もしかして、【神界の泥人形】が干渉できることにも限度があるとか? いやもっと根本的に、他のスキルが【神界の泥人形】のスキル効果を弾いた……?)
可能性はいくらでも浮かび上がる。
だがそんなことよりも重要なのは、スキルを消し去れなかったということだ。
「いや違う、スキルを消し去るのではなく……隠す、ならどうだ?」
もう一度イメージをやり直す。
スキルを持たない自分自身ではなく、スキルを隠した自分自身を。
「――ッ」
今度はいつもと同じく、体からマナが抜けてすぐに【神泉の源】で消耗した分が補充される感覚に包まれる。
あの激痛を体感せずにすんだことに安心しつつ、ハイドは改めて、鏡に映る自分へ向けて【全知神の目】を使った。
鑑定情報
名前:ハイド・リューゲン
所持スキル:
「……成功だ」
本来あるはずの四つのスキルが消え、空欄になっている。
【鑑定】で視える情報がまったく同じとは限らないが、【全知神の目】以上の情報が視られることはないという確信があった。
ほっと一安心したのも束の間、また新たな問題が湧き上がる。
「これって、俺がスキルを持っていない風に視えるってことだよなぁ」
転生前に神様が話していた。
この世界の人は皆、【スキル】を宿して生まれると。
そして異世界人である自分は【スキル】を持たないから、神様の前に招かれたのだと。
「スキルさえ持たない無能と嘲られるならいい。……でも仮に、逆の方向に勘違いされたらまずい」
つまり、皇族の【鑑定】でも見通せないスキルを持っているのではという疑惑。
スキルにランクやレアリティのようなものがあるのかはわからないが、能力の上位互換や下位互換が存在する以上、あると思った方が賢明だ。
(いやそもそも、【神界の泥人形】でスキルを消せなかったのも、同格のスキルだったからと考えると自然だな)
神様から授かった最強のスキルたち。
仮にレアリティがあるとすれば、それらに優劣があるとは思えない。
「……だとしたら」
もう一度、ハイドは【神界の泥人形】を使う。
そしてまた、自身のスキルを鑑定するのだった。
◆ ◆ ◆
翌日。いよいよスキル鑑定の時間となったハイドは、ドルフと共に皇城へ移動していた。
二人が通されたのは、城内の応接室。
広い室内には見るからに高級な家具が並び、壁際には絵画の数々。
また天井にはマナストーンを用いた照明が吊されていて、流石は国の中枢である皇城といった趣。
二人で静かにソファにかけて待っていると、突然ガチャリと扉が開いた。
ドルフたちは即座にソファから立ち上がり、扉へ体を向ける。
数人の衛兵と官吏を連れ添って現れたのは、昨日会ったばかりの第四皇女・モニカ・バーナードだった。
庭園で目にしたときよりも豪奢なドレスに身を包み、頭部にはティアラが。
澄んだ水色の髪もアレンジが施され、上品ながらも可憐な装いになっていた。
まさか昨日の今日で会うとは思っていなかったハイドが内心で驚いていると、モニカと目があった。
すると、彼女はゆっくりと目を見開いてハイドを見つめ返してくる。
彼女も彼女で、何かに驚いている様子だ。
「モニカ殿下。この度はご多忙の中、私の要請にお答えいただき誠にありがとうございます」
ドルフの言葉にモニカは弾かれたように彼へ向き直り、元の微笑を浮かべる。
「顔を上げてください、ドルフ伯爵。卿の働きは聞き及んでおります。そんな卿からの要請であれば無下にはできないと、皇帝陛下も申されておりました」
「もったいないお言葉にございます」
庭園での彼女はなんだったのかと思うほどに、モニカはあまりにも皇女然としていた。
思わず見惚れてしまいそうなやり取りの後、彼女はハイドたちの前のソファに腰を下ろし、着席を促してくる。
「では、早速【鑑定】にとりかかりましょう。ハイド、これからわたくしはあなたに【鑑定】を使います。あなたのスキルを視るためです。……よろしいわね?」
これが昨日話していた同意、というやつなのだろう。
ハイドは納得し、緊張と共に頷く。
「はい」
ハイドが頷いた瞬間、ぞくりと全身に鳥肌が走る。
何かに視られている。そういう感覚だ。
いや事実、視られていた。
ハイドを見つめるモニカの濃紺の瞳が輝き、その焦点がここではないどこかへと向けられている。
そして、彼女はぽつりと呟いた。
「……【剣術】」
「――!」
呟きを聞いた途端、ドルフががばりとソファから腰を浮かせる。
が、すぐに平静を取り戻したのか、服を正しながら座り直した。
ここではないどこかを見つめるようなモニカの眼差しが次第に戻ってくる。
そして、彼女は改めて告げた。
「ハイド・リューゲンの所持スキルは【剣術】ですわ」
その宣告に、ハイドはようやく胸を撫で下ろした。
スキルが視えなければ強力なスキルを持っているかもしれないと、疑われる可能性がある。
そうさせないために、ハイドは【神界の泥人形】で自身に別のスキルを付与した。
体を変化させるときと同じように、具体的にイメージできるスキル。
それは幼い頃から何度も目にしてきた、リューゲン家の【剣術】だった。
隣でドルフが嬉しそうにする中、ふとモニカの鋭い声が響く。
「ドルフ伯爵」
「はっ」
「少し、ご子息と二人きりでお話しさせていただけませんか」
「息子と、ですか。……は、承知いたしました」
ドルフは何かを察した様子で立ち上がると、ハイドの肩を軽く叩いて意味ありげな目配せをしてから部屋を辞した。
モニカに促された衛兵や官吏たちも退出し、部屋にはハイドたちだけになる。
「あの、モニカ殿下」
人払いをした理由を訊ねようとしたハイドに、モニカは鋭い眼差しを向けた。
「あなたは、何者ですの」




