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戦野に舞う英  作者: NBCG
本編
5/10

中後閑話

泰暁十五年 9月12日 大浜綴帝國 首都 万京 上空


「本番とはいえ、射撃も無く編隊を維持して展示飛行をするだけだ。各機、肩の力を抜いて行け。砲手はそれぞれの位置を再確認、操縦手に連絡と必要に応じて助言を頼む」

『『『了解』』』


 俺たちが何故首都の中心にまで来て展示飛行などをしているのかというと、今年の今日という日が、この国が以前煤羅射という国と戦い、辛勝する形で終結した五〇周年という日だから、であった。新型兵器であるヘリコプターを見せるのは、軍事の記念式典ともなればある種当然とも言え、その中でも練度の高い部隊が呼ばれるのもまた必然であった。


 そして何故こんな丁寧な言い方をしているのかと言えば、俺たち一番機と最後方の四番機以外の二機は今年に入ってから予備とは言え正規の搭乗員としてヘリに乗ることになった新米たちだからだ。技術的な面をみたら練度は高いことは事実だが、それでも彼らには足りないモノはある。昨年の事変に直接携わっていなかった彼らにも一応の「現場」に触れさせることで有事の際の意識の緊張を少しでも下げさせるのを目的としている。


 戦闘機の曲芸飛行ほど難易度の高いものではないものの、編隊飛行は言うほど簡単なものではない。それも記念式典、人に見せるものとあってこの緊張感は成長させるにあたって平時の中では適切なものなのだろう。演習は技術を向上させることは出来るが、精神的な成長、若しくは慣れというものに於いてはそこまで有用では無い様にも思える。そこを補うことが出来るという意味で、俺たちにとって記念式典は必要なものと言えた。


「……良し、以上で展示飛行の作戦の終了を宣言する。帰投するぞ」


 俺たちの仕事をし終えて、俺たちの基地へと帰った。


帝國陸軍航空技術研究所 飛行場


「駒喰隊、ただいま帰りました」

『お疲れ様でした。機関停止後、降りて来て下さい。その後はこちらが』

「了解した」


 俺たちは大浜綴帝國陸軍第一〇〇飛行師団に所属しているが、その人員が駐留している場というのがここ、帝國陸軍航空技術研究所だった。帝國軍が熱気球を手に入れた頃から軍用気球研究所という名で存在し、その名を何度か変えつつ今に至る。元は海軍との共同の研究所だったらしいが、運用形態の異なる海軍とはいつの間にかその袂を分かち、それぞれの研究所を持っている。どちらとも小規模であり、情報共有もなされなかったことを政府が問題視して陸海軍、軍政民問わず航空技術に関われる組織として浜綴航空技術研究所、HATIが設立された。が、それでもそれぞれの独自に研究し、総合的な航空技術分野から見たところ、HATIの研究資源が割り当てられない分野に関しては帝國陸軍航空技術研究所が研究することになっている。ヘリコプターに関してもそうであって、輸送、連絡、救難、捜索、偵察の分野ともなるとHATIも研究しているのだが、対地支援攻撃やその他汎用的な利用の模索についてはこちらの方が深く研究している……らしい。


『それにしても、ここ所属のヘリ部隊が数部隊出るだけで寂しくなってましたよ』

「固定翼機の大部分が空軍管理になりましたからね。ここも陸空軍共同でも悪くは無かったと思いますが」

『歴代の所長ら聞いたら怒りますよ。独自性を維持して専門的に研究することを保ってきたんですから』

「とはいえ、これから設立される空軍の殆どが陸軍の航空部隊だろ? そこまで目くじら立てるようなことか?」

『全体の資金の割り振りを見れば陸軍より海軍の方が優遇されることも多いからな。それで陸軍の為に陸軍人や予備役が自分らの財布をはたいて資金を出したこともあるから、その考えに同意する人間は居ないだろうな』

「そんなものか」


 去年噂になっていた話は半年も経てば市井にも広まり、更に半年が経った時に政府から空軍を設立する計画の発表が軍内になされた。そしてこの式典に於いて正式に公示されたのだった。


帝國陸軍航空技術研究所 庁舎内


「隊長、お帰りなさい。どうでした? 新米の彼らは」

「どうもこうも、いつも通りって感じだ。ただ編隊飛行を皆の前で崩すことはなかったから、悪くは無かったって感じかな」

「隊長が褒めるとは珍しい」

「そこまで褒めてないか?」

「褒めてる自覚あります?」

「褒めてるよ。褒めるところがあるなら」

「そういうところだと思いますよ、本当」

「どういうことだ?」

「隊長は確かにこの世代にしては戦場を知ってる側の人間ですけど、大半の人間はそうじゃないですよ」

「……森岡大尉は俺と同じくらい戦場を経験してるよな?」

「おっと」


 隊員に褒めてないことを副隊長に咎められてしまった。俺としては褒めると言っても日常的な部分で褒めるということがあまり理解できてないところはある。事務仕事を渡したときに感謝などは言ってるはずではあるが、確かに褒めるということはあまりしてはいなかったと振り返って思う。


「ま、新人らには確かに厳し目になってるかも知れない……。だからといって『褒め』をどうやって生み出せばいいのか……」

「仕事を頼んで終わった時に、何でも良いから褒めたら良いんですよ。ちょっと早めに来たら『仕事が速い』、報告書がまとまっていたら『丁寧な対応』って。何も無くてもたまには褒めないと伸びませんし、自信も付かない。それで褒め過ぎると増長し過ぎて他に支障がでるのでたまに、適度にと言ったところでしょうけどね」

「うーん……何とか褒めてみるか……」


 流石に隊の指揮系統にまで影響するほど求心力を失うのは軍の部隊として拙い。


「しかしどうしたものか……」

「新人に言うのが難しければ、新米じゃない隊員でも褒めてみたらどうです?」

「『無い視点で現部隊の問題を取り上げてくれて助かった』?」

「やればできるじゃないですか。それでいいんですよ、それで」


 そういう訳で新米隊員の士気を高めるために向かおうとしたのだが……。


「やっぱもう一人二人くらい褒めて練習したいな」


 何事も「慣れ」は大事だ。隊が出来て二年と数か月、副隊長は割と喋る仲で出来たので、たまたま良くいっただけかも知れない。


「あ、相坂少佐、お疲れ様です」

「白伏木大尉か、お疲れ」


 そう考えていると、愛乃と遭遇した。仲こそ幼少の頃からのものではある。が、褒めることと言ったらそれこそ子どもの頃以来あまりしてないような気がした。女性を褒めるというのも慣れないことではあるし、悪いが彼女には何も伝えず練習台になってもらおうと思う。……言葉を間違えたら刺されそうだな。


「それは報告書か?」

「はい。式典終わりに色々と他にも必要な書類の処理があったので、出すには丁度良いかと思いまして」

「そうか……。大尉の仕事は再提出も少なく、隊を指揮する者としていつも助かっている」

「は、はぁ……? ありがとう、ございます……?」


 「これからも励むように」なんて言おうと思ったが、今回は「褒める」ことを中心としたのであまりその言葉は適して無い様にも感じたので控えた。激励としては良いのか?


「以上だ」

「それでは、私もこれで失礼します。……?」


 あまりにも俺が他の隊員に褒めてなかったからか、話終わりに愛乃に首を傾げられてしまった。地道にやっていけばその内ある程度普通のこととして認めてくれるのだろうか?


「隊長、お疲れ様です」

「ん? ああ、お疲れ様」

「こんなところで立ち止まってどうしたんですか?」

「いや、少しな」


 愛乃を見送りつつ考えごとをしていると、峰高中尉に声を掛けられた。……彼女は当然ながら愛乃より、そして駒喰隊の初期人員よりも知り合ってからの時間は少ない。いわば会話の慣れはあまり無い。そのため予備搭乗員らの立場、距離感と近い彼女は良い練習相手なのでは無いのだろうか? 最後にもう一人、試してみよう。


「そういえば、式典でのことだが」

「は、はい」


 話の切り出し方が仕事然とし過ぎていたため、変に畏まられてしまった。でも会話の「慣れが無い」という意味ならこれで良い。


「他の新米もいながら編隊飛行を崩さず、先達として良い見本となっていたように思う。式典の成功もそうだが、新米の指導の一部としての効果が高まったのも峰高中尉の操縦の手腕と、動じない精神の賜物でもあると考えている」

「ありがとうございます。……何かありました」

「何かあった訳じゃなく……本当に助かったというか、為になったと思ったから、だが……」


 副隊長の言葉が再び身に刺さった思いだ。隊員の全員に「駒喰の隊長は褒めない」と思われているのだろう。


「なるほどー……そういうことですか。てっきり以前の話をお受けしていただけたのかと」

「……済まないが、どの話を?」

「前の作戦で、海軍の強襲揚陸艦に緊急着艦したときにした、婚約者候補についての話ですよ」

「あー……」


 思い出した……。そんなことも話したな。


「それで、考えて頂きました? あれから考える時間はあったと思いますけどぉ……」

「ハハハ……空軍設立の話がまとまったのもあって、こっちにも色々話が来てて……な? ま、改めて話がどうにか進んだらその時に話す」

「またはぐらかしましたねぇ……。ざ~んねん。もしかして、迷惑でしたかぁ?」

「そんなことは……」

「じゃあまた、聞きに来ますねぇ……? フフッ、それでは失礼いたします」

「ハ、ハハハ……こちらも失礼する」


 彼女のことは迷惑でも嫌いでも無いのだが、何と言うか、苦手意識がある……。特に私用で話すことになると特に。


 兎も角、これで新米たちを褒める練習としては十分だろう。そろそろ彼らを褒めに行こう……と、思っていたのだが。


 トントン、と肩を叩かれた。


「はい! って、あぃ……白伏木大尉か、どうした?」

「……」

「大尉?」

「……少佐って本っ当に、女ったらしですよね! 失礼します!」

「あぁえぇえっ……!? ちょっ……って、逃げんの速っ!?」


 彼女が全力で走っていた訳では無くただ早歩きで立ち去られてしまったのだが、廊下の角を使って逃げられ、既に見失ってしまった。あまりの驚きに口調が少し崩れてしまった。……俺は彼女に顔を上気させるほど、怒りを買うようなことを言ったのか?


「……。はぁ、兎に角新米を褒めに行こうか」


 唐突な事態に一瞬頭から抜けていた用事を思い出し、本来の目的に向けて歩みを進めたのだった。


 この後、新米たちを褒めてやると、先の二人ほどではないにしろ、驚かれた対応をされてしまった。中には「まさか褒められるとは」という隊員もいたほどだった。改めて隊員たちにはある程度褒めて伸ばすことを考えて指導しなければと思うのだった。


同年 12月25日 未明 帝國陸軍航空技術研究所 飛行場


「こちら駒喰隊一番機、発進準備完了」

『こちら陸軍空技研、管制。駒喰隊各機、離陸を許可する』


 ここ十数日、首都圏全域はおろか、いくつもの主要都市で厳重警戒態勢が敷かれ、時に駆逐艦が出動するなどしており、この研究所のヘリ部隊もいつでも活動できるようになっていた。そして日付が変わって暫くしたこのとき、叩き起こされ「その時」が来てしまったのだと認識した。


『任務は分かってるな?』

「混雑し、将棋倒しが懸念される人混みに探照灯を照射、危険だと判断したときは混乱する市民に対して拡声器で呼びかけを行う、だろう?」

『そうだ、それで問題無い。駒喰隊は高度を取った後、都市部へ急行、現場の対処へ当たれ』

「駒喰隊、了解した。現場へ急行する」


 ほんの数十分前、この国の帝が崩御なされたらしい。


 十数日前から都市部に厳重警戒態勢が敷かれたのは、病弱な陛下の危篤が伝えられてしまったからである。暫くして病状は一時小康状態となったが、12月24日午後から肺炎が悪化し、午後7時に再度危篤となった。その後体調は回復せず、皇后や皇太子夫妻、他皇族らが見守る中、心臓麻痺によって……といった具合だ。崩御なされて1時間と少し経ってから公式に発表された。


 未明であるにも関わらず少なくない人が屋外に出て哀悼の意を示したり、また反体制派の人間が荒ぶったりと、特に人の多い都市部ではその混乱が見られると予想が立てられ、実際にその報が入るよりも前に俺たちが発進する手筈となり、崩御の報が伝えられたためその手筈が実行されることとなった。


「高い建物が増えてきたな。各機、ぶつかって落ちるなよ」

『『『了解』』』


 操縦手は機体を操作し、砲手が探照灯の向きを操作し、混乱、密集した人々がいるかを探している。今のところそういった人々がいないのが幸いだが、見つけ次第拡声器を使って注意を促していく。


「人は出ているが……祭りよりは少ないな。ここは大丈夫か。他を見てみよう」

「了解しました」


 市街を巡ること1時間超。遂に事故や混乱、暴徒と化した市民を見つけることは無く、指定された監視する地域を数巡するのが終わった。


「問題無し。……帰投するぞ」

『『『了解』』』


 無茶な低空飛行をした訳ではないが、人が居るのかどうか確認するために高度を多少下げていたのもあり、申し訳なさを感じながらも大事にならずに済んだと安堵の念も含め、帰ることを決意した。


「……兄さん」

「職務中だ。私語は許されていない」

「眠らないために必要な雑談とでも思って許してください」

「……はぁ、会話に集中し過ぎて墜ちるなよ」

「ありがとうございます」


 彼女は一つ、溜め息を吐いてから言葉を紡ぎ出した。


「私の両親は、この国の生まれじゃ無いです」

「それはまぁ、知ってるが……」

「その影響もあって、この国の宗教観や倫理観について、あまり理解できないこと、馴染めないこともありました。特に子供の頃は」

「……」


 雑談と言っていたから軽い話が来ると思っていたが、どうやらもっと心の中の本質的な部分の話をされて驚き、こちらからの相槌をどう打とうか口が迷った。


「親はこの国の宗教を全く知らない人たちでしたけど、両親共々敬虔な教徒じゃなかったこと、お父さんは研究と外国人の工作員に見つからない為に飛び回って家族で話すことが少なかったこと、そういう理由も相まってこの国の価値観にも馴染んできた……のかも知れません」

「……そうか」


 何とか相槌をひり出したが、言葉に中身まで伴わせることは出来なかった。


「それに、兄さんが優しく接してきてくれたのも、私がこの国で馴染めた一因かも知れません」

「言うほど俺は何かしたか?」

「しましたよ。してくれました。沢山」

「覚えは無いが……」

「それでも私は憶えてますよ。学校の授業で二人一組になってくれたこととか、放課後にお母さんが外出してる時に遊んでくれたこととか」

「それは、まぁ……」


 近所だからとか親がその辺りの話を込みでの付き合いだった、というなんとも白ける理由が存在するからなのだが、これは言わない方が良いな。と思ってみたり。


「お父さんが研究していることを馬鹿にしてくる人から庇ってくれたりも」

「母親が研究も多少やる整備士だったからな、俺も無関係じゃなかった」


 実はと言うと、彼女のことを庇ったり教えたりする最初の動機がそれだったりする。彼女の父親が馬鹿にされることは俺の母親を馬鹿にされることにも繋がると直感的に感じたためだ。


 その後については互いにある種の同胞だと認めたからというか、捻った見方で言うと腐れ縁というか……。兎に角、それからはそれなりに損得をあまり考えない仲にはなったのだと思う。


「少なくとも俺にとっては、大したことはした覚えは無いし、なる様にしかならなかったと思ってるけどな」

「それでも私にとっては大したことだったんです。というか前々から思ってたんですけど、兄さんは何と言うか……自分自身に対する意識が低いようにも思えます」

「そういうつもりも無いが……」

「思えば前の最後の作戦でも、そうでしたよね。腕を被弾したのに私に伝えてもくれず……」

「何度も言ってるけどあの状況でそんなことを伝えたら、気が散って操縦に集中できなくなるだろう。あくまでも合理的な判断でそうしたまでだ」

「でもやはりせめて、着艦した後には伝えて欲しかったです」

「本土に帰るまで、本当に敵を殲滅したかどうかなんて分からなかったからな。本土に到着した後には愛乃含む隊全員に伝えただろ?」

「それはそうですけど……幼馴染というか、命を預け合う者同士というか……。その辺りの信頼をもっとして欲しいです。これでも私は徴されてではなく、志願して軍に入った人間です。そこも含めてちゃんと信じて欲しいんです」

「……」


 改めてその辺りのことを考えると、確かに俺は愛乃のことをあまり信頼し切れていなかったのかもしれないと思った。


「……分かった。あって欲しくは無いけど、『その時』が来たらその通りにしよう。悪かった」

「私も、感情的になってしまって申し訳ありませんでした。改めてこの話しの続きをしたいので、この作戦が終わった後の休暇で、少しお時間を頂けませんか?」

「分かった。時間は空けておこう」

「ありがとうございます」

『こちら陸軍空技研、駒喰隊だな? そちらの部隊を確認した』

「そうだ。重大な混乱は見られなかった。任務時間についても問題は無いはずだ」

『問題無い。駒喰隊の着陸を許可する』


 愛乃と話をしていると、いつの間にか空技研の飛行場の無線が通じる区域にまで戻っていたらしい。丁度話の区切りも良いところでもあったのでそこで話を切り上げて、俺と愛乃の話は次の休みまでに持ち越されることとなったのであった。


章明二年 1月11日 大浜綴帝國 某所


「それじゃあ、前の話の続きをしましょうか、兄さん」


 年号が変わり年も明けてひと時の混乱も一先ずは鎮まり、同じ日に休暇を取れたのは前帝の崩御から2週間以上経った頃だった。


「まるで裁判で問い詰めるような言い方をしなくても……」

「え? 問い詰めるためにこの場を用意したんですよ?」

「問い詰められるようなことは前に終わらせたはずじゃ……」

「アレは人としてというか……軍人、隊員としての信頼をしてくれてない、と言う話で咎めたということです。今からする話は私と言う個人、私人としての私が兄さんを心配したという話をします」

「あまり違うような気がしない……、そもそもそこでその話をしたら『人として信頼してくれ』と言う話と食い違わないか?」

「食い違いません」

「いや、明らかに――」

「そんなこと無いです」

「どう考えても――」

「今は一個人としての話をしています」

「……」


 ……こりゃあ、折れそうに無いな。


「良いですね?」

「はぁ……。分かった、話は聞こう」


 取り敢えず話だけは聞いてみて、問題があるならその都度指摘してみよう。


「――そして港に着いて兄さんの腕を見たとき、どれほど血の気が引いたか! 気が付かなかった私自身に対してどれほど後悔と自責の念が湧いたか!」

「あ、愛乃、周りに人もいるから声をもっと落として……」


 聞いてみたは良いものの、話に熱が入ってしまったらしい。ここは人の少ない喫茶店ではあるけど、店主や数少ない他の客も声の大きくなった愛乃の方を見ている。声の大きさもそうだが見た目外国人の若い女性が流暢な浜綴語を、それも丁寧語で捲し立てているという光景は、やはり珍しいのだろう。


「……コホン。でもやっぱり、私個人としては唐突にあんな状態の兄さんの姿を見せられるのは不安にもなりますし、気付かなかった間の自分に対して自己嫌悪の感情だって湧きます」

「とはいえ、なぁ……? アレについては俺も上と相談しての決定もあるから……」

「むぅ……」


 不満そうに唇を尖らせる愛乃。一軍人として上層部の方針に逆らえないという理由付けをされてしまったら、そこを反論しようとしても難しいのだろう。


「……次があるなら考えておくし、相談するにしてもそのことを含めて上と話すよ」

「……」

「どうした?」


 少なくとも俺が彼女の意見に寄り添えるところまでは寄り添ったはずだ。それでも彼女は不満の気が顔に残っているように見える。


「少し話は変わるんですけど」

「おおう……?」


 感情を振り切って真顔気味になりながらも、ほんの少し不満気が残ったような顔で話を切り替え、一息吐いて話を続けた。


「兄さんに縁談が来てるというのは本当ですか?」


 本当に話が変わったな……。にしても、この話題か。


「縁談そのものはまだ来てないな」

「ということは、兄さんの家のことを探られたり……?」

「そんなところだ。ま、親父も爺様も海軍の出だからそれを知ったら手を引いていく将校らも少なくなかったけどな」

「そんなことが……」


 話し難い内容ではあるものの、さっきみたいに露骨に不満そうな顔をして詰められることに比べたら正直マシではあった。


「……それで兄さんは、受けようと思ってるんですか?」

「どうしたもんかなぁ、って。そこまで具体的なことはまだ考えられてないってところが本音だな。峰高中尉が言ってたみたいに、俺も既婚者になれば駒喰隊……というか、ヘリ部隊も多少は見る目が変わるかも知れないけどなぁ……」


 ヘリ部隊で最も戦果を挙げているのが駒喰隊だし、その部隊の隊長が若輩とはいえ既婚者であれば他の兵科や世間からもある種認められるのかも知れない。考えすぎかも知れないが。ともあれ陸海ともに、そして新たに創設される空軍からも恐らく軽んじられているであろう現状を考えると、状況を変え得る要素を手に入れることは考えの内に入れても良いとは思っている。


「また峰高さんを……ん?」

「何だ?」


 良く聞こえなかった為聞き返そうとしたが、愛乃はそれを無視するように顔色を変えて口を開いた。


「兄さんってもしかして……胸の大きい女性が好みなんですか?」

「……は?」


 変な言葉が聞こえた。いや聞き間違いか?


「ごめん、なんて?」

「だからその……胸の大きい女性が好きなんじゃないかって、思って……」

「……」


 残念ながら、聞き間違いではなかったようだ。


「うーん……聞きたいことが色々できたけど……、まず一つ目として何でそう思ったんだ?」

「それは……峰高さんと仲良くしているところを結構見るような気がしますし……それに兄さんの家系の人たちは胸の大きい女性ばかりですし……」

「あのなぁ……はぁ……」


 本当に何から言えば良いのやら……。


「まず峰高中尉について、彼女に対して俺は普通に接しているつもりだ。彼女から話し掛けられることは確かに他の隊員より多めかもしれないけど、そこまで極端ではないはずだ。あと愛乃の方が俺と男性隊員と話していることに対してどいつも分けて考えてないからなんとなくの会話の回数で見てるんじゃないか? それこそ男性隊員の中でも各人間で話す頻度の差はあるぞ?」

「それはっ……そうかもしれないですけど、それでも私と話してる時よりも笑って話すことは多いと思います!」

「俺と愛乃は昔からの仲だから多少表情に気を遣わなくても良いと思ってるからそうなってるだけだ。中尉は私用での付き合いはまず無いと言って良いほどの付き合いだし、仕事の中で話して笑顔でいるのは気を遣っているというだけ。他の人員についても同じだ」

「むぅ……」


 言うことがなくなったのか、口を噤んで不満そうな雰囲気を残しながらこの話の着地点を探しているようだ。


「うぅん……」

「次の話に行って良い?」

「納得した訳じゃないですけど……分かりました」


 なるべく分かりやすく反論の余地を残さないよう説明したつもりだったが、そう上手くはいかなかったようだ。後の話で忘れてくれることを願おう。


「俺が胸の大きい女性が好きかどうかという話だが」

「大体、兄さんのご家族や峰高さんを筆頭に、兄さんの近くにいる人たちが大きい人ばかりなので、今度こそどう反論しても私の言ってることの方が正しいはずです!」

「どんな理論だよ……。そもそも家族以外でよく合う女性自体、愛乃と中尉と基地内の酒保の人くらいだろう……」

「それでも私以外、皆さん胸大きいじゃないですか!」

「この中で一番親しいのは愛乃だし、中尉は兎も角酒保の人はそこそこの歳な上に既婚者でしょうが。略奪愛にも興味は無いしな」

「峰高さんは違うんですよね?」

「さっきも言ったように、さっきも仲の良さなら愛乃の方が良いだろうってことだよ」

「なっ……でも、家族の方は言い逃れ出来ませんよ」

「はぁあ……家族が何だって?」


 言い逃れされた形ではあるけど、ここで追い打ちを掛け過ぎても険悪になるだけだな。彼女の逃げの話に乗って、その上で説得というか、納得をさせよう。


「胸の大きい人がお母さんで、ご両親のお婆さんも二人とも胸が大きい人なら、お爺さんやお父さんの好みが胸の大きい人である可能性はありますし、その子どもである兄さんがそうであっても不思議ではないはずです!」

「別に親父たちは胸が理由で母親らと結婚した訳でも無いだろうに……」


 少なくとも俺はそんな話を聞いたことは無いし、見たことも無い。まあ、息子にそんな状況を聞かされても、そして見せられても困るのだが。


「可能性が否定された訳じゃないですよね?」

「まだ言うのか、それ……」


 何が彼女を駆り立てるのか、何故そこまでして俺を巨乳好きということにしたいのか、全く分からなかった。


「第一、もし俺が胸の大きな女性が好みだったとして、あと俺に縁談が来ていたとして、愛乃に何の不都合があるんだ? そりゃ今までよりは会話や会う頻度は下がるかも知れんが……人生そんなもんじゃないか?」

「えぇと……それは……」


 そもそもの疑問を口にすると愛乃は見るからに狼狽えて、挙動不審となっていた。


「どうした? 嫉妬か?」

「……」


 軽口のつもりの言葉で放って、「そんなことないです!」なんて言葉が返って来るかと思ったが、予想は外れて彼女はむっつりと黙ってしまった。


 さて、どうしたものか。


「まあ、何を思ってるのか、何を言いたいのかは知らんが、俺は結婚相手やらに胸の大きさ云々に拘るような人間じゃないってことだ。見た目がコオロギとかなら流石に止めて欲しいけどな?」


 彼女が俺のどの言葉にどう反応しているのか見当もつかなかったので、軽く流せるようなことを言って話を終わらせようとした。


「それなら兄さんは……」

「うん?」


 ――が、愛乃は話を続けた。


「もし私が結婚して欲しいって言ったら、少なくとも身体がどうとかで断ることは無いってことですか?」


 そしてまた、変な質問を投げかけてきた。


「そうだな。何も問題は無いな」

「……え」


 その語り口は至って真面目ではあるけど、それも彼女なりの軽口か冗談なのかと考えて、彼女の話に更に乗っかることにした。


「なんなら今日か明日にでも結婚するか? ……まあ、冗だ――」

「はいっ……! よろしくお願いいたしますっ……!」

「んんぅ……うん? え?」


 自身の発言を流そうとする前に愛乃が感極まった顔で俺の言葉に同意を返していた。


「えと、え?」

「うぅ……ごめんなさい……。嬉しくて涙がつい……」


 その言葉の通り、愛乃は目尻に涙を蓄えていた。


「最近親から結婚をどうするのか催促されるように縁談の話とか切り出されたりして……。でも、子供のころからずっと……兄さんと結婚できたらなって……そう思ってて」

「……」


 意識することが無かったかと言えば嘘にはなるが、しかして彼女の悩みを知ることも無く、またここまで彼女のことを考えてはいなかったので、多少なりともの罪悪感が湧いた。


「しかも私の誕生日の前の日にこんな素敵な贈り物をくれるなんて、思ってもみなかった……」

「ぁ……」

「うん?」

「いや、何でもない」


 正月過ぎて暫く経った日……12日は愛乃の誕生日だった。そして彼女にそのことを言われるまですっかり忘れていた。


 軍人という職業柄、特定の日に祝うことも難しかったけど毎年、前後数日の休みの日に彼女の家にささやかながら贈り物を届けていた。が、今年に限ってはすっかり忘れていた。事件や事変に駆り出された年の次の誕生日には忘れなかったのにも関わらず。


 どうにも訂正して断れる雰囲気ではない。まあ、愛乃と結婚すること自体はやぶさかでは無いけれども。


「うーん……そういう訳で、よろしく?」

「はい……これからもよろしくお願いします……。求婚の言葉が淡白過ぎてちょっと不満ですけど……」

「あー……それは済まん……。後でやり直すか?」

「この後にもすることや誓いの言葉とかありますから、そこに期待しておきます」


 ……斯くして、俺と愛乃は結婚するに至った。


 その後、結婚するところまでは問題無く進んだのだが、同居したり軍人としての折り合いをつけたり出産子育てをどうするのかを考えたりするなどして、果てには空軍設立の陸海軍の協力などの件でのちょっとした揉め事が大きくなった時期と重なったりと色々あったのだが、それはまた別のお話。

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