#27‐2 マジカルビーチバレー
マジカルビーチバレー。それは、魔法のビーチバレーである。
「いや何も伝わってないんだけど!」
僕は声を荒げた。
何もわからなかった。ボールに頬を殴られて困惑気味で立ち上がった僕にその一言だけを投げかけられ、何を理解しろというのだ。
「つまりね!」
クリスは嬉しそうに告げた。
「魔法のビーチバレーよ!」
うん。これ以上は話にならなさそうだ。
「……マーキュリー、わかる?」
「うんっ!」
わかるんだ……。
軽く引き気味の僕に、マーキュリーは嬉々として説明を始めた。
マジカルビーチバレーとは、すなわち魔法のビーチバレーだ。……というのは散々言われてたことだが。
具体的には、魔法を使い放題なビーチバレーだ。
本来、ビーチバレーは魔法を使わないのがルールらしい。というか基本的に魔法が使えない世界から伝来したスポーツらしく、使用の可否自体が定められていないらしい。
というわけで慣例的に使用不可とされていた魔法を、正式に、かつ自由に使用可能としたのが、マジカルビーチバレーというわけだ。
「もとは女マフィアや女海賊たちの決闘や度胸試し、あとは処刑なんかにも使われたらしいわね」
ポップな字面からは想像しがたい闇だ。
クリスの補足に血の気が引く僕。笑顔のマーキュリーが、僕の肩に手を置く。
「じゃあ、はじめよっか」
キュ。胸の奥の何処かが締まる音がした。
「あっ、あの……」
おずおずと手を上げる少女がいた。
「どうしたの? シャル子」
「子っ!? いえ、こほん。あの、私はどうすれば」
戸惑うシャル。まあ、一人だけ魔法が使えないんじゃあ、圧倒的に不利だ。
「そうね。なら私達と一緒のチームでやりましょ! 私と、ソーヤと、シャルで——」
「戦力的に不公平だから却下だよ?」
結局僕はアリアと、シャルとクリスはマーキュリーと組むことになった。
「……アリア。魔法って使えるよね?」
「学んでますからね、一応」
「いちおう」
「あんまり頭に入ってませんけど」
「だめじゃん。……えっと、体は」
「期待しないでください。体育の長距離走で一緒に並んで応援されてた仲でしょう?」
「……大変だったよね、うん」
先にゴールしてたクラスメイトから「がんばれー!」と応援されていた仲だ。応援の大合唱の中、どうにか一番最後にゴールしたときの感動と言ったら、そりゃあもうたまらなかった。二度と味わいたくない。
どうやらアリアは戦力になりそうになかった。……シャルも実質的には動けないはずだから、要するに二対一。しかも、それぞれ仲間を守りながら戦うハンデを背負うことになる。
……僕、一人で二人を相手取るのか。ずいぶん高く見積もられたもんだ。
まあ「魔法が思う存分使えるなら」という前提があるならば、なんとか勝てなくもないだろう。
相手にとって不足なし。たぶん。
「というわけで早速準備しましょ!」
そう言って、クリスは魔法を使った。
魔力を鎖状につなぎ、細い紐状に編んでいく。できたそれをさらにより合わせて……できたのは、簡易な網。
それを魔力を押し固めた棒で広げて。
「これでコートは出来上がり! 早速始めましょっ!」
魔力を固めた半透明の重そうなボールをポンポンと……というかドムッボンッドムッボンッと手でドリブルしながら、クリスは笑った。
「飛んできたボールを相手のコートに返せなかったら負けね! じゃあ、行くわよ!」
そう言って、クリスはそのやたらと重そうなボールを大きめに振りかぶって、ズドォンと打ち出した。
「ちょっ、クリスちゃん!?」
さすがにやりすぎだ。だが——魔法を使えば、なんとか返せなくもない。
驚くマーキュリーに、僕はこともなげに人差し指を振った。
「暴風。絶壁」
耳鳴りとともに、強風が吹いた。
すごく強い向かい風で勢いを殺し、魔力の壁で適当に投げ返す。ついでに勢いを上げるために球を加速させてっと。
ギュンッと音を立てて加速するボールに、クリスは歯を食いしばって。
「ベクトル反射っ!」
運動エネルギーを逆転させた。
なるほど、勢いをそのまま、力の方向を百八十度逆転させたのか。できるんだそんなこと。
でもまあ、返せなくもないな。
「魔閃光」
「やるわね。逆加速!」
「消える魔球っ」
「反射っ!」
「閃光の矢!」
「バリアッ! マシンガン殺法!」
「爆炎華っっ!」
「なんか、すごいことになってますわね……」
シャルの言葉通り、とんでもない轟音と砂埃で視界は塞がっていた。
「……なにがなにでなんなのか、常人の私達には一匙の理解すら及びませんね」
「うん。そうだね。なんか、すごく人知を超えてる感じがするね……」
若干引き気味の面々の話を片手間に聞きながら、僕はマジカルビーチボールを続ける。体を動かさなくていいのは楽でいいな。気に入った。
およそ球技とは程遠い重厚な低音が凄まじい勢いで鳴り響く中、徐々にコツを覚えてきた僕は若干手を抜き始めていたのかもしれない。
それ故か。
「——ッ!?」
軌道がそれたことに、一瞬遅れて気づく。
幾重もの魔法で過剰に加速した、多分音すら置き去りにするほどの速度の魔力ボールは——まっすぐ、シャルの方に向かっていた。
息を呑んだ。——防御魔法が間に合わない。僕も、クリスも。
「シャル!」
思わず叫び、間に合わないと知りつつもボールの減速を試みるが——魔法が展開し切るその前に、シャルにボールが当たってしまう。
さっきクリスに当てられたものとは比較にならないほどの威力。あたったら即死は免れないだろう。さすが、マフィアや海賊の処刑にも使われたと言われている競技だ。
背筋にぞわりとしたものが走った。
もうだめだ。僕は思わず目を隠す。いや、隠そうとする。間に合わない。
ごめんなさい。あなたを守れなくて。
心のなかで懺悔した。
結論からすれば、それは杞憂だった。
爆発音が鳴り響いた。
ドン、という大きな音。そして、静寂が訪れた。
隠した目。その指の隙間から、周囲を見ると。
「あ、れ……? 助かりました、の……?」
呆然と立ち尽くすシャルがいた。
ボールはもう何処にもなくて、ただ呆然と立ち尽くすシャル以外は何ら変わりのない光景。
……静かすぎる。さっきまで、とてもうるさかったのに。
魔法を大量に発動していた。僕は、魔法を使ったり使われたりすると耳鳴りがする体質だ。だから、凄まじい耳鳴りが発生していた。
だが、一瞬にしてなにも聞こえなくなった。ということは。
「魔法が、全部消えた……?」
クリスのこぼした言葉は、この一瞬の現象についてとても的を射ていた。
魔力の塊が、触れただけで消える。そんなこと……いや、まさか。
僕は、生唾を飲んで——小さな閃光の矢を作り、こっそりとシャルに射る。
「……消えた」
結果、シャルに当たる瞬間、その光の矢は霧散した。
魔法式——魔法の仕組みが壊されたわけじゃない。ならどうして——もしかして、魔力そのものを霧散させているのか?
「ちょっとどうしたのよ、ソーヤ」
クリスに肩を叩かれて、ハッとした。
「……可能性」
「え、どういう——」
困惑するクリスに、僕は手を震えさせながら言った。
「シャルを活かす方法、見つけたかもしれない」
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