#23 皇女様とお勉強
まずはじめに結論を言おう。
「こんなのむりですわ————っ!」
夏休みに入って僕ら以外誰もいない教室。シャーロットの叫びに嘆息した。それはこっちのセリフだ。
「ええっと、さっき言った魔法式の仕組み、覚えてますか?」
僕が尋ねると、彼女はフーッと息を吐いて、へらっと笑った。
「わかんないっ!」
——ものすごい理解力の低さだ。いままで魔法の習得が出来なかった理由が頷ける。
「……もう一度説明しますね、皇女様」
聞いてなさそうだけどね。
鉛筆をコロコロして頬杖をついてる彼女に、まともに学ぶ気があるとは思えなかった。
チャイムが鳴る。
少しの休憩を取って、二時間目。
「さ、かかってきなさい!」
クリスの言葉に、丸腰のシャーロットはぽかんと口を大きく開けて固まった。
「ほらほら、どうしたの? 魔法使って攻めてきなさいよ!」
「え、あの……」
「そうだった。魔法が使えないんだったわね! 剣でもいいからかかってきなさい! こういうのは身体で覚えるのが一番手っ取り早いもの!」
「あ……じゃあ遠慮なく……」
こうしてシャーロットはとてとてとてっとすごくゆっくりと走って、その細い腕をゆっくり振り上げて。
「え〜い」
ぽすっとすごく軽い音が聞こえた。
シーンとする教室の中。シャーロットは顔を真っ赤にして固まっていた。
クリスはただ一人、その小さな拳を見て言った。
「弱いわね!」
知ってた。
三時間目。
「シャーロットさんは可愛いですねぇ……ぐへへへへ……」
よだれを垂らしながら皇女様を眺めているアリア。とうのシャーロットはドン引きして何歩か引いている。
かわいい。いやそれどころじゃない。
「アリアっ、真面目に教えなさいよ!」
……クリスのツッコミに、アリアは「もう、仕方ないですねぇ」とため息をついて。
「じゃ、教えてあげましょうか。……恋するキ・モ・チっ」
「うわぁぁぁっ! アリア! 待って! ステイッ!」
ブラウスのボタンを外そうとするアリアを、僕らは全力で止めた。
そして、四時間目。
「……どうしようか、これ」
僕らは教室の隅でひそひそと作戦会議していた。
「ワガママ姫って噂は本当だったんですね……」
「僕以外は根本的なものから間違ってた気がするけど」
「そんなことないしっ! ……よしんばそうだとしても、何も学ぼうとしないあの皇女様の姿勢にも問題あるわよ!」
……確かに、シャーロットは自分から学ぼうという気概はそこまで感じなかった。
頭を悩ませる、三人。僕とアリアとクリス。
それをよそに、もう一人——マーキュリーの授業が始まる。
「じゃあ、一緒に遊ぼっか」
「えっ?」
驚くシャーロット。「真面目にやりなさ——」叫びそうになるクリスに、マーキュリーは微笑んで言った。
「見てて」
「まず、魔法ってどうやって出来るか知ってる?」
「しらないですわ!」
「……うーん。じゃあ、そこからだね」
そう言って、マーキュリーは一つ、小さな水の玉を出す。
「え、どこから出したんですの?」
「空中から、だよ」
「魔法で出したってこと……?」
「うん。——もっとも、材料はすぐそばにあるんだけどね」
「どこですの? ここにはなにも——」
「空気、だよ」
そう言って、マーキュリーは水の玉を消した。
「どうやったんですの!?」
「それはね——」
魔法の原理は、魔力が空気中の分子を動かすことで物理現象を起こすというものだと言われている。たとえばいまマーキュリーが出した水の玉は、魔力を介して空気中の水分子を押し固めたものだ。
そしてそれを極めまくると、一見物理じゃ説明し切れなさそうに見える現象が起こったりするわけだ。
常識だと思ってわざわざ教えなかったが、そもそも前提がわからなきゃ意味はないことを失念していた。
……というか、それどころじゃない。
「皇女様が、真面目に学んでる……?」
アリアが一言溢したとおり。
シャーロットは、いつしかマーキュリーの話に——魔法に夢中になっていた。
チャイムが鳴った。
「はい。今日はここまでっ!」
「えーっ」
唇を尖らせるシャーロットに、マーキュリーは微笑む。
「そんなに楽しかった? お勉強」
「うんっ! ……え、これお勉強だったの?」
「そうだよ?」
「うわあぁぁぁんっ! 騙されましたわ——っ!」
何故か机に突っ伏してわめき出す皇女様。かわいい。
「そろそろご飯にしましょうか」
アリアが、持ってきていた大きめの弁当を広げた。
「わ、美味しそう!」
クリスは目を輝かせ、「いっただきまーす!」とフォークを持って、鶏の唐揚げを口に運んだ。
「ソーヤ! めっちゃ美味しいっ!」
顔をほころばせる彼女。「それはよかった」と僕は微笑む。
「……どうしてソーヤさんが喜ぶんですの?」
「だって、これ作ったのは僕だもん」
「えっ、お料理って作れますの!?」
驚いたシャーロットに、僕は笑った。
「うん。……今度、作ってみる?」
提案してみると、彼女は無邪気に微笑んで。
「ええ、よろしくお願いしま——」
しかし、顔はすぐに曇った。
「——いえ、残念ですが、お断りさせていただきます」
「どうして!?」
驚いた僕に、彼女は少し俯いて答えた。
「もうすぐ死んでしまう私に、そんなことをする意味なんてないので」
一気に張り詰めた雰囲気になった空気。ただ一人、悲惨な運命を悟った皇女だけが笑う。
この世界ではありきたりな悲劇に、しかし——胸が苦しくなった。
本人が諦めなければ、運命なんてなんとかなるものだ。けれど——その逆は、どうしようもない。
そうなると、彼女に必要なのは、もしかして——。
息を呑んだ僕をよそ目に、突如アリアが叫んだ。
「お風呂っ! 行きませんかっ!」
「へ……?」
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