#40 恋って、なに?
「ソーヤさん。ソーヤさん!」
呼びかけられて、僕はハッとした。
「……そんなにぼーっとして、どうしたんです? ソーヤさん」
「ああ、うん。なんでもないよ、レーネ」
そうやって笑って誤魔化す僕に、目の前の少女は少しだけ怪訝な目を向けた。
——武闘大会まで、気がつけば一週間を切っていた。
「教室の準備はだいたい順調ね。調理班のアインはどう? コーヒーとか紅茶とか、作り方覚えた?」
「覚えた。でもまだもうちょっと練習したいかなぁ。レーネも一応できるようになりたいって言ってたし……」
「まあまだあと六日あるもの。いっぱい練習しましょ!」
文化祭の準備は、だいたいうまくいっているようだ。
……クラスメイトの大半がカロン陣営についたので、僕らの出店はたった六人。いつもの四人と、アイン、あとレーネ。
「服飾班のアリアとマーキュリーは、確か寮で衣装を作ってるんだったわよね」
「そうだね。校舎の被服室は使われてるからって」
「……妨害かしら。まあ、細かいこと考えてても仕方ないんだけど」
「あたしたちはあたしたちのできることをやろう。できることはそれだけだ」
そんな会話を繰り広げる二人をぼうっと見ていたら、不意に肩を叩かれた。
「あのぉ、食べます? さっき練習で作ったクッキー」
「あ、ありがと。レーネ。とりあえずお茶にでもしようか」
普通の教室をそれっぽくセットしただけの簡易な喫茶室。その一角を仕切ってできた厨房には、一口の魔導コンロと小型ケトル。その他、ティーポットなどの各種道具が並べられている。使い捨ての食器類を除けば、ほとんどが僕の私物だ。
「……予算がほとんどカロンさんのほうに回っちゃったのに、こんなに本格的にできるなんて……まるで夢みたいです」
「あはは……制約もだいぶ大きいけどね。全ては工夫の賜物だ」
「その工夫がすごいんですよぉ。はぁ……紅茶も美味しいですっ」
自分で作ったクッキーをはむはむとかじるレーネ。少し硬めのクッキーは、柔らかい香りの紅茶とよくあっていて美味しい。
けれど——僕は、小さくため息を吐く。
「えっと、その、うまくできてなかったです?」
「そんなことはないよ。とっても美味しい」
「じゃあ……なんで、そんな浮かない顔をしてるんですか?」
そう言われて、はっとした。たしかに少し上の空になってた気がして。
「あ、ああ……なんでもないよ」
「もしかして、恋でもしました?」
「ゲホッゲホッ」
思わず紅茶を吹きそうになった。
「えっ、本当に恋を……?」
「なんで嬉しそうなの!?」
驚く僕に、レーネはぱあっと花が咲いたかのように笑った。
「だって……女の子なんですもん」
「そういうものなんだ……」
「で、相手は誰です!?」
身を乗り出すレーネに、僕は「その……」と目を逸らし、答えた。
「そもそも、恋って……なに?」
「……そうきたか……です」
レーネは唇を尖らせた。
「ドラマとか見たことないんですか?」
「ないなぁ……。寮にはテレビとかないし」
「家にもなかったんだ……?」
「屋敷にはあったかもしれないけど、僕の住んでたのは座敷牢だったから」
「え……じゃ、じゃあ少女漫画とかは?」
「あいにく、漫画には興味がなくって」
「見たことないだけなんじゃ……え、さすがに恋愛小説はあるよね?」
「たまに読む新聞の広告でまれに見るけど、面白いの?」
「うっそ……箱入り娘すぎない……?」
膝をつく彼女。きょとんとした僕に、彼女は大きめのため息を吐きながら両手を僕の肩において。
「……今度の休み、わたしたちの部屋に来てください。恋愛の何たるかを教えて差し上げますよ」
そう告げたレーネに、僕は軽い苦笑いで「あ、はぁ」と答えるしかなかった。
*
武闘大会と文化祭の準備は、着々と進んでいた。
「そこ! ぼーっとしない!」
「ああもう、茶器の準備はまだか!」
「くっそだりぃな……いまやってるよッ!」
教室内は罵声が飛び交っていた。
「はぁ……これで、本当に喫茶店なんてできるの……?」
休憩するカロンに、その友達は「大丈夫ですよ」と疲れた声。
「ほんと? グレンダ」
「……為せば成る。為さねば成らぬ。何事も」
「どういうこと?」
「やってみなければ、できることもないのですよ」
「うぐぅ……はぁい」
そうカロンは唇を尖らし、軽く体を伸ばして。
「……何故私達は、こんなことをやっているのでしょう」
グレンダが、ふと口にした。
「どうして、私達はこんなにも彼女たちに張り合って、勉強する時間を無駄にして、このようなことをしているのでしょう」
「ハッ、今更なにを言い出すじゃと思えば」
カロンは、そんな彼女を鼻で笑って。
「いい? あいつらは、敵なのよ? ……わたしたちとは相容れない、獣なのよ」
言い放った。
「…………そう、ですか」
「そうよ。……決まってるでしょ」
「しかし……」
なおも反論しようとするグレンダに、しかしカロンは。
「バカを言わないで」
魔法で刃を作り——グレンダの頬をかすめた。
「あの獣たちに与するものは、同じく敵とみなすわ。……最後通牒よ」
少しの沈黙。その後、グレンダは「……参りました」と息をついて自分の持ち場に戻る。
「彼女たちも同じ人間であることを、お忘れなきよう」
そんな言葉を、カロンの耳元に残しつつ。
「……ばっかじゃないの」
——どうせ、わたしたちが勝つに決まっているのに。
カロンの揺るぎない確信は、しかし掴む間もなく心の闇に溶けていった。
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