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オトメマジカル  作者: 沼米 さくら
3.5th Season 恋愛戦争編

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55/56

#50 番外:マーキュリー・ブラッドの粗相


 これは入学してから一ヶ月半くらいが経った、春先の出来事。


(どうしよう……トイレ、行き忘れちゃったよぉ……)

 授業中。わたし、マーキュリーはおしっこを我慢していた。

 理由は単純明快。——クリスちゃんたちと話すのが楽しかったんだもん。

 休み時間、友達とおしゃべりする時間が好きだ。

 クリスちゃんは幼馴染だから、色んな話が合う。

 ルームメイトになったアリアちゃんとは、服とかメイクとかの話ができて楽しかったり。こういう普通の女の子みたいな趣味の子が少ないこの環境では希少だ。

 ……ソーヤちゃんとはまだあんまり話せてないけど、魔法の知識にすごく詳しくてよく驚かされる。聞いていて飽きない。

 でもまあ、そんなこんなで色んな話をしていると、当然ほかのことに割ける時間も減ってしまうわけで。

(うぅ……次からは気をつけなきゃ……)

 話してる最中でも、一言「トイレに行ってきます」って言えばいい。そうすればよかった。次からはそうしよう。

 口を一文字に結びながら、わたしは反省した。


 いやいや、反省したからってこの状況が変わるわけじゃないんだけど!?

 わたしのなかのクリスちゃんが叫んだ。

 いま重要なのは、これからのことじゃなくて——いやそれも大事だけど——いまどうするかだ。

 こうしてる間にも、お腹の中で水分が外に出ようとしているのを感じる。まるでパンパンに膨らんだ風船のように、中から外を圧迫しているような……。

「……ねぇ、マーキュリー」

「わひゃあっ!?」

 ぽんぽんと肩を叩かれる感覚に、思わず変な声が出た。教室中の注目が集まって。

「……な、なんでもないでしゅ……」

 弁明すると、教壇に立つ白髪交じりの厳しそうな女教師は。

「ならよろしいのですけども。次居眠りなどしたら、わかってますね?」

 厳しそうな目で告げた。

 わかんないよぉ……。居眠りなんてしてないし……。

 本音は心のなかに封じ込めつつ、「……はぁい」と言って。


「どうしたのよ、マーキュリー。そんな、顔を真っ赤にして」

 隣に座る親友——クリスちゃんの心配そうな声音。

「風邪でも引いた? 具合悪いの? 寮に戻る?」

 彼女に似つかわしくないとっても優しい声を「大丈夫っ! だいじょうぶ、だから……」と手を振って抑えるわたし。


 ……だって、言えないよぉ。

 ぱんつにちょっとちびっちゃったなんて……。


 肩を叩かれたとき、おまたの真ん中が一瞬熱くなって、それからジメッとした冷たい感じがした。それに驚いて、変な声が出ちゃった。

 引き締めた。は、いいけど。

 ……じめじめする。ひやってする。……じわじわ冷たいのが広がっていくような感じがする。

 どうやら限界の向こう側に到達しつつあるらしい。視界がぼやけてきた。

「……今度は顔が青くなってるわよ? 本当にどうしたの? 大丈夫?」

 本気で心配しているのだろう親友の声に、わたしはすこし鼻を鳴らしながら告げた。

「……やっぱだいじょばないかもぉ……」

 告げるが早いか、クリスちゃんは。

「先生。マーキュリーが体調不良なので保健室につれてきます!」

「ちょっと待ちなさい! 授業は最後まで……」

 教師の静止も無視して、彼女はわたしに肩を回して。

「歩ける?」

「う、うん……ゆっくりなら……」

「じゃあ、さっさと行くわよ。もちろん、あなたのペースでね」

 こうしてゆっくりと、しかしなるべく急ぎつつ、わたしたちは教室を出た。

 ……その間にも、ぱんつの冷たさは広がっているように感じた。


「……もうすぐ保健室よ」

 クリスちゃんが声を掛ける。わたしはゆっくりゆっくりと階段を降りていく。

 わたしはなかば涙目で、しかし一歩一歩足を進めていた。

……一歩歩くごとに、じわじわと「出ている」感じがする。もう限界は通り越していた。


「もう、だめぇ……」

 思わず、その一言を溢してしまった。


 それが悪手だった。

 ——その一言は、悪くない。そして、それを受けて彼女の取った行動も、きっと悪気はなかったのだろう。

 この出来事は、この結果は、ただの事故でしかない。

 そう結論づけるしかない。……そう思うしかない。


 この一言を聞くが早いか、クリスちゃんの歩みは止まって。

「そっか。……なら……失礼するわよ!」

 そのまま、わたしの足に手をかけたのだ。

 ——お姫様だっこってやつだ。彼女の体力に、追加で強化魔法とかを使えば全然可能。いや、それはわかってる。心配ない。

 でも——タイミングが、最悪だよ。だって、体勢が変わってしまったら。


 溢れてしまうじゃないか。


「ちょ、マーキュリー!? あんた……」

 彼女の手は、きっと濡れてしまっただろう。

 ぶしゅう、と吹き出す音。そして、びたびたびた、と床に跳ねる音。

「うぇ……んあ……ぁ」

 におい。むせ返るほどの、臭い。熱い感覚と、しかし圧迫感から解放されたお腹に、すこし気持ちよさを感じて。

「……ぇ、うぁ……あ……」


 すべてが、不快だった。


「あぁぁうぁああ、っあ、あああっ……」

 感情がオーバーフローした。


 うずくまる。泣き声が溢れ出す。とめどなく。下からも上からも、水滴が。とめどなく。

「……トイレ、我慢してたのね」

「んぁ……うん……ぅ……」

「よしよし。……ちょっと休みましょうか」

 背中がさすられる感じがした。

 ——ブレザー越しの暖かさが、すこしだけ心に響いたような気がした。


    *


「……そんなことがあったんですかぁ」

 暖房魔法で温めた寮の部屋の中。冬の足音が近づく日。ソーヤちゃんの寝息を背景に、深夜の女子会。

「恥ずかしいからやめてよぉ……」

 顔を真っ赤にするわたしに、アリアちゃんはニヨニヨして。

「あ、もしかしていまおしっこ我慢してます?」

「やめてよぉ! 違うし!」

「うん。成長を感じるわ」

「なにが!?」

 戸惑うわたしに、アリアちゃんはふふっと笑いながら。

「すこし前まで、こんなにはっきり物を言う性格じゃなかったじゃかったじゃないですか」

「あ……」

 言われてみればそうかも。

「こういうのも成長だと思いますよ? おもらし吸血姫(きゅうけつき)さんっ」

「もう!」

 からかうアリアちゃん。目くじらを立てるわたしに、「ふふっ」と一つの笑い声。

「アリア。そのへんにしときなさいよ。……この子、結構あのこと引きずってるんだから」

「あら残念。おもらしするマーキュリーさんも素敵だと思うんですけどね」

「どこが素敵なのぉ!」

 顔を真っ赤にして叫んだ。

 ……ぱんつに黄色いシミが付いちゃってることは、絶対ナイショにしなきゃ。


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