#38 わたしを鍛えてほしいのっ!
「ソーヤくん! わ……わたしを鍛えてほしいのっ」
放課後。シャルの家庭教師のために学園都市の中を歩いていた。
「……どうしたの、マーキュリー」
二人きりで歩いている中、彼女に問いかけた。
「あの……えっと。わたしの気のせいじゃないといいんだけど……ほら。わたしってなんか影が薄いじゃない?」
僕は目を逸らした。
「うーん。図星みたい。——そこでね、わたし、強くなることにしたんだ」
「…………どうして?」
尋ねた僕に、マーキュリーは目を細めて告げた。
「だって、わたしは『弱い』んだもん」
「……そんなこと」
「ない、とは言わせないよ? ……わたしだけ『普通』なの、なんか置いてかれてるように感じて……」
まるで僕が普通じゃないような。いや、たしかに普通じゃないんだけど。
「だからって、なんで僕に?」
「だって、ソーヤちゃん『強い』んだもん。主に、魔法の力とかが」
ますますよくわからなくて、少し首を傾げた。
「あとほら。武闘大会とかあるから……少しでも、足引っ張らないようにしたいもん」
そんなことないだろう。足を引っ張るだなんて。そう言おうとして彼女を見ると、とても真剣な顔をしていて。
「わたしに魔法を教えて! ソーヤちゃんっ」
真剣な眼差しで僕を見る彼女。小さく嘆息した。
「……僕にできることはたかが知れてるけど、いい?」
「うん! よろしくお願いします、ソーヤ先生っ!」
はにかむ彼女に、僕は眉間を抑えた。
「というわけで! 今日は特別講座ですっ!」
シャルの家、もとい宮廷所有の別荘。町外れの森の中にある白い家。一説によればかの英雄ジュンヤ・イワタニが一時期住んでいたとも言われる結構広くて大きな家だ。
「……ソーヤお兄さま。どういうことですの?」
その一室で、僕は小さな黒板の前に立ち、教鞭をとっていた。
「マーキュリーが魔法を教えてほしいってさ」
「へぇ……マーキュリー先生が?」
「先生も完璧じゃないんだよ?」
そういうことで、特別講座は始まった。
「あんまり言いたくないんだけど……マーキュリーって、僕より使える魔法の種類も少ないし、出力も低いよね」
「そうだね。……でも、それを多くしようとしてもうまくいかないんだよね」
「そりゃあそうだよ。——努力の方向性を間違えているんだからね」
魔法弁の大きさ——魔法の最大出力は、決まっている。使える魔法の量は基本的に変えられない。
種類も、魔法のイメージである「魔法式」を覚えれば使えるものの、ある程度適正が関わってくる。特に精霊などの要素が関わってくる「属性」のついた魔法は非常に個人差が大きい。
「ある程度は改善できても、その能力にはある意味先天的な才能のようなものが関わってくる。だから、ここを伸ばそうとしても基本は意味ないんだよ」
「なるほど……」
相槌を打つシャル。マーキュリーはおずおずと手を上げる。
「あのぉ……ということは、わたしはもうこれ以上強くなれないの?」
「そうじゃないよ。……魔法の出力を強化する、ということは、単純に魔法を強く放つだけではないんだよ」
「矛盾してない?」
「してないさ」
頭の上に疑問符を浮かべるマーキュリーに、僕は言い放った。
「君に必要なのは、魔法の効率化だ」
魔法は、工夫することで効率的に少ない力で発動することができる。
少ない魔力操作で、大きな魔力を扱う。その工夫と特訓だ。そうすることで、自分の限界を超えることが可能だ。
「要するに、同じモノだったら少ない力で使えたほうがいいよねって話?」
「そういうこと。同じものを少ない力で扱えるなら、もっと大きなものだって扱えるようになるはずだし」
説明すると、マーキュリーはこくこくと首を縦に振る。すると、今度はシャルが手を上げた。
「はいっ。それってどうやってやるんですの!?」
「シャルが知っても意味ない気がするけど……。いくつかの方法がある」
一つは魔法の設計図である魔法式を単純化すること。何事も単純なほうが作りやすいのは自明の理だ。
二つ目は魔力の無駄を省くこと。効率的に魔力を動かすことで、魔法は格段に軽々と発動できる。
三つ目に発動までの道筋——プロセスを単純にすることも挙げられる。曲がりくねった道のりより真っすぐの道のほうが歩きやすく、早くたどり着くものだ。
主だったものはその三つだ。それを極めていくことで、強い魔法も扱っていけるようになる。
あとは杖などの補助武具を使うことも効率化に繋がると言われている。ほぼ使わないのでよくはわからないが、この場にはないので確かめようもない。今度買いに行こっか。
——ということを喋り終わると、マーキュリーはぐぐっと背伸びをした。
「座学疲れたー」
「シャルみたいなこと言うね。……でもまあ、ずっと座りっぱなしじゃ疲れちゃうか。そろそろ実践勉強に移ろうか」
僕らは庭先に出た。
二階建ての大きめ——とは言っても洋館ほどではない一軒家の外には、まあまあ広めの裏庭がある。魔法の練習にはもってこいだ。
「さて、魔法式の単純化からやってみようか」
「そう言われても……どうやるの?」
「見てて」
そう言って、僕は火の玉を出す魔法を使う。
「炎の精霊よ。我、ソーヤ・イノセンスの名において、その力を示し給え。——ファイアボール」
わざと、複雑な魔法式と簡略化していない詠唱を使って。
「……いつもはこんなことやってないよね?」
「ああ。本来はこのくらいの手間がかかるこれを、いつもは詠唱もなしに軽く手を振っただけでこの魔法を使っている。これが、単純化と簡略化の基本だ」
「はえー……。要するに、かかる手間を省いてみるんだ。やってみる!」
マーキュリーの言葉に、頷いた。
「で、できた……」
「やりましたわね、せんせー!」
微笑ましい光景。僕は背伸びをして。
「今日の授業は終わり。あとはがんばってねー」
「ありがとね、ソーヤちゃん!」
寮への帰り道。少し冷えてきた空気に、温かい吐息が混ざった。
*
そうして寮に帰った頃には、もう外は暗くなっていた。
制服をさっと脱いで、僕は下着姿でベッドに上がって、枕に顔を埋める。
今日は少し疲れた。夕食の時間まで少し休んでから、宿題とかをしよう。
簡単に計画を立て、軽く目を閉じふうっと息をついた。
最近、感覚が麻痺している気がする。……僕、男だったはずなんだけどなぁ。女の子の下着を着ているのが日常になってしまって……このスースーとした感触にも慣れきってしまった。
……本来なら異常なことのはずなんだけどな……。
薄い下着の更に下、僅かに主張する小さなものに軽く触れて、もう一度息をついた。
そのときだった。
みし、となにかが軋む音がした。
二段ベッドの上層。聞き慣れた、はしごを登る音。ぼうっとした思考に割り込むのは、温もりと体重。
誰かが、覆いかぶさっている? しかも、裸で……。
異常事態。それに気づいたとき、声が聞こえた。
「ソーヤくんが、いけないんですよ?」
ピンクの髪が僕の頬を撫でた。
「アリア……?」
僕は、少女の名前を小さく口にした。
——僕に裸で覆いかぶさっている少女の名前を。
面白かったら、ぜひ下の星マークやハートマークをクリックしてくださると作者が喜びます。ブックマークや感想もお待ちしております。




