第6話 ランジェリーショップ
休みの日でも変わらずに、学園都市にはチャイムが鳴り響く。
「このチャイムって何の意味があるんだろ。不思議だね、ソーヤちゃん」
「時報とか、あと魔物除けの効果があるんだってさ。なんかの本に書いてあった」
「へー、ものしりだね」
きみが物を知らなさすぎなだけなんじゃないか? マーキュリー。
僕は少し呆れ……ているのを他の人に悟られないようにしながら。
「それにしても、まさか私が……友達と、買い物に行くなんて」
クリスの言葉に、僕は頬を染めた。
ここは、学園都市の商業区。巨大な一つの建物に、いくつもの専門店が並ぶ。いわゆる大型ショッピングモール。
その中央通りとも言えるような混み合った通りを、僕ら四人は喋りながら歩いていた。
「やっぱ若い女の子が多いですねぇ」
アリアの言葉に僕は改めて周りを見渡す。人の波に押し流されそうになりながら。
そう。人が多いのだ。
僕らみたいに制服姿の女子が大半だが、中には私服を着てはしゃいでいる人たちもいる。
というかよく見たら性別も様々で、筋肉を見せつけるような服を着たいかついお兄さんや、全身鎧姿の男もいた。
この学園都市には冒険者学校――いわゆる魔物退治のために駆り出される何でも屋になるための学校もあるからね。
そっちは男女共学だけど……武器が使えることが入学条件だから。僕には無理だし、それができれば僕はこうなってない。
学校に入るまで、屋敷に閉じ込められて育てられてきた僕には、こんなに多くの人を見るのははじめてだった。
「ほぁー、すご……。あ、あのモフモフなひと、もしかして本で見た獣人かな……。あのひと耳が長い……エルフ、本当にいたんだ……」
「やっぱり世間知らずなのね。ばか」
周りを見て目を輝かせている僕に呆れるクリス。
「それはあなたも同じことでしょう、トランクス」
「穿いてる下着の種類で呼ぶな、ヘンタイ!」
アリアの朗らかなからかいに、クリスは顔を赤くしてツッコミを入れた。……クリスが少し僕に優しくなったのは、気のせいだろうか。
「ともかく、今日はなんのためにここに来たのですか?」
問いかけるアリア。マーキュリーが「はいっ」と手を上げた。
「ソーヤちゃんとクリスちゃんのぱんつとブラを買いに来ましたー」
「マーキュリーさん大正解!」
そんなやりとりに、僕は頬を赤くした。
そう、僕は、女装した男子なのだ。
もちろんバレてはいけない。武器を持てないほど弱々しい男に人権は与えられないから――。
そして、とある専門店の前までたどり着く。
「……」
「なーに緊張してるんです? あ、おふたりとも来たことないんですね?」
ふふっと笑ったアリアに、クリスはカクカクとした動きで、絞り出すような声で聞く。
「ね、ねぇ。ここじゃなきゃダメ? もう少し、あ! 例えば量販店とかは」
「ダメです。『女の子なら』、オシャレしなきゃ、ですから!」
女の子なら、というのを強調されて、僕は思いっきり目をそらした。
僕、女の子じゃないから……。
言い訳にならないのだけれど。だって、いまの僕は『女の子』ということになっているのだから。
「入ろう? ね、こわくないから」
微笑んで僕の手を握ったマーキュリー。
僕は女の子……ぼくはおんなのこ……っ、うん!
少しの逡巡とともに、僕は一歩を踏み出した。
「ねーねー、これとかいいんじゃないですか!?」
「っ……もうこうなったらお任せするわ!」
「……おねがいします」
「許可が出ました! マーキュリーさん、やってしまいましょう!!」
「うん! ふたりをめいっぱいかわいくしちゃおー!」
呆気にとられつつしばらくして。
「ほら、試着室に入りましょう!」
数着の下着セットとともに小さな個室に放り込まれる僕。
「ブラの着けかたとかわかりませんよね! インストラクションのために一緒に入ります!」
「わっ、わっ……」
あれよあれよという間に、シャッと出入り口のカーテンを閉められる。
狭い。……アリアの大きな胸が押し付けられて……いい匂いがする……。
目をぐるぐるさせる僕に、アリアが迫る。
「これで、やっと二人きりになれました」
壁に手をついて、顔を近づけて。
「遮音魔法、かけましたし。……これで、誰にも邪魔されませんね」
静寂。とくんとくんと心臓が跳ねる音。
「ふふっ。照れてる顔もかわいいですね、ソーヤ『くん』っ」
彼女は僕の耳に吐息をかけて――告げた。
「――あなたって、実は男の子、なんですよね?」
「え? いま、なんて……」
「男の子なの、わかってますよ。ほら」
ささやき声とともに、彼女は僕の股間に手を伸ばし……局部に触れて。
「ちっちゃいですね。……かわいいですっ」
心の中で悲鳴を上げた。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
誰にも言わないとかそんな問題じゃなくって!
「ちょ、さわんないで……悲鳴あげ――」
「遮音の魔法を使ってるって言ったじゃないですか」
悲鳴を上げて助けを呼んだところで、誰にも気付かれない。暗にそんなことを告げてくる彼女に、血の気が引く。
「なんで……いつから知ってたの?」
「最初からです。最初に寮の部屋で会ったあの時点で、性別看破魔法を使ってました」
あのときの魔法の気配はこういうことだったのか……。何となく腑に落ちる。
いや、なんだよ性別看破魔法って。新たなツッコミどころに少し頭を抱えつつ。
「というか知っててこんなところに連れてきたの?」
尋ねると、彼女はひどく歪んだ笑みを浮かべる。
「はいっ。くふふ……本意ではない女装を強いられて女の子に囲まれて恥ずかしがってる男の子、最高ですねぇ」
アリアは予想以上のヘンタイだった。
彼女の口から垂れたよだれが胸にかかって気持ち悪い――が、それ以上に重大な事実に気づく。
「……というか、アリア? 胸……なんか異様に柔らかいような……というか一部分だけ微妙に固いような…………当たっちゃいけないものが当たってるような………………」
「あててんですよ」
「~~~~~~!」
僕は悶絶した。
そのブラウスの下の豊満。薄い布越しに当てられる女性特有のそれ。生暖かい人肌のぬくもり。思春期男子の天敵にして大好物。
ほとんど直にそれを味わわされながら、僕はふわふわした頭で尋ねる。
「にゃんれ……」
「狭いので密着せざるを得ないだけです。半分は」
「……もうはんぶんは?」
「このきゃわいい反応を見るためですよ」
「へんたいっ!」
叫んだ僕。「まあまあ、落ち着いてください」とアリアはにこやかに告げる。落ち着けるか!
「ほら、このブラとかかわいいですよ? つけ方わかります?」
「まず初めに自分の下着をつけてくれないかな!?」
「えー。仕方ないですねぇ」
アリアは不満げに唇を尖らせつつ、その場でブラウスを脱ぎだした。
「ちょっ!?」
「なんですか。何か不満でも?」
「大ありだよ! 僕、外出てるから……」
文句を言う僕を、彼女はぎゅっと抱きしめて。
「なんで出る必要が? あなたは『女の子』なんでしょう?」
「うっ……」
言葉をつまらせた。もうアリアにはバレてるけど、僕は対外的には女の子ということになっている。つまりは。
「同性なんですし、一緒に着替えるのは当たり前ですっ。ほら、ソーヤさんも着替えましょうね!」
そう言ってアリアは、僕のブラウスのボタンを一気に外した。
「言ってませんでしたっけ。私、ブラとかシャツのボタンを外すのは大の得意なんですよ」
「なんでここで言う必要が!? というかそんなのどこで役に立つの!?」
「役立ってるじゃないですか。こ・こ・でっ!」
ササッと僕の体からブラウスを剥ぎ取るアリア。……ひぃん、と涙目になった僕。
「あ、今日はちゃんと女の子ぱんつなんですね。猫ちゃんのキャミとお子様ぱんつ」
「言わないでよぉ!」
言葉にすることで失われるモノもあるというものだ。
「ゆるして……」と少し背の高い彼女を見上げ――たぶん彼女からは上目遣いに見えてしまうような角度で告げると。
彼女はあたかも世界の創造主と言われる神をかたどった像のような慈愛に満ちた微笑を浮かべ――。
「だめです」
きっぱりと告げた。
僕は泣くしかなかったのだった。それを見て、彼女は楽し気な笑みを浮かべる。
その表情にかすかな陰り。それに、僕はついぞ気付くことはなかった。
蛇足・Other's side
マーキュリー「これなんかかわいいんじゃない?」
クリス「わざわざ子供っぽいのを選んでるのは、つまり宣戦布告と取っていいのかしら?」
マーキュリー「ちがうよぉ! ただ、クリスちゃんってキレイっていうよりカワイイって感じだし……あと」
クリス「あと?」
マーキュリー「そのぉ……ぺったんこすぎて合う奴があんまりないっぽくて」
クリス「…………」
マーキュリー「無言で魔法を使おうとしないでよぉ!」
クリス「ま、まあ? スレンダーなほうが動きやすいし? 気にしてませんけどォ!?」
マーキュリー「すっごく気にしてるやつ!」
クリス「てか私もう子供じゃないし! おんなじくらいの年齢で働いてる子はいっぱいいるし!」
マーキュリー「落ち着こう!? あ、そうだ! あとでアイス買ってあげるから!」
クリス「わーい!」
マーキュリー「それでいいんだ……」
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