#27‐1 海ですわ
「海ですわーっ!」
汽車。轟音の中、車窓から見えた景色に、シャルが叫んだ。
——そう。僕らは海に向かっていた。
学園都市から、旧都——かつて王都があった街行きの、遺物を使った高速魔導鉄道。そして、その旧都から海のある田舎町へ向かう長距離夜行汽車に乗り継ぎ……だいたい二十四時間。
「疲れましたわ! あとどのくらいでつきますの!?」
「えーっと、時刻表によれば……」
パラパラと分厚い本を開き、付箋を付けたページ。僕は少し顔をしかめた。
「……あと二時間くらい」
「おしりが痛いですわっ!」
背中をさするシャルに、「仕方ないわよ。だいぶ遠いところなんだから」と笑うクリス。
「……遠すぎじゃありませんの?」
「田舎なんてそんなもんよ。私の故郷なんて、三日くらいはかかるもの」
「よく耐えられますわね……。アリアさんなんてこんなことになってますのに……」
そう言って、彼女は向かい合った対面の座席を見た。
「うぷっ……」
座席に寝転がるピンク髪の少女。アリアは揺れる汽車に酔ってしまったらしく、ダウンしていた。
「大丈夫ですかー」
「らいじょーぶじゃ……ないで……うっ」
全っ然大丈夫じゃなさそうだった。
こうして二時間くらい。
「いつもの列車と違って大変でしたわー……」
そのいつものって、もしかしてお召し列車とかそういうのじゃ……。
痛む腰をさするシャルに、グロッキーなアリアを介抱するマーキュリー。一人だけ元気なクリスは「早速海行きましょ! 海ッ! 海ィ——ッ!」とはしゃいでいた。「まずは宿で休もう?」と背伸びをしてバキバキの腰をさする僕の提案に、シャルはコクコクを超えてブンブンと頷いた。
まな板に置かれた魚のようにビクンビクンしているアリアに回復魔法をかけながら、僕は荷物を整理する。
とはいっても、僕の分は亜空間収納や異空間転送などを活用して、持ち歩くものは必要最低限に減らしていた。
「うん。すっごく便利ね、これ」
クリスも亜空間収納魔法を覚えていたらしい。ものすごく複雑な魔法だが、確かに便利ではある。
「失礼だけど……よく覚えられるね、こんなの」
「がんばったわ! 理論は全然わかんなかったけど!」
「えぇ……」
「はー……生き返りますぅ……」
僕の淹れたアイスコーヒーをすすりながら一息つくアリア。……コーヒーを淹れる道具類は部屋から次元転送魔法で呼び出した。氷は水を出すついでに凍らせて作った。
「すごいですわ……。しれっとなんかすごいことをしてるのはわかりますわ……」
「シャルも飲む?」
「遠慮しますわ。わたくし、苦いのは苦手ですの」
それなら仕方ないか。
というわけで。
「海だーっ!」
はしゃいだ声のクリス。僕は降り立った砂浜の暑さにたじろいだ。
そう。ここは砂浜。アホみたいに広い砂浜。少し遠くに波音が聞こえて。
「潮風がベタついてちょっとくさいわね!」
「言わないほうがいいよ?」
「でもここ、誰もいないじゃない。ほとんど貸し切りよ?」
「そうだけど……!」
すっごく自然に毒を吐くクリスに辟易する中。
「あっ、つめたいっ」
いつの間にか、マーキュリーが海の方に行っていた。
僕もその方に向かうと、冷たい海水が足にかかって。
「ひゃんっ」
思わず声が出た僕に、水がかかった。
「きゃっ! ……やったな? アリア」
「ふふっ。可愛い声で鳴いてくれますね……もあっぷ!」
「お返しだっ! このしょっぱい水を喰らえー!」
なんだかんだで、僕らは遊びに興じていた。
で。
「ぜぇ……はぁ……」
僕は砂浜に倒れ込んだ。
日にじりじりと焼かれつつ海で水を掛け合って、なんならちょっと泳いだりして。
なんか忘れてる気がするけど、ともかく今日はつかれた。
「宿に帰ろう。今日はこのまま眠りた」
びゅーっと顔に水をかけられた。しょっぱいし目が痛い!
「やめてよ、クリス!」
そう告げると、水をかけてきた主ことクリスは不満そうな顔をして告げた。
「魔法の実験、するんじゃなかったの?」
ハッとして飛び上がった。
——ソーヤ・イノセンス、一生の不覚。この僕が、魔法のことを忘れてたなんて。
「やるっ!」
元気よく答えた僕に、クリスは笑って。
「言ったわね?」
言質を取るような仕草をして、しめしめと笑った。
「でもでも、ただの魔法実験じゃ皇女様のお勉強にならないじゃない?」
クリスの言葉に、おずおずと首を縦に振る僕。なんでだろう、嫌な予感がする。
そしてその嫌な予感は一瞬で正解に変わった。
「というわけで、やりましょ! マジカルビーチバレー!」
「……は?」
聞き慣れない言葉に、僕は唖然として口を開けた。
え、マジカルビーチバレーってなに?
そんな困惑に目をしばたかせる僕をよそに、彼女は大きめの木の実くらいの大きさをしたボールを取り出して。
「せーのォッ!」
掛け声とともに、ブンっとちょっと強そうな風切り音が聞こえた。
一瞬遅れて気づく。
でかいボールが、超高速で飛んできていた。
息を呑んだ。視界がぼやけた。思わぬところから飛んできた死の気配に、条件反射的に涙が出たらしい。
「ひぁ……いやァ! やだやだや——ぶべらッ」
こうして僕は、飛んできたボールにぶっ飛ばされて、地面をもんどり打ったのであった。
死ぬほどではなかったけどめちゃくちゃ痛かった。
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