#46 そして天使は舞い降りる
頭上に、天使が降り立っていた。
「——ソーヤっ!」
クリスは彼女の名前を呼ぶ。
白い衣に身を包み、天使の輪と鳥のような翼を持った彼女を。
天使はものも言わず、ただ何処か慈愛と怒りを兼ね備えたような複雑な笑みを浮かべ——腕を前に伸ばした。翼がはためいた。
瞬間、無数の閃光が舞った。
それが魔法だと理解するのに、一秒ほどかかった。
圧倒的で暴力的な力の渦が、怪獣王の中央を正鵠に穿つ。
正気を失っていたはずの怪人すら、固まってその光景を眺めていた。
この、常軌を逸するような人外の戦いを。
怪獣王は反撃する。腕を振りかざし、あまりにも巨大すぎる質量を眼前の少女一人に差し向ける。しかし——通用することはない。
幾重もの防御魔法がその質量を完全に受け止めていた。
天使は無傷だった。
少女たちはただ唖然とする他なかった。
怪獣王は、わずかに怯んでいた。その胸元をかばうように。
僅かに赤い玉が露出した、その胸元を。
その玉の中には、少女の姿が見えた。——外を眺めては、内側から玉を叩いているように見えた。
——まるで「出して。ここから出して!」と叫ぶように。
天使はそれを見て、わずかに呼吸して。
唇を動かした。
——わかった。いま助けるよ。
声は聞こえず。しかし、その一言を最後に。
蹂躙は、加速した。
*
無数の魔法を放つ。自動で。
己の脳と仮想的な魔力のケーブルで繋いだ演算装置「エンジェルハイロゥ」。繋いだ外部魔力孔である翼を使って、無数の魔法を指示したプログラムに沿って自動で発動する。
それが、僕の作り出した「エンジェルハイロゥ」の基本原理だった。
自動で魔力の流入を切り替える仕掛けを幾多も組み合わせ、その制御をも自動で行えるようにした。僕が行うのは、細かい調整と指示だけだ。
——而して、それはあまりにも複雑怪奇。
(瞬閃光矢、毎秒十万。様子見。——着弾位置修正、コンマ二ミリ。着弾位置修正、三ミリ。着弾位置修正、コンマ四ミリ。削れ。各種属性付与。着弾位置修正、コンマ一ミリ。防御展開——)
絶えず脳内に流れ込む情報の波。それを処理しつつ、魔法の発動と微調整を繰り返す。
思考が追いつかなくなりそうなのを必死でこらえて、僕は眼前の怪獣王を「削る」。
その身を。骨を。——どちらが先にくたばるかの、我慢比べ。
おおよそ一分程度の攻防の末に——「それ」は見えた。
——カロンだ。
赤い玉の中から、助けを乞うように泣く少女。——まだ、生きている。
けれど、怪獣王の身は、すぐに回復を始める。じわじわと赤い玉を埋め尽くそうとする黒い魔力を、僕は睨んだ。
——爆焔華、五千。一斉発射。
指示とともに、無数の炎の華が咲き乱れた。
自分自身では一発か二発使っただけでも気絶するような上位魔法ですら、自動でいくつも発動できる。——僕が使うのは、指示するための僅かな魔力と、途方もない集中力だけ。
一瞬意識が持っていかれそうになって、唇を噛んだ。
まだだ。まだ、終わってはいない。終わってはいけない!
ホワイトアウトしかけた視界。目をこすり、その先を見る。
煙が晴れてもなお、怪獣王はその形を保っていた。されど、その身には大量の傷がついていて。
胸元の赤い玉は、露出していた。
中の彼女は膝をついて、泣きじゃくっている。
満身創痍だ。——いまやらなければ、もう次はない。
怪獣王の目が光った。口が開いた。——喉の奥が、灼熱の色に染まっていた。
僕は魔法を展開する。幾多もの攻撃魔法。幾重もの防御魔法。その魔法を強化する魔法も無数に発動し——手を伸ばし、指先を怪獣王に向けた。
その指先には銀の光が集う。——準備は整った。
一瞬の静寂。そして。
高周波音が、耳を、脳内をつんざいた。——いまだ。
怪獣王の咆哮。
朱い閃光とともに、灼熱が襲う。僕一人を目掛けて。
無数の防御魔法はほんの数瞬でばきんばきんと砕けていく。攻撃魔法の数々もその炎を打ち消すに至ることはない。
しかし——僕は見据えていた。赤い玉を。——少女を。
「届け。——シルバー・ブレッド」
それは、祈りだった。
かつて神と化そうとしていたアリアに放った魔法。それと同質の、しかし「この場で作り直した」魔法。
銀色の光に託した能力は、ただ一つ。
——彼女にかけられた、全魔法の解除。
怪人になる魔法も、正気を失わせる魔法も、幻覚も、洗脳も、絶望すらも——全部ぶち壊して、消し飛ばす。
そうして残るものは、きっと——。
閃光が最後の防御魔法を焼き尽くす——刹那、それは止まった。
怪獣王の胸元。赤い玉にたった一つのひび割れ。
銀色のそれは徐々に広がっていく。ぱき、ぱき、と。
そして——割れた。
怪獣王が霧散していく。割れた玉の中から、少女が落ちてゆき——ふわりと浮いた。僕が浮かせた。
彼女をゆっくりと地面におろし。
続いて、僕も地面に降りる。
そのはずだった。
「——え」
頭がクラっとした。
鼻の下を何かが伝う感覚。手で拭うと、それは血で。
あ、これもうだめだ。
悟ると同時に、エンジェルハイロゥが消えるのを感じた。
魔力が霧散していく。そして、僕自身も。
背中で風を感じ——そのまま背中から地面に落ちたらしい。
——誰かが僕の名前を呼んでいるのが聞こえる。
きっとクリスだな。答えなきゃ。でも——もう無理そうだ。
今度こそホワイトアウトする視界。声を出そうとして……かすれた音しか出せず。
そこから先の記憶は、僕の中にはなかった。
——これが、後に「天使事件」と呼ばれる事象の一部始終である。
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