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オトメマジカル  作者: 沼米 さくら
2nd Season 皇女育成編

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32/42

#30 試験開始


 ——ついに、試験日が訪れた。


 かたかたと体を震わせるシャル。とんでもなく広いほとんど無人の闘技場——普段は冒険者学校の体育なんかに使われる、広大な多機能スタジアムだ——の真ん中。

「大丈夫。僕らが付いてるから」

 微笑みかける僕に、彼女はぎこちなく微笑んだ。

「だっだだっだだだだだっ、だいじょう、ぶ、ですよ、ね……ええっ、お姉さま方がっ、いましゅもん、ねっ」

 ものすっごく緊張している。

 正直僕も、態度には出さないだけですごく緊張している。なぜなら——。

「……大丈夫。事前に練習した通りにやれば、なんとかなる……はず」

 ——うまくいかなければ彼女は処刑されてしまうから。

「そう、ですわよねっ」

 彼女のミルクティーのような色をしたツヤツヤの髪を撫で、その上にちょこんと乗っかったティアラに触れる。

 シャーロット皇女殿下。アレス皇国第三皇女。——この大陸を統べる世界の王者、その娘。

 死装束のような、しかし少しでも動きやすく配慮された白いドレスをまとった少女。

「……だいじょうぶ、ですわよね」

 そう、彼女は薄らに微笑んだ。


 何日か前——ちょうど、この試験日が決まった日。だいたい一週間前。

 突然にして彼女は、少しだけ真面目に勉強するようになった。

 実技面ではクリスがだいたい基礎までは叩き込めたと言っていた。アリアも精神干渉などの仕組みを感覚的に教えたらしい。

 僕の授業は全然頭に入っていないようだったけど、それでもノートに図を交えて書き記すなどして少しでも理解しようとしていた。鉛筆を意味もなくコロコロして机に寝そべっていたあの頃からすれば大きな進歩だ。

 そして、マーキュリーは僕が教えられなかった分までたくさんのことを教えたのだという。

 もちろん時間の制約はある。僕らにだって宿題はあるし、寝る時間や食べる時間も必要だ。それでも、教えられることはなるべく教えたと言っていた。

 今の彼女なら、少しはマシだ。ゼロだった可能性がコンマ一にも満たないくらいに上がっただけだが——それでも、ゼロよりかはマシだ。


「行ってきな、シャル」

 そう声をかけると、彼女は明るく笑って返した。

「行ってきますわ、お姉さまっ」

 一歩踏み出した彼女。僕は走って闘技場の端に向かった。


 観客席には、片手で数え切れるほどの人数しかいない。

「ソーヤちゃん。ここだよ」

 手を振ったマーキュリー。三人の少女が固まって座っているその横に、僕も座る。

「……見送りしなくてよかったの?」

「うん。きっと大丈夫だって信じてるから」

 その笑顔にきっと偽りはないのだろう。固唾を呑む僕とは裏腹に、マーキュリーは落ち着いて眼下に広がる空間——その中央に立つ少女を、見守っていた。


 そして、試験官が現れる。

「やあ。久しぶりだね、皇女様」

 黒髪ロングの女性。革のような仕上げの高級そうな、最低限の軽い鎧をまとった彼女は。

「——スミカ先生」

「そうだね。今日の試験を執り行う、スミカ・イワトだよ」

 告げて、彼女は一本の短刀(ナイフ)をシャルに投げ渡す。

「事前にやった筆記試験(ペーパーテスト)の結果は合格。満点とはいかないけど、今までのキミじゃ考えられないほどよくできていた。頑張ったね」

「……ありがとうございますわ」

「だから——あとは、実技で貴女の価値を示して」

 その言葉に、シャルの目つきが鋭くなるのが見えた。


「立会人を務める、ヴィクトリアだ。平等な判定に務めると約束しよう」

 スタジアムの端で、赤い髪の女が言う。

「シャーロット皇女殿下がスミカに自力で一本取れば合格とする。手段は問わないが、自力でなければ認めないものとする。——ふたりとも、いいか?」

 頷くスタジアムの二人。

「それじゃあ——早速、試験を開始する」

 宣言と同時に、鐘がなった。


 時間を告げる学園都市の鐘の音。それとともに始まった『試験』。

 スミカさんとシャルは互いに睨み合う。武器を構えて、一定の距離を取り、固まる。

「——仕掛けないの?」

「手の内を探っているところですわ」

「武器、持てるようになったのね」

「バターナイフなら、毎日触っていますもの」

「…………」

「……………………」

 叩き合っていた軽口は沈黙に変わり——。


「仕掛けないなら、こちらから行くわよ」


 スミカさんが、鋭く目を細めた。

 瞬間、現れたのは幾多もの光の矢。


「全部受け止めきれる?」

「もちろん」


 爆音とともに、土煙が立つ。

 そして、その中心に——シャルは立っていた。

 ……否、中心からはわずかに外れていた。回避したのだ。

「魔法を打ち消す異能。それだけに頼っていないのは好感が持てるわね」

「お姉さま方のおかげですわ」

 肩で息をするシャル。……回避に相当体力を削られたのだろう。いくら運動神経が思いの外良かったからといっても、彼女はもともと体が強くないのだ。

 しかし、試験官は手を緩めようとはしない。

「じゃあ、これならどう!」

 再び現れる、光の矢。しかし、今度は様々な色を帯びている。しかも、シャルの周りすべてに。

 ——属性付与をかけた、瞬閃光矢。威力は三割増になり、四大精霊をはじめとした様々な『精霊』の力を借りることでその特性を得る。

 火や風、水、土。様々な効果を帯びた矢が、合わせてざっと百本、いや千本以上。

 それが一瞬の猶予を持ち、シャルを襲う——否、襲えなかった。


「……魔力が操れなくなった。魔力粒子の結合が解けた」

「ええ。……僅かな時間だけ、異能の有効範囲を広げられるようになりましたの」

 言いながら、シャルは目を開けた。

 異能は自ら操れるものではない。——基本的に、だが。

 その能力を自覚し研究することでその応用範囲を調べたり、そのうえで広げたりすることもできると聞いたことがあった。

「能力の有効範囲、体表から半径およそ十センチメートル。そして、目をつぶって視覚情報を制限することにより、その範囲を十倍に拡張できる」

「随分と詳しく研究したのね」

「ソーヤお姉さまのおかげですわ」

 もっとも、すべてが分かったわけではない。本当はこれ以上調べたかった。視覚だけではなく聴覚を制限するとどうか。範囲拡張できる時間は何秒が限界か、など。

 時間が許さなかったが、もうすでにこの異能についての実験記録は私的な記録にまとめてある。——彼女の有用性は、証明できる。

「私の能力は、この世界にとっての『未知』ではないか。だから、その研究のため、生かす意味はあるのではないかと彼女は仰っておりましたわ」


 堂々と告げるシャルを、しかしスミカさんは。

「はははははっ、面白いことを言うね」

 一笑に付した。

「たしかに、生かす意味はあるかもしれない」

「ならっ——」

「ただし、この条件なら『皇女様』ではなくて『実験動物』として、だけど」

「……っ」

 言葉に詰まるシャル。黒髪の女は笑って——

「見返したかったら、かかってきなさい。皇女様」

 ——挑発した。


 シャルは歯を食いしばった。

 ——彼女に攻撃する方法はない。渡された短刀も、満足に振るうには筋力が足りないだろう。有効打になりうる魔法はもちろん使えないし、異能は魔力の結合を阻止するだけで攻撃にはなり得ない。

 はたから見ていても、勝ち目がない——潰されてしまったのは目に見えている。きっと本人の味わう絶望感は半端なものではないだろう。

 動けなくなって——やがて両手を上げようとするシャル。

 それは降参。すなわち、甘んじて死を受け入れようとする姿勢そのもので。

 ついに彼女を救えなかった。

 目を見開く僕に——しかし、影が降りた。


 一瞬、空が曇ったのかと思った。

 しかしそれが間違いだったことに、遅れて気づく。

 雲にしては早く晴れた。いや、動いていた。

 大きな影は、空を飛ぶ巨大ななにか。そして、地響きとともにそれはスタジアムに降り立った。


「……なんですの、これ」

 シャルが呟いた。と、同時に、それは巨大な叫び声を上げた。

 思わず耳をふさぐ僕ら。残響が体を震わす中、スミカさんは答えた。


「——ドラゴンよ」


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