第18話 オブラート
ゴブリンの討伐は拍子抜けするほどに簡単だった。
まず、モンスター単体の性能が低い。
基本は三~四体で集まって行動しているが、パーティのように役割分担をしているわけでもない。
索敵要員もいないので容易く先手を取ることができた。
攻撃力も低く、少し厄介なのは小柄を活かしてすばしっこく動き回ることぐらいだ。
だがそれもハイドには関係がない。
(ルーリャ村で戦ったモンスターの方がずっと厄介だったな。まああいつらは飛べたけど)
モンスターの性能もそうだが、このダンジョンが基本的には狭い通路ということも関係している。
広大な地上を動き回る場合と比べれば、その討伐難易度には大きな隔たりがある。
(そういう意味でのF等級、なんだろうか)
そんなことをぼんやりと考えながらヘレネーと討伐を進めていると、あっという間に最低ノルマである20体の討伐が終わった。
「どうしますか?」
「もう少し続けたい。思っていたよりも時間が経っていないし、……それに、戦いやすい」
「ありがとうございます。じゃあ続けましょうか」
モンスターをたくさん倒せるのならそれに越したことはないので、ハイドとしても断る理由はない。
「ショウ、今日が初めてとは思えない。会館で見たときはすぐに死にそうな人にしか見えなかったのに」
「俺、そんな風に見えてたんですか」
辛辣な物言いに思わず苦笑する。
「だってギルドや冒険者のこと、あまり詳しそうに見えなかったし。それに、先輩の忠告を全然聞かないから。一人で突っ走るタイプだと思ってた」
「それを言われたら否定はできませんけど……」
確かに、ヘレネーやニックからの忠告をまったく聞き入れていない。
生意気な新人だといびられても仕方がない所業である。
「……なに?」
前を歩きながらハイドは肩越しに後ろを覗き見ると、ヘレネーと目があった。
フードの中の碧眼がじぃっとこちらを見つめてくる。
クールな眼差しではあるが、先程の無邪気で子どもっぽい姿を見てしまった今となっては、そう振る舞っているようにしか感じられないから不思議だ。
ハイドは視線を前に戻しつつ、訊ねる。
「ヘレネーさんは普段もこの時間にダンジョンに潜っているんですか?」
「……そう。夜は人が少ないから」
「あれ? でも夜はパーティが組みづらいって」
「私はいつもソロだから関係ない」
「そうでしたか……」
依頼を受領するときに聞いたが、ヘレネーの等級はD。EとF等級ダンジョンであればソロで挑める。
(しかし、弓使いでソロって大変そうだけど……)
剣士や戦士ならいざしらず、中遠距離攻撃を主とする弓使いでは近接戦闘になった際の対処が難しい。
そうならないように立ち回ろうとしても、やはり不測の事態は避けられないだろう。
(ニックさんが言っていたことが関係してるのかな。でも、とてもそんな風には見えないけど……)
ヘレネーとパーティを組んだ冒険者は皆、身を滅ぼす。
一体どういうことなのか。
「ねえ」
思案していると、今度はヘレネーから声が飛んでくる。
「疲れてない?」
「大丈夫ですよ。まだまだ元気です」
「そう。……よかった」
心の底から安堵したその声に、ハイドはひとまず忘れることにした。
◆ ◆ ◆
討伐数が30体を超える頃には後方から弓を放つヘレネーからの警告の声がなくなった。
ダンジョンに潜ったばかりの時は、「避けて」と前もって警告してから矢を放っていた彼女だが、今は弓を引く際のかけ声だけが飛んでくる。
ヘレネーは矢を敵以外に当てないし、ハイドは弓の射線に入らない。
そうした信頼がこの短時間でお互いに芽生えている。
結果としてテンポがあがり、一度の戦闘にかかる時間が短縮していた。
そのことに妙な心地よさを感じ始めていた時だった。
ハイドの【全知神の目】が後方の異変を察知した。
「ヘレネーさん!」
「……ふぇ?」
【武神の導き】でヘレネーまでの距離を一気に詰める。
ちょうどその時、彼女の足下が崩れ始めた。
「――きゃっ」
ハイドはヘレネーを抱きかかえるようにしてそのままの勢いで後方へ跳ぶ。
ガラガラガラと地面が崩れる音を聞きながら、ハイドはヘレネーの無事を確かめて胸を撫で下ろした。
「ヘレネーさん、大丈夫ですか?!」
「…………ぁ」
「ヘレネーさん……?」
助けた拍子に被っていたフードがめくれ、彼女の顔がハッキリと露わになる。
フードの陰に隠れていても整っていた相貌は、フードが外れたことでより際立っていた。
思ったよりも色白だった肌は今は真っ赤に染まり、口元はワナワナと震えている。
真っ赤に染まっているのは顔だけではなく、耳も同様で――、
(尖った、耳……?)
絹糸のようなサラサラとした金色の髪がかかっているヘレネーの耳は、横向きに尖っていた。
そのような特徴を持つ種族といえば――。
ハイドが思い至った時だった。胸の中でヘレネーがか細い声を上げる。
「は、離れて……」
「! ご、ごめんなさい!!」
非常事態だったとはいえ、押し倒す形になっていたことに気付いてハイドは慌てて跳び退る。
ヘレネーはゆっくりと上体を起こしながら、地面にぺたりと座り込んだまま不安げに見上げた。
「助けてくれて、ありがとう」
「い、いえ、こちらこそすみませんでした」
「今日はもう、戻ろう」
「? どうしてですか?」
「どうしてって、もうマナもすっからかんでしょ」
「……?」
先程からヘレネーと話がかみ合わない。
きょとんとするハイドを見つめて、ヘレネーは徐々に目を見開いていく。
「まさか、本当になんともないの?」
「え、はい。突然地面が崩れ落ちたのには驚きましたけど……これってなんだったんですか?」
疑問を口にするハイドをよそに、ヘレネーは顔を伏せる。
そして両肩がワナワナと震えたかと思えば、絞り出すような嗚咽が漏れ始めた。
「ひぐっ……いぐっ、ひぐ……」
「え?! あの、えぇ……?!」
突然泣き始めたヘレネーにかける言葉が見つからず、ハイドはあたふたとしてから周囲の警戒をすることにした。
そうしながら心の中で叫ぶ。
(そんなに俺に抱きつかれたのが嫌だったのか!? うん、嫌だろうけどさ!!)
今日はもう戻ろう、というヘレネーの提案は、「あなたとはもうこれ以上一緒にいたくない」という言葉を最大限オブラートに包んだものだったのではないか。
そんな疑念を抱き、ハイドもまた泣き出しそうになるのだった。




