#28‐1 ソーヤくんは救いたい 上
「……試験日が決まったみたいですわ」
元気のなさそうな声音で、シャルが告げた。
海のある街で一晩泊まって、それから行きと同じ夜行列車で一日かけて学園都市に帰ってきた僕。
その後、僕は図書館に通い詰めていた。
この日はずっと図書館に入り浸っていた。そして寝るために部屋に帰ってきたとき、しょぼんとしたシャルが突然告げてきたのが、今の言葉というわけだ。
「試験日……それって」
「私の処刑が決まる、その日ですわね」
朗らかな、しかしどこかほの暗さを感じさせる微笑み。僕は目を伏せ、歯噛みした。
「……言ったでしょ。君は」
「わかってますわ。誰も、私を救えないことくらい」
違う。そうじゃない。——せっかく、光が見えたのに。
「なんで、そんなことを言うんだ」
睨みつける僕に、シャルはため息をついた。
「おそらく、わかってますわよね。——魔力を貯められず、そして使えないこと」
「…………」
たぶん、というか先日の海での出来事で、おそらく確定だ。
彼女は魔力を扱えない。なぜなら、彼女の周囲では魔力が霧散してしまうから。
なくなる、というわけではない。魔法の知識も、態度には表さないが大まかにはわかっていよう。使おうとすれば使えるはずだ。本来ならば。
おそらく、魔力が形をなさなくなるというだけだ。
ただそれだけの、しかし「それだけ」と言ってしまうにはあまりにも重大な、原因不明の致命傷。
押し黙る僕に、シャルは微笑を浮かべた。
「大丈夫ですわ。——覚悟は、してましたもの」
その微笑みは、何処か悲しげで——。
「ちょ、何処行くのよ!」
駆け出す僕に、すれ違ったクリスの叫び声。僕は止まることなく、怒鳴るように返す。
「図書館!」
クソっ。クソっ!
なんで、あんな悲しげに笑うんだ。いつもの、まるで何も考えていないかのように無邪気で楽しそうな笑みは、何処へ行ったんだ。
否、今まで僕らに見せていた姿が、イレギュラーだったのか?
もしかしたら、彼女の本当の家——宮殿では、いつもあんな寂しそうに笑っていたのか?
あんな諦めたような微笑みを、常に浮かべていたのか?
僕らと遊んでいたときは、あんなに無邪気に笑っていた彼女が?
冗談じゃない。……あんな顔、見たくない。
諦めてほしくない。せっかく見つけた生存の道を、諦めさせたくない。
エゴだ。わかってる。過酷な道だ。わかってる。だから彼女も諦めていたのだ。それもわかってる。
だから、調べなきゃならない。調べ尽くさなきゃならない。彼女の致命傷、その原因を。
——かけがえのない友達の、運命を拓くために。
空はもう暗く、濃紺に小さな星の光が瞬く。
もう図書館は開いていない。——ならば不法侵入も辞さない。その覚悟で走った。
それなのに。
「——やぁ。久しぶりだね、ソーヤくん」
図書館の前、公園の中の広場のようになっているそこに、黒髪の長髪がなびいた。
「……スミカ先輩。そこ、どいてください」
「実は図書委員なのよ、私。だから——閉館時刻をとっくに過ぎた図書館に不法侵入しようなんて人は、止めなきゃならないのよね」
朗らかそうに微笑む彼女に、息をつまらせ睨む僕。しかし、次の言葉で僕は固まった。
「——知りたいんでしょ。第三皇女、シャーロット・アレスの体質のこと」
「……ッ、なんでそれを」
「私、皇族とは結構長い付き合いでね。あの子のことは、よく知ってるのよ」
なんとなくすごい大物だとは思っていたが、まさか国のトップとも知り合いだったなんて。
「……じゃあ、どうして」
歯を食いしばる僕に、スミカさんはため息をついた。
「頭を冷やしましょ。お茶でもしない?」
図書館の奥。バックヤードの一室。
「出来合いのもので申し訳ないけどね」
冷たい紅茶を淹れるスミカさん。僕は「構いません」と会釈する。
「……どうして、シャルを助けなかったんですか」
僕の問いに、彼女は目を伏せて答えた。
「尽力はした。けどね、うまくはいかなかったのよ。少なくとも、この十数年の試行錯誤では、ね」
その一言で、おおよそ察した。察してしまった。
目の前の女は、僕じゃ比較にならないほどの実力者だ。おそらく年齢にそぐわない、異常なほど過剰な実力を持っている、はずである。
その彼女が、おそらく幼い頃からずっと試行錯誤して——それでも、あの皇女に魔法を使わせることが叶わなかった。
改めて、自分のなそうとしていたことの困難さに胸が痛くなった。
「……だからッ」
図書館で、調べようとしたんだ。だけど、一日じゃ見つけられなくて。
歯噛みする僕。しかし、彼女は告げる。
「探してる資料は、ここにはないよ」
目を見開いた。ティーカップを落とす。
どうして。——いや、心当たりがないと言ったら嘘になる。
信じたくなかった可能性。しかし、彼女は真顔で告げた。
「皇族の『忌み子』の資料は、すべて破棄される決まり。——魔法や剣が使えずに『消された』子どもの行く末は誰にも知られることなく、ただ僅かな関係者の記憶の片隅で朽ちていくのみなんだよ」
それって、あまりにも残酷じゃないか。
生きた証が一切残らず、存在そのものが消えてなくなるなんて。
まるで、生まれたことが罪だったような仕打ち。——これを当然の運命だと思うのは、あまりにも。
「むごたらしい話だ」
「気持ちはわかるが、事実だ。……そして、シャーロット皇女も、このままではそうなってしまう」
「…………」
あると思っていた打開策が、消された。
絶望感。椅子から転げ落ち、膝をつき、息をつまらせる。
もう、終わりなのか。
いや……まだだ。まだ、なにか——。
「そもそも、どうして君は、あの子を助けることに躍起になっているんだい?」
——問われたとき、僕は息ができなくなった。
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