#33 夏が終わる
「お別れさみしいですわー……」
学園の校門前。シャルは涙目で、僕たちを見つめていた。
「そうだねぇ……。わたしもさみしいよぉー」
マーキュリーも涙目になって、シャルを抱きしめた。
新学期一日前。夏休み最終日。——あの『最終試験』から、三日。
ついに、シャルが宮廷に帰る日がやってきた。
ここから新都——現在宮廷がある街までは、自動車でだいたい二日かかるそうだ。目の前に止まっている仰々しい黒塗りの高級そうな車がそれである。
高速鉄道を使ったほうが早くて済むのだろうが……きっと何らかの事情があるのだろう。積もる話もあるだろうし。
「……なんだか、シャルが遠く感じる」
不意に呟いた言葉。それに視線が集まり。
「仕方ないわよ。ドラゴンスレイヤーになったんだもの」
クリスが笑った。
——生ける災厄そのものであるドラゴン。それを倒した者は、ドラゴンスレイヤーという称号とともに英雄扱いされることになる。あんな怪物をこの手で倒したのだから、無理もないだろう。
そんな勇敢なるドラゴンスレイヤーは、目を細める。
「どれもこれも、皆様の尽力あってのこと。感謝してもしきれませんわ」
……そう言われると、悪い気はしない。
「そろそろ出立の時刻です。ご乗車ください。皇女殿下」
付き人らしき人が、シャルを急かす。
シャルは名残惜しそうに、小さく手を振った。
「それでは、ごきげんよう」
言って、彼女は車に乗り込む。
そのときだった。
「あー、ね。そういや王様から手紙預かってんだヮ」
運転士さんが思い出したように一枚の紙を取り出した。
「……え、初耳なのですが?」
「あー、忘れとったヮ。ね?」
「ね、じゃありませんが。その腹立たしい喋り方をやめていただけますか?」
「癖なんだヮ」
「やかましいですね……ともかく、その手紙をください。拝見します」
付き人さんがめちゃくちゃ静かにキレつつ、手紙を受け取り、開く。
「…………えー、あー……、はい。皇女殿下、降りてください」
「え? どうしてですの?」
きょとんとして尋ねるシャルに、付き人さんはその手紙の内容を読み上げた。
「第三皇女、シャーロットに命ず。能力研鑽のため、魔法学校入学まで学園都市に留まり給え。
貴殿の異能、効果の程は見たり。されど、その力は国家の根幹を揺るがしかねぬ。故、学園都市の別荘に留まり、その能力を研究し、研鑽に励み給え。
尚、家庭教師は以前の通り、貴殿に任せることとする」
言い終わった付き人の女性。シャルは目を見開いた。
「それって……」
「……よかったですね。お友達と別れずに済みますよ」
少し毒気が混じったような言葉に。
「お友達じゃありませんわ! 家庭教師ですわ!」
シャルは笑いながら車を飛び降りて、嬉しそうに僕らのもとに駆け出したのだった。
*
その日、深夜。
「こんな裏山の奥に、教会があったなんてな」
赤い髪の女——ヴィクトリアは、その巨大な建物を一瞥して口にする。
「密会には便利なのよ、ここ」
ルームメイトであり、こんな夜中に寮から抜け出させた張本人であるスミカは、笑いながら告げた。
「確かにあの旧部室棟の奥なら、たしかに人も寄り付かねぇよな……」
鬱蒼と茂る山の奥。魔法学校からは徒歩三十分はかかる場所。以前アリアたちと戦った広場から更にしばらく歩いたところに、その教会は鎮座していた。
「旧部室棟の『不法占拠者』たちも元気そうだったな」
退学になって住むところがなくなった元生徒——通称不法占拠者が住み着いているボロボロの二階建て木造建築は、かつてアリアたち革命一派が本拠地としても使っていたともいう。ヴィクトリアが時たま様子を見たり彼らに餌やりをしたりしているのは公然の秘密だ。閑話休題。
「思ったより広いな、ここ」
教会の中に足を踏み入れたヴィクトリアは、そんな言葉を漏らす。
「だって教会だもの。昔はここで結婚式も行われたのよ?」
「へぇ……」
白を貴重とした木造建築。しかし石造りのような意匠が随所に施されており、格式の高さを感じさせる。
やたらと広くところどころ塗装が剥げているその建物の中は、いくつかの燭台によって外よりかは幾分明るく照らし出されていた。
「遮音結界、使っておきました。どうぞご自由に」
修道女らしき老婆が、少女たちに告げる。ヴィクトリアはかすかに訝しんだ。
「わざわざこんなところに招いたってことは……なんかあるんだろ?」
スミカに尋ねるヴィクトリア。問われた少女は目を細めて。
「ええ。……まずあんた、私の正体って知ってたっけ」
「正体? なんだっけ……」
「あー、そういえば記憶に鍵かけてたんだっけ。解除っと」
スミカがさらっとやってのけた高度な精神干渉。都合の悪い記憶を思い出せなくする魔法を一時的に解除しつつ、彼女は笑う。
「これで思い出した?」
「……バッチリ思い出したぜ英雄サマ。で、どうしてわざわざアタシにこの事を思い出させた?」
「感づいてはいるんでしょ? ——ドラゴンのことよ」
スミカが告げると、ヴィクトリアは後頭部をかいて、ため息を吐いた。
「あの毒竜か。アレは骨が折れたぜ。皇女サマがやっつけたんだろ?」
「ええ、そうよ。偶然現れたドラゴンを、偶然その場にいたシャーロット皇女殿下が、偶然持っていたその異能を活かして討伐した」
「それがどうしたってんだ? アンタが手間ひまかけて育てた皇女サマを生かせたんだからいいじゃないか」
「そうね。……それが、普通の例であればね」
睨むスミカ。疑問符を浮かべるヴィクトリアに、彼女は吐き捨てる。
「偶然にしては、出来すぎてると思わない?」
ヴィクトリアは息を呑んだ。
「なんであんなに強力なドラゴンが、あの場所にピンポイントで降り立ったのか。どうして私たちを襲ったのか」
「……アンタの考えを聞こうじゃないか」
ヴィクトリアの問いかけに、スミカは睨みながら答えた。
「何者かが、ドラゴンを操っていたんじゃないかしら」
「となると、アレは人為的なものだと」
「ええ。信じたくはないけど、そういうことになるわね」
さらっと言ったスミカ。ヴィクトリアは、軽く伸びをした。
「それで、アタシは何をすればいい」
「私はしばらく学園には居られない。もちろん連絡はできるようにするし分身も残しておくけど、私自身は学園を抜けるわ」
「理由は?」
「このドラゴンの事件の調査。……このまま放置するには、あまりにもキナ臭いもの」
「となるとアタシは?」
「学園内の調査をお願いするわ。……これからなにが起こるかわからないから、充分警戒するように」
「了解。そっちも気を付けな。不死身とはいえ、痛いものは痛いだろ?」
「……慣れてはいるけどね。ドラゴンのはやっぱり堪えたわ」
そうしてスミカは肩を回し、息を吐いて。
「それじゃ、学園はよろしくね」
言いつつ、こつこつと足音を立てて、教会を後にした。
一人残されたヴィクトリアもまた息を吐いて。
「……さて、頑張るか」
意気込み、歩き出す。
その最中、ふと思い出したように言葉を吐き出した。
「そーいや、そろそろ武闘大会か」
*
こうして波乱の夏休みは終わった。
「おはよう」
僕らが教室に入ると、一斉に怪訝な目で見られる。そして、また何事もなかったかのようにみんなは会話に戻っていった。
「……へんなの」
「仕方ないわ。あいつら懲らしめて——」
「やめようね、クリス」
手が出そうになるクリスを必死に抑え、僕らは席についた。
あいも変わらず僕らに話しかけるものはだれもいなくて。
やがて、チャイムが鳴った。
「はーいみんな席についてくださいねぇー」
子どものような体躯の教師——ローリィ先生が、教壇に立ってその小さな声を張り上げた。
朝の学級活動。今日から学校再開です、といったことや連絡事項なんかを伝える短い講話。
だれも何も喋らない静粛な空気感に、自然と背筋が伸びる。
日常の再来。しかし——どこか居心地の悪い淀んだ空気感。それが終わろうとする直前。
「あ、そうそう。コレを言うのを忘れてましたぁ」
ふわふわとした印象のローリィ先生は、黒板に何かをチョークで書き綴り。
やがて黒板の隅に、やや小さめに文字が書き足された。
「武闘大会、参加者募集中ですぅ。——参加希望者は、後で先生のもとに来てくださいっ」
2nd Season・完
3rd Seasonに続く
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