#41‐2 にゃんっ
「わたしたちは、もっと可愛くなるべきなんです」
「……は?」
アリアの言葉に、場は再び静寂に包まれた。
「まず、可愛いものが嫌いな人間などいません」
「主語大きすぎない?」
「なので、可愛い格好であざとく接客すれば、自然と客足は伸びると思うんです」
「いまの格好も十分可愛いとは思うけど……」
「足りません。せっかく料理の質も店員のビジュもいいんですからそれを活用しなくてはなりません」
「そうかなぁ……?」
「具体的には、こういうものを用意してきました」
言いながら、彼女は厨房の方に入り、紙袋を取ってきて、その中から物を出した。
出したものは——猫耳カチューシャと、尻尾のようなもの。
「いまからわたしたちは猫になります」
「アリア? なにを言ってるんだい?」
「猫は可愛さの権化なのは周知の事実ですよね?」
「アリアー?」
「なので、その要素を取り入れるんです。この装備をつけて、語尾に『にゃん』をつけて接客するんですよ。ふふふ……これで大ヒット間違いなしですッ!」
熱弁するアリア。怖いよ。
僕がおかしいのか? 周りを見ると、みんな頷いていた。クリスだけは口を半開きにして思考を停止しているようだった。僕がおかしいらしい。
小さくため息を吐く僕に、アリアは真面目な顔で人差し指を立てた。
「向こうは普通に女子学生が制服で接客する比較的普通の喫茶店です。真っ向から勝負しようとしても、物量で押し負けます。なので、搦手で攻める必要がある。——要は、差別化なんですよ」
「急に真面目になるなぁ……」
「というわけで、早速装着してみましょう!」
アリアに急かされて、僕らは猫耳と尻尾を装着することになった。
「えと、尻尾ってどうやってつけるの?」
「腰のところにベルトで巻いてですねぇ……」
「そういえば、首元に鈴ついてるの、飼い猫みたいだよね」
「…………」
「もしかして、最初からこうするつもりだった?」
「……秘密兵器って、いいですよね」
「答えになってないよ?」
*
——私達は、恐怖していた。
「お、おかえりなさいませ、お嬢様……にゃんっ」
控えめに頬を染める、銀髪の少女。不埒なミニスカートに薄緑のフリルが舞う衣装を翻し、三十分ほど待った私達を悪びれもせずに席に案内する。
室内は男性客でいっぱいだった。私達と同じような女子生徒は少なく——いても、あんまりクラスに馴染んでいないオタクっぽい女子だけで、大半はむさ苦しい男性客だ。
長い行列を捌く手際はあまりいいとは言えない。しかし。
「ご注文は、何にいたします……にゃ?」
慣れない語尾と、甘えるような声音。踊る猫耳と尻尾。愛嬌に全振りしたかのような衣装に、客は魅せられているようだった。
「えーっと……じゃあ、このミルクコーヒーとクッキーのセットで」
「……私はブラックコーヒー。あとこの、チェキってなんですか」
「映像記録魔法でツーショットの写真が取れます……にゃ」
「あー……今回は遠慮しておきます」
二人で適当なものを頼むと、店員——おそらく、ソーヤ・イノセンスであろう少女は「はーいっ」と甘えた声で奥に引っ込んだ。
「……グレンダ。なんでこんなのが人気なの」
目の前の黒髪ショートの少女——私の幼馴染で親友であるグレンダに尋ねると、彼女は小さくため息を吐いて答えた。
「私にもわかりませんよ、カロン。しかし、汚らわしい男どもの嗜好を完全に掌握している辺りに、私は恐怖感すら覚えます」
「そうね……アンタは男嫌いだったわね」
息を吐く彼女に「……大丈夫なの?」と尋ねると、「大丈夫です。長居はしたくないけれど」と返される。
こうして五分も待っただろうか。
「こちら、ミルクコーヒーとクッキーのセットですにゃんっ。で、こちらがブラックコーヒーにゃ。ごゆっくりにゃっ!」
白い髪の、黄色いエプロンの少女が運んできた飲み物。安物の使い捨て食器で提供されたそれに、私は唾を呑んだ。
……とってもいい匂いがする。
「頂きます」
グレンダが、コーヒーを一口飲んだ。瞬間、目を丸くした。
「……美味しい」
彼女はほうっと息を吐いた。
「クセがなく上品な味わいだ。苦みもあまり多くなく、程よい酸味と香りが口の中を満たす。良い豆を使って丁寧に淹れている。これはかなり美味いぞ」
「グレンダってグルメ漫画の評論家か何かなの?」
「違うが……良いコーヒーだったのでつい話しすぎてしまいました。カロンも飲んでみては?」
提案され、私は少し引きつつ、おずおずとミルクコーヒーに口をつけ——目を丸くした。
「美味しいでしょう?」
認めるしかなかった。
口の端をピクつかせながら、しかし私はすぐに食べきり、飲み干してしまった。
*
鐘の音が鳴った。
「んにゃあ……疲れたにゃーん」
「マーキュリー、もう仕事は終わったんだよ?」
机に突っ伏す僕ら。最後の客を見送ったあとのことである。
これから片付けようというときのこと。
「すっかりネコ因子が馴染んじゃったようですね」
「……アリア、なんかした?」
「いえ、なにも。ただ精神干渉魔法でネコっぽい口調をすりこんだだけですよ?」
「いますぐ解除しようか」
「冗談ですよぉ」
割と洒落にならない気もするが。
ともかく、僕は軽く伸びをして。
「結果でましたよ!」
教室のドアが開いた。
「レーネ、アイン。ご苦労さま!」
クリスの言葉に、教室に入ってきた二人は笑みをこぼす。
「どう、でしたか」
おずおずと尋ねるアリアに、二人は一枚の紙を出した。
そこに書かれた数字は、二つの喫茶店それぞれの売上。
「ウルヴェンハントとストレイキャッツの売上の差は……これ、どういう意味です?」
「アリアちゃんって算数苦手だったよね……どれどれ?」
マーキュリーが紙を覗き込むと——目を丸くした。
「——勝った。勝ったよみんな!」
「え、これ勝ちでいいんですか?」
「うん! ほんの少しの差だけど、私達のほうが売上が少し多いよ!」
「やったぁ!」
はしゃぐ少女たち。僕らは六人で次々にハイタッチした。
それから、僕は教室の入口の方を見て。
「いるんだろう、カロン」
呼びかけると、ドアの端から顔を出してこちらを伺う少女はビクリとして、さっと隠れ。
「行ってください」
「ちょ、グレンダ!」
どすっと背中、というか尻を叩かれ出てきたのは、カロンだった。
「……な、なに!?」
「握手をしようか」
「なんで!?」
「なんでって……お互いの健闘をたたえて?」
「あんまり答えになってないわよ!」
「そうかなぁ」
笑う僕に、彼女は少し怯えたように顔を引き攣らせ。
脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、ちょっと——」
「すみません。……あいつ、素直じゃないんです」
そう言いながら、教室に長身の女子が入ってくる。
「グレンダ、だっけ」
「ええ。あのアホンダラの幼馴染です」
「口悪くないかしら!」
「それはみんな同じな気がするけど」
「ともかく、あのバカがご迷惑をおかけしました」
「いえいえそんな……」
ほうっと息をつき、グレンダは微笑む。
「コーヒー、美味しかったですよ」
「それはよかった」
「明日の武闘大会での、健闘を祈ります」
「そちらこそ。……直接戦えるといいんだけど」
「ええ。お待ちしてます」
いくつか言葉を交わして、彼女は去っていった。
「……もしかして、あいつら思ったより悪いやつじゃないのかしら」
クリスが一言漏らす。
「少なくともあの、グレンダさんは悪い子じゃないと思う。カロンちゃんも……きっとわかりあえる気がするな」
そんなマーキュリーの言葉に、アリアは少し笑った。
「……そうだといいですね」
「きっとできるよ」
目を輝かせた僕に、少女たちは互いを見合って、首を縦に振った。
「明日の武闘大会も、がんばろー!」
僕らは手を重ね、声を合わせた。
『おーっ!』
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