#26 ナツマツリ
「夏祭りがあるらしいのですわ!」
「……へぇ」
「行きましょうっ!」
「…………へ?」
というわけで。
「お祭りですわーっ!」
ここは学園の外れにある神社。小さな広場みたいになっているそこは、普段とは違っていた。
「すごく賑わってるわね。少しうるさいわ」
「そういう事は言わないほうがいいよ、クリス」
「……普段、この場所は何に使われてますの?」
「創始者の地元の風習で、神様を祀るための場所だって聞いてるよ」
マーキュリーが教えると、シャルは「……神様、ですか」と少し目を伏せ。
「とはいえ、この場所がこんなに賑わっているのは初めて見ますね。普段はすごく閑散として静かな場所なのですが」
補足するアリアに、僕は尋ねる。
「……なんで知ってるの?」
「何度か奉仕活動としてここの清掃を任されてたんですよ」
なんか納得した。普段誰もいかないような場所の清掃は、校内での懲罰ではよくあるやつだ。
「皇女様の育成だけじゃなかったんだ」
「ええ……。夏休みは忙しいですよ。犯罪者は辛いですねぇ」
「しれっと重いこと言うのやめよう?」
祭りは大盛況。広場の中央に立った巨大な櫓に大きい太鼓、その周りを人々は踊る。広場の周縁にはいくつか屋台も出ていた。
「美味しいですわ! この……肉棒っ!」
「フランクフルトね」
肉の腸詰め。語源は不明。木の棒に刺さっている太いそれにかぶりついて、シャルは笑った。かわいい。
「おっ、お久しぶりっす、アリアさん!」
踊りの列から一人が出てきて、僕らに——というかアリアに手を振った。
ちょっと見覚えがある。そう、彼女は——。
「生きてたの!? ——私達が埋めちゃった人……っ!」
「土から這い出てくるの大変だったよー。まあ許すけど」
驚くクリスに、その土葬されたはずの人は頭を掻いて笑った。
……そういえば聞いたことがある。魂が天に還るまで——具体的には、死後だいたい六時間以内なら蘇生できる魔法。大規模な祭壇を使って複数人が唱えることでやっと使える大規模祭壇魔法だと聞くけど、まさかこんな最近に使われていたとは。
死者ゼロって聞いたときはこの人がどうなったのか心配だったけど、なるほど。蘇生魔法が効いたようだ。
「警備、ご苦労さまです。大変な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
アリアが腰を折って謝罪すると、その警備役だった少女はアハハと笑って。
「いいんだよぉ。——私達、仲間じゃん」
まあしばらくはあの赤髪は見たくないけど。笑う警備の子に、僕達は少し安堵した。
そのときだった。
ふわり、と花の匂いがした。
懐かしい、柔らかな匂い。僕は思わず周りを見渡す。
「どうしたの? ソーヤ」
「いや、なんでも——」
そう言おうとしたときだった。
——少女と、すれ違った。
伝統的な衣装——薄紫の浴衣を着た、ひとつ結びの少女。僕と同じ銀の髪に、僕は目を奪われた。
「ちょ、どこ行くのよ!」
クリスの呼ぶ声も気に留めず、僕は少女の幻影を追う。
「待って!」
僕は走る。走って、走って——。
「……ここは」
いつしか、人目のないところに着ていた。
鬱蒼と茂る森の中。隣に木造の建物。その脇に石段。
——確か広場の隅にも石段があったような。そして、広場には神社とは言いつつそれっぽい施設はなかった。ということは。
「そうだよ。——下は騒がしかったね」
声が聞こえた。
周りを見渡しても誰もいない。戸惑う僕に、その声は告げた。
「上、だよ。ソーヤ」
——建物の、上。屋根に座る人影。
「やあ。久しぶりだね」
銀髪をひとつ結びにした、薄紫の浴衣を着た少女。狐のようなお面を押し上げて、彼女は微笑む。
……誰だ?
少し、迷う僕に、彼女は歯を見せて笑う。
「私だよ。——あんたのばあちゃんさ」
「……死んだはずじゃ」
「そうだよ。死んだ。完膚なきまでに、死んだ。これ以上ないくらい完全に死んだよ。完全完璧圧倒的死を迎え」
「もういいよ。わかった。わかったありがとうおばあちゃん」
ちょっととぼけてるあたり、親しみやすくて優しい僕の祖母そのものだった。
……でも、そんな完全に亡くなったはずのおばあちゃんが、なんでここにいるんだ。しかも、若い少女の姿で。
けれど、そんな疑問が吹っ飛んでしまうくらい。
「——大きくなったね、ソーヤ」
もう一度彼女に会えたことが、嬉しくて。
「えへへ。おばあちゃん、あのね!」
僕は笑って、これまでのことを話したのだった。
「……何してんのかしら、あいつ。なにもないところに向かって」
「静かに。——久しぶりの再会に、水を差すものではありませんよ」
——何処かの宗教いわく、神はありとあらゆるところに宿っているらしい。
火、雨、土、風。どこにでも。
そして、善いことをした人間も、神になるという言い伝えがあるという。
とある民間信仰では、夏に魂が——神が、この世に舞い戻るとも言われている。
「この時期なら、神様が縁の深い人だけに姿を見せてくれることだって、不思議じゃないんですよ」
「へぇ。詳しいのね」
「当然です。神様になったことがあるんですもん」
冗談めかしたアリアの声が聞こえて。
僕は目を細めた。
「……僕、友だちができたんだ」
「そうかい。あのソーヤがねぇ」
「みんな仲良くしてくれてね。……毎日が、すごく楽しいんだ」
「よかったねぇ。大事にしなね」
「うんっ!」
頷いた僕に、おばあちゃんは。
「……本当に、よかった」
そっと目を細めて——風が凪いだ。
「おばあちゃん?」
「そろそろ、お迎えがくるね」
「お迎え?」
「そう。——祭りは、いつかは終わるものだよ」
「…………」
胸が痛む。
「また、お別れなんて」
いやだ。そんな、許されざる我儘を言おうとした僕に——一瞬のぬくもり。
「あんたはもう、大丈夫だよ。安心して、生きていきなね」
そのとき、一陣の風が吹いて。
舞う砂埃。思わず目を閉じて。
目を開けるともう、そこには誰もいなかった。
「……」
静かに目を伏せる僕。肩を叩かれる。
「どうしたのよ、ばか」
「……なんでもない。行こ」
こうして僕らは石段を降りていく。
その背に、どこか懐かしい息遣いを覚えながら。
面白かったら、ぜひ下の星マークやハートマークをクリックしてくださると作者が喜びます。ブックマークや感想もお待ちしております。




