第21話 夏が始まった合図がした
こうして、学園に平和が戻った。
「…………」
キンコンカンコンとチャイムが鳴る。
騒がしくなる教室。意味もないような会話に興じるクラスメイトの中、彼女は一人俯く。
「なんとか言いなさいよ、テロリスト」
「なんでこんな子がここに来れてるの?」
ピンク髪の少女は、数人の女子に囲まれていた。
囲んで棒で叩くように、アリアを取り囲む数人は暴言を吐いていた。
机の上には落書きと花瓶。
——アリアが久々に登校した。そのニュースは、校内を騒がしくする。
未遂に終わったものの、学校を壊そうとした彼女に向けられる視線は、あまりにも悲惨だった。
侮蔑と軽蔑。当然、彼女は学校中の嫌われ者になっていた。
「あたしたちが構ってあげてるんだから、感謝しなさいよ」
そう高圧的な態度で告げる女子に、アリアは何も言えず。
「何か言えよ、淫売の娘ッ!」
倒れた花瓶。アリアに水がかかる。
顔をしかめた僕。けれど、何か行動を起こすような胆力もなくて……長く伸びた白い髪をハーフアップにした少女、マーキュリーと顔を見合わせるばかりだった。
が、しかし。
ダンッ、と机を鳴らす者がいた。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ」
長い金髪をなびかせアリアの前に立つのは——クリス。
「いい加減に? あたしはただ、トモダチとして構ってあげてるだけですけどぉ?」
そう睨む女子を、しかしクリスは「ハァ?」と一蹴した。
「さっきの何処が、友達に対する態度なのよ。周りの子たちにも同じ態度で接しているわけ?」
「このテロリストを同じ態度で扱うわけないじゃんかよ」
「バーカ! ……それをいじめって言うのよ」
「チッ。ちょっと成績が良いからって調子に乗りやがって! ぶちのめして——」
女子がクリスに手を構えた。が。
瞬間、周囲に火花が散った。
バチバチと、稲妻のようなものが周囲をちらつく。時々それがぶつかって、火花が散る。
——高濃度の魔力を高速で飛ばして、空気とぶつけて強い静電気を起こしている。要は雷を自力で起こして威嚇している。もちろん当たったら危険だ。
アリアの机の周りから、怯えた女子たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「なんで、ですか?」
アリアがクリスの着るカーディガンの裾を掴んで聞く。クリスは当然のように笑って告げた。
「友達を守るのは、当たり前のことでしょ」
それは強さがあってのことじゃないのかなぁ。苦笑する僕を、彼女は手で呼んだ。
「もうすぐ夏休みだね」
マーキュリーの言葉に、クリスは驚いたような顔をする。
「そういえばそうだったわね」
「いろいろあって忘れかけてたけどね」
……本当にいろいろあった。というかありすぎた。ここ数日で一年くらい経っていた気がするくらいには。
入学から大体三ヶ月。そろそろ学園は夏期休暇——いわゆる夏休みというものに入る。
誰か曰く、学園の創始者の故郷でやっていた慣例を取り入れたのだという。
「夏休みの『夏』ってなんなんでしょうかね」
「異世界ではこの時期のことをそう呼ぶらしいよ?」
「へぇ……」
僕はもっと魔法を学びたいんだけどなぁ。閑話休題。
「夏休み、なにしよっか」
マーキュリーの言葉に、アリアは「海行きたいです! 海っ!」と元気に手を上げる。
「急に元気になったわね」
「だって海ですよ! 海と言えば水着! おっぱい!」
「うっわぁ……」
「引かないでくださいよぉ!」
涙目になったアリアの頭を撫でながら、マーキュリーは微笑む。
「ソーヤく……ちゃんは、どうしたい?」
「え、僕?」
「うん。きみ」
ほとんど黙ってた僕。いきなり話を振られて少し戸惑う。
じっと見つめられ、僕は苦笑いしつつ考える。
魔法の実験? それとも図書館に入り浸って魔法学の本を読みあさるとか? 夢が広がるなぁ……。
「……せっかくの休みにやることがそれですか」
アリアに白い目で見られて、僕はびくりとした。……耳鳴りが聞こえる。心を読まれてるっぽい。
「普段は出来ない魔法の試運転とかしたくない?」
「したい!」
クリスが即答した。「ふたりとも、女子学生の自覚が足りませんよ」と唇を尖らせるアリア。マーキュリーは苦笑いして、言った。
「じゃあ、新しい魔法の実験のために海行くとか、どう?」
「それいいですねっ!」
食いつくアリア。クリスもニヤッと笑った。
「決まりね」
「僕の意志は!?」
戸惑う僕。三人は大きく笑った。
そんなとき。
「ちょっといいかな?」
後ろから声をかけてきたのは、子供のような体躯の先生だった。
*
「ここって……」
連れてこられたのは、校長室と書かれたデカい扉の前。
こんこん、とそれを叩く先生。すると、その扉は小さな地響きを立てて開いた。
「すっご……」
どうやって動いてんだろ、これ。
感嘆して声を漏らす僕に、扉の奥の女は優しく微笑みかけた。
「あなたたちが、一年生の問題児たちね?」
背筋がぞくりとした。あまりのプレッシャーと、魔力の圧に。
「貴女は——」
大きな机。その横には、ヴィクトリアさんとスミカさんが控えていて。
その机の上に、少女が座っていた。
年の頃は、僕と大体同じか少し下くらい。小柄な背丈に、豪奢な白いドレス。琥珀色の目。ミルクティーのような色合いのつやつやした髪の頂点には。
「ティアラをつけている。……ということは」
僕は息を呑んで、すぐさま跪き、頭を垂れた。マーキュリーも同じようにして。
「え、どういうこと!?」
クリスは戸惑い、アリアは硬直する。
「とりあえずわたしを真似して。——この方は」
マーキュリーの言葉を遮って、その少女は告げた。
「頭を上げよ」
幼さの滲む声に、僕は顔を少し上げる。……少女は、笑っていて。
「ひとまず、落ち着きなさいな」
机の後ろから、もう一人の人影。見覚えがあった。
六十代ほどのご婦人。そのしわの刻まれた顔で笑う彼女は——この魔法学校の校長で。
「シャーロット、そう偉そうに振る舞うのはいい加減になさい」
「だってだって、ソフィーおばさまぁ」
「でももだってもありません」
机から降りて地団駄を踏む、シャーロットと呼ばれた少女。ソフィー校長は、余裕そうに笑いながら僕たちに視線を向けた。
「で、あなたたちが一年生の中でも特に、何かと話題の四人組ね?」
「は、はぁ……」
苦笑いする僕。「私たちってそんなに有名なの?」「さぁ……」クリスとアリアのひそひそ話を聞いてか、校長は口元を手で覆って上品に笑った。
「平民上がりの優等生に、吸血鬼の先祖返り。そして、ある名家の突然現れた娘。あと一人は、最近学園を危機にさらしたそうですね?」
「え、あっ……」
全部心当たりがあった。
冷や汗で少し寒い。深呼吸する僕に、校長は。
「あまり緊張なさらないでくださいな。——悪い話ではありませんから」
そう言って笑う。
何を言われるのだろうか。緊張で何も言えなくなった僕に、彼女は笑ったまま告げた。
「あなたたちには、奉仕活動をやっていただきます」
「え、なんでですか」
口をついて出たのであろうクリスの言葉に、しかし校長は余裕そうな笑みを崩さず。
「あなたたちが、適任だからです」
なんて言う。
顔を見合わせる僕たちのもとに、さっきシャーロットと呼ばれていた少女がトコトコと近づいてきて——目を細めて、笑った。
「——おばさま。決めましたわっ」
嫌な予感がした。その答え合わせは、直後のこと。
「あなたたち。わたしに魔法を教えて頂戴っ! ——第三皇女、シャーロット・アレスの命令ですわ!」
少女が指を差して告げた言葉——否、命令に、僕は息を詰まらせた。
「……賑やかになりそうね」
クリスの溢した呟き。僕は首を縦に振った。——夏休みは、僕らを休ませてはくれないようだった。
ファーストシーズン・完
ひとまず完結……?
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セカンドシーズン、制作決定。




