第11話 意志
「エイブ、アドガー、お前たちはスキルでエンジュたちの下へ先行し、状況を確認しろ」
「「はっ!」」
「残りの者は私と共に樹海の出口まで撤退だ!」
ドルフはよく通る声で団員たちに指示を飛ばしていく。
指示を受けた二人がスキルによる加速で視界から消え、それに続くようにしてドルフたちも進み出した。
(エンジュは無事、だよな)
信号弾が放たれたのはルーリャ村の方向だった。
その方向には樹海の出口があり、同時にエンジュたちが戻っていった場所でもある。
だが、エンジュには騎士が三人も同伴し、ルーリャ村にも待機中の団員がいる。
先程のモンスターとの戦闘からして、無事だと信じたい。
(でも父様の慌てようからして楽観的でもいられないな)
色々と疑問は湧いてくるが、それを口にできないほどの緊迫感が場にはあった。
赤の信号弾。その意味するところはハイドが思っているよりも重いものなのだろう。
程なくして偵察に向かっていた二人のうちの一人が前方から戻ってきた。
「どうだった」
「はっ。樹海の外へ向かう道中、複数のモンスターと接敵した模様。オーリフたちが応戦し、これを撃退したとのことです」
「複数のモンスターだと?! この近辺のゲートは大蜥蜴のいたあそこだけではないのか?」
「そ、そのはずですが……」
報告を受けたドルフは舌打ちをする。
「闇ダンジョンか」
「恐らくは。モンスターが現れた方向からして我々とは逆側にゲートが生成されたものと思われます」
モンスターを倒すとドロップするマナストーンはそれ自体が重要な資源であり、高値で買い取られる。
その利益を独占するためにダンジョンの発見を国に秘匿し、身内だけの狩り場として運用される非合法のダンジョン、それが闇ダンジョンだ。
届け出がされていないために、ゲートの出現を予測できず、結果として対応が遅れる。
どこの国でも発見したダンジョンの秘匿は人々を危険に陥れる行為として重罪とされている。
(理解したくはないが、私腹のために周りの人間のことを考えない奴ってのはどこの世界にもいるもんだな)
ともあれ、現れたモンスターを撃退したという報告にハイドは安堵していた。
オーリフはエンジュたちを送り届けるために付き添った団員の一人。モンスターが倒されたのなら、エンジュは無事だろう。
同じことに思い至ったドルフもまたいくらか落ち着きつつ、それでも緊張を解きはしない。
「すると信号弾はオーリフたちのものではないということか」
「はい、ルーリャ村に残したアスペンたちが放ったものと思われます。恐らく、モンスターはそちらから来たものかと」
「ッ、直ちにルーリャ村へ向かえ」
「そう仰ると思い、アドガーを先に向かわせています」
「よしっ、よくやった。私たちもルーリャ村へ向かおう」
「だ、団長。その……」
それまで淀みなく報告をしていたエイブが言い淀む。
「なんだ」
「オーリフたちのことですが、なにぶん敵が飛行型のモンスターであり、足下の悪い樹海内での戦闘ということもあって……その」
「いいからなんだ」
「エンジュ嬢とはぐれた模様です」
「――――そうか」
少しの間を置いてドルフは頷いた。
「モンスター討伐後、オーリフたちが捜索しているようですが」
「呼び戻せ。私たちはルーリャ村へ救援に向かう」
「しかし」
「この樹海のゲートは決壊まで猶予がある。他にゲートがなければ森の中を彷徨っている方が安全だろう。それよりもルーリャ村が心配だ。貴重な人員を割く余裕はない。命令だ、早く呼び戻せ」
「はっ!」
指示を受け、エイブが再び離れていく。
一連の流れを見守っていたハイドは、ドルフの手が強く握られていることに気が付いた。
「父様」
「なんだ、私を軽蔑するのか」
「い、いえ……」
「したければすればいい。だがここに来たのはあいつの意志であり、何より私たちは貴族だ。領民を守る義務がある。わかるな」
「……はい」
「ならばよい。私たちも急ぐぞ」
問答の余地はないと歩き出したドルフを、ハイドは一瞬逡巡してから呼び止める。
「あの、父様。……俺を置いて先に向かってください」
「なに?」
「俺の走る速度に合わせて隊の動きが遅れているのはわかっています。領民を守るのが第一であれば、ここは俺を残して向かうべきではないでしょうか」
ハイドの言葉にドルフや団員たちは目を見開く。
「それに先程、父様はこの森の中の方が安全だと仰っていました。でしたら問題ないはずです」
「…………よしわかった。もし迷った際はその場に留まれ。ルーリャ村の事態が収拾次第、こちらで信号弾を上げる。それを目印に戻ってこい」
「わかりました」
「ハイド」
「はい?」
名を呼ばれて顔を上げると、ドルフの大きな手がどっしりと頭に載せられた。
「……よく言ってくれた」
その一言を残して、ドルフたちは一気に駆け出した。
◆ ◆ ◆
「……さて、と」
森の中で一人きりになったハイドは、深く息を吐き出した。
ドルフたちはこの森の中が安全だと言っていたが、そうではないはずだ。
闇ダンジョンがある以上、この樹海の中に別のゲートが潜んでいるかもしれないし、そのゲートが決壊している可能性もある。
一刻も早くエンジュを見つけ出し、連れ出さなければ危ない。
木々の生い茂るこの樹海の中で少女一人見つけ出すのは至難の業だ。
だが、自分ならできる――。
「……待て、俺は今何をしようとしてるんだ」
衝動に任せて一人になれる状況を作ったハイドだったが、ふと冷静に自分の行動を振り返る。
ドルフたちと別れて一人になった。なぜ?
――自分がスキルを使うところを見られないためにだ。
スキルを使う。
神様から不本意にも授かり、隠し続けていた四つの最強スキルを。
それさえあればどんな状況でもエンジュを見つけ出し、助けることができる。
(――本当に、それでいいのか?)
転生から七年。
前世の失敗を繰り返さないために分不相応な力を隠して生きてきたのではなかったのか。
同じ過ちを、繰り返すつもりか。
「――――っ、」
バレなければいいという単純な話ではない。
今までは力を隠すために力を使うことはあった。
偶発的に暴走してしまうこともあった。
だが今は、自分の意志で望んでその力を使おうとしている。求めている。
あれだけ力を否定してたのに、差し迫った状況になるや否や、すぐにその力に頼ろうとしている。
それは、分不相応な力に振り回されて破滅した前世の自分と何が違うというのか――。
「わかってる、全部、わかってる」
それでも、今この場で何もしないという選択肢はハイドの頭には浮かばない。
もしここでエンジュが亡くなったら、リューゲン家でのあの幸せな日常はなくなってしまう。
それでは意味が無かった。
「それに妹を助けるために破滅するんだとしたら、兄としては本望だよな」
我儘でお転婆で、だけど可愛い妹。
この状況は彼女の自業自得ではあるが、だからといって見捨てる理由にはならない。
ハイドにとってエンジュは大切な妹で、家族だ。
自分なんかを守ってあげると言ってくれた、優しい妹だ。
なら、やることは決まっている。
「――【全知神の目】」
全知の目が開かれる。
広大な樹海のすべてをまるで箱庭のように見通し――――神の目は、ハイドが探し求めているものを見つけ出した。




