#39 ソーヤくんが、いけないんですよ?
「ソーヤくんが、いけないんですよ?」
ピンクの髪が僕の頬を撫でた。
「アリア……?」
名前を呼んだ彼女のよくわからない行動に、僕の脳内は疑問符で埋め尽くされた。
「……なんでハダカで、僕に覆いかぶさってんの……?」
現在の様子。下着姿(無論女物の、ピンクのブラとショーツ)の僕に、一切の衣服を身にまとっていないピンク髪のヘンタイ……もといアリア。
——女の子の裸なんて、ほとんど見てこなかった。正確には、大浴場で一回。不可抗力だし、最低限タオルで隠してくれていたので完全な全裸ではない。
しかも、こんなに近くになんて……たぶん、幼い頃に母乳を飲んだとき以来だろう。もちろん物心ついてからは一切ない。
「んふふ。……心臓、バクバクいってる。まったく、かわいいですねぇ。ソーヤくんは」
僕の反応を見てニヤニヤする彼女。言い返そうと口を開こうとして——胸が高鳴った。
……いい匂い、する。
シャワールームに置いてある、共用のシャンプーとボディーソープ。僕も同じ匂いのはずなのに、何故かアリアからする匂いはすごく甘くて。
「……胸、当たってる」
誤魔化そうとした僕に、しかし彼女はむしろ、もっと体を密着させて。
「あててんですよ。……あなたの可愛い顔が見たいから」
そう言って、僕の股間に手を当てた。
「ひゃ……んっ……なに、して」
「今日の私、どうですか?」
「どう、って……」
そんな事言われても。というか、それどころじゃ……。
頬を染める僕に、彼女は目を細める。
「はやく、言ってください」
心を読める魔法だって使えるくせに。でも、僕は彼女から目を背けながら答えた。
「……その、いい匂い、する」
「体は、どうですか?」
「…………柔らかくて、あったかい」
「顔は?」
「………………すっごく、かわいい」
「それだけ、ですか?」
「……………………」
何も言えなくなった僕に、彼女は「ふふっ」と笑みをこぼした。
「やっぱりかわいいですねぇ、ソーヤくんは」
「んぅぅ……」
抱きしめてくる彼女に、僕はただ赤面するしかなくて。
「普段は冷静沈着で、でもいざとなったらわたしたちを助けられる強さもあって。かっこよくて、でも姿はとっても可愛くて。——なのに、こんなにウブなんですね」
「……っ」
「そんなところも、かわいいですよ?」
思わず目を逸らした。
「どこ、見てるんですか?」
「……どこも見てない」
唇を尖らすと、彼女は小さく息を吐いて、ようやく僕の真上から退いた。
そのまま隣に横たわる彼女に、僕は背を向けたまま。
「……どうして、こんなことしたの」
訊くと、彼女はほうっとまた息をついた。
「まだ、わかんないんですか?」
一瞬だけ、脳内に金切り音が響く。
「…………言わないと、わかんないか」
——心を読まれたらしい。
小さく呟くアリア。胸を走るきゅっとした感覚。……なんなんだろう。魔法も使われていないのに。
心臓が高鳴る中で、彼女は僕に優しく触れて、耳元で囁いた。
「好き、です。ソーヤくん」
なんで今更、そんな事を言うんだ。
——僕も好きに決まっている。アリアも、クリスも、マーキュリーも、僕にとって大切な——。
耳鳴りがした。
「そう、ですか。あなたにとって、私は……私たちは」
背中に、小さく濡れた感覚がした。
——僕にとって、大切な友達だから。
「……ソーヤくんって、とても純真無垢なんですね。まだ恋も穢れも一切知らない、まっさらな子供」
再び一瞬の耳鳴りが聞こえる。しかし、僕に効くことはなかった。
「そんなあなたに、私は恋をしてしまったんです。……魅了魔法も、あなたにだけは使えなくなっちゃいました」
彼女の告白。いや、独白、告解とも言うべきだろうか。
僕はただ、理解が及ばないまま。
「穢れてしまった私を、今更赦してほしいとは言いません。……ただ、いまだけ……この気持ちを吐き出すことだけ、許してください」
しかし、その言葉に、僕は思わずアリアの方を向いて。
無言で、小さく頭を撫でた。
「…………好きです。あなたの全てが。
クールなところも、かっこいいところも、かわいいところも……やさしいところも。
……みんな、大好きです。あなたが、だいすきです」
*
食事を終えて、深夜。僕が布団で寝息を立てたのを見計らったかのように、話し声が聞こえた。
「……クリスさん。告白、うまくいきましたか?」
「だめだったわよ……。変なクマの魔獣に邪魔された。マーキュリーはソーヤとちょっとは近づけたかしら?」
「うん。手取り足取り魔法のこと教えてもらっちゃった。でも、二人みたいにコクハクとかはまだかなぁって。アリアちゃんはどう?」
「…………しました」
「え?」
「しました! ええ。やっちゃいましたよ、告白っ!」
「うそ! よくも抜け駆けしたわね! 覚悟なさい。いまからアンタにアイアンクロー食らわせて——」
「やめなよふたりともっ。もう、ソーヤちゃんが起きちゃうよ?」
「……そうね。落ち着きましょう。スー、ハーッ」
「クリスちゃん、えらい。……で、アリアちゃん。どうだった?」
「あはは……惨敗でした」
「アンタが? 魅了の魔法使えるのに?」
「あの魔法は、恋した相手には使えないんですよ。どうでもいい相手には簡単に使えるのに……皮肉なもんです。しかも、ここで残念なニュースです」
「……なによ」
「ソーヤくん、私たちを『ずっと友達』としか思ってないようです」
「なんでそれが残念なの?」
「わからないんですか、マーキュリーさん。……ずっと友達、ということは」
「私たちが恋人になる余地はない、ってこと……?」
「残念、正解ですクリスさん。……このままでは、ですが」
「このままでは、って……アリア、何をする気?」
「ふっふっふ。それはですねー……」
「あっ、もしかして、ソーヤちゃんに恋心を教え込むとか?」
「…………マーキュリーさんって、時々すごく鋭いですよね」
「もしかして、話の腰を折っちゃった?」
「いいんですよ。まさにそれを言おうとしてたので」
「つまりは、ソーヤに私たちを『恋人』として好きになってもらうってこと?」
「……クリスさん、飲み込みが早いですね」
「ありがとっ! でも、それじゃあ結局、ソーヤの取り合いになっちゃうじゃない」
「飲み込み早すぎじゃないですか? でもまあ、たしかにそうなっちゃいますね……。うーん……」
「…………」
しばらく続いた会話が途切れ、少しの間の静寂。僕は寝息を立てるふりをする。
彼女たちはこれまでも、稀にこうやって話し合っていたのだろう。女子会というやつだろうか。
よく聞こえたわけではなかったけど、たぶん僕のことを話している。そしてきっと、僕が割り込むのは野暮な話なんだろう。本来は聞き耳を立てるべきでもない。そう直感していた。
やがて。
「だけど、これだけは変わんないよね」
マーキュリーの優しい声がした。
「……わたしたち三人は、ずっと友達だってことっ」
少しの沈黙の後、三人の小さな笑い声。
「そうですね。……たとえ、誰がソーヤくんに愛してもらったとしても、私達は」
「ええ。……ずっと、友達。いや、親友!」
笑い声が止んで、三人がそれぞれ「おやすみ」を言い合ったあと。
僕は小さく息をついて、考えた。
——恋って、なんだろう。
そんな問いの答えは実を結ぶことなく、意識は闇に沈んでいった。
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