#55 まよなかガールズトーク
「ふぅ……」
「何をやりきったような顔してるのよ、アリア」
寮のいつもの私室。私がツッコミを入れると、目の前のピンク髪の少女は薄いワンピースを翻して火照った顔をこちらに向けた。
「ただシャワーを浴びて着替えただけですが? クリスさぁん、何を想像したんですかぁ?」
「うっ……さい」
「あなたって意外とむっつりなところありますよねぇ。しかも割と顔の良い女の子にドキッと——」
「心を読むなバカ! ……そもそも思ってないし!? ソーヤ一筋だし!」
「必死に否定しようとするあなたも可愛いですよ? むっつりな同類さん」
「ばぁぁぁか!」
ベッド上で枕に顔を押し付けた私に。
「……それで、聞かせてくれますか? マーキュリーさんのこと」
彼女は急に真剣な声色でささやきかけてくる。
「だから突然シリアスになられると思考の切り替えが追いつかないのよ、ばか」
「いいじゃないですか。……わたしだって、あの子のことは心配なんです。昨日のあの態度も、すごく煮えきらない感じでしたし」
優しげな声音。軋むベッドの音。そばに温かさを感じて、私はほうっと息をついた。
「あいつ——マーキュリーはいま、シャルに勉強教えに行ってるんだっけ?」
「ええ。そう言ってました。……少し遅い気もしますが」
「まあ、仕方ないわよ。……誰だって、一人で考える時間くらい必要なものよ」
「クリスさんってマーキュリーさんに対してはすごく優しいですよね」
「そう? そんなことないと思ってたけど」
「わたしよりかは丁寧に扱ってる気がしますよ? 正直羨ましいですっ」
「自分の発言見直してから言ってちょうだい、変態」
「んぉっ辛辣ぅ」
ふざけたような喘ぎ声を出す彼女に私は一つため息をついて。
「……あんたならあいつの心の一つや二つくらい覗けるんでしょ?」
尋ねてみると、彼女は少し困ったように息を吐く。
「ええ。精神干渉の魔法で心を読むことは容易いです。いつも練習してますから。——でも、それでわかるのはあくまで『彼女の考え』でしかないので」
「万能じゃないのね、あんたの魔法も」
「わたしはソーヤくんじゃありませんから。——相手のことを知らなければ、わたしの魔法は真価を発揮しないんです」
微かに笑う彼女に、今度は私が息を吐いて。
「……私だって、全部は知らないわよ。いくら同郷で幼馴染だからって」
「幼馴染だったんですか!?」
「言ってなかったっけ」
そういえば、言ってはいなかった気がする。マーキュリーと私が幼馴染で、ずっと一緒に育ってきた関係だなんて。
「マーキュリーの父親、私の故郷の村長なのよ」
「そうなんですか!?」
「ええ。なにしてんのかわかんない胡散臭い領主からうちの村を守り続けてたらしい、由緒正しくて強い貴族の血筋の子なのよ、あの子。なんなら私の学費を出してくれてるのもあの子の家だし」
「自分で払ってるわけじゃないんですか」
「平民にはとても払える金額じゃないもの。それに……あの子が『一緒に魔法学校に行きたい』って父親を説得したのよ。だから、私はいまここにいられる」
ここまで話すと、アリアは「へぇ……」と吐息を漏らして言った。
「結構恵まれた子なんですね。マーキュリーさんって」
無神経な一言。思わず「ばっかじゃないの?」と声が出てしまう。
「貴族には貴族なりの大変さってものがあるのよ。やっぱあんた思考は読めるくせに人の心とかわかんないのね」
「そう簡単に人間の心が理解できるのなら、もっと楽に生きてこれたんだと思います。ままならないものですね、人間って」
「開き直んのもやめなさいよバカ」
「……どうやったらあの子を救えるんでしょうかね」
ふと口にしたアリアに、私は少し息を吐いた。
「救うなんておこがましいわよ。自分のことは自分で決めるしかない」
「けど、だとしてもなにもできないのは心苦しいです。……わたしたちは恋敵であると同時に、親友なんですから」
「…………」
私だってすごく歯がゆい。なにか、いい手段はないものか……。
「あ、そういえば今度遊園地行きません? ペアチケット、ソーヤくんとデートするのに取ったんですけど、なかなか時間が取れなくって……」
アリアが唐突に出した二枚の紙切れに、私は飛びついた。
「それだわ!」
「へ? というか奪わないでください! それわたしのです〜〜!」
こうして、ベッドの上でチケットの奪い合いが勃発しかけたその瞬間だった。
がちゃ。
「ただいまー。……なにやってるのふたりとも」
ソーヤが私たちを見ていた。
……そう言えば今の体制。ベッドの上でじゃれ合ってる。というかなかば押し倒されてない? え……やだ、まって!
みるみるうちに顔が真っ赤になっていく私を見て、アリアはニヤッと笑った。
「クリスさんのえっち」
「バカぁぁぁぁ!」
*
「マーキュリーお姉さま。なにか考え事ですの?」
鈴のなるような声で呼ばれ、わたしははっとした。
「な、なんでもないよ、シャルちゃん」
「ならいいのですけど……」
家庭教師で訪れたシャルちゃんの家。その広い玄関先。
鈴のなるような声で眉をひそめつつ嘆息する彼女。……わたしは少し暗くなった曇り空を見て、軽く背伸びをして——。
「ソーヤお姉さまのことですか?」
むせた。
「ごほっ、げほっ……なんで……?」
「顔に出てますわよっ。どう? お茶でもしていきませんか、お姉さま」
「……すぐに帰るからいい」
「すねてますの?」
「拗ねてないもん!」
頬を膨らまして唇を尖らせてたのは認めるけど。
ため息をついたわたしに、シャルちゃんは微笑んで言った。
「わたくし、知ってますわよ? マーキュリーお姉さまは、ソーヤお姉さまのことが——好き、なんですわよね?」
「ち、ちがうよ?」
否定しようとするわたしの目を、彼女はじっと見つめて。
「お姉さまって、嘘をつくのが得意なんですわね。歳は一つしか違わないはずなのに」
「シャルちゃん、心を読む魔法っていつの間に習ったの?」
「そんなもの覚えてませんし、そもそも使えませんわよ? ——目を見れば、わかりますわ。顔に書いてありますもの」
「…………」
わたしは唇を尖らせたまま、俯いた。
……好き、なんて言っていいのかな。こんな気持ち。
ソーヤくんと一緒にいると、あったかくて安心する。話してて楽しい。
少女漫画みたいに心臓がバクバクして劇的に『好き』って思うわけじゃない。けど……クリスちゃんやアリアちゃんに向ける『好き』とは別の『好き』があるような気がする。
もっと一緒にいたい、なんて願いを心の何処かで抱いてる。……それを『恋』とか『愛』とか呼ぶというのなら、きっと否定はできないのだろう。
でも。
——わたしには釣り合わないよ。あんなにつよくてかわいくて、かっこいいひと。
あの子にふさわしい人は、きっとわたしなんかじゃない。
クリスちゃんみたいに強い子か、アリアちゃんみたいに非凡な愛を持つ子か。わかんないけど、少なくとも強くもないし平凡なわたしには、あの子に愛される資格なんてない。
だから、こんな気持ちは早く忘れなきゃいけない。そのはずなのに。
俯いてただ震えていたわたしの頬に、ツンと触れる感覚。
「……涙、出てますわよ?」
頬をつついたシャルちゃんの指に、小さな水滴。
「あっ、ごめん」
口をついて出た謝罪に「謝ることなんてありませんのに」なんて言って笑う彼女。すぐにハッとして。
「……そういえば、いいものがありますの!」
駆け足で玄関に戻り、何か紙切れのようなものを取って戻ってきた。
「これ、遊園地のペアチケットですわ!」
「なんで……」
「今度、付き人のマリアンヌといっしょに行こうと思って取らせたのですが……マーキュリーお姉さまにプレゼントしますわ」
マリアンヌさんって、確かあのめちゃくちゃクールで厳格な執事服のお姉さんだよね。一度シャルちゃんが王都に帰ろうとしたとき、運転士さんにめちゃくちゃキレてた人。
「……いいの? マリアンヌさん悲しまない?」
「大丈夫ですわ。たぶん大泣きしますけど、デートスポットはこの学園都市にもいっぱいありますもの」
「あの人、あの見た目で泣くことあるんだ……」
「クールそうなのにギャン泣きしてるのは面白くてかわいいのですわ! なので構いません! マリアンヌのことは後でしっかり慰めて差し上げますわ!」
冗談めかして笑い。
「それに、マーキュリーお姉さまが元気だと、わたくしも嬉しいですもの」
にこやかに微笑んで、彼女は二枚の紙切れをわたしに手渡してきた。
「ぜひ楽しんできてくださいまし。ソーヤお姉さまとのデート!」
……そこまで言われたら引けないか。
わたしは一つ嘆息して、チケットを受け取った。
「行ってくるね、ソーヤくんとのお出かけ」
「デートですわよね?」
「お出かけだもん!」
……デートなんて恥ずかしいもん。
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