#53‐1 ためらいリベンジ①
「カロンちゃんたちと、決闘することになっちゃった……っ!」
わたしの告げた言葉に、ソーヤくんは一気に青ざめたように見えた。
どうしてこうなったのか。時間は三十分ほど遡る。
「マーキュリーさん。退学するって本当なのかしら?」
カロンちゃんにそう話しかけられ、びくりとした。
「…………どうだろ」
「どうして自分のことなのに疑問形ですの?」
「あはー……」
すごく言い出しづらくて目を背けるばかりのわたしに、しかし彼女はなにかを察してしまったのだろう。
「……その、気になったから聞くのですけれども……どうしてそんな事を考えてしまったのかしら?」
尋ねられ、わたしは固まった。
理由は単純。勉強や周りの人に、ついていけなくなってきたから。
わたしはしょせん、ただの凡人だ。
この学校の授業は基本的に高度な魔法を扱う。それなのに、家柄だけが取り柄のわたしはついていけるはずもなくて。
——でも、それだけでもない気がする。なにかはわからないけど。
そんな弱音をつらつら吐き連ねるのもなんとなく嫌だった。だから。
「……わたしなんか、この学校にふさわしくないでしょっ?」
笑って、すごく端的に答えて。
けど、カロンちゃんはすこしぽかんとした。
「どこが、ですの?」
「え……」
「マーキュリーさんがこの学校にふさわしくないなんて道理はないでしょう! 成績もいいし、友達だっていっぱいいるあなたが!」
成績はせいぜい中くらいで、目の前の少女よりも低い。友達だってカロンちゃんのほうが多いのに。
「だから——」
なにかを言おうとする彼女を遮るように、声が出てしまった。
「ばかにしないでよ。皮肉を言うのもいい加減にして」
なにかぷつんと、糸のようなものが切れたような気がした。
「皮肉ってなんかないですわよ! ただ、あなたにいなくなってほしくないだけ!」
「見下す対象がいなくなると自分の立場が危うくなるからでしょ?」
「ちが——」
「わたしのことなんてなんとも思ってないくせに。綺麗事ばっかり言うのも大概に——」
「そこまで」
低い声が聞こえた。
黒い短髪の長身の少女が、カロンちゃんのそばに立っていた。
「……グレンダちゃん」
「双方、落ち着いてください。……感情的になりすぎるのはよくありませんよ」
咎める彼女に、目を逸らし。
「でも——」
なおも怒りを口走ろうとするわたしに、グレンダちゃんは軽く息を吐いて。
「決闘で決着をつけませんか?」
その提案に、わたしは息を呑んだ。
「話は聞かせてもらいました。
要するに、マーキュリーさんは学校を辞めようとしている。カロンはそれを止めたい。違いますか?」
なにもいえない雰囲気。緊張感が漂う中、わたしとカロンちゃんは首を縦に振る。
「そこで決闘です。負けたほうが、相手の要求を一つ呑むというルールではどうですか? ……謝罪でも、退学でも、なんでも」
そう言っている彼女の瞳も、若干揺れているように見えた。わたしはすこし深呼吸して、屹然と尋ねた。
「わかった。……ルールはどうしようか」
*
「それで売り言葉に買い言葉で、チーム戦になっちゃって」
「そっかぁ……」
聞いていた僕は、かすかに苦笑いした。マーキュリーが喧嘩を売るとは珍しい。
……それとも、それくらいまで追い詰められてたのかな。気づけなかった自分が恥ずかしい。
「わたしってほら、ばかだもん。……きっと、ここにいるべき人じゃない。でも、一人じゃぜったいにあの子とは戦えない。だから……手伝ってくれると、うれしいな」
すごく複雑だ。僕も、マーキュリーと離れるのは嫌だ。
でも、シリアスになりすぎるのも良くないかと思った。深刻に引き止めるのは、却って彼女を追い詰めるかもしれない。
だから、僕は軽く後頭部を掻いて答えた。
「わかった。手伝うよ。……でも、あんまり手出しはしないからね?」
「うん。……いてくれるだけで嬉しいな」
やや儚げに微笑む彼女に、僕は口の端をひくつかせた。……なんか、すごく心配だ。
で。
「よ、よく来てくださいましたわね!」
放課後。午後の風が結構強めに吹きすさぶ屋上。
「……ここ、一応出入り禁止じゃなかったっけ」
相対する金髪くるくるツインテールの少女——カロンに尋ねると、彼女は髪をかきあげて答える。
「けれど、鍵はないも同然ですわよね?」
そう言われると頷かざるを得ない。屋上の出入りは一応禁止ということにはなっているが、扉にかかっている鍵の魔法式は実は授業で習ったものを活用すれば簡単に解除できる。
「暗黙の了解はわざわざ口に出すようなことではありませんよ」
カロンの傍らに立つ黒髪ショートの長身な女子——グレンダの嘆息に。
「でもよー、セン公にバレたらどーすんだ?」
その後ろから冒険者学校の制服に似た学ランを着ている赤茶髪ベリーショートの少年……に見える小柄な女子が目つき悪く尋ね。
「そのときはそのときですよぉー、フロウさぁん」
フリルを大量につけた改造制服を着たピンク髪の少女が、デカい杖を軽く振り回しながら微笑んだ。
「ヒメさま? 危険なのでやめてくださいませんこと?」
「あ、すみませぇん。……こんな風に謝ればだいたい丸く収まるのでぇ、だいじょうぶでしょぅー」
このヒメさん——ヒメカ・フラットチェストさんはこう見えてクラスメイトの中でも随一の危険人物だ。半年以上同じ教室で過ごしてきたクラスメイトの中で唯一、いまだに思わず心のなかでもさん付けしてしまう。
……だって、授業中に笑顔を浮かべたままバカでかい杖を唐突にバキっと折って即魔法で直すという暇つぶしをしている彼女をどうして怖がらずにいられるだろうか。能力では勝っていても行動が読めない。そういうのが一番怖い。クリスに次いで気が強いカロンでさえ機嫌取りに必死なのがその証拠だ。彼女を呼び捨てできるのはおそらくクラスの中ではクリスぐらいのものだろう。
「……というか奇遇ね」
僕の背後から、一緒についてきていたクリスが口にした。
「どっちも武闘大会の時のチームと同じじゃない」
「そうですね。さながらリベンジマッチです」
同じく一緒に屋上に来たアリアの言葉に、息を呑んだ。
ごう、と一陣の強い風。髪とスカートがなびく。
「審判に高等部の先輩たちも呼んでおきましたわ」
そう言ってぬっと現れたのは。
「おお、寒い寒い。ここでよろしいので?」
「ソーヤお嬢様がいるので間違いないですよぉっ! ……はわ……お嬢様が……めのまえにぃ……」
制服の上に紫の着物を着た小柄な少女、そしてメイド服を来て目をくりくりさせた金髪の女子。
「えと、ジェーンさんと……グレイス?」
尋ねると、彼女はコクコクと首を縦に振った。
「かつて彼女たちを『利用した』伝手で呼び出されましてねぇ。同級生も連れてきて良いとのことなので、暇な同室の友人を連れて参ったのです」
「ジェーンさん……この子が私の御主人様ですよ……あひゃ、名前を呼んでくださって……あっひょお」
「眠らせませうか?」
「ごめんなひゃい許してくださいソーヤお嬢様の勇姿をこの目に焼き付けさせてくださいお願いしますジェーン様」
「よろしい。静かになさってくださいな」
上下関係ができてるらしい。……ところで、このジェーンさんはこの前編入してきたばっかりだったはずだよね?
「ともかく寒いので、早いところ終わらせましょう」
言いながら、ジェーンさんは僕らとカロンたちの間に立つ。
「……マーキュリー。前に出なよ」
僕の後ろに隠れるように立っていた彼女に促すと。
「…………うん」
すこし目を震わせ、すこし躊躇い、しかし頷いて、一歩前に踏み出した。
風が僕らに強く吹きすさぶ。
ジェーンさんは軽く息をして、宣言する。
「ルールは互いに『一撃を入れた』者の勝利。攻撃が入ったら戦闘を離脱すること。
生命を奪う行為は禁ずる。先に全員が戦闘離脱したチームを敗北とする。よろしいでしょうか?」
定義されたルールに、全員一斉に頷く。
ジェーンさんはそれを見て、手を前に出し。
「では——戦闘始め」
宣言とともに手を上げ。
風が、一層強く吹いた。
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