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オトメマジカル  作者: 沼米 さくら
3rd Season 武闘大会編

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#45 怪人と少女たち


 魔法を使える人間を核にした人工魔獣。

 怪人。後にそう名付けられたそれが歴史上初めて公の場に現れた日。悪しき記念となったその日こそ。


 武闘大会二日目、本戦。

 昼食休憩時の出来事だった。


 スタジアムの中央に、巨大な化け物が鎮座していた。

 これまで確認されてきたあらゆる生物、あるいは魔獣すら遥かに凌駕する巨大な怪物。

 人々はそれを形容する言葉を持ち合わせない。——否、誰かが呟いたそれこそが、まさしくこの怪物の代名詞であった。


 ——怪獣王、出現。


    *


「どうなってるのよ!」

 会場は混乱に包まれていた。

 ——目の前に、怪人がいる。ツタの絡んだ腕を伸ばし、無差別に周囲の人を攻撃している。

 クリスは歯噛みした。避難を促す放送が流れていた。

「……どうして、グレンダが」

「いまは考えてる場合じゃないよ。……わたしたちも逃げなきゃ」

 そばでマーキュリーが口にする。——けど。

「みんなが逃げるまで、こいつを引き付けておかなきゃ」

「そうだね。……手伝うよ」


 光が飛ぶ。ロープのような光の帯が。

 しかし——その捕縛魔法は、バチンと音を立てて。

「消えた……マーキュリー!」

「うん。一か八か——ッ」

 目配せした先——氷の礫が、怪人に飛来する。

 しかし、通用することはなかった。

「……こいつ、強くなりすぎじゃない?」

「そうだね。わたしたちじゃ歯が立たなさそうだ」

 軽口を叩いてみせるが……内心、穏やかではない。


 なんで。どうして。何が起きたの。

 脳内を渦巻く混乱は収まることを知らず。

 ——むしろ、加速していく。


「——ッ!?」


 禍々しい魔力を、感じた。

 空気中のエネルギーが変質していくのを感じる。

 変質し、何処かに吸い取られていく。

 やがて「それ」が見えたとき、クリスの顔はひきつったように笑っていた。

「あ、は……冗談も、大概にしてよ……」

 一周回って笑うことしかできなかった。


 そこには、巨大な怪物がいた。

 怪物、というより怪獣というのが正しいだろうか。

 ぐんぐんと巨大化していくそれは、もはや悪い冗談としか思えない。

 ——しかし、それが纏う空気感は、眼前の状況が紛れもない現実であることを示唆していた。


「クリスちゃん! クリスちゃんっ!」

 マーキュリーに呼ばれ、彼女ははっと正気を取り戻した。

 しかし、正気に戻ったとて。

「……どうすりゃいいのよ、これ」

 途方もない巨体を、クリスは呆れたように見つめる。

 けれど——マーキュリーは違った。

「わたしたちは、いまできることをやろ。できないことはできないんだから」

「……そうね」

 やはり、この幼馴染みは自分にはない強さを持っている。

 親友への尊敬を改めて感じつつ——二人は眼前を睨む。


 件の植物怪人も、おそらく途方に暮れていたのであろう。固まって巨大な怪獣を見ていて。

 しかし、しばらく固まった後に再び頭を抱えだす。そして。

「アア、アアアっ……アアアアア!」

 叫び、無差別攻撃を再開する。

 クリスは息を潜めて——呼吸を整え、集中した。

「いくわよ。畳み掛ける。足止めする」

「うん。……本気だそう」

 二、三。ただそれだけ、声を掛け合って——一つ、頷いて。

 ごう、と一陣の風が吹く。それが合図だった。


 閃光が舞った。白と、赤。

 ——クリスは魔力を限界まで振り絞っていた。それは、制御された暴走。

 ——マーキュリーは指先に傷をつけ、己の血を舐めた。それは『吸血鬼』の能力を引き出すための儀式。


 ふたりは本気を出していた。

 瞬間舞った、幾多もの閃光。——しかし。

「ゥ、アアアアア、っアアア!」

 怪人はそれを弾く。ほとんどすべてを受け、弾き……無傷で。

 だが、気を逸らすことには成功していた。


 周囲を見ると、もはや誰もいない。少女二人と、怪人を除いて。

 怪獣の向こうで、別の誰かが戦っている。終了条件のわからない戦いを、続けている。

「……そろそろ逃げなきゃ」

 マーキュリーが提案する。——二人はこの一瞬でだいぶ疲弊していた。

 当然だ。周囲の魔力は薄まっていた。体力も相当削られていた。

 が。

「アアッ、アアアアッアア、アアアアッ、アアアアアアっ」

 怪人は苦しそうに叫んで、なおも攻撃の手を緩めようとしない。いやむしろ——。

「……更に強くなってないかしら」

「そうだね。……逃げられるかな、これ」

「難しそうね」

 二人は防御魔法を張りながら、顔を見合わせる。


 ——正直、詰みを感じていた。

 このままでは、どうやっても負けてしまう。この場合の負けとは、単なる勝負の勝ち負けではなく。

「……私達、死ぬのかしら」

 呟くクリスに、マーキュリーは気まずそうな顔をして、なにも答えず歯噛みした。


 状況は、まさしくジリ貧。二人の力だけではどうにもしきれない、絶望的な環境。

 心の底で、救いを求めていたのかもしれない。いや、求めないほうがおかしかったのかもしれないけれど——。


 ——助けてよ、ソーヤ。


 いつの間にか自然に彼女を——彼を求めていることに気づいて、クリスは僅かに目を見開いた。

 なんであいつが出てくるのよ。ばか。けれど——信頼していた。

 あいつなら、こんな状況でも簡単にひっくり返してくれる。きっと、予想だにしないありえない実力と発想で。

 そう、いまこのときだってきっと——。


 怪獣が吠えた。

 耳をふさいだ。

 その瞬間だった。


 この場にいる誰もが、目を見開いた。


「天使、だ……」


    *


 怪獣王の足元。僕らはその様子をただ見ていることしかできなかった。

「……ソーヤくん」

 隣に立つアリアが僕を呼ぶ。

 僕は深呼吸をしながら、一つ頷いた。

「大丈夫。僕がみんなを守るから」

「…………」

 なにも応じず、ただ彼女は僕の隣で息を殺し震えるばかりで。


「……ソーヤ、くん」

 もう一度彼女が呼んだとき、僕は呼吸を整えながら続きを待つ。

 そして、不意に告げられた言葉に、一瞬耳を疑った。


「——どうやったら、あの子を助けられると思いますか」


 助ける。……そうきたか。

 目を見開き、細め、答えた。


「ちょうど、僕も同じ事を考えてたんだ」


「え……」

「助けられる可能性が少しでもあるなら、全力で手を伸ばしたい。——たとえ彼女が、僕らを恨んでたとしても」

「……そう、ですね。でも、私達にできることなんて——」

 弱音を吐きそうになった彼女の唇に、指を当てた。


「あるさ。——僕に任せて」

「……っ、はい!」


 ——ついにこれを使う時が来たようだ。

 試験運転は「あの時」の一回が最後。そこから先に加えた数々の改良は実験すらしていないぶっつけ本番。

 けれど、これしか可能性はない。確信していた。

 深く息を吸って、吐いて——呼吸を整えて。

 手を伸ばした。


「エンジェルハイロゥ、展開」


 瞬間、脳が熱くなる感覚がした。

 気配を察知したのか、怪獣王が雄叫びを上げる。過剰な魔力が光を帯びて僕にまとわりつき——怪獣の放つ魔力とぶつかった。

 僕の体は自然と宙に浮く。爆発的に膨れ上がる魔力のエネルギーが僕を押し上げる。

 その頭に浮かぶのは、中央演算装置・天使の輪(エンジェルハイロゥ)。それに接続された無数の外部魔力孔はあたかも天使の翼のような形をとり。

 息を吐いて、ゆっくりと眼前を陣取る怪獣王——その胸元を睨んだ。

 ——中央に、異質な魔力の気配がした。

 おそらくそれは『核』。魔獣のもととなった物品、あるいは生物の気配。

 さっきの様子から見るに、怪獣王は人間(カロン)をもとにした魔獣のようなものだ。つまり、中にはカロンがいて、まだ生きている。

 それだけを確認して——一瞬の静寂。


「……カロンを、返せ」


 そして、蹂躙は始まった。


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