#22 シャーロット・アレス
皇国アレス第三皇女、シャーロット・アレス。
第二次性徴の兆候がギリギリ現れだしたくらいの年齢。ミルクティー色の髪にちょこんと乗っかったティアラは高貴なる者の証。
しかし、彼女には秘密があった。
「わたくし、魔法が使えませんのっ」
魔法学校。校長室。
彼女、シャーロット皇女殿下は、笑いながらそう告白した。
僕——ソーヤは、呆気にとられて口を開けていた。
「嘘よっ! そんな人間、いるはずないわ! 女なら誰でも、少しくらいは使えるはず——」
傍らで金髪碧眼の少女、クリスが指を差す。慌てて止めようとする僕に、シャーロット皇女は「いいんです。わたし、本当に何も出来ないので」と笑顔のまま言い放つ。
「……えっと、本当に?」
こくこく。アリアの質問に頷くシャーロット皇女。
「……本当、に?」
こくこく。再び頷くシャーロット皇女。僕らは顔を見合わせた。
「ええ。この子は魔法をいっさい使えません。魔力量は測定不能。魔法を使う気がないのか、それとも使えないのかすらわかりません」
褪せたピンク髪のおばさん、ソフィー校長が補足する。
「なので、このワガママ皇女の言うとおりに、年が近くて特に魔法を使いこなす成績優秀な方たちに、魔法を伝授していただこうと言うことになったのですよ」
「ワガママ皇女って……訂正しなさいよ、おばさまぁ!」
いちいちつっかかるシャーロット皇女がかわいい。
「……でも、なんで僕たちに……」
疑問を呈した僕に、校長は笑って——僕の背後を見た。
鮮やかなピンクの髪をした少女、アリア。彼女に視線が集まる。
「学園内を混乱に貶め、あまつさえ死者まで出しかけたテロ事件の実行犯」
アリアはびくりとして、そろりと逃げだそうとして——「この扉は私しか開けられませんよ?」校長の言葉に固まった。
「本来なら強制退学処分になってもおかしくないところを、どうして反省文で済まされたか——もう、おわかりですね?」
笑顔を見せる校長に、僕は大体の全容を察した。
——どうやらアリアの懲罰代わりにもなっているらしい。
「アリア・スクブス。あなたに奉仕活動として、皇女シャーロットの教育を命じます。励むように」
校長の命令に、アリアは。
「……はい」
小さくそう答えるしかなかった。
「あの、私たちは……?」
白い長髪をハーフアップにした赤目の少女、マーキュリーは、おずおずと手を上げて聞く。
校長はにっこりと笑って告げた。
「アリアさんの奉仕活動の補助をおねがいします。宿題はその分減らしておきますから、ね?」
「やりますっ」
マーキュリーは乗ったらしい。
僕はクリスと顔を見合わせ。
「じゃあ——」
やろうと返事しようとした僕を遮って。
「一つ、質問いいかしら?」
クリスが手を上げた。
「どうぞ」
校長の促しに、クリスは珍しく少し緊張したような素振りで尋ねた。
「——もし、魔法を覚えられなかったら……この子は、どうなるの?」
すると、校長は視線を落とし。
「脅すようなことになるので、言いたくはなかったのですけれど」
若干言いにくそうに、告げる。
「——彼女は処刑されます」
僕は息を呑んだ。
「一ヶ月後、ちょうど夏休みが終わる頃に行われる『最終試験』に合格すれば、彼女の生存は認められます。
さもなくば……彼女は首を落とされ、皇族の記録から抹消され、存在しなかったことにされるのです」
そんな説明に、目を見開き——「ひどいわ、そんなのッ!」叫ぶクリスに。
「私だって、可愛がってきた姪にそんな結末を迎えてほしくはないのです」
校長は、悲しそうな目で告げた。
「いままで様々な学者や魔法士に頼みました。されど、彼女には一向に兆しが見えず、とうとう最終試験、すなわちあとがなくなったのです」
机に座って足をぶらぶらさせている少女を見やって、校長は。
「——どうか、この子を救ってやってください。お願いします」
机越しに、頭を下げた。
「顔を上げなさい、校長」
クリスが告げた。
「ちょ、クリス——」
止めようとする僕を遮るように、彼女は校長のもとに近づいて。
「気持ちは伝わったわ。痛いほどに、ね」
微笑んで、手を差し出した。
「請け負ったわ。——私たちに、任せなさい」
校長は目を細めて。
「ええ。よろしくお願いします」
クリスの手を握った。
*
こうして僕らの夏休みは始まった、のだが。
「すごーい……ここが皆さんの物置ですのね?」
「ちがいますよ?」
僕らの日常生活を送る四人部屋。確かにそこまで広くない部屋に二段ベッドが二つも並んでいるので若干狭いのは認めるが。
「失礼なガキね」
「手を上げるのはやめよ? このひと、いちおう王女様なんだし」
クリスが若干キレかかってるのがわかる。なだめるマーキュリーに「聞こえてますわ。……一応ってなんですの?」とにっこり顔で尋ねる皇女様。
「いますよね。自分に対する悪口だけはめざとく見つけ出す人種」
アリア。ちょっと黙ろうか。
「これが、魔法学校……っ」
目を輝かせて部屋を見る彼女に、前途多難を予感させた。
このお嬢様に、一ヶ月で魔法を伝授しなければならない。さもなくば——。
背筋を震わす僕を知ってか知らずか、彼女はニコッと笑って告げた。
「自己紹介がまだでしたわね!
——わたくしは、シャーロット・アレス。この皇国アレスの第三皇女ですわ! よろしくお願いします、お姉さま方っ!」
本当に出来るのかなぁ。僕らに。
不安をよそに、僕らは自己紹介をはじめた。
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