#52 魔王天使とハーレム
「そういえばさ、知ってる? 魔王天使の噂」
「あー、中等部一年のやべーやつ。なんかやばいバケモノぶっ飛ばしてたって、アレ?」
「そうそう。噂では同室の女子全員口説き落として百合ハーレム作ってるらしいよ?」
「ド変態じゃん。本当じゃないことを祈るばかりだわ」
クラスメイトの話を聞きながら、私はため息をついた。
「どうしたんだ、スミカ。浮かない顔して」
赤髪の親友に話しかけられ、軽く背伸びし。
「なんでもないわ、ヴィッキー。ただ、手にかけてる後輩の根も葉もない噂を聞くのって結構きついってだけ」
「半分夲當では?」
「前半は事実。けど後半は尾ひれがついて——」
答えかけたその時、気づく。
「——ちょっと待って? あんた誰?」
別の人に話しかけられていたことに。
顔を上げて見ると、見かけたことのないニヤけた顔の少女。小柄で白髪。制服のシャツの上から黒い着物を着ているその少女は——。
「だうも、怪人二千面相でござゐます」
「うわあぁぁあぁ!?」
私は飛び退いた。
なんでこいつここにいるの? 王宮の地下深くに位置する私設牢獄に入れたはずなのに。
あの深い深い六本木の駅よりもさらに深い地下深くに設えた、空間転移魔法でしか行けない上に多重のパスワード付き結界で守られていて正直作った自分でも出入りするのにちょっと苦労するあの牢獄からどうやって出たの? そしてどうしてここがわかったの? マジでなんでここにいるの?
大量のツッコミどころに脳がフリーズしている中、彼女はおひょひょと笑う。
「編入生のジェーン。朝礼の話、聞いてなかったのか?」
ヴィッキー——親友のヴィクトリアが笑って告げた言葉に、私は頬を痙攣させながら尋ねる。
「なななんで」
「現代魔法の知識をつけるのも楽しそうだと思ったので」
「え……えっ?」
何を言ってるんだこの人。智慧の龍はなんでも知ってるはずだよね? 全部茶番ってこと?
「ちなみにここでは『ジェーン・ドゥ』と名乗っております。以後よろしくお願いいたします。英雄——おっと、スミカ殿」
……特異点ってそういうものなのかぁ。
結論が出ない問いに無理やり結論を付けた。……たぶん問いかければ答えてくれるんだろうけど、聞くのも怖いので聞かないことにする。
茶番も大概にしてほしい。悪い夢なら覚めてほしい。夢ならばどれほど良かっただろうか。
大きく息をする私に、怪人二千面相——ジェーンは口元を手で隠し「おひょひょ」と優雅に笑った。
「それにしても、普段はクールを気取っている上位存在が驚いて戸惑っているさまはいつ見ても爽快なものでございますねぇ……」
……絶対尋問されたことを根に持ってるなこいつ。上位存在は明らかにそっちだろ。
変なところで人間くさいのが奇妙だ。一体何なんだ。何がしたいんだこいつ。
私は額に青筋を立てつつ深呼吸し、片手を差し出した。
「ま、まあ、これからよろしくね? ジェーンさん」
「おひょ。よろしくお願いしま——」
握手した私は、一節だけの魔法を唱えた。
「魔力吸収」
「あばばばばっばあばばっばばばばば」
彼女の本性は龍——特殊とはいえ魔獣なのだから、魔力を吸収されることはそのまま命に関わるはずだ。いちおうこいつは人間の肉体を遠隔操作しているだけらしいが、それでも大ダメージなのには間違いあるまい。
白目をむいてビクンビクンとする彼女に、私は軽く手をはたいた。
……たしかにクール気取りの上位存在に一矢報いるの、爽快で愉快だ。
*
一方その頃。
「レーネ。どういうこと? 僕が三股ハーレムの主とか……」
僕は問い詰めていた。
「だってそうですよね? ソーヤさん」
「なにがだってなの?」
どこからか取り出した伊達メガネをクイッと上げて、薄青色の髪をした彼女は僕を指差す。
「知らないとは言わせませんよ? ——同室の子全員からあんなにあからさまな好意を向けられておいて!」
……え?
「たしかに僕らは親友と言っていいくらいには仲よくなったと思うけど」
「そういう質の好意じゃないですって! こう、恋愛的な!」
「…………?」
「まさか本当にわかってらっしゃらない!? ……そっかぁ……これが本当のボクネンジンですかぁ……」
「なにがわかったの! ねぇ!」
僕には何もわからなかった。
「とにかく事実無根の変な噂流すのはやめてよ! ……最近知らない子からよく恋愛相談持ちかけられてこまってるんだよぉ……」
なかば涙目だった。魔法のことなら教えられても、一切興味すらない——なかった専門外のことは教えられやしない。
「恋愛の勉強になっていいじゃないですか!」
「よくないよ!」
この前のカロンはまだよかった。
日が進むにつれ、クラスメイト以外からも話しかけられるようになって、いつの間にか先輩方までわざわざ教室に押しかけてきて、更には寮の部屋にまで押しかけてくる始末。
魔法に関しての相談なら嬉しかったものを、話してくる内容は九割が恋愛絡み。
やれ「好きな人に告白したい」だの「付き合ってる恋人が最近つれないんだよね」だの……。しまいには「今付き合ってる彼氏と別れたいんだけど、どう切り出すべきかな……」とか。全部わかんないよ!
「そもそも、なんで三股ハーレムなんて変な噂流したの……?」
大きなため息を混じらせながら尋ねた言葉に、彼女はすっごく嬉しそうに笑って告げた。
「もう付き合ってるもんだとばかり思ってました!」
何故。
「あ、でも自分から流したわけじゃないですよ? アインちゃんと話してたのが漏れちゃったみたいです。よかったですね!」
なにもよくないが?
額を抑える僕に、彼女はふふっと笑ってささやきかけた。
「もういっそ、この噂を本当にするとか……どうです? 恋愛マイスターのわたしが、全力で応援しますよっ」
「…………」
心臓がきゅっとするような感覚を覚え。
そっと目を逸らした。
「……冗談も大概にしてよ」
「あら残念」
彼女はふいっとそっぽを向いて廊下を歩き出す。
「応援、してますからね」
その一言だけを言い残して。
たちの悪い冗談も、いい加減にしてほしい。
——僕には、愛される資格なんてないのに。
大きく息を吐いて、軽く伸びをして。
「ね、ねぇ、ソーヤちゃん!」
後ろから声がした。聞き馴染みのある高い声。
「なに? マーキュリー」
振り向いて尋ねると、彼女は白い髪を揺らしながら告げる。
「放課後、屋上に来てほしいの!」
「なんで?」
「カロンちゃんたちと、決闘することになっちゃった……っ!」
チャイムが鳴った。廊下の開いた窓から入る風。なびく髪。
顔から血の気が引いていく感覚がした。
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