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オトメマジカル  作者: 沼米 さくら
3.5th Season 恋愛戦争編

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#58 ラストデート

おまたせしてすみません。


「明日から冬休みだねぇ」

 休み時間。教室。マーキュリーが不意に口にした。僕は少し肩を震わせる。

「冬休みですかぁ……。皆さん、なにします?」

「あたしは里帰りかしらねぇ」

 僕は更に息をつまらせた。

「里帰りですかぁ。いいなぁ、私は帰る故郷なんてありませんもん」

「じゃあさ、アリアちゃんも一緒にうちくる?」

「いいんですかマーキュリーさん!」

「パパに頼めばたぶん一人くらい増えたところで余裕だろうし」

「やったぁ!」

 ぶるんと胸を揺らし飛び跳ねるアリアを横目に、僕は額を抑え。

「——ソーヤくんも来る? クリスちゃんと一緒のところだし……」

 マーキュリーに誘われ、僕はビクリと震えた。

「ソーヤ、くん?」

「あー、こいつもこいつで帰省するらしいのよ。無理に誘うのも良くないわ」

 クリスの助け舟に、「それもそっかー」と納得するマーキュリー。僕はそっと胸をなでおろし。

「となると、ソーヤくんだけ別れちゃうんですかぁ……残念です」

 アリアが頬を膨らませた。僕は目をそらし「あはは……そうだね」と苦笑いする。

「…………」

 マーキュリーはそんな僕をじっと見て。

「えと……なにかついてる?」

「なんでもない。いつも可愛いよ、ソーヤくんは」

「ふぇっ……脈絡もなく褒めてこないでよ……」

 頬が熱くなる僕に、マーキュリーは「ふふっ」と笑って告げた。


「ねぇ、今日はなんの日か知ってる?」

「知らないけど」

「クリスマスイブだよ! ほら、統一教の教祖の誕生日……の前日。商業区ではクリスマスマーケットってのもやってるの!」

「それがどうしたのです?」

「冬休み前の思い出作り。——みんなで行こうよ、クリスマスマーケット!」


    *


 と、いうわけで。

「わぁ……きれいだよ、みんな!」

 マーキュリーが、感嘆したような声を出した。


 放課後。僕らは四人で商業区(ショッピングモール)に来ていた。

「出店がいっぱいあるわね……てか装飾がやたらとキラキラしてて眩しいんだけど」

「あっ、マーキュリーさん見てくださいよ! こんなところにアクセサリーショップが!」

「勝手にどっかいかないでちょうだいよ!」

 なんだか微笑ましさすら感じる光景を、僕は一歩後ろから眺め。

「ソーヤちゃん!」

「わっ」

 後ろから、背中を押された。

「……マーキュリー」

「一緒に楽しもうよ。後ろなんて歩かずに!」

 僕は目を丸くした。……許されていいのかな、そんなこと。

 けれど——眼前の二人は、僕に振り返って、優しい目をして。

「こういう時くらい、笑いなさいよ。ばか」

「そうですよ? ——そのほうが、絶対楽しいですから」

 口々に告げた。

 ほうっと息を吐いた。白い息が立ち上って。

 そのもやを見ながら、僕はわずかに笑った。

「そうだね。ごめん」

 少し先の未来に、気を取られすぎていた気がする。

 ——あの地獄のような家に呼ばれた。家に戻ったら……考えたくもない。

 けれど、それはいまを楽しまない理由にはならないから。


 これが最後になるかもしれないのだから。

 いま楽しまないで——楽しませないで、どうするというのだ。


「——ソーヤってば!」

 耳が一瞬キンとなって——バチッと身体にしびれが走る。

「ッ! なにを」

「ぼうっとしてたみたいだから」

「痛かったんだけど……」

「そりゃそうよ。痛みだけを感じさせる魔法なんだから」

「詳しく」

「急に前のめりになるわね……」

 神経に作用して身体に傷をつけずに痛みだけを感じさせる魔法の存在はいまはじめて知った。

 鼻息を荒くする僕に、クリスは指を差し向ける。

「またやるわよ?」「え、よろこんで」「あんたバカ?」呆れた様子で僕を睨むクリス。「冗談だよぉ……半分くらいは」と手を振った僕に、彼女は大きめのため息をついて。

「その……アリアたち、どこかに行っちゃったみたいなの」

 告げられた言葉。

「え、探さなきゃ——」

「大丈夫よ。それより」

 彼女は微笑んで、僕の手を引いた。


「みたいとことがあるの。一緒に。——来なさいっ!」


 ——クリスに連れられてきたところは。

「魔道具の、量販店?」

「そう! こういうのは頭のいい人と見るべきよねって」

「あはは……」

 僕、こういうのはあんまり詳しくないんだけどなぁ。

 魔道具。魔法を起こす道具。魔力を増幅して特定の効果を発揮する道具。九割くらいは魔法で代替可能だ。

「このコンロとかすごいわよ! えーっと……風魔術との併用と、特殊形状で」

「消費魔力と火力が……なるほど、内部回路とかの見直しで」

「あ、このポットとかすごいわよ! つまみを使って」

「水温を任意に調整できるのか。やるな……」

「ソーヤってば上から目線すぎないかしら?」

「……でもこれ僕の作ったエンジェルハイロゥの魔力オンオフ回路とか使えばもっと細かく調整でき」

「あたしも一応専門で学んでるはずだけど、流石にここまでの話はちょっとついてけないわよ?」

 クリスなら乗ってくれると思ったんだけどなぁ。残念。

「それで、お目当てのものは見つかった?」

 尋ねてみると「もうちょっと先」と僕を先導する。


「ほら。……これ、ほしくない?」

 そう言って、彼女が指さしたものは。

「えっと……ヒーター?」

「そう! ほら、最近寒いじゃない?」

 そういう季節だから仕方ない。けど、仕方なくても寒いものは寒いのだ。

「でも、暖房魔法ってあったよね?」

「実家でも使ってたわ。でも、あれ使ってるだけで疲れるじゃない」

 たしかに、あの魔法は魔力消費がまあまあ激しい。部屋の空気全体に作用しているのだ。部屋の面積に比例して使う魔力も多くなる。

「それで、熱を発生、循環させる魔道具を」

「そう! ……それに、これくらいなら材料を用意すれば……」

 まあ、簡単に作れるのだが。

「……いま思考を先読みされた気が」

「魔力を固めて錬金ってできたよな……」

「ちょ、聞いてる?」

「でも通年使える方がいいか。よし、冷風を出す機能も追加っと」

「もう作り始めてない?」

「うん。設計はだいたいできた。ちょっと掌には収まらなさそうだから、作るのは帰ったらになっちゃうけど……よし、三時間もあれば出力できちゃうか。よしっ」

「なにが『よしっ』よ! なんか久々に見た気がするわ……あんたのバケモノしぐさ……」

 なにがバケモノか。

 ——こうして一瞬で設計して出来上がったものが後に『エアーコンディショナー』として世界中に普及した空調魔道具の原型になろうとは、この頃の僕はまだ思いもしなかったが——それはまた別の話。


「はぁ……アンタといるとムードもへったくれもないわ」

 クリスはため息をついて、軽く伸びをした。

「せっかくプレゼントしようとしたのを自分で簡単に作るなんて……やっぱアンタおかしいわよ」

「えっ……なんかごめん」

「いいのよ。アンタがそういうやつなの忘れてたあたしがいけないんだから」

 そのまま流し目で僕を見て。

「そういうところ、あの子みたい」

「え?」

 意味のわからない発言に、僕は慌てて彼女を見て。


「そういうアンタが、好きってこと!」


 朗らかに笑った。若干、頬を赤く染めながら。

 僕の頬も緩んでいたことに、今更気がついた。

「あ、そうそう。アリアが向こうで待ってるって。行ってきなさいよ、ばーか」

 微笑を湛えて、クリスは僕の背中を押した。


    *


 商業区のメインストリートのようなところ。お洒落な形をした街灯は、飾りの魔法で彩られている。

 それにもたれながら待っていたアリアに、僕は手を振った。

「その……遅くなってごめん。待たせた?」

「五分遅刻ですっ」

「ごめん!」

「ゆるしませーん。ふふ、罰ゲームに……わたしの趣味に、付き合ってもらいまーす!」

 それは果たして罰と言えるのだろうか。というか怒らせちゃったなら申し訳ないな……。

 そう思いながら彼女の目を見ると。

「ま、そんな深いことは考えなくていいです。……ぜんぜん、怒ってなんていませんから」

 とても自然な笑顔で、僕を見つめていた。

「思考読んだ? ……の割に魔法の気配はなかったけど……」

「わたしくらいになれば、顔を見ただけでわかるものなんですよ?」

「どんな魔法?」

「魔法じゃなくて経験ですっ」

 やっぱりアリアは、人の心を操るのに長けている。抱えていた少しの憂鬱でさえいまは吹き飛んでしまいそうなのが、その証拠だ。

 僕が魔法を使っても出来ないことを、いとも簡単にやってのける。

「アリアはすごいなぁ」

 思わずこぼしてしまった一言に、アリアは俯いて、それから照れ顔で告げた。

「ふふっ。……褒められるのは、いつまで経っても慣れないものです」


 アリアと手を繋いで歩くメインストリート。

「にしても、こんなに騒がしいとムードも削がれちゃいますねぇ」

 微笑みかけてきた彼女に、僕は軽く息を吐く。

「文句はマーキュリーに言ってよ」

「ま、これ見つけてきたのはわたしなんですけどっ」

「そうだったんだ!?」

「うふふ、そうなのです。この時間は実はわたしプロデュースなんですよ、ソーヤくんっ」

「そうだったんだ……」

 並んで歩く道。僕らは少しだけ押し黙る。互いの顔も見れずに。

「……その」

「つきました!」

 切り出そうとした話を遮るように、とある店の前で僕らは立ち止まる。

 洋服店。ティーンズ向けのトレンドファッションなのだろうか。そういうのに疎い僕にはよくわからないけど。

「ここ、カワイイお洋服が多いんですよねぇ」

 アリアが言うのなら、きっとそうなのだろう。


「ふんふふんふふーん」

 鼻歌を歌いながらハンガーに掛かった服を手に取るアリア。

「やっぱりソーヤさんにはこういうガーリーなお洋服がよく似合いますねぇ。ほんと、男の子だってのを忘れてしまいそうですっ」

「……んぅ」

「ふふ。恥ずかしそうな鳴き声も、とってもキュートですっ」


「……アリア。どうして、この時間を作ったの?」

 尋ねると、彼女は「……」少しだけ沈黙して。

「どうしてだと、思います?」

「わからないから聞いてるんだけど」

「ソーヤくんも、女の子が板についてきましたねぇ」

「話そらさないでっ。……というか、それってどういう」


「そんな可愛らしい『カノジョ』の泣き顔なんてみたくない」


 不意に、どきりとした。

「ふふっ。考えてることはみんな同じなんですよ」

「……マーキュリーの時と同じ……?」

「ええ。クリスさんがこの前色々聞いたらしくて。それでマーキュリーさんに提案されたうえで、ちょうどいいイベントを探し当てたのです」

「言っちゃっていいの? そんなこと」

「もういいんですっ。——あの日、観覧車でマーキュリーさんにあなたが言ったこと、覚えてます?」

「…………僕が君を愛しているのは——」

「そっちじゃなくて——もういいや」

 嘆息したアリアは、僕の目をじっと見て、言い放った。


「あなたの言う『みんな』にあなたは入っているんですか?」


 頭が真っ白になる感覚がした。

「結局、あなたも同じなんですよ。——自分に幸せになる権利などないと、思い込んでいる」

 言われてはじめて気がついた。何も言い返すことなど出来なくて。

 けれど、そんな様子すら、彼女にはお見通しなのだろう。

「クリスさんならたぶんそんなの否定するんでしょうけどね。でも、人の意志はそんな叱咤なんかで変えられるものじゃない。……だから」

 アリアは目を細めて、僕に微笑んだ。


「だから、わたしたちが幸せにします。一生、幸せでいてもらいます。

 あなたがどれだけ望んでいなくても、みんなで幸せになります。幸せに、します。

 これが、わたしの愛なのです。……だいすきです、ソーヤくん」


 何も言えなくなった僕に、アリアは微笑みながら告げる。

「もうちょっとあなたを独占したかったですけど……残念。時間です。

 ——もう一人のお姫様が待ってますよ。迎えに行ってあげてください。愛しの王子様っ」


    *


「……えっと、その」

 彼女——マーキュリーは、僕の眼前でもじもじと指を突き合わせながら。

「わたしだけこんなのって……はずかしすぎるよ……」

 夜の街を背景にはにかんだ。

「このモールにこんな展望台があったなんて知らなかったよ」

「わたしも……」

 言いながら、彼女は僕を軽く手招きする。

「でも、景色すっごくいいよ? ……一緒に見ようよ」


 柵の手前、マーキュリーの隣に立つ。

 風が吹いて、スカートを揺らす。

「……寒いね」

 笑いかける彼女に。

「そうだね」

 吐いた白い息は風に流された。

「アリアちゃんってば、こういうところが一番ロマンチックだからっていちおししてきてさ。……わたしなんかに譲らなくたってよかったのに」

「でも、こういうところは君が一番よく似合ってると思うけど」

「そうかなぁ……」

 苦笑する彼女。話が途切れて。


「わたし、夢を見つけたんだ」

 彼女の口にした言葉を、僕はゆっくりと咀嚼する。

「学校の先生。その……わたしって、人にものを教えるのがうまい……みたいだし。……あとね、わたしだから教えられることもあるのかなー……とか」

「いいんじゃない?」

 軽めに発した一言に。

「そんな軽く済まさないでよぉ」

 彼女は微笑し、軽く息を吐いた。

「……緊張、したんだよ?」

「見てればわかるよ」

「もうっ」

 膨らませた彼女の火照った頬をつんとつつくと「ひゃっ」と可愛らしく鳴いた。

「茶化さないでよぉ……」

 小さくこぼしたマーキュリーに、僕は「ごめんごめん」と笑いかける。

 頬を膨らました彼女は、唇を尖らせたままで告げた。

「……ソーヤくんのおかげなんだよ?」

「え?」

「学校、やめようと思って……でも、みんなが引き止めてくれて。なんでかわからなかったけど……でもね、みんなに……ソーヤくんにも、大事だと思ってもらえてるのはわかった」

 拙い彼女の言葉。頭の中で必死に考えて出力しているのであろう彼女の言葉。

「そっか」

 僕はただそれに目を細め、返事する。


「だから……だから、わたしはもう一度、生きてみようって思ったんだ」


「……そっか」

 良かった、とは言わない。あの時とっさに放ってしまった言葉が正しかったのか、或いは間違ってるのか、僕にはまだわからない。彼女の選択が、僕らのエゴが変えてしまった行く末が、彼女にとっていいものになるのか……僕にはわかりやしない。

 責任を取れるほど、僕は大人には成りきれない。だから、否定はしないけど手放しに肯定もしない。できない。——そうできるほど、僕は強くない。

 けれど。

「応援するよ」

 彼女の選び取った未来を、後押しするくらいはさせてほしいと思った。

 なぜなら、僕は彼女の友達だから。親友だから。ルームメイト以上の、大事な存在だから。

 それがきっと、彼女の願いで——僕の本心なんだろう。


「なら、わたしにも応援させて。ソーヤくんのこと」

 不意の一言に、僕は目を丸くした。


「クリスちゃんから聞いたよ? きみが、すっごく苦しんでること」

「そ……んな、ことは」

「あるってぇ。——ここ何日か、ずっと目が笑ってなかったよ?」

 マーキュリーは観察眼が優れている。アリアもクリスもだいぶ高いけど、この子は随一だ。

「おうちのこと、だよね。……わかるって言ったら変だけど、わたしもいちおうおっきい家の子だから……」

「…………」

「うちではやってなかったけど……すごい貴族の家だと、ソーヤくんみたいな子はいなかったことにされるって……パパから聞いた。社交界だと、それを『処分』した数を自慢されてる……とかも」

 やっぱり、そうなんだ。胸が苦しくなる僕の手を、彼女は優しく包み込んだ。

「……嫌だったら、うちに来てよ」

「え」

「匿うよ。……パパもそういう風習は嫌いだって言ってた。ママも、おばあちゃんも、きっとソーヤくんを歓迎するよ。もし認めてくれなくても……わたしが説得する。だからっ——」

 まくしたてる彼女。しかし僕は目を伏せながら、手のひらを前に出した。

「もう、やめて」

 どうしてそんなに優しくするんだ。——きっと、彼女も僕に説き伏せられたときそう思っていたのだろう。

「……マーキュリーは、優しいね」

「当然のことだ——って、きっとわたしにはそう言うんだよね?」

「——っ、それは」

 言葉に窮する僕に、マーキュリーはゆっくりと目を細めた。

「やっぱ、わたしたち似た者同士だ。——だから、わたしは君が好きになった——なれたんだ」

 優しげに微笑む彼女に。

「……そう、なのかもね」

 小さく告げた。


 流れ星だ。

 誰かの声がした。


 見上げる。空を、幾多の光芒が駆け抜けていた。

「ねぇ、知ってる? ——流れ星にお願いごとをすると、叶うんだって」

「知らなかった。マーキュリーは物知りだね」

「えへへ、ありがと」

 音もなく飛び交う白い光を僕らは見つめて。

 ふと横を見ると、彼女は胸の前で手を組んでいた。まるで祈るように。


「……なにを願っていたの?」

 流星群が降り止んだあとで尋ねると、マーキュリーは幼気な笑顔で答えた。

「みんなでずっと、幸せでいられますように——って、へんかな」

「……少しも変じゃないよ。だって——僕も、おんなじこと願ってたから」


    *


 トイレに行ってくる。そう嘯いて、マーキュリーから離れた。

 女子トイレ。個室の中で座りながら、僕は頭を抱えた。

『——その大好きを半分でも友情だと思っておられるのは、もはやアナタ様のみでございますよ』

 何日も前に告げられた言葉。それが脳内で反芻される。

 ——きっとあれは、ほんとのことだったんだ。

 彼女たちはみんな、僕を大事だと言ってくれた。言葉にはしてないけど、好意を隠さずにぶつけてくれた。——僕のことを、強く心配してくれていた。

 対して、僕はどうだ。彼女たちのそれを、ただ黙って聞いて——それだけしか、できなくて。

 僕は、僕自身が何を思っているのか理解らなくて。

 とっさに出る言葉は、どれも優しい。少なくとも、僕は彼女たちを特別だと思っている。仲間だし友達だし——それ以上では、果たしてあるのかな。

「うぁぁあぁ……」

 考えるほど、わけがわからなくなって。

 彼女たちの、きっと愛と呼ぶべきものに、どう返せばいいかわからなくて。


 ドアをドンドンと叩かれて、慌てて下着を履いて個室を出た。街灯に吊り下げられた時計を見ると、長針が半分も回っていた。

 夜風に制服のスカートが揺れて、自分が否応なしに『少女』という立場であることを思い知らされる。

 僕は深く息を吸って。

 ……答えは、返さなきゃ。

 白い息を吐いた。


「——もう。待ちくたびれたわよ。ソーヤ」

 さっきマーキュリーと別れた展望台に行くと、三人が待ち構えていた。

「ここ、思ったより寒いですねぇ……」

「提案したの、アリアちゃんでしょ? わたしはやだって言ったのにぃ……」

「めっそうもございませんです……」

 冗談を言い合いつつ、彼女たちの視線は僕に向かう。


「——あなたは、結局誰を選ぶんですか?」

 アリアが尋ねる。

「えらぶ、って」

「恋愛は誰か一人とするものなのよ、ソーヤ。そんなことも知らなかったの?」

 クリスの、茶化しつつもいつもより真剣な声。僕は息を呑む。

 知らないわけではなかった。レーネに習ったとおりだ。あの時はピンとこなかったけど、一般的にはそういうものだっていうのは色んな人の話を聞くうちにわかっていった。

「僕、は——」

「否定したくないっていうのはわかる。……わたしたち、みんなソーヤくんのことが大好きだから。

 ——でも、わたしたちのことを考えてそのまま受け入れるのは、もうやめて。

 ソーヤくんの心で、選んでほしいんだ。わたしたちは」

 マーキュリーは真剣な眼差しで告げる。

 苦しくなる胸。しかし、三人はしかと僕を見つめて、僕は唾を呑んで、息ができなくなって——。


「ばぁか。——アンタの心をきかせなさいよ、ソーヤ」


 吐き捨てるような優しい言葉に。

「……わかんないよ」

 こぼれ落ちた。

「ずっとずっと、考えてもわかんなかった。愛とか恋とかライクとかラブとか……君たちの言う『好き』の意味も、なにもかも。

 そうだよ。僕は空虚だ。君たちの好きに——想いに応えられるわけ、なかったんだ」

 言い放った言葉に、目を丸くして息を呑むマーキュリー。一歩下がって震えながら、アリアは「……です、よね」と小さく笑って。

 しかしクリスは、僕の目をじっと見据えながら叫んだ。


「だったら、いままでの日々はなんだったのよ」

 目を見開いた。

「アリアを神様から解き放ったときも、マーキュリーの心を救ったときも……あれは全部、ウソだったの?

 ——あたしたちが好きになったあんたは、あんたでなければ一体何だったの」

 責めるような声に、僅かな呼吸。俯いて。

 吸って、吐いて、吸って……吐いて。


「ウソじゃ、ないと思う。それもわからない。でも——ひとつだけ、わかった」

 言葉を吐いて、僕は三人をじっと見据えて、息を吸って。


「僕は、三人が『好き』なんだ」


 息をつまらせた彼女たちに、僕はなかば吐くように。

「この好きがどんな意味を持つか、まだ僕にはわからない。けど、これだけは確かだった」

 叫ぶ言い訳。

「優劣なんてない。誰が一番とかもない。ただ、クリスもアリアもマーキュリーも……ただ、好きなんだ。——いま、そうわかった」

 吐瀉物のような告白だ。我ながら嫌になる。身勝手で、汚くて、まとまりがなくて。

 涙が溢れた。

 なんでか。わからない。けど、ボロボロとこぼれた雫は、地面に落ちて消えてゆく。

 ああ、寒いや。

「……ごめん……」

 空虚でごめん。期待を返せなくてごめん。選べなくてごめん。本当のことを言ってごめん。

 無意味な謝罪が、口をついて出て。

「——やっぱだめだね、ぼく。……ごめん。ありがと」

 取り繕うように笑って、「帰ろ。寮に——」と言おうとして。


「ばーかっ」

 香りがした。

 どん、と前から衝撃がした。

「だめなわけ、ないじゃない」

「……クリス」

 抱きついてきた彼女に、僕は少し目を見開いた。


「そうですよぉ。なにがごめんですか」

 アリアに見つめられ、目を丸くする。

 息ができなくなった僕の頬に、柔らかいものが触れる。

「うれしい。ソーヤくんの心がわかって」

 頬を寄せるマーキュリー。どこか嬉しそうな顔で。

 僕は、震えながら尋ねる。

「なんで。……答え、出せなかったのに——」

「そんなの、もう出てるじゃないの」

 クリスの優しげな声。意味がわからなくて固まってしまった僕に、アリアは笑い声混じりに告げた。

「わからないんなら、これからわかっていけばいいんです。

 ——いっしょに探しましょうよ。その『好き』の意味をっ!」

 でも、だって——僕なんか。

 口にしかけた弱音を遮るように、傍らからマーキュリーが僕の唇に人差し指を当てた。

「どんなに離れてても、きっと……わたしたちが、一緒だから。ね」

 決壊した心に、彼女たちは寄り添おうとしてくれていた。

 痛いほどに理解してしまったそれに、僕は思わずうずくまってしまった。


 ああ——こんなに受け取ってしまって、いいのかな。

 勿体なくて、受け取れないや。

 けれどきっと、どれだけ僕が拒否しようとも、君たちは僕を幸せにしようとするのだろう。それが君たちの愛——覚悟なのだというのなら。


 僕は潤んだ目を細めて、弱々しい声で呟くように告げた。

「ありがと……だいすき、だよ」


 その覚悟に応えて、幸せになろう。それは、もはや義務なのだ。

 ——この愛があれば、きっといつかは前を向ける。

 信じたい綺麗事を脳内に焼き付けるように反芻して、僕は目の端に涙をためながら微笑んだ。


 同人誌として電子書籍化します。7月1日から3か月連続刊行です。

 面白かったら、ぜひ下の星マークやハートマークをクリックしてくださると作者が喜びます。ブックマークや感想もお待ちしております。


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