第20話 神罰代行
湿っぽい地下室。私——スミカは、白衣の男と向かい合っていた。
「……何故、ここがわかった」
彼は私を睨み付け、目を震わす。
「ああ、簡単だったよ。——電波って、発信源が辿れるの。知らなかった?」
「だとしても、この世界の技術でそれをするのは——」
「おお? ——尻尾、出したね」
そう言って、私は笑った。
「どういう——」
「この世界の技術。まるで、他の世界があるような口ぶりじゃあないか」
当たり前のように告げた私に、男は顔をしかめる。
「おっと。それを責めるつもりはないよ。何故なら、知っていたから。——河田 啓介、だっけ?」
そう尋ねると、男は背後の机を叩いた。
「何故、知っている」
「こっちではジェンダと名乗っていたか。失敬失敬」
「だから何故——」
「キミのことなら、なんだって知ってるよ? 異世界の出身だということも。同じ日本生まれだということも。向こうでの名前も、経歴も、こっちでやったことも、年齢も住所もなにもかも、ね」
見開いた目。瞳を震わせ息を詰まらす彼は、「なら、わかるだろう」と告げる。
「なにを、だい?」
そう聞くと、彼は。
「僕の、崇高なる思想を。男女平等の、理想を!」
叫んだ。
声が地下室に反響する中、私は。
「ははっ」
一笑に付した。
「なにがおかしい」
「いいや? あまりにも幼稚だなぁって」
「……なにを」
「まあ、気持ちはわかるよ」
この世界は、確かに歪んでいる。
数百年前は才能に左右されるだけで基本的に男女の別はなかったはずの魔法や剣の才能。しかして、性別の違いでそれが制限される。差別される。
現代日本を知っているような人間からすれば、いかに衝撃的な世界観か。
「なら——」
けれど。
「それとこれとでは、話が別だ」
「……何の話だ」
いぶかしむ男——ジェンダに、私は指を突きつけた。
「そのご立派な思想のために、一体何人の子供たちを犠牲にした?」
彼は笑った。
「知らないねぇ」
「すっとぼけんなよ。——調べはついてんだ」
睨むと、彼は舌打ちした。
「すべて仕組んでいたんだろ?
今回の実行犯——アリアと名無しの少年を引き合わせたのも。
似たような子供を『量産』しては同情を借るための道具として廃棄していた。違うか?」
記録は、探ればあっさりと出てきた。
彼が運営している孤児院。実質的には精神病院の隔離病棟のような扱いのそこに、何人かの子供を転入させていた。
剣が振るえないように育てた男の子。魔法を使えないようにした女の子。六歳までに処分される対象ばかりを、何人も。
その子供たちがどうなったのかは、軍の記録に一覧として残されていた。
——孤児院の中で何が起こっていたのかは、私に知るよしはない。だが——築かれた絆が壊されることは、復讐の理由としては十分だ。
「お前は罪を犯した。無垢な子供を誑かし、唆し、共犯者に仕立て上げようとした」
私は、ジェンダに対して唾を吐き捨てる。
「それは、その崇高な思想とやらとは関係ない、お前の罪だ」
彼は顔を歪めた。
「だから、どうした。平和のためには犠牲がつきもの」
「ああ。それは正しいかもしれない。だが——それは本当に必要な犠牲だったのかい?」
「……必要に、決まっている」
閉口した。……こいつ、全然反省してないな。
ため息をつく私。——いや、もう取り繕う必要なんてないか。
「『俺』は、そうは思えないな」
その子供たちを有効に使えば、彼の理想も果たされたのかもしれない。——こうはならずに済んだのかもしれない。
「最終宣告だ。投降しな。さもなくば……」
告げている最中。地面が揺れはじめた。
——ジェンダは、机の上の何かを押したようだった。
「……最後まで言わせてくれよ」
呟く俺をよそ目に、ジェンダは高笑いをする。
「ははは、ははははっ! 出でよ、遺物兵器ッ!」
壁が崩れた。土煙の奥から出てきたものは——ロボットだった。
人の背丈を優に超える、人の形をした——しかし、人にしてはいびつな角張りと、金属光沢。
「行け、巨神兵! 神の刃を——」
叫ぶ彼。だが——「軽々しく神の名を騙るな、下郎め」
その余裕は、一瞬で崩れ去る。
閃光が、的確にその巨神兵の胸元を射抜く。
「瞬閃光矢。またの名を、閃光の鏃。結構基礎的な攻撃魔法だが、扱いやすさの割には強いんだ、これ」
無詠唱で、幾本もの閃光を放つ。威力を絞っても、このロボットの頭と心臓と足、腕なんかを破壊するには十分すぎるほどだった。
「そん、な」
「これで動かせる武器は終わりか?」
男はまたも舌打ちをして。
「おっと、自爆しようったって無駄だぜ? ——俺、魔法や魔術を打ち消すのは得意なんだ」
「…………」
膝から崩れ落ちるジェンダの首を掴んで、告げる。
「神様に頼まれてんだ。お前を、地獄に連れてこいってさ。さっき投降すれば、なんとか交渉してやろうとも思ったんだけどな。あーあ、残念」
笑いながら告げる俺に、怯えた顔で男は聞く。
「……お前は、何者なんだ」
俺は少しきょとんとした顔になって——それから。
「この世界の伝説、ジュンヤ・イワタニ。いわば、『神罰代行』だ」
——口元にわずかな笑みを浮かべた。
「さ、逝こうか。——地獄へ」
地下室に、断末魔が響いて消えた。
面白かったら、ぜひ下の星マークやハートマークをクリックしてくださると作者が喜びます。ブックマークや感想もお待ちしております。




