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戦野に舞う英  作者: NBCG
本編
4/10

中編

泰暁十四年 6月某日 大浜綴帝國 首都万京


『本日の天気ですが、万京府東部は晴れのち曇り。万京府西部は――』


 基地に持ち込まれたラジオから、今日の天気についての放送が流れている。


 ラジオ放送局が開設されてから数か月経ち、市井の状況を知るためであるという理由に使用場所や時間、その他許可を得ることでその放送を流すことが許されているらしい。ほんの数か月でそういった許可が出るのは他の基地やらでは珍しいらしく、ここの司令官が緩いのか、第一〇〇飛行師団の対応が柔軟なのか。兎にも角にもこういったことが起きると時間の流れというものを感じるそんなある日。


『ブツン……あー、あー。以下の部隊は直ちに第一会議室へ集合すること。駒喰隊、――』


 この基地にいるヘリコプター部隊の内、俺たちを含めた複数の部隊が招集された。


「――全員、集まったな」


 会議室に集まり人員の確認を行うと、招集した上官は話し始めた。


「諸君らも軍内新聞などで知っている者は多いと思うが、新型の戦闘型回転翼機、在栄(あろえ)が制式採用され、量産が開始された。初期の数機体は既に完成し、諸君らの部隊に納入するために移送されつつある。諸君らにはこれから機種転換してもらうことになる」


 俺たちが今まで扱ってきた戦闘ヘリ月桂二型の反省点を活かして新型機が開発されているという話もあったが、どうやら俺たちはそれが正式に配備される最初の部隊の内の一つに選ばれたらしい。


 そして。


7月上旬


「慣れてきたが……特に何かが大きく変わったかと言われると、そうでも無いな」

「そうですか?」

「少なくとも砲手視点からはな。操縦手視点だと違うか?」

「多少、扱い易くはなっている気がします。操作性というか、操作してからの手に返って来る反応の感度が若干良いと言いますか」

「なるほどなぁ」


 俺も一応は操縦できる訳だが、愛乃ほど扱う訳でもないのでどうにもそこまで心の底からの共感というものは出来なかった。


「演習終了、お疲れ」

「お疲れ様でした」


 機種転換後初めての演習を終え、地に足を着ける。月桂二型から在栄への機種転換には1か月弱を掛けて終わらせたが、その時間を掛ける程だったのかと疑問だ。


 他の航空機の場合、機種転換は1日5時間の飛行訓練と考え通常1週間程度で終えられるのだが、ヘリコプターという新型の航空機という点、更にその新型であるのが――今まで軍に採用されていたのが月桂とその派生機のみであったということも加え――主な理由とされ、念には念をとのことでここまで時間を掛けて機種転換が行われたらしい。


 そしてそれとはまた別の理由として、機種転換に時間を掛ける必要性が出てきたらしい。


「それにしても、私たちが神津丸に乗艦する必要があるんでしょうか?」

「他のヘリの飛行師団の教育がまだ足りてないらしいし、少なくとも彼らが育ち切るまでは運用試験とかは俺たちの仕事になるって話だな。一〇一師団や一〇二師団の戦力化が早く終わると俺たちもここまで色々なことをする必要も無いんだろうが……」

「そうですか……」


 機から降り、未だ戦力化できていない師団についての愚痴を溢すなどしながら基地へと戻る。


『――南西諸島の海底に於いて、石油や天然瓦斯などといった資源が埋蔵されている可能性が強く示唆され――』


 誰かが流していたラジオの声に耳を傾けつつ、この話題が後に紛争に繋がり、俺たちが巻き込まれるだなんて思いもせずに、今日の晩御飯について思いを馳せるのであった。


7月下旬 神津丸 飛行甲板


「本当、なんで俺達はここに居るんだろうな」

「来ること自体は前々から決まっていたことじゃないですか」


 俺たちは南西の諸島へ向かう陸軍特殊船、その内の最新鋭の船舶、そしてその飛行甲板に居た。


 何故俺たちが南西の諸島へと向かうのか。それはその周辺の海底で7月頭に資源が大量に埋蔵されている可能性が示されたことを発端としている。その可能性が強いことが国際的にも認識され始めて数週間経つ頃に、隣国である文華民国軍や民国の共産党の船舶が周辺海域に出現。そして遂に近隣の無人島に上陸、占拠して領土と周辺の領海の領有を主張し始めたのだった。


 浜綴の国家が近代化して70年以上経ち、今まで発生していた戦争とその事後処理を除いた領土の問題について、大きな問題は発生していなかった。戦争以外に大きな問題が発生したと言えば、この一件が初めてと言えるだろう。そのおかげで陸海軍総動員で対応することになった。


 海上警察などではなく俺たち軍が出ているのは、既に向こう側が軍を出しているためである。民国国内で反乱分子とされている共産党勢力が分かったのは、俺たちが出撃した後だった。そして陸海軍共同でことに当たっているのは海軍の他の強襲揚陸艦の船渠入りが多い時期であったからで、尚且つ正規空母の投入は過剰戦力だと判断されたらしかった。……他国同様陸海軍間の仲は良くないが、大臣の前には従う他無いようだった。


 政府は政府で過去に起こった領土紛争と言えば何か前哨戦のようなものを殆ど挟まず戦争が起こっており、このようないざこざの経験は無く手探りでの対応となっているようだ。混乱している度合いは「正規空母の投入は過剰戦力」であるとした上で後方部隊に正規空母が配置され、航空機の行動半径には入っているという。まあ、最新鋭の正規空母である辰暉型ではなく、噴式航空機を始めて搭載した煙龍型、それも二番艦である沼龍だけであるというのがせめてもの理性というか、それでもまだ葛藤が出ているというか……。


「はぁ……あんなことは人生で二度も起こらないと思っていたんだけどな」

「それは……私もですけど……」


 愚痴を漏らす俺に茶々を入れる愛乃も、再び戦いに巻き込まれると予想だにしなかったのは同様らしかった。


「さて……行くか」

「……はい」


 黄昏ていても仕方がないので、格納庫から出てきた機体に乗り込み、作戦に移ることにした。と言っても、作戦と言う作戦でも無いらしいのだが。やることは退去勧告をし、退かなければ威嚇射撃、反撃があれば退けるまで実戦を行うというものだ。


「全項目確認完了、離陸準備完了」

「こちら駒喰隊一番機、航空管制、離陸許可を願う」

『こちら航空管制、駒喰隊の離陸を許可する』


 到底行うとは考えられなかった海上での作戦が今、始まった。


『こちら駒喰隊三番機。見えたぞ。11時の方向だな?』


 離陸してすぐ、言われた方向を見るとそこには幾つかの小島と白波を上げて哨戒を行っているであろうか、中型船舶の姿が複数隻確認できた。


「はぁあ……まずは作戦通り、上陸している方からの呼びかけをするぞ。各機、対空機銃などには充分注意しろ」

『『『了解!』』』


 より高音質になったらしい無線から、ハキハキとしてより分かりやすくなった声が聞こえてきた。


「……さて」


 更に近づき外部拡声器へと繋ぎ、船にいる中で憶えてきた文華民国語で警告文を発そうとしたときだった。


「回避します!」


 機体が横方向に回転し、突然の挙動に胃の中の物が出る……かとも思ったが、なんとか耐えきって火器管制装置にいつでも撃てるように手を伸ばしながら周りを確認した。


「作戦全機へ告ぐ! 上陸勢力からの発砲を認める! 持てる全ての兵器の使用を許可する! 繰り返す。――」


 そして、戦いの火蓋は切られた。


「駒喰隊一番機、対空砲一基撃破」

『こちら駒喰隊二番機、島の臨時司令部施設と見られる施設を破壊』

『こちら若澄(もず)隊、遅れて到着した。どうやら本当に始まっているようだな。何からすれば良いとかあるか?』

「駒喰隊から若澄隊へ。こちらは既に攻撃を受け、島嶼に展開する施設からの破壊を行っている。我々はその中でも古河島から攻撃を行っている為、他から当たって欲しい。玖波島、若しくは南児島から見て、島に展開する部隊の排除をして欲しい。他、島の設備や展開する敵部隊などが無ければ船舶への攻撃をしてくれ。ここら一帯は浜綴の民間船は来ないはずだから、旗が浜綴軍のモノでなければ攻撃しろ。……海軍旗を間違えるなよ」

『若澄隊、了解した。また後で会おう』


 後からやって来た陸軍機へ状況の説明をした後は通信を切り、再びこちらを攻撃する軍の攻撃にへと戻った。


「しかし、海軍機の方は一体何をしているんでしょう?」


 周辺施設の一掃を終えて、愛乃が海軍への不信を口から漏らした。


「向こうは向こうで仕事が別にあるからな。そもそも海軍は攻撃ヘリを持ってないし、攻撃機や爆撃機は正規空母にしか載ってない。海軍が今、しているのは哨戒して潜水艦から船を守ってるんだろうよ」

「それ、意味あるんですか……?」

「向こうの軍やその反乱分子が使う兵器の中に、潜水艦がいないと確実には言えないからな。特に海軍は世界大戦で正規空母を敵潜水艦からの攻撃で喪失したことを未だに恐れてるって話だ」

「そんなことが……っ。敵部隊視認」


 愛乃に理解はしてもらえたが、俺たちの仕事はそう簡単には無くなってはくれなかった。


『駒喰二番機、島南部防空拠点と見られる要地を制圧。島西部方向へ向かう』

『こちら駒喰三番機、島北部予備司令部と見られる拠点を制圧。島西部へ向かう』

『駒喰四番機、北部湾港にある文華民国籍の船舶を全て破壊。島西部方面へ向かう』

「駒喰各機、了解した。こちらも島中央部の通信施設とみられる施設を破壊した。同じく西部へ向かう」


 群島の中で最も大きいこの古河島で殆どの文華民国軍施設を破壊し、最後の要所が存在するとみられる方へと向かう。


「民国軍が揚陸して数日でここまで展開できていることも不思議ですが……件の反乱分子とやらがまだ見たこと無いのが不気味ですね」

「ただの党結社ではなくて、後ろにはパーラメント連邦がいるという話だ。まだ見たことが無くても正規軍と同程度の兵器が出てきてもおかしくはない。気を付けろ」

「了解しました」


 最後の丘を越え、島の西部の海岸線が見えるところにまで来た。


「……あれは」


 そこで目に入って来たのは、想定こそすれ、いつしかその可能性を低く見積もっていた状況だった。


「こちら駒喰隊一番機。古河島西部敵橋頭保と見られる拠点に到着した。しかし敵拠点に於いて戦闘がなされている。詳細は分からないが、内部分裂をしたか例の反乱分子との戦闘を行っているものとみられる。我々が今まで戦闘していたのは正規軍で、反乱分子とは戦闘していなかった。今から戦闘をせずに保護、拘束ができる可能性をみて、まずは敵正規軍を蹴散らし、敵反乱分子に投降を促す。なるべく反乱分子に攻撃をせずに敵正規軍を鎮圧せよ」


 民国軍が何者かと戦っている。それが何なのかはまだ分からないが、敵の敵は……とも言う。まずは民国正規軍を制圧し、彼らと交戦中の勢力が何者かを見極めることにする。


『こちら駒喰三番機、敵橋頭保に到着。戦闘を開始する』

『駒喰二番機、到着した。戦闘に合流する』

『駒喰四番機、同じく到着しました。戦闘を開始します』


 程なくして合流する駒喰隊の面々を加え、今までよりも早期に敵をなぎ倒していく。



「……これで正規軍の勢力は削いだか」

「ええ、こちらから見てもそう思えます」

「分かった。駒喰隊、攻撃中止。繰り返す、攻撃中止」


 外から響く発砲音が止み、周りは機体の羽の音だけになった。


「はぁ……確か……」


 外部拡声器を起動しながら、こういう時の為に覚えた民国語を思い返した。


「我們是浜綴帝國軍。(私たちは浜綴帝國軍です)請解除我們的武裝(武装を解除して)、――」


 そこまで言って、その後の言葉は言えなかった。


「チィッ……やっぱりこうなんのかよ……」

「まあ、素直に投降するという考えは念のため……みたいなところはありましたし? 国際関係上の」

「そうだな……。駒喰隊各機、民国反乱分子も俺達の敵らしい。攻撃再開」

『『『了解』』』


 そして島の上空に銃声が鳴り響くこと数分。


「残りの民国反乱分子、逃げていきます」

「駒喰隊各機、攻撃中止」


 彼らが持っていたこちらに対して有効そうな兵器は携帯式の対空機銃が1基のみ。戦闘は呆気なく終わった。


「とはいえ……突撃銃を使っていたのは気になりますね。扱い方はそれなりに小慣れていましたし、ただ単に盗んだだけとも言えないかも知れませんし」

「だな。海軍にも伝えておこう。奴らの持てる船だと本土に帰るのも無理だろうし、“保護”させるのが妥当だな。……駒喰各機、古河島制圧は完了した。玖波島へ向かい、若澄隊の支援を行う」


 再度古河島制圧の確認をして、俺たちは玖波島へと転進した。


『こちら若澄隊。玖波島の制圧を完了した。少し時間が掛かって燃料を使ってしまい、他島嶼へは偵察すらも出来そうにはない。これより帰投する』


 玖波島へ向かおうとする俺たちに入った無線は、これから行こうとしている地での制圧が完了したとの報告だった。


『隊長、どうしますか?』

「経路上に最も近くて陣地を築けそうなほどの大きさがある島は北児島くらいだ。それより遠い島となるとこちらの燃料が保つかも分からない。北児島を偵察してから帰ることにしよう」

『了解した』

「進路を変更する。ついて来い」


 そんな訳で転進した方向を更に変え、偵察を行ってから帰ることにした。


 しかし、そこで再び無線通信が入った。


『こちら若澄隊! 作戦中の機がいれば応答せよ! 帰投中に隊の機が海上からの攻撃で墜とされた!』


 そしてそれは、タダでは帰させてはくれないような内容であった。


「こちら駒喰隊。若澄隊へ、それは本当か?」

『駒喰か。そうだ。敵は誘導型噴進弾を使っていた』

「……まだ民国軍が残っていたか」

『それは違う。撃ってきた船舶には民国軍旗は掲げられておらず、赤い旗があった。報告は後で良いか? 支援と救助部隊の要請を頼みたい』

「おっと……了解した」

「……近くに陸軍機か船はありましたっけ?」

「確か後方に海軍とその搭載機が展開していたはずだ。救助部隊を呼ぶには寧ろそちらの方が良いだろう。こちら、陸軍第一〇〇飛行師団、駒喰隊。聞こえる機は応答してくれ」


 状況を大雑把に把握し、海軍機からも返すように無線に声を乗せた。


『こちら強襲揚陸艦蓑亀所属、見海(みうみ)隊。どうした?』

「玖波島を制圧した陸軍機部隊の一部が帰投中に撃墜されたらしい。救助部隊を頼みたい」

『そういうことか、分かった。救助部隊を送る。陸軍大将のツケで良いな?』

「生憎俺はあまり関わりが無いんもんでそれでも憎まれるこた無いが、陸軍の予算を削るのはどの道やめてほしいかな。兎も角、救助の方は頼んだ」


 初めて話した海軍軍人と軽口を叩き合った後、通信を切る。


「こちら駒喰、救助を呼んだ。他に必要なことはあるか?」

『護衛は頼めるか? こちらの機を墜とした船を沈めるのに弾を少し多く使ってしまって』

「分かった。そちらに向かう」


 彼らもずっとこちら側へ向かって来ていたらしく、ものの数分で彼らの機を発見した。


「駒喰隊、転進する。若澄隊の帰投を随伴護衛する」

『『『了解』』』

『助かる』

「勿論分かっているとは思うが、帰路に対空武装を施した船舶が現れるかも知れん。警戒を厳となせ」


 駒喰隊四機に、若澄隊が三機。二部隊七機の陣形はしたことが無いので無難に横一列、若澄隊を中心に二機ずつ両端に配置する陣形へとなった。


「ところで、救援を出したということは、生存可能性のある墜ち方をしたってことだよな?」

『ああ』

「被弾したのは機関か? それとも爆風の影響で燃料漏れか操縦不能に?」

『いや、尾翼をやられたらしい。無線は落ちる寸前まであったし、主翼は無事だったから墜ちる速度もそれなりだったが……なにより回転しながら墜ちていったからな……。無事を願うばかりだ』


 警戒しながら帰投するとはいえただ黙っているのも変かと思ったので、より詳細な状況の確認をしてみる。


『こちら駒喰三番機。正面に不明機』


 その声で、一気に緊張感が跳ね上がる。


「こちら大浜綴帝國陸軍。貴機の所属を問う」


 固定翼機か回転翼機かも分からないほどで、無線を開いた。


『こちら、大浜綴帝國海軍、強襲揚陸艦蓑亀所属の蔓海(つるみ)隊だ。陸軍機が墜落したとの報を受け、出動した』


 その無線を受けて緊張は解きほぐされた。


『こちら若澄隊、我が隊の機がこの地点から真っ直ぐ玖波島へ向かうと道中の海上に煙か沈む機体が見えるはずだ。隊員のことを頼む』

『了解した』


 若澄隊の人員の安否を託しすれ違おうとした、その時だった。




 ――――――ッッッ!!!




「な、何が……!?」


 唐突な爆音に、思わず耳を抑えたくなる。


 その中でなんとか無線の音に集中しようとするも、繋がった無線の向こうからも恐らく爆発音である雑音が紛れているのが聞き取れてしまい、更に頭が痛くなってくる。


『こちら蔓海隊! 四番機が墜ちた!』

『どちらから先に救助すれば……』

『ダメだ! 蔓海の四番機は操縦席まで木っ端微塵だぞ!』

『クソッ……!』


 皆、爆音と不明な状況から混乱していたが、すぐに復帰しようとしていた。


『何があった? あの規模の爆発だと内部の機関の暴走とかじゃないだろう? 救助部隊に弾薬は無いだろうし……燃料に火が着いたか? それとも――』


 誰かがそう口にしようとしたとき、俺にはその原因が見えてしまった。


「敵機だ」


 戦闘の中の業務としてではなく、思わず口からそう漏れ出ていた。


「活動全機に告ぐ! 上だ! 敵のレシプロ機がいる! 各機、回避行動!」


 改めて冷静になり、報告を上げる。


『どこからっ!?』

「西から来たが、数機はもう通り過ぎてるぞ。全方位に注意を払え」


 唐突に最悪な状況へと落とされた俺たちは、己の警戒心を最大にまで引き上げた。


『機種と機数は分かるか?』

「恐らく民国機だが、推進式の機体じゃないから最新機じゃないな。機数は確認出来ただけで5機はいる」

『分かった……クッソ……』

「蔓海、どうする? こちらの機体じゃ旧式とはいえ固定翼機には流石に航空優勢の確保は出来ないぞ?」

『ああ、分かってる。一旦帰投し、戦闘機を手配する。航空優勢を確保した後、改めて救助に向かう』

「了解した。若澄隊は蔓海隊に続いてくれ。駒喰隊は殿を務める」

『こちら若澄隊、配慮感謝する』

「気にするな。駒喰隊各機、勝とうとは思うな。出来得る限りの攪乱を行え。入り込み過ぎずに撤退を行うことも忘れるな」

『『『了解』』』

「……また危険の渦中、それも厄介なことに巻き込まれましたね」

「まったくだ」


 愛乃が俺の代わりに愚痴を漏らしてくれて、態々俺の口から言わなくて助かった。


『こちら駒喰隊三番機、機銃が弾切れだ。後は噴進砲で対応する』

「駒喰一番機から三番機、若澄隊の方へ行け。十分に攪乱を出来ないと、こちらまで危険が及びかねない」

『三番機、了解した。先に失礼する』


 若澄隊が燃料弾薬を多く使ってしまっていたと聞いてはいたが、それは一戦闘終えていた俺たちもそう違いは無かった。


『しかし隊長、栂多だけじゃなくて他の機も、隊長だって弾の数がそろそろ切れそうなんじゃないですか?』

「それはそうだな……、分かった。駒喰各機攪乱よりも撤退を優先しろ。ただし真っ直ぐ逃げようとはするな。速度では絶対に敵わない。回避行動を取りつつ撤退だ」

『『了解』』


 どうにもこうにも、俺たちは生き残らなければ戦闘も何もあったものじゃない。現在浜綴が保有しているヘリコプターの中で在栄が最も速くはあるが、それでも最高速度は時速170キロメートル前後。旧式のレシプロ戦闘機の巡航速度よりも遥かに遅いことに変わりはない。現在の文華民国空軍で使われている最新鋭ではない戦闘機……とも考えれば、少なくとも最高速度は時速450キロメートル以上は流石にあるはず。……改めて考えると分が悪すぎるな、これは。


「……クッ! こちら駒喰一番機、機銃は弾切れだ」

『こちら駒喰二番機、こちらも打ち止めです』

『こちら四番機、同じく機銃の弾が切れました』


 ほぼ同じくして、駒喰隊の機銃の弾が無くなってしまった。


「……武装無し、回避機動だけで保つと思うか?」

「ヘリコプターの戦闘機動で最も腕の立つ操縦手の一人と自負して言います。限りなく不可能に近いですね」

「だよなぁ……はぁ……。駒喰隊より若澄隊、そちらの機銃の弾はどれくらい残ってる?」

『こちら若澄隊。若澄隊四番機の噴進弾が残ってる。その他は銃弾も噴進弾も残ってないぞ』

「駒喰了解。絶体絶命、ってヤツだな」

「そんな呑気に言ってる場合ですか?」

「言ってないとやってられないもんでね」

「それは……そうですね」


 泣き言をいくら言っても状況は変わらないが、少しでも心理的に楽になりたいという心には逆らえなかった。


「駒喰各機、今まで制限してきた訳じゃないが、噴進弾を使っても問題は無いからな。高値の兵器とはいえ、無駄撃ちよりも使わずに撃墜された方が無駄だからな」

『二番機了解』

『四番機、噴進砲使用します』


 殿としての役割を終えて撤退のみにどう移行するのかを考えつつ、噴進砲の引き金に指を掛けたその時だった。


『隊長! そっちに敵機が!』


 誰が言ったのか無線越しでそう警告してくる。


「回避します!」


 愛乃が叫び、機体が傾く。


 警告される寸前にはその敵機に気付いてはいた。しかしその時には既に敵機はこちらを射線に捉えつつあった。


「……っ」


 傾く機体の加速度に声が出掛かるが、今の自分には祈ることしか出来なかった。


 ――――――、……ッッッ!!!!!!


 身体を揺さぶる衝撃。


 劈く爆音。


 それは、自分の乗る機体から……では無かった。


『こちら、第二〇二航空群、第二〇五飛行中隊、舞武(まいたけ)隊隊長の芝だ。取り敢えず、一機は落ちなくて済んだか?』


 衝撃は俺たちを狙っていた、今は炎上する敵機からのもの。爆音は俺たちを助けた海軍の噴式戦闘機、光風からのものだった。


「こちら陸軍第一〇〇飛行師団、駒喰隊隊長の相坂」

『相坂……なるほど』

「……? まぁ、助かった。が、もう少し早くに掩護してくれれば、墜ちずに済んだ機もあったんだがな。海軍の機も含めて」

『はは……そりゃその判断をした司令部に言ってくれ』

「一機撃墜したところで悪いが、他も露払いを頼む」

『分かった。それはそうと悪いが、帰るのは君たちだけで行ってくれ。あの海軍ヘリを追えば強襲揚陸艦に着艦できるはずだ』

「駒喰隊、了解した。では後を頼む」


 現場を彼らに託し、俺たちはこの場から離脱した。


「……命拾いしたな」

「……申し訳、ありません」

「彼我の戦力差は明確だった。白伏木中尉が謝ることでもない」

「それは……」


 彼女は言葉での自傷を止めさせられ、何も言えなくなっていた。


「戦場は良くも悪くも運だ。弾を使った後に不明機が来たのは運が悪かったんだし、俺たちが撃ち墜とされる前に掩護が来たのは運が良かった」

「……」

「反省をすべきところは俺にも中尉にもあるが、それは事後報告の中でするべきことだ。分かったな」

「はい、了解しました」


 今はただ、目の前で起こる問題の排除をするのみだ。


『こちら舞武隊二番機、隊長機が更に一機の撃墜を確認!』


 その無線に、ちらと後方を確認してみると、煙を上げて高度を下げる敵機の影が一筋。


 これには多少の安堵を覚え、前を向いた。


『こちら蔓海隊。着艦する強襲揚陸艦が見えた。各機、着艦の準備を。こちらは飛び始めで燃料がまだある。若澄隊から着艦し、次に駒喰隊が着艦してくれ。こちらが貴隊らの着艦を誘導支援を行い、最後に俺たちが着艦する。とはいえ、君らにもヘリを搭載して運用する船舶を有していると聞く。大体その通りと思って着艦してくれ。甲板に機体を緩やかに接地させるだけだ。やることは変わらん。……それでは、誘導を開始する』


 そこから着艦だがこちらの強襲揚陸艦で発着訓練を積んでいた俺たち駒喰隊も、そして若澄隊も難なく着艦することが出来た。甲板に出ていた海軍のヘリ乗りには「中々なモンだ。海軍に来るか?」何て言われるほどだったが、丁重にお断りをしておいた。


太平洋 瀬保海軍基地所属艦隊 強襲揚陸艦蓑亀 第三会議室


「済まないが、しばらくはここで待機しててくれ。陸軍の方と連絡を取り、いつ返したら良いのか、返す方法はどうするのか、それまでは君たちと君たちの機体をどう扱うべきかなどを聞いてくる」


 そう言って俺たちをこの部屋に連れてきた士官は去っていった。


 そしてそこまで広くはない会議室に、俺たち駒喰隊の8人と若澄隊の6人が詰め込まれていた。


「待機とはいえ、狭いし暇だな」

「部屋とお茶を用意してくれるだけ、マシなのかもしれません」

「……それはそうだな」


 無理やり集まったところで他の人と話す者も少なく、大抵は操縦手と砲手が話し相手になっていた。俺含め、一番話している相手だろうに、よく飽きないものだと思う。


「そういや、酒保ってどこかな?」

「そもそも陸軍軍人が使えるのか? 海軍の酒保って」

「用意された部屋がこことここから一番近い便所なんだろうし、この部屋以外は基本出入りは出来ないんじゃ……?」

「そもそも海軍にも酒保ってあるのか?」

「それは流石にあるんじゃねぇかな……」


 バカどもがバカなことで騒ぎ始めたのを遠巻きに眺めていると、俺と愛乃の座る席の机の向こう側から、ある人物がやってきた。


「隊長~、今良いですか~?」

「峰高少尉……良いが、何だ?」


 目の前に現れたのは、駒喰隊搭乗員の中、もといこの会議室の中に居るたった二人の女性搭乗者の内の一人、駒喰隊四番機操縦手、峰高八千代少尉だった。


「大したことじゃないですよ~。こんなときだからこそ親睦でも深めようと思いまして~。平時では鍛錬とか事務作業ではあまり話しませんし、航空無線でも私はあまり話しませんし~」


 彼女は座っていた椅子を持って来て、俺と愛乃の間に向かい合うように椅子を置いた。


「うっうん……さて」


 咳払いをしながら着席する彼女はどこか色っぽさがあった。ただ単に座るためにそうしているのかは分からないが、その大きな胸を強調するような動きをして座らないでほしい。目のやり場に困る。


「……」


 ……恐ろしくてその瞳までは見られないが、愛乃から冷徹な雰囲気が漂っていた。


「コホン。……それで、聞きたいことがあるのか?」


 あくまで「自分は隊員と普通の交流をしている」という言い訳のための“逃げ”の言葉でその場の空気を凌いだ。


「いやぁ~、本当に個人的なことなんですけど……」


 峰高少尉は服の胸元を持ち上げ、はたはたと手で仰いでいる。夏の南洋の海のど真ん中。冷房の効きも良くない上に、人の多いこの部屋で、その行為を咎められるほどの理由は……あったが、見逃すことにした。決して胸を見たかったという理由じゃない。指摘したところで、「性的に見ている」などと言われることは必至だと思ったためだ。


「隊長って、将来伴侶となる予定の方などはおられますか?」

「……ゑ?」


 個人的なことと前置きがあったとは言え、あまりにも意外過ぎる視点からの質問であったため、素っ頓狂な声が出てしまった。


「所謂婚約者だとか許嫁……若しくは恋仲の相手など?」

「……そもそもどうしてそんなことを?」


 はぐらかす様でもあるが、彼女が“親睦を深める”というのに、この話題は果たして適切なのかどうかも本当に気になった。


「それは……そうですね、やっぱり隊長はお若いことに変わりは無いので、そういった人がいると箔というか……言葉に重みが出ると言いますか?」

「あー……なるほど?」


 これも彼女なりの配慮……なのだろうか?


「残念ながら居ないよ、そういう人は。軍の内外でもそう言う話は来たことが無いしなぁ……。まあ、まだ仕事もまだまだの時期だと考えられてるんでしょう。軍の上層部も、新機軸の航空機乗りにちょっかいを出そうとも思ってない、というのと……もし噂が本当なら、他国に倣って陸軍航空隊を空軍として独立させ、創設するのに忙しいんでしょうね」

「まぁ……」


 その「まぁ」は一体、何なのだろうか。


「取り敢えず、『無い』ということで良いかな」

「それじゃあ、立候補しても良いですかね?」

「……何が?」


 話が一段落したところで、配られていたお茶を口につけた。


「うーん……婚約者候補?」

「ぶふぅーーーっ!!!???」

「大丈夫ですかぁ……?」


 そしてあまりにも急な話の展開に、口につけていたお茶を噴き零してしまった。零したお茶を拭いてる中、愛乃の方の机上も拭こうと見てみると、彼女も驚きで目を剥いていた。噴き零した俺に引いているのか、やや青ざめているようでもあった。


「ええ、問題無い……はぁ。で、何でしたっけ?」

「婚約者候補になれるのかなぁ~と」

「あの……失礼ですが、そこまで峰高少尉について知らないと言いますか……人格にしてもお家事情についても……ですので」

「だからこそ『候補』ということで、如何ですか?」

「『如何ですか』って……。取り敢えず今は、俺自身もあまり考えてないんで……」

「それはざ~んねん。じゃあ考えるだけ、考えて見てくださいね? それでは、私はこれで」


 そう言ってから、峰高少尉は元に居た場所へと戻って行った。


「ふーん……相坂大尉って結婚とか、その相手の事とかって考えてまだ考えてなかったんですねぇ……」

「あぃ……コホン。白伏木中尉までなんだよ……」


 愛乃の方からも話の続きをされてきたので動揺してしまい、他の隊も同室内で下の名前で呼びかけそうになってしまっていた。


「いえ、そうなんだなと思いまして」

「そうなんだもどうも何も無いだろ。第一中尉から見て俺がその手の話が来ているのを見聞きしたことあるのか?」

「……ありませんでしたが」

「その通りでしかなかった、ということだよ」


 何が悲しくてこんなことを自分の口から言わなくてはならないのか。


「……へぇ」


 聞いてきた割に言葉の反応は薄いが俺の何かに怒りか不満でもあったのか、ほのりと顔を紅くさせて上気していたようだった。


「二人の女をお座なりにしおってからに、俺の隊長はんは罪な男やでぇ!」

「少尉の方は兎も角、中尉に関しては俺が悪いのか……?」


 俺たちの話にいつからか聞き耳を立てていた栂多中尉が茶々を入れてきた。


「かーっ! 隊長はおどれの罪も数えられんようなヤツやったとはなぁ! これは地獄行きでんなぁ!」

「止めろ栂多。いくら隊長が朴念仁で女泣かせだとしても、流石にそれは言い過ぎだ。女たらしだとしても隊長に変わりは無いからな」

「お前ら……」


 石津川が諫めてくれるのかと思いきや、何故か追撃を食らってしまったのだった。


「失礼する」


 バカ話を暫くしていると、部屋の扉を叩く音がして、その後すぐに海軍士官がこの部屋に入って来た。


「君たちの処遇……というか、今後の予定が決まった」


 俺たちの扱いについて、決定が下されるのは日を跨ぐか、早くても日が沈む頃になるかと思っていたが、空が朱く染まりつつある程度で済んでいた。


 海軍士官が伝えたのは、決して複雑ではない行動予定だった。


 既に俺たちの機体には航空燃料が海軍によって補給されており、陸海軍間での情報も共有されている。俺たちは俺たちの母船である神津丸の方位へと向かって飛ぶだけ、とのこと。若澄隊の救助は海軍機による航空優勢の確保を行った後に、再び救助ヘリを派遣する手筈となっているらしい。


 因みに航空燃料の費用は陸海軍間での支払いがなされるらしい。俺たちの懐には関係の無い話だが、陸海軍間の確執に拘る人間も両軍の中で存在はするし、海軍に“貸し”を作ることになってしまった俺たちは陸軍の内部から嫌われるような人間になってしまったのかも知れないな、と言う懸念が一つ。


 懸念事項は兎も角として、本日中の移動が決定したのだった。


強襲揚陸艦蓑亀 飛行甲板


「在栄は月桂三型とも共通する部品は多い。当艦に搭乗しているこちらの整備士が出来るだけの整備はしておいた。共通ではない箇所は出来てはいないが……。そもそも損傷は無いだろうが、もしそこが壊れていたとしてもこちらに責任を問うのはご勘弁願いたい。それでは後は管制の指示に従ってくれ」


 俺たちが飛び立つ前、今までの連絡を伝えていた士官がそんな冗談を添えて見送りに来ていた。こちらも敬礼で返し、一息ついてから発艦に備えた。


「こちら駒喰一番機、発艦準備が完了した」

『こちら蓑亀管制、駒喰隊は一番機から発艦し蓑亀前方で待機。全ての機が発艦次第、陸軍特殊船、神津丸へ向かえ。駒喰隊全ての発艦後、改めて方位を指示する』

「駒喰一番機、了解した。発艦する。出してくれ」

「了解しました。駒喰一番機、発艦します」


 窓から夕陽が挿し込む中、身体が再び、この艦に着く前の浮遊感に包まれた。


『こちら蓑亀管制。駒喰隊、方位そのまま。若澄隊も間もなくその空域に到着する。そのままやや前方へ進み、もうしばらく待機せよ』


 管制が言うほどの時を待たずして、若澄隊が上がって来た。


『こちら若澄隊。現状三機、全て集結した』

『蓑亀より若澄隊、了解した。駒喰隊へついて行き、神津丸へ向かえ。駒喰隊は直ちに現在の方位を維持したまま前進せよ』

「駒喰隊、了解。若澄隊、着いてこい」

『若澄隊より駒喰隊、先導を頼む。……こちらも四機で帰りたかったが』

『……蓑亀から若澄隊へ。海軍として、彼らの救助が遅延していることを申し訳なく思っている』

『あー……こちらも言葉の配慮が出来なかった。すまない。まあいいのさ、駒喰の色男の隊長の下に暫くなれる』

『どういうことだ?』

「気にしなくていい。若澄隊、ふざけた話を続けていると置いていくぞ?」


 若澄隊隊長の失言に自身の冗談で何とかしたらしかった。何故か海軍の中で俺のとんでもない噂が流れそうなのは気に食わないが。


「はぁ……色々あり過ぎた一日だったな」

「……」


 飛び始めて数分、後方に見えていた蓑亀は米粒のように小さくなっていた。発艦して暫くは真っ直ぐ飛ぶだけだ。神津丸へ着艦する寸前になるまでは、ある程度肩の力を抜いていられる。


「戦果もそこそこ、情報もそれなりに得られた、帰投したら当分は出撃しなくて良さそうだ」

「……」

「愛乃……?」


 普段はある程度機嫌や調子が悪くても相槌くらいは返してくる愛乃だが、何故か今回はそれすら返ってこなかった。


「寝てるか?」

「寝てないのでご安心を」

「……」


 これは結構やらかしてしまったのかもしれない。


 私生活の中でも敬語で話すことの多い愛乃だが、ここまで他人行儀に冷たくあしらわれるのは余程の事だ。遠い日の記憶、小学校時代の夏休みのある日、遊びに誘われたのを寝過ごしてすっぽかしてしまったことがあった。その後に会った時の愛乃と言えば、言葉にならないほどの恐怖を感じたことを今なお覚えている。冷徹な瞳でこちらを射抜きながら、最低限必要な会話以外は徹底的な無視、会話が出来たと思えば小学生ながらに綺麗な敬語で返されて面喰ったのを、今の愛乃の対応から思い出した。


 あの時は何が悪いのかは明白だったため、そのことを謝り倒してなんとか許してもらったんだったか。


 しかし今は……。


「蓑亀での一件、何か癪に障るようなことを言ってたのか、俺は?」

「……いえ、そういう訳では」

「他に何か問題があったのか?」

「それは……」


 愛乃は言葉を言い切らないで、そこで口を止めていた。


「言って貰わないと、改善のしようも無いんだがな……。ことある毎に言っているとは思うが、俺たちは軍人で、報告、連絡、相談は物事の伝達に於いて重要なものだ。問題があるなら、尚更だ」

「……」


 陽が海に浸かり始めている。彼女の回答を待つ間、轟々響く羽根の風切り音を聞き、煌々と輝く茜色を流し見るなど。


「これは……」

「うん?」


 時間的に神津丸に着くまであと半分かと思っていたところで愛乃が話始めた。


「私の問題ですので。頭を冷やして考えて、そう言う結論に至りました」

「はぁ……そうか」


 そう言われてはなぁ。


「個人的な会話とはいえ、無視をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「ま、仕事さえしてくれれば、な。まあ、俺に何か問題が改めてあったとするなら、それが分からないことを謝っておくよ」

「い、いえ……本当にこれは……私の問題、だったので……」

「……」


 そこまで否定しているとは、本当に何を考えていたんだろうか。


「っと、神津丸が見えてきたな」

「あっ……そう、ですね」

「駒喰隊及び、若澄隊全機へ。もうすぐ神津丸に到着する。着艦準備!」


 彼女の考えをまとめさせるため暫く黙っていると、目標の地点が見えてきた。着艦の最中は先ほどのように話すことも難しいので、輸送任務としての着艦に集中することにした。


『神津丸より駒喰隊、着艦を確認した。よく返って来た』

「ああ。俺たちも返って来られて何よりだったよ」

『君らが海軍の船にいる間、司令部がこれからの作戦が立てた。君たちもその作戦に参加することが決まっている。降りたらすぐに若澄隊と共に司令部に行ってくれ。司令が待っている』

「はぁ……仕事が出来ると仕事がやって来るな。運輸部……というか、船舶司令部に非番を増やすように言っておいてくれ」

『ハハハ……それを言ったところで聞き入れるとは思えんがな。一応、言っておこう』


 昼に聞いたはずの声が、まるで数日聞いていなかったかのような懐かしさを覚えた。


「失礼します。駒喰隊及び若澄隊搭乗員、若澄隊三番機搭乗員二名除く計一四名、只今帰投いたしました」

「ああ、想定外の長旅になってしまっただろう。楽にしたまえ」


 司令の言葉に甘え、肩の力を抜いた。


「先ほど疲労が溜まっているだろうと君たちに休養を取らせるよう管制担当から要望が出されていたが、残念ながら君たちにも出てもらうことになる。と、その前に海軍の方から若澄隊の墜落した二名について、救助したとの報が入った。多少の衰弱は見られているようだが、作戦への投入は不可能では無いほどらしいので彼らをこの船へ帰還させ、体調の様子を見、問題ないと判断し次第、君たちが『明日』投入される作戦に参加してもらうことになる」


 司令の言葉に思わず顔が引き攣りそうになった。どうやら俺たちの休養は、精々睡眠が出来るくらいだということだ。いや、下手をすれば緊急の配置も俺たちかも知れない。


「君たちは先の作戦での疲労があるというのも把握している。夜間の警戒や緊急の配置には別の部隊を着かせている。明日の作戦までは基本的に眠りに就けることは確約する。……本船に直接的な被害が出るような戦闘が無ければ、だが」


 息が抜けると思った矢先、何らかの問題が発生してしまったのだということが伺え、頭の一片に痛みが走ったような気がした。


「さて、これからが本題だが、事態は混迷を極める。質問や訊き直しは受け付けるが、その分諸君らの睡眠時間が減ると考えたまえ。……君たちがこの船から飛び立ってそう間もない頃に、中央から情報が入った」


 そう前置きし、司令は作戦に至るまでの状況の整理を始めた。


「件の諸島の周辺海域に海洋資源が埋蔵している可能性が高いという話はもう既に知っているな? そしてそれが分かると途端にその資源を目当てに文華民国が諸島の主権を主張し出したことも」


 各々が頷き、話は続いた。


「そしてそれらとは別に、共産党勢力も周辺海域を活動が確認されているが、彼らの目的も当該資源の確保ということが推測されていたが、それは目的の内の半分だった。彼らの目的のもう半分は文華民国から政権を奪取、若しくは国家転覆をし、共産党国家の建国を行うことを最終的な目的とした独自の主権を有する自治体ないし橋頭保……拠点とすることを勧めようとしていたようだ。しかも文華民国内共産党勢力の背後には中央政府に対する不満を持つ一部の豪族、パ連や帆蘭土共産党、伊銀田連邦の協力者が存在していることも分かった。共産党勢力の思想的な協力者の他、伊銀田の協力者はパ連や我が国への牽制、紛争による国力低下を狙っている可能性も指摘されている」


 ……どうやら俺たちは、思っていた以上に国際社会の思惑と野心渦巻く闘争の真っただ中にいつの間にやら放り込まれていたらしかった。


「であるため、諸君らには明日の作戦の最中、“政治的配慮”によって作戦内容が変更される可能性を考慮して動いてくれ。では、これから作戦の仔細について説明する」


 かなり複雑な作戦が来るのかとも思ったが、そんなことはなかった。


 作戦内容自体は至って単純で、「目の前に来る揚陸艇を撃破せよ」とのことだった。


 文華民国の海上警備部隊の船や海軍の戦闘艦は海軍が担当、戦闘機などが現れた場合は海軍航空隊が対応するらしい。ただ、既に発進した揚陸艇や対空装備を持った小型船舶は大型艦で対処するには機動性やら何やらの面で不釣り合いと判断され、それらは海軍航空隊の攻撃機や、俺たち戦闘ヘリコプターで対応することになったらしい。俺たちの駆るヘリコプターは対空武装に対して貧弱であるためそれらを足が速い攻撃機が、そして攻撃機の搭載量では全てに対処できない可能性があるため、それらを持たない揚陸艇撃破の任を俺たちが受けたのだった。また明日、文華民国の部隊が大々的に動くという情報も情報機関からもたらされたもので、高い確度で同時に文華民国の反乱勢力も動き出す、とのことらしい。


 兎に角、全体の作戦は朝の7時から開始であり、その時点では海軍が前線で対応をし、俺たち陸軍はいつでも動けるように待機。海軍が逃がし漏らした勢力が確認されるとこちらに通報、俺たちはその制圧に向かう手筈になっている。ま、それ以外にも敵対勢力が出て来て海軍の偵察機の監視網に掛り彼らの対処が不可能、若しくは上陸済みの場合にも俺たちの仕事が発生する。


「以上が作戦概要の全てだ。質問は……無いな? 各位、よく休み、よく眠り、明日の作戦へ向けて英気を養え。解散」


 久方の戦闘に遭い、いつも以上の緊張に晒された肉体と精神は、決して寝心地の良くない寝床で寝ることを手伝って、臥せて一分も掛からない内に意識は闇に途絶えた。


翌日 神津丸 飛行甲板


『管制より駒喰、直ちに発艦し、指示する座標に速やかに向かえ』


 俺たちは昨日伝えられた作戦通りに出撃、文華民国海軍の揚陸艦を相手に取る……ことは無かった。


『繰り返すが、文華民国軍ではない武装勢力が古河島へ接近していることが海軍の偵察機から伝えられた。駒喰隊及び継巳つぐみ隊は急行し、これを排除せよ。なお、貴機らが到着する頃には当該戦力は古河島に上陸している可能性が高いとのことだ』

「駒喰了解。発艦準備完了。発艦する」

『駒喰隊一番機、発艦を確認。武運を』


 民国内反乱分子が古河島へ接近しているという報が入り、俺たちがその対処をすることになった。


『こちら継巳隊一番機。駒喰隊に続きます。継巳隊は実戦未経験なので……実戦に即した細かな指示があれば、よろしくお願いします』

「駒喰より継巳、こちらもドンパチのある実戦は片手で数えられるほどしかしてない。まずは習った戦闘教義を実践し、その中で自分で掴め。言えるコトとすれば、後は『生き残れ』、だ。死んだら何も残らない。生き残ることを優先せよ」

『継巳、了解しました』


 浜綴軍で戦闘と言える戦闘を経験したのは、およそ二十年前に起きた浜文戦争や極東赤道危機に於いての作戦に参加した老兵か、先の第二六鞘事件で対応に当たった者のみだ。


 俺たちの後をついてくる継巳隊は、第二六鞘事件後に結成された部隊であるようだった。


「古河島、見えてきました」

「例の上陸部隊は見えるか?」

「いえ……こちらからは」

「分かった。駒喰隊全機、俺たちは反時計回りに島の周りを回って索敵。継巳隊は時計回りで索敵をしてくれ」

『継巳隊から駒喰隊へ、了解した』

「島の周りを回って敵に遭遇せずに両部隊が再会すれば、そのときまた別の指示を出す」


 そして隊を二分して島の周辺を索敵。


「……いねぇな」

「いませんね」

「駒喰隊各機、居るか?」

『二番機、見えません』

『こちら三番機、周囲に敵と見られる部隊なし』

『四番機、こちらからも敵部隊は見えません』

「そうか……」


 定期的に確認を取りつつ、更に数分後。


『前方に航空機』

「こちら帝國陸軍駒喰隊。そちらは継巳隊か?」

『こちら継巳隊。敵部隊との遭遇は無かった。そちらは?』

「こちらも収穫は無しだ。はぁ……。通報があった方向に向かう。ついて来い」

『継巳、了解』


 先に伝令のあった方角へ向けて、機体を傾けた。


「前方に船舶を確認。数は三……いや、五。全て赤い旗を掲げています」

「思ったよりも遅かったが、民間船ならそんなものかもな。各機、戦闘用意!」

『『『了解!』』』

『……これが、実戦……』

「継巳の機体、独り言が漏れてるぞ。世界中に中継するな、切れ」

『す、すいません!』


 実戦経験の無い部隊を引き連れての実戦。実戦を経験したことの無かった去年の俺に言った驚きそうなことだと思いつつ、引き金に指を添えた。


「各機、出し惜しみは無しだ、噴進砲も使っていけ。敵は対空機銃や誘導型噴進弾を使ってくる可能性がある。こちらの射程が優位である内に撃破せよ。噴進弾は値が張るからと上から使用を『ここぞ』というときだけと言われていると思うが、今が『ここぞ』というときだ。機体と人員は載ってる噴進弾の価値よりも高いということを考えろ」

『りょ、了解!』


 そして空から海へばら撒かれる噴進弾。


『継巳隊一番機、一隻撃破』

『継巳隊三番機、撃破』

『継巳二番機、こちらも撃沈した』


 戦闘の宣言をして一分も掛からない内に半数以上を撃破。流れが良い。


「戦果は良いが、あまり調子に乗り過ぎると死ぬぞ。周囲を警戒しろ」

『『『はっ!』』』


 そしてこちらも遅れを取ることの無い様にと、駒喰隊の機が発砲した。


『駒喰四番機、一隻撃破』

「残り一隻、こちらが貰う」


 最も遠い位置に居た船に対して照準に捕捉できるまで、待つ。


「発射」


 なるべく雑念を排して指を動かす。


「駒喰一番機、最後の一隻を撃破」


 冷静を装っている、愛乃の声が響いた。


「周囲を警戒。第二波は来てるか?」

『こちら駒喰二番機、周囲に敵影無し』

『継巳隊一番機、周囲全ての海に敵は……あ』

「どうした?」

『そ、空に――』

『こちら海軍航空隊。古河島を防衛している陸軍航空隊へ』


 陸海軍が共同で扱っている無線帯域で、継巳隊一番機からの声を被せるかのように海軍からの無線が入った。


『すまないが、こちらの失態で敵航空機をそちらに逃してしまった。対応してくれ』

「逃した機種と機数を教えてくれ。……あれは」

『えぇと……、逃した機数は四。機種は全て――』


 継巳の一番機が見えていたモノが今、俺にも認識できるような距離にいた。


『「オートジャイロだ」』


 無線の声と、俺の声とが重なった。


「各機聞いたな? 前方から来るぞ! 戦闘を継続する!」

『『『了解!』』』

「敵機四機に対して俺たちは計八機。油断はならないが、油断せず対処するならすぐに終われるはずの仕事だ。片付けるぞ」


 ヘリコプターという機種は決して対外的に厳重に秘匿している訳でも無いが、運用開始して間もない種類であり、また似た性質のオートジャイロも武装されているモノは少ない。つまり俺たちがほぼ対等な相手と戦うことはこの作戦ではまず無いだろうと考えていた。しかし、戦場とは何が起こるか分からないものだということを思い知らされた。


「無理せず二対一で追い詰めろ。ヘリに出来てオートジャイロに出来ないことは多い。だがヘリよりもオートジャイロに長けた部分も存在するということを忘れるな」


 俺自身、文華民国軍にオートジャイロが制式採用されていたこと自体は知っていたが、それがどんなものかという詳細は知らなかった。見たことは勿論なく、性能緒元の数値はおろか、それらが公開されているのかも俺は知らなかった。


「各機、真正面から迎え撃て。駒喰二番機、俺と一緒に来い。高度を取って回り込むぞ」

『駒喰二番機、了解』


 もしかしたらそんなことをする必要の無いほどの戦力差かも知れないが、相手の集中力を二分させてみる。正面戦力でも六対四、不利では無いし、負けることはそう無いはず。


『隊長、一機掛かりましたね』

「落ち着いて処理するぞ。こちらが囮になる。アレが隙を見せたらやってくれ」

『了解』


 二番機が一旦この場を離れ、それとは対照的に俺の機はこちらに向かってくる敵機に近づいた。


「射線を維持しつつ旋回してくれ」

「了解」


 近づきつつも相手の正面を避けつつ、こちらの射線を確保。難しい機体制御ではあるが、愛乃は吐息一つも乱さずに注文した挙動を機体にさせた


「……っ!」


 引き金を引く。


「敵機、回避。こちらの攻撃をかわされました」

「これでいけるか……?」


 数発、敵機の胴体部に当たったような感触があったが、墜ちはしなかった。


 しかし勿論、それも作戦として織り込み済み。


 回避挙動を取った敵機の回転翼が根本あたりから破壊された。


『駒喰二番機、敵機撃墜』

「こちらからも確認できた。よくやった」

『残した彼らを支援しに行きましょう』

「ああ」


 回転翼が散った敵機は煙を上げながら墜落。それは呆気ないものだった。


 即座に終わった戦闘に何の余韻に浸ることもなく、先の戦闘域へ戻ろうと旋回する。


『こちら駒喰三番機、敵機撃破』


 元の空域に戻ってから、撃墜報告を一つ。


「まだあと二機、残ってるな」

『やはり継巳隊にはまだ荷が重かったか?』

「俺たちも別に対空戦闘を経験があると言えるほどしてきた訳じゃないけどな」


 継巳隊もまだ全機残っており、つまり残る戦闘は八対二で行われる。ただ、ここから見える継巳隊はやや戦闘に手こずっているように見えた。


「駒喰隊全機、継巳隊を支援せよ」

『『『了解』』』


 この状態で取れる選択肢……というか、出すべき指令はこれ以外には無かった。


『継巳隊四番機、一機撃破!』


 この数の優位性に圧倒されたのか、敵機の動きに迷いが生まれ、鈍くなったところを継巳隊の機が撃破していた。


「流石にこちらが多すぎて、こちら側も動きにくくなってるな……。継巳隊、古河島に戻って上陸しようとする船舶があれば上陸を防げ。航空戦力は……来ないとは思うが、来たら無理をせずに逃げろ」

『継巳隊、了解しました』


 継巳隊が転進しようとしたそのとき。


「おい、馬鹿野郎! クソッ……!」

「……っ!」


 愛乃は俺の態度から意図を察したようで、俺の想った通りの位置に機体を操作し、敵機を攪乱するように動かした。


 ゴァン! ガガァン!


 機内に響く跳弾の音。


「すいません、当たってしまいました……!」

「落ちなかったから良い。にしても……チィッ!」

『こちら駒喰四番機、敵機撃墜しました』

「そうか……はぁ。……駒喰隊全機、古河島に戻る継巳隊に続け」


 敵機の弾が当たり、こちらが崩した体勢を立て直そうとする前に俺の部隊の機が残った敵機を墜としていた。取り敢えずは一安心……なのだが。


「継巳隊、神津丸に戻ったら事後報告の時間を多めに取るぞ」

『は、はい……分かりました』


 こちらとしてもあまり多く口を出したい訳でないが、こればかりは人命に関わるので、妥協は出来なかった。


 その後、もう一度上陸目的だと思われる小型船舶を四、五隻退け、後の部隊と交代をして神津丸に帰投した。


神津丸 会議室


「これより、事後報告と反省点の振り返りを行う。取り敢えずは皆、よく帰ってきたな」


 作戦司令は現在稼働中の作戦の立案、改善にあたっている為、この事後報告は俺が仕切ることになり、司令にはこの事後報告の議事録を渡し伝えることになっている。


「――以上が、先ほどまでの俺たちに課せられていた任務と、それに伴う成果だ」


 まずは一通りの任務の振り返りと、成果の確認。俺と皆の記憶違いも無く、滞りなく進んだ。


 そして、ここからが本題だった。


「まあ、結果だけを見れば俺たちは何事もなく任務を遂行し、怪我一つなく帰投した。結果だけを見れば、だが……」

「「「……」」」


 俺の話し方の変化を読み取って、息を呑む一同。


「海軍が取り残したオートジャイロがこちらに来ての戦闘、概ね問題は無く冷静に対処できていた、はずだ。だが、最後の最後で重大な失敗……危機を招いた機がいた。分かるか?」

「「「……」」」


 黙ったままの乗員たち。


 まあ、これは仕方のないことか。当人には自覚は無いだろうし、周りも自分のことが精一杯で、あの状況で他の機に対して気を配る……なんて余裕を持てる人間の方が少ないだろう。


「とはいえ、俺もどの機だったかまでは覚えてないが、部隊章は見えた。継巳の機体だった」

「「「……」」」


 継巳の隊員全員が自分のことかと俯き、それを何とも言えない顔をして見ている駒喰の面々。


「諸君らは特に、注意して聞け。……勿論駒喰隊もあり得ることなのでしっかり聞いて欲しいが」


 一旦注意の内容から逸れてしまった意識を本題に戻した。


「その機体は俺の『古河島に戻れ』の声で戻ろうとした継巳隊の機体の内の一機が残っていたオートジャイロの射線を通るような位置で旋回した。『戻ろうとして意識が逸れて、敵機の射線が変わったことに気付かなかった』ですらなく、『既にあった射線の前を通って戻ろうとした』、だ。ハッキリ言って、戦場での意識が低いと言わざるを得ない。それに気づいたこちらの操縦手が敵機の攪乱を狙って射線を遮り、なんとか被害をこちらの尾部側胴体に数発受けた程度に収まったが……。気づかなかったらその機が墜ちていてもおかしくは無かったはずだ」


 ここまで言うと、両隊の顔はより真剣に考えている顔になった。


「そういう訳で……須藤中尉」

「は、はっ……!」

「以て貴君には始末書の作成及び、隊の意識改善をするよう要請する」

「承知いたしました! 即座に始末書の作成、危機意識を適切に持つよう教育を行います!」


 これにて、今回の作戦の事後報告は解散となった。


 その後、作戦司令に作戦についての議事録含む報告書を提出するために船内の司令部の置かれた部屋へ出頭した。


「――以上が実際の作戦の内容です。そちらが事後報告の報告書です」

「ふむ……これは」

「いかがいたしましたか?」

「いや、思い違いかもしれないから、まだ分からないが……」

「はぁ……?」

「確かに、オートジャイロだったのかね?」

「はい。駒喰隊、継巳隊の両部隊の全員が目視しています。海軍が撃ちこぼした機体だと言っていたので、海軍の方にも目視した者はいるのかと」

「そうか……。うぅん……これは、仮定の話なのだが」


 司令は一息吐いてから、話を続けた。


「君たち駒喰隊や若澄隊が以前交戦したというレシプロ戦闘機……畢方(ひっぽう)は生産される工場は文華民国の様々な工場で生産されているのと、またその機の搭乗者が正規軍か反乱分子かは分からなかった。だがオートジャイロ、金烏(きんう)についてはそうではないのだ」

「と、いいますと?」

「文華民国軍は、この戦いにそのオートジャイロを投入していない……現在文華民国が扱っているオートジャイロは後々武装を搭載する予定はあるらしいのだが、武装型はまだ開発段階であり、開発途中の武装型を正規軍が何機も投入するとは思えない。つまりアレらは反乱分子が勝手に持ち出したと、ほぼ確実に言えるだろう。そして更に重要なのが、オートジャイロを開発、生産しているのは、文華民国内で反政府勢力であると言われている地方有力者が資金提供をしている航空機の研究所だ。文華民国中央政府はその疑いを未だ確信に至るまでの証拠を掴めていないらしく、今回の“コレ”も恐らく知り得ないのかも知れない。だからこの情報を文華民国に提示することで、こちらの要求を通りやすくさせることが出来るかも知れない、とな。まぁ、捕らぬ狸の皮算用だがな、文華民国側が軍を退かせるかどうかは」

「そういうことですか……」


 どうやら俺たちが討った相手の機体は、この戦況において政治的な意味で重要な意味を持っていたらしい。


「これについては俺の想像の中の範囲の話でしかない。他の隊員たちや船員には言わないように」

「勿論です」


 取り敢えず、暫くは古河島を中心に島嶼防衛をしていくことになるのだろう。次の出撃に備えてするべきことをした後は、休むことにしたのだった。


翌日 会議室


「事態が急変した」


 全く、戦場で悪い予想ほどよく当たるとはよく言ったモノで、その通りとなったようだ。


 朝、起きて出撃の準備をしていたところ、急に司令部から呼び出しを食らって、今ここに居る。


「ああ……大きく分けて二つ、良い話と悪い話がある」


 そして司令はどこかで聞いたような話し口で急変した事態について話し始めた。


「まず、良い話……だが、昨日古河島防衛の任についていた部隊からの報告で、オートジャイロがこの戦闘に用いられていることが分かった。このオートジャイロというのは――」


 それから昨日、司令から聞いた「想像の中の範囲の話」とほぼ同じような説明をされた。


 そして。


「こちらの政府が文華民国政府に対して、反乱分子の重要情報を渡す代わり、当該島嶼の領有権の主張を止めることを要求したらしい。……昨日の今日で政府も動きが速いが、今の政府にはそれほど重要な案件ということなのだろう。それで文華民国の答えは領有権の主張は続けるが、展開した軍の撤収、及び共同領有などの代案の模索で手を打ったらしい。元々あの島々は我々が正式に保有していたというのに、図々しいな。だが政府は一応その案を了承した。こちらからはその『模索』と言いつつ渡すつもりが一切無いというようにも見えるがな。これがまず一つ目の『良い話』だ。そして次に、『悪い話』だ」


 司令はここからが本題だと言わんばかりに息を整えて話を続けた。


「文華民国中央政府はこの反乱分子の鎮圧に向けて正規軍戦力を集中させるとのことが、既に海洋や島嶼に進出したものについては捜索及び追撃を中止し、対処するのは本土に戻り攻撃を行おうとする反乱分子への迎撃のみに留まらせる、らしい。つまり私たちは古河島防衛と海上に分散しているかも知れない反乱分子の発見と鎮圧をしなければならない、ということだ。そしてこれらが今、展開している海軍と我々陸軍船舶司令部に与えられた指令となった。諸君らは引き続き陸軍船舶司令部の手足となって、反乱分子鎮圧に向かって欲しい。海上の敵船舶については殆どが海軍が対応するので、我々は島嶼の上陸阻止、防衛が主となるため稼働は海軍よりは少ないはずだ。……これは昨日までとあまり変わらないのだろうが、掛る努力のより一層の向上を期待する」


 行う任務自体はそこまで変わらないのだが、三つ巴から一対一の戦闘となるのは意識が変わるというのもあるのかも知れないな、と思った。


 敵対者として相手にする数が減って楽になると思いたいのだが、こういった予想は中々当たってくれないというのが世の理……そう思って、楽観視しないで事に当たることにしたのだった。


神津丸 飛行甲板


『航空機発艦中。飛行甲板の作業者は注意せよ』


 神津丸から発艦するヘリコプターを見送る。


 彼らは俺たちが古河島の施設の施設を破壊し軍人だか反乱分子だかを追い出した後に敷設した、ヘリコプターだけの臨時飛行場に向かうらしい。俺たちのした仕事も意味があったのだと感慨深くなるな。


「相坂大尉、そろそろです」

「そうか、ありがとう。今行く」


 整備員に声を掛けられ、自分の準備へと移った。


「全項目確認完了。出撃可能です」

「了解。駒喰から管制、いつでも出撃可能だ」

『管制より駒喰、了解した。直ちに出撃せよ』


 俺たち駒喰隊に与えられた仕事はこの周辺の島々の中で二番目に大きい島、玖波島の防衛だ。二番目に大きいとは言え玖波島には大した施設などは無いし、臨時の飛行場も敷設されていないほどの島だ。しかしながら、上陸され隠れ家などを建てられたら面倒であるのも事実。そういう訳もあって、この島を無視するわけにはいかない。


「それにしても、敵船舶が来ないな」

『これが普通のはずだと思うんですけどね、隊長』

『何でもかんでも俺たちが対応していたこと自体がおかしかったんですよ。他の隊も戦っているとは思いますけど、ここまで遭遇しているのは運が悪いとしか言えません』

『この作戦で最も会敵した部隊は私たちだと、専らの噂ですよ』

「はぁ……俺が毒され過ぎか、戦場に」

「……大尉、来ました。敵船舶です」

「言ったそばからか……。野郎ども、俺たちは不運に好かれてるらしい。仕事だ」

『『『了解』』』


 政治的な戦況が変わり、いつまで続くかも分からない中、俺たちは再び戦いにこの身を投じることになるのだった。


「駒喰一番機、敵船舶撃沈。駒喰隊各機、状況を報告せよ」

『駒喰二番機、敵船舶撃破。周囲に敵影無し』

『こちら三番機、同じく敵影無し』

『駒喰四番機、現れた敵船に数発当てたら海域を離脱しました。周囲に敵影、認められません』


 手慣れたもので、敵を撃破し残りを退散させるまでに、数分と掛からなかった。


「ふん……そろそろ良い時間だ。一団を退けたし、今から帰っても咎められはしないだろう。そろそろ――」

『隊長!』


 帰投の令を下そうとしたとき、無線が入った。


「どうした?」

『北西側の海に……影が』

「影?」


 言われた方角を見回してみると、黒い何かが海の中で横たわっていた。


「鯨か……? いや……」

「確認された目標、浮上します」


 愛乃の言葉が終わると同時に、海の中の黒い影は白い波の泡を切りながら、その姿を現した。


「あれは……潜水艦……か……?」


 唐突に現れた目の前の異物は海面に出て暫くの間、静寂を保っていた。


「ここらで帝國海軍の潜水艦が活動しているという報告はあったか?」

「いえ……その覚えは無いです」

「こちら帝國陸軍第一〇〇飛行師団、駒喰隊。この声が聞こえる帝國軍は応答せよ」

『こちら若澄隊。駒喰隊か、貴隊との交代の為に出てきたが……』

「用件がある。周囲の陸軍でも海軍でも良いから、この周辺で活動する潜水艦がいるか海軍に問い合わせるよう頼めないか? 不審な潜水艦が現れたが、こちらはこの海域に海軍の潜水艦がいるとは聞いてないからな」

『若澄隊から駒喰隊へ。了解した。伝え次第、貴隊との任務交代をしに戻って来る』

「改めて、よろしく頼む」


 連絡役として相手になったのは俺たちの任務を交代しに来た、前に同じ空を飛んだ若澄隊だった。


「取り敢えず……全機、警戒態勢。帝國の旗を掲げるまでは、気を抜くなよ」

『『『了解』』』


 俺たちは遠巻きに、出てきた潜水艦を追跡することにした。


「所属不明艦、航跡波が向こう側に……こちらに向かって回頭してきます。見つからないよう、こちらも前方からは見えない位置に移動することを具申します」

「分かった。駒喰隊各機、隊長機に続いてなるべく潜水艦の正面から見えないように周り込め。アレが敵艦だった場合、一秒でも認識を遅らせるためだ」


 そう言いつつもいつものことながら、希望的観測というものは裏切られるというのが常だ。


「各機注意! 不明艦から更に北、もう一隻いるぞ」

「あれは……潜望鏡でこちらを捉えているかも知れません。北側の不明艦、海中にいながら回頭するようです」


 そこで一つ、無線が入った。


『こちら若澄隊、駒喰隊へ。近くに海軍がいて連絡が取れた。この海域に活動中の潜水艦は居ない、攻撃を良しとする、だそうだ。一応、無線で所属を問えともな。また空母などに連絡し、海軍航空隊の対潜哨戒機などの増援が来るまでなるべく追跡し、攻撃されたら迎撃せよとのこと』

「言ってくれるな……分かった。それと若澄隊、悪い報せだ」

『どうした駒喰隊』

「もう一隻、潜水艦を発見した。若澄隊は先に見つけてこちらで浮上した方の追尾をしてくれ。こちらは逃亡を図ろうとしているもう一隻の方を追跡する」

『こちらもすぐには到着しないが……』

「元からいた方の目的は玖波島の上陸か先行偵察である可能性が高い。玖波島に着けば問題は無いはずだ。今は玖波島北西部から南下しようとしている」

『了解した、追跡する。そちらも無理は無い様に』

「ああ。ではこちらは逃げる不明艦の追跡を開始する」


 そうして俺たちはもう一つの海の影を追うことになった。


「この海域の先は海底が深くなるよな?」

「そうですね。このまま逃がすと二度と行方を追えなくなる可能性が高いかと」

「だよなぁ……。だからと言って撃つ訳にもいかないし、爆雷も持ってきてない……。そもそも神津丸には積まれてないし、陸軍にあるのかも分からんが……」

「どう考えても浮上を待つべきかと」

「燃料を考えても、あともう少ししか追えないな。時間……というか、運との戦いだな」

「こればかりは爆雷を持ってないので仕方のないことだとは思います……」

「うーん……。駒喰隊各機、潜水艦が浮上するまで追跡し続けるぞ。浮上し、無線に応じなかったら攻撃を叩き込む」


 無い袖は振れない。せめて振れることのできる時が来るのなら、その時を待つしかない。なるべく感づかれないよう潜水艦の潜望鏡の視界には気を付けているが、バレていないことを祈るばかりだ。


「大尉、潜水艦に動きが」

「各機、いつでも撃てるように、撃ち方用意」


 待つこと数秒。


「対象、浮上します」

「まずは無線で確認だ、まだ撃つなよ。……あー、あー、そこの所属不明の潜水艦に告ぐ。当海域は大浜綴帝國領海内である。応答し、所属と航海目的を明らかにせよ。所属と航海目的を明らかにしない場合、貴艦を撃沈する。繰り返す――」


 言い終わり、再び待つものの……。


『隊長、発砲許可はまだですか?』

『こちら駒喰隊二番機、隊長の声はどの無線の帯域でも聞こえていました。発砲の許可を』

「そうだな、発砲を――」

「待ってください、甲板に人が出てきました」

「んんっ! ごほっ……まだだ。無線機が壊れてて、手旗信号か発光信号をするしかないのか?」


 何らかの意思を示すために甲板にでてきたのかと、発砲に待ったを掛けた。


「あれは……」

「遠くてよく分かりませんが、旗では無いような……信号灯でしょうか?」

「うーん……? ……ッ!?」


 よく見えないため目を凝らして見てみると、それが何かよく分かった。


「駒喰全機! 回避! 交戦を許可する!」

『隊長、何が……』

「避けろ! 撃て! 『来る』ぞ!」

『はっ、はい!』


 駒喰隊の全ての機が散らばる様に挙動し、艦から放たれた「それ」を回避した。


「携帯式噴進弾発射装置……」

「潜航せず迎撃するのは潜水機能に異常が……? いや、ここで全てを墜としてから逃げたいのか、それとも戦果が欲しいか……どちらにせよ、舐められたモノだな」

「他人員も出てきました。同じく噴進弾の発射要員か、対空機銃手でしょう。目標を捕捉する位置に移動します」


 甲板に出てきた彼らが攻撃の用意をする前に、こちらの射線を潜水艦に合わせた。


「……射」


 連装噴進弾を発射する。


「二発くらいは当たったか?」

「三発当たりました」

「他の機もそれなりに当たってるな。こっちも負けてられないな」


 多くの噴進弾が着弾した潜水艦の甲板は立っていられないほどの衝撃、振動がある為か甲板上の対空要員らは大多数が手すりに掴まるか膝を甲板に着けているかだった。


「ヘリは対空兵装に弱い。少なくともそれらは排除するまで掃討せよ」

『『『了解!』』』


 そして噴進弾発射装置や対空機銃で対抗しようとしている人員に対して機銃を放ち、甲板の上から彼らを排除した。


「各位、撃ち方止め。投降を呼びかける」


 そして無線を切り替えつつ、喉の調子を整えた。


「敵対する潜水艦へ告ぐ。貴艦の対空能力はほぼ全て失われたように見える。これ以上の抵抗は更なる死を招くのみだ。白旗を掲げ武装解除し、投降せよ。さもなくば、貴艦を撃沈する。これが最後の警告だ」


 警告を発した後、すぐに甲板に人影が見えた。


 先ほどとは違い、射撃するために近づいていたためその人物が何を持っているのか、はっきりと分かった。


「各機! 潜水艦は投降するつもりが無いらしい。沈めるまで撃て!」


 持っていたのは白旗などではなく、鈍く鉄色に光る獲物だった。


「もう一度捕捉できる位置に移動を――」



 ――――――ッッッ!!!



 身体、いや機体全体に、衝撃が走った。


「くぅぅ……出て来たヤツので被弾したか。良い腕だな全く……。愛乃、生きてるか?」

「え、ええ、大丈夫です。身体には傷一つないです。機体も衝撃で硝子にヒビが入って見えにくくなったくらいで、操縦に問題はそんなに無いです」

「そうか、それなら良かった」

「兄さんも大丈夫ですか?」

「ああ、問題無い。機体にまだ出てきて無い問題があるかも知れないから、仕事をとっとと終わらせて、さっさと帰ろう」

「はい」


 あまりに低空で近づき過ぎたためか、人の持てる銃砲程度の弾の直撃で強化されていたらしい硝子も貫通してしまったらしい。防弾用の硝子の研究もまだまだ課題は残っているようだ。しかし……。


「チッ……」

「どうかしましたか……?」

「いや、なんでもない。作戦を続けるぞ」


 貫通した弾なのか割れた硝子の破片なのか、それを掠めた左腕の痛みに耐えながら、引き金を引き続けた。


「駒喰隊各機、撃ち方止め」


 流れる血を止めることも出来ず操縦室内部に血溜まりの色が濃くなった頃、戦闘の終結を宣言した。


「敵潜水艦、沈んでいきます」

「駒喰隊、間違えても近づくなよ。爆発するかも知れないし、それに巻き込まれるかもしれない」


 水面に出ていた船体が徐々に歪みながら沈んでいき、船体全てが水面下に沈んだその瞬間、水柱が上がって爆音を轟かせた。


「戦闘の終結を宣言する。駒喰隊全機、被弾した機はいないか?」

『二番機、問題無し』

『三番機、問題ありません』

『四番機、被弾しましたが、搭乗員と操縦には問題ありません』

「そうか。こちらは操縦席に被弾してしまった。燃料の残量も気になることだし、直ちに帰投する」

『三番機から一番機、問題は無いか?』

「ああ、死ぬことは無い。が、機関や油圧装置などに出てない障害があるかも知れない。途中に何かあっても帰投するぞ」

『了解しました』


 帰投を最優先にしつつ、隊員に不安を与えないよう程度情報を出さないで最低限の情報だけを伝えた。


「それにしても、何で彼らは対空兵装でこちらを攻撃したんでしょうか? 潜ってやり過ごすことも出来なくは無かったでしょうに」

「潜航能力不足が第一に考えられる要因……というのは一先ず置いておいて、それ以外となるとヘリの戦力を軽視していたか、帰れなかったかだな」

「帰れなかった、というのは……」

「文華民国の中の反乱分子の居場所は『オートジャイロの研究所を有する地方有力者の土地』周辺が最も隠れ蓑として広く分布してた可能性が高いけど、既に港などの主要な施設や土地は治安部隊が出動しているのかも知れない。それを知った反乱分子が港を出てか、それとも元から海に居たのか、古河島や玖波島を目指してその土地を次の隠れ蓑にするつもりだったのかも知れない。どちらにせよ、軍属外の人間も加担しているかも知れない連中だ。軍人が考えられる範囲の行動をしないこともあるんだろうな」

「そういうことも考えられるんですか……」

「俺の頭の中だけの話だけどな。あくまで可能性の話だ」


 腕の痛みを忘れる為に多少の会話を愛乃と交わしつつ一旦、玖波島まで戻って現在位置の確認を行う。


「そろそろ玖波島か……」

『こちら大浜綴帝國陸軍第一〇〇飛行師団、若澄隊。そちらの所属を問う』

「こちら駒喰隊。こちらの潜水艦は対空砲火で先制攻撃を行った為、撃沈した。そっちはどうだ?」

『やはり駒喰隊か。こちらもほぼ同じく、だ。ただまた三番機が被弾して、玖波島に不時着した』

「大丈夫なのか?」

『両名の生存は通信で確認できた、問題無い。……って、そっちこそ大丈夫か?』


 こちらの風防の視認が出来る位置にまで近づいたからだろう、若澄隊隊長の声色に不安の色が混じったのが通信越しに分かった。


「ああ、操縦には今のところ問題無いし、生きて帰るつもりだ。この状況もあって俺たちは帰投するが、良いな?」

『それは良いが、こちらの三番機を救出する部隊の要請を頼む』

「任された」


 その後、特に劇的な何かがある訳でも無く帰投し、神津丸の飛行甲板に着くことができた。


神津丸 飛行甲板


『神津丸より駒喰隊、お帰りなさい。災難でしたね』

「若澄隊も一機不時着してる。非軍人の人間もいるからか、予測の難しい状況で被弾してるのが他にもいるのかも知れない。俺たちの部隊は運が良かった方だ」

『兎にも角にも、帰って来られてこっちは一安心ですよ』

「被弾した際に窓枠が歪んで開けにくくなってるかも知れん。降りる介助を頼む」

『了解した。駒喰隊一番機は機関停止し、そのまま待機せよ』


 硝子が周りの光を散乱させて見えにくくなっているものの、艦橋から人が出てきてこちらに集まって来るのが分かった。


 ガッガッギギギと音を立てて風防が開かれた。先ほど言った通り、被弾して歪んで開けづらくなっていたようだ。


「お疲れ様です、早速……え」

「中尉の方から先に降ろしてやってくれ」

「いや……」

「んー……これで」


 降りる介助をしにきた人員がこちらの血を見て絶句していた。この傷について言及されると愛乃に要らぬ罪悪感を与えるかもしれないと思い、人差し指を口元に当てて言わないように頼んだ。


「……分かりました。白伏木中尉、立てますか?」

「? ええ、大丈夫です」


 理解してくれたようで、愛乃を先に降ろしてからすぐ後にこちらの降りる介助に戻って来てくれた。


「衛生を呼びますか?」

「医務室は俺だけで行けるから、そっちの準備の方を頼む」

「一人で降りれますか?」

「助けて欲しいですかね。あ、腕を引っ張り過ぎて、もぎ取ってくれるなよ?」

「はは、笑えないです」


 その後、介助の手を借りて機体を降り、医務室へと向かったのだった。


 診てもらっての状態というと、回復後の握力が低くなるかも知れないが生活には支障は無い、とのこと。軍人としてどうなのかという話になると、訓練など含めた復帰準備をして見ないと分からないらしい。


 取り敢えず死んだり腕を切り落としたりするようなことにならなくて良かった、とだけ言っておこう。


数日後 神津丸 会議室


「――以上により、本部は当作戦の終結を宣言、海軍と共に神津丸を中核として動員されていた陸軍船舶輸送部、飛行師団らの撤兵を行う。帰港予定日時は――」


 斯くして、後に対立し合った浜綴、文華民国、共産党勢力の三勢力の頭文字を取って浜文共事変、若しくは西南諸島事変などとも呼ばれる軍事衝突は終結し、俺たちは本土へと戻ることとなるのだった。


 戦場の緊張感は別として、個人的に大変だったのは本土へ帰ってからだったのだが。

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