#35 カロン・リスターと因縁のはじまり
「ふふっ。よくこんなところに来てくれたわね。淫売の娘」
カロン・リスター。僕らの教室の雰囲気を決める中心人物。そして——どうやら、人の好き嫌いが激しいようだ。
「はじめに言っておきますわ。——私は、貴女が大嫌いですわ」
彼女の周りには数人のガラの悪そうな取り巻きが笑う。というかせせら笑っている。
そんな中で、アリアは一人、いつもどおりの飄々とした態度を崩さずに。
「はい。知ってましたよ」
真顔で答えた。
「じゃあ、何をすればいいのか……わかるわよね?」
「いいえ? ——物事は、言わなければ伝わらないものですよ」
「ばかにするのも大概にしなさいよ、クズ女!」
そう言って、カロンはアリアを叩いた。
しかし、叩かれたアリアは一瞬だけ体制を崩しつつも、再び何も言わずに立つ。
「……ほんっと食わないやつね」
「なんとでも言ってください。——貴女たちに流す涙なんてないことなど、もうご存知でしょう?」
「——ッ、ンのクソアマッ!」
手を挙げるカロン。笑っていた仲間たちは一斉に武器を構え——。
「そこまでだ」
アリアと彼女たちの間に、僕は立ちふさがった。
「ちょ、ソーヤ!」
遅れて出てくるクリスたち。カロンは舌打ちをして。
「優等生様がこんなところになんの御用で?」
警戒態勢を緩めないままで聞いてくる。
「そっちこそ、こんなところに友達を呼び出して、何をしていたんだい?」
「……それは」
答えに窮するカロンに。
「アリアの頬、腫れてるじゃないか。——なにをした」
あえて素知らぬふりをして尋問する僕。彼女は小さく笑って。
「立場ってものをわからせようとしたのよ。この犯罪者より、私達のほうが上だってこと!」
「へぇ? 一度でもそういったことをすれば、立場は下になるんだ?」
「そうよ! そうに決まって——」
「じゃあ、君たちが犯罪を犯したら、どうなるんだろうね」
「……!?」
信じられないことを言われたような顔で困惑するカロンたち。ヒソヒソ話し出す後ろの少女たちにも聞こえるように、僕は言葉を吐き出す。
「同じクラスメイトだろう? ——馬鹿にするのもいい加減にしろよ、なあ」
怒りで半ば我を忘れていたのだと思う。片手で魔法の発動準備をしていた僕の肩を引く感覚に、一瞬目を丸くした。
「ソーヤ。そこまでになさいよ。——あの子が可哀想でしょ?」
……クリスに言われて、僕ははっとした。しかし。
「誰が、可哀想だって?」
向こうは、むしろ逆上していた。
「あんたたちに決まっているでしょ。——こいつの魔法の成績は知ってるでしょ?」
「……チッ。覚えてなさいよ」
舌打ちして振り返るカロン。だが——次の言葉で、態度を急変させた。
「あの、こんど、武闘大会っていうのがあるんだけど……」
マーキュリーが小さく手を上げて言った。カロンの耳がぴくんと動くのが見えた。
「……そうか。その手があったわね」
そんな事を言って、彼女は口端を上げた。
「——ソーヤ・イノセンス。並びにアリア・スクブス。貴女たちに、決闘を申し込むわ」
「……本来、僕らが申し込む側じゃない?」
「うるさい! 私が侮辱されたんだもの。当然の権利よ」
どうしてこうも、彼女は自己中心的なのか。僕も人のことは言えないけど。
僕はアリアの横に立ち、肩を抱く。
「方法は……」
「武闘大会。あなた達と直接武器を交えて、どちらが上かってのをわからせてあげるわ」
「……僕らに決定権はないようだね」
ため息をついた。彼女は僕を睨みつけて、実質一択しかない決断を待つ。
「……アリアはどうしたい?」
「どっちでもいいですよ。……どうせ、結果は見えてるので」
僕は苦笑し。
「随分な過大評価だね。ありがとう。
——その喧嘩、買おうじゃないか」
カロンを睨み返した。
*
「はぁー……怖かったですぅ……」
カロンたちが去ったあと、アリアは膝をついて大きく息を吐いた。
「……大丈夫?」
クリスが手を差し伸べ、僕が肩を支える。
どうにか立ち上がりながら、彼女は涙目で溢した。
「大丈夫じゃないに決まってるじゃないですか……」
「全く屈してないように見えたのに?」
「あれで内心ビクビクだったんですから……。ソーヤくんたちがいなきゃ怖くて泣き出してましたよぉ……」
……尾行、バレてたんだ。
「たしかにすっごく怖かったよねぇ……。一言も言えなくなっちゃうくらい……」
マーキュリーも泣き出しそうになっていた。
「というか、ソーヤ。あんたって意外と怒りっぽいのね」
クリスの言葉に、僕は少し目を丸くした。
「……友達のことになると、無我夢中になっちゃうみたいだ」
「猪突猛進になりすぎるのも考えものよ。勢いにまかせて、あんなこと決めちゃうなんて」
あんなこと、と言われて一瞬戸惑いそうになるが、すぐに思い出した。
……武闘大会。出るつもりはなかったんだけどなぁ。
肩を回して、軽い口調で尋ねる。
「僕は一人でも出るけど——みんなはどうする?」
その問いに、三人は互いを見合って。
「……わたしは出ますよ。もとは、わたしのことですもん」
「私も出るわ! ……私も私で、親友のことを簡単に見捨てられるほど薄情者じゃないわ」
「わ、わたしもっ! なんの役にも立てないかもだけど……アリアちゃんのためだもん。なにもしないなんて、いやだから」
立て続けの言葉に、僕は再び目を丸くして。
「……わかった。ありがと。よろしく」
目を細め、口端を上げた。
こうして、僕らは武闘大会への出場が決まった。
——それが、後に世間を揺るがす「第一歩」になることを知ることなく。
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