#53-2 ためらいリベンジ②
一層強い風が吹いた。瞬間。
「先手必勝ッ! 一撃必殺が——一番早いぃッ!」
目をカッ開いたヒメさんが、とてつもなく巨大な杖を振りかぶる。
——質量を増大させる魔法。その質量は一度使うごとに二乗。二度使えば三乗。三度使えば四乗。
「約四キログラムの四回でぇ!」
一瞬考えて答えを算出した。
四の五乗。一〇二四。すなわちおよそ一トンの杖。
とても人にぶつけていい質量ではない。ヒメさんの華奢な身体の何処にそんな膂力があるのか不思議で——現実離れした光景にひゅっと息を呑んで反応が遅れた。
——自分一人なら守れなくもない。だけど……その必要はそもそもない。
果たして、その質量が僕らを押しつぶすことはなかった。
「ヒメカねぇ、あんたやっていいことと悪いことがあるでしょうが」
クリスが防いだのだ。
「えぇー? ——どうやってアレを防いだんですかぁ?」
「んなことどうでもいいでしょ」
防御魔法の応用。押し固めた魔力にバネのような性質をもたせ衝撃を吸収し、軌道を逸らした。
「どうでもいいのはどっちですかぁー——」
話そうとするヒメさんのみぞおちにクリスは手をやって。
「先手必勝って言ったのはあんたでしょ!」
「ウグッ」
わざわざ魔法で拳を形作って殴ったらしい。
うずくまるヒメさんは「あっ、ヒメカさん回収しときますねー。……大丈夫ですー?」とグレイスに引きずられ、戦闘を離脱した。
しかし、クリスはなにか棒状のものを構える素振りをし。
かきん、と音がした。
「へぇ、やるじゃん。エモノ持ってないのに」
赤髪ベリーショートの小柄な不良少女——フロウがニッと笑っていた。
何処からか取り出した鉄の棒で、クリスを打ち付けようとしながら。
クリスは軽く息をして、「あるわよ」とだけ言う。
——魔力を剣の形に固めて、即席の武器を作ったのだ。
魔法剣。たしか鋼で作ったものより一段性能は劣るが、軽量でありそもそもその場で作るため持ち運ぶ必要がない。なので扱えるのなら魔法使いにとっては有効な手段になりうる——と授業で習った。
「刃はいらないでしょ? 怪我させたくもないし」
「舐めやがって」
言い、二人はぶつかる。
そして——勝負は一瞬でついた。
「——ッ」
「……やるわね……っ」
からからっと鉄パイプが転がる音。……クリスも魔力剣から手を離していた。
——二人の手には、傷。
「でも、まだまだ——ッ」
そう言ってステゴロで殴り合おうとする二人を——小さな手が止めた。
「ほい、ふたりともそこまで。——ルールは守りませう」
ジェーンの言葉に、二人は固まるように止まって。
「……はーい」
唇を尖らせながらもその場をあとにした。
——たぶん「相手の行動を縛る」魔法。聞いたことはあったけど、実在してたんだ。
すこし呆気にとられつつも目の前の状況に集中する。
……向こうはあと二人、こっちはあと三人。数的にはまだ有利だ。おそらく質も。
どう動けば勝てる?
僕は悩む。チェスの次の手を考えるように。
しかし——「考えすぎるのはあなたの悪い癖ですよ。ソーヤさん」声が聞こえた瞬間、首に強い衝撃を覚えた。
「っ!?」
「ソーヤちゃん!」
マーキュリーの呼ぶ声。「グレンダさん、不意打ちとは——」「気を取られすぎるのはよくありませんわよ?」「なにを——きゃっ」
この一瞬で何が起こったのか。それを理解するのは、数秒遅れてからだった。
「——ソーヤさん、アリアさん。両名とも戦闘脱落です」
思考の隙を狙った魔法を使わない体術での不意打ち。そしてそれに気を取られたアリアをカロンが狙った。
「こうでもしなければ、私たちにあなたは倒せませんので。ご容赦を」
その作戦を遂行しきったグレンダは、一切笑わずに腰を折る。
「はは。魔法だったらわかったんだけどなぁ……。すごいや」
僕は笑いながら屋上の端のほう——審判であるジェーンさんたちがいるほうへ向かう。
「恐縮です。しかし流石、抜かりない」
言いながら彼女は手で頬を拭った。——その手に赤いものがついていたことに気づく。
「咄嗟の……なかば反射的な魔力放出。攻撃を通すのも一筋縄ではいかない。流石だ」
グレンダはパチパチと拍手しながらこっちに向かってきた。どうやら僕と相打ちになったらしい。……攻撃に対してほとんど無自覚の反射で魔力を放出していたのか?
考察を巡らせる僕の耳朶を打つ言葉。
「——これで一対一になりましたよ、カロン。あと、マーキュリーさん」
眼前、二人の少女が対面していた。
「ようやく、あなたと話せますわね。——聞かせてもらいますわよ、貴女の気持ち」
「…………」
風はなおも強く吹く。場は緊張感に包まれて。
「……どうせ、わかんないよ。出来損ないの気持ちなんて」
マーキュリーは一言告げ——閃光が迸った。
「どうして、決めつけるの!」
カロンが叫ぶ。閃光を透明なバリアで防ぎながら。
しかし、マーキュリーはこれまで見たことのないような剣幕で、手に幾多もの魔法を作り出し。
「だって、みんな恵まれてる側なんだもんっ!」
放つ。幾多もの閃光、轟音の中で。
「みんなみんな、わたしを置き去りにしていくんだ!」
彼女の澄んだ声はひときわ目立っていた。
「ソーヤちゃんは言うまでもなく、紛れもない天才だよ。クリスちゃんもそう。自分では認めたがらないけど、絶対的な実力と努力は誰よりも勝ってる。アリアちゃんだって、精神系の魔法は大人顔負け。誰の心だっていとも容易く操れる。
……同じ部屋で、わたしだけが置いてかれてる」
激しい攻防の中、その声に僕はただ息を呑むことしかできなかった。
「クラスメイトのみんなだってそうだ。グレンダちゃんは統率力がすごくて大人っぽくて頭が良い。フロウちゃんは身体がとっても強くて、冒険者でもやっていけそうなくらい。ヒメカちゃんは桁違いに突飛な発想で、正直ちょっと憧れちゃうよ。……それで、カロンちゃんだって——」
そこまで言ったときだった。
バチン、と大きな音がして。
二人を中心に、風が舞った。
「皆さまを褒めてくれてありがとうございますわ。——貴女、観察眼には優れていらっしゃるのね」
「……っ」
唇を噛むマーキュリー。——その眼前に、カロンが立って、指を向けていた。
「王手。……と、言えれば格好良かったのですけれども」
そう言って、カロンはほうっと息をつき、へなへなと座り込んだ。
「……どうしたの、カロンちゃん。決着は——」
「もうつきましたわ。そうでしょう、審判」
息を切らし問いかける彼女に、ジェーンさんはコクリと頷いて。
「防御をすり抜けた一撃がありましたねぇ。よって、勝者はマーキュリー・ブラッド。——アナタですよ」
微笑みかけた。
マーキュリーはしばらく口をぽかんと開けたあと。
「……あは、みんなのおかげだ。ありが——」なんて口にするのになかば被せるようにして、僕は叫んだ。
「違う! ……これは君の勝利だよ」
「いやっ、いやいや……そんな、こと」
「あるよ。だって——最後に立っていたのは、君だけだろう?」
「そっ、れは……そうだけど……」
言い淀む彼女の肩を掴んで、僕は告げた。
「だから——ここにいるべきじゃないなんて、そんなこと言わないでよ!」
その言葉に彼女は、目を丸くして——細め。
少し悲しそうな目で笑った。
「……ありがと」
そんなときだった。
「いまのはなんだったのですか!」
パシャパシャッと音。まばゆいフラッシュに、嫌な予感がして。
思わず光の方を見た。僕は口を半開きにした。
「取材、よろしいですか?」
有無を言わさない表情で、記者の女性がカメラを構えていた。
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