第19話 シルバー・ブレッド
「マーキュリー! もう少し耐えられる!?」
そう尋ねると、彼女は顔をしかめながら、しかしアリアの足首を強く噛む。
もう少しだけなら、といった感じか。
——それなら。
「ちょっとソーヤ!」
クリスの制止に、走り出した僕は叫ぶ。
「二人はアリアの気を引いて! ——僕がなんとかする」
その言葉に、クリスとヴィクトリアは互いを見合って。
「……足引っ張らないでよ?」
「そっちこそな!」
アリアに飛びかかるヴィクトリア。クリスも、魔法を撃ち出す。
……なんとかやれているようだ。おかげで——僕も、マーキュリーに近づける。
「……いったん離して」
白髪の少女の背をさすると、彼女は言われたとおり、少し離れる。
「ソーヤ、くん」
火照った顔で僕を呼んだ彼女に、告げた。
「いったん僕に噛みついて」
「なんでです!?」
驚いた顔をする彼女に、僕は「いいから」と腕を差し出す。
「だから、なんで……」
なおも困惑する彼女。けれど——僕の顔を見て、はっとして、それから目を細める。
「……アリアちゃんを、よろしくお願いします」
そう言って、彼女は僕の腕に優しく牙を突き立てた。
……魔力弁に触れられる感覚。常人では理解し得ないその体内感覚を、僕は探り当て。
——押し出される魔力を、引き戻した。
「ッ!?」
「これで、『繋がった』。……魔力を吸い出せる」
ドレイン、つまり魔力を吸い出す魔法は、非常に難しい。その上、吸血鬼のそれより吸収力が少ない。要するに、デメリットが大きいのだ。僕もまだ覚えられていない。
だが、吸血鬼の能力を応用すれば、覚えていなくても擬似的にドレインを行使できる……はず。
「吸血鬼が魔力を吸う時、魔力弁同士はくっついているはず。だから」
「魔力の流れる方向を無理矢理変えて、ドレインを……」
「そう。そして、魔力を流すホースは身体が接していなくてもなんとか維持できる。……ほらね」
そう言って彼女から少し離れる。だが、魔力は流入していく。——身体に、エネルギーが溜まっていくような感覚を覚える。
「これで、もう少し吸い出せるはずだ」
告げる僕に、しかしマーキュリーは。
「でも、ソーヤくんが大変じゃ——」
心配して声をかける。が。
「僕は、大丈夫だよ」
何故なら、次の手があるから。
「だから、マーキュリー。——僕に任せて、アリアの魔力を吸い尽くして」
真剣な目で告げると、彼女はこくりと頷いて、今度はアリアの腕に牙を突き立てる。
クリスたちの方を向く。ヴィクトリアはアリアに対して幾度となく斬りかかろうとする。そして剣戟の合間、クリスが魔法を浴びせる。が、全てを防御魔法で防いでいた。
およそ彼女の身長の、三分の一程度の距離。マーキュリーが血を吸えているのは——おそらく、前面にしか防御魔法を張れていないから。
……アリアは大変だろう。大量の魔力をマーキュリーに吸われつつ、防御魔法も展開している。その上——外部からの魔力供給を受けている。
その負担は、尋常ではないだろう。
あと、もう少しだ。
「クリス!」
叫んだ。——それが、合図だ。
彼女は不敵な笑みを浮かべて——魔法の発射を止めた。
「ええ。——ぶちかますわ」
そうして、彼女は再び魔力を練る。——さっきより、狙い澄まして。
アリアはその瞬間、防御魔法を一点に展開する。だが。
「させねえよ」
剣が、閃く。
幾多もの剣閃が、アリアを貫こうとする。——彼女は、防御魔法を分散せざるを得なくなる。
そうして薄れた防御。その瞬間——閃光が瞬いた。アリアは目を見開き。
制御された暴走は、アリアの体勢を崩す。
防御魔法すら破るその閃光は、アリアとマーキュリーを吹き飛ばして——。
僕は、指を彼女に向けた。
魔法を作っていた。
『神』を殺す魔法を。
彼女の脳内、その演算能力を、そして魔力弁をパンクさせる。
神という外部からの魔力供給を止める。
——そして、精神干渉。
「アリアを、返せ」
白色。鋭い光。
強い耳鳴り。
僕は目の前の神もどきを睨み付け——咄嗟に作った魔法の名を、叫んだ。
「シルバー・ブレッド」
細い閃光が、彼女の頭を貫いた。
*
「ここ、は——」
わたしは、彷徨っていた。
暗い闇。一人の部屋。
「——知る必要なんて、ないか」
わたしはうずくまって、人形を抱いた。
一人ぼっちの夜。そこに、一人の影があった。
「せんせー」
わたしはか細く鳴いた。
「どうしたんだい」
「……さみしくって」
入ってくる男。わたしは目を細めて、彼に身を寄せる。
けれど、彼は。
「そうかい。——よくやったね、アリア」
口だけでそう言いつつ、死んだ目をしてわたしを見ようとはしない。
いつも通りのこと。でも、それだけで充分だった。
そのはずなのに。
「でも、まだ、さみしいの」
口をついて出た言葉に、少し自分でも驚いてしまう。
なんでだろう。涙まで、零れてきて。
——ソーヤくんたちと、会いたい。
許されざる思考が脳内に現れて消えない。
顔が、声が、フラッシュバックする。
あの時間は、楽しかった。たとえそれが許されざるものであっても。
わたしは、罪を犯した。そもそも、スパイとして学園に送り込まれたのだ。友達でいる資格なんて、ありはしない。
本来あり得なかったはずのキラキラした思い出が、走馬灯のように巡る。
「ごめんなさい」
謝罪が口をついて出た。
そのとき、目の前にはソーヤくんがいた。
「なん、で」
「迎えに来たよ」
そんなことを言って、彼は微笑んだ。
会いたかった。貴方の肌に触れたいと思った。だけど。
「……わたしには、そんな権利などありません」
伸ばしかけた手を引っ込めて、わたしは俯く。
当然だ。わたしは、許されざることをした。
その罪は、償わなければいけない。命を以て。
けど、彼は優しく。
「きみが死んだって、なにも変わりはしないよ」
そう告げて——わたしの手を取った。
「……なんで、ですか」
その手を離そうとするわたし。だけど彼は、離さない。
「なんで、わたしなんかに構うんですか」
手を離そうと強く振っても。
「死んでもいい、わたしなんかに!」
引っ張っても。
「意味のない命に、なんでそんなにこだわるんですか!」
引き離そうとしても——彼は、離してくれなくて。
「……なにも変わらないのなら、死にたいです」
——気がつくと、涙が零れていた。
「それはね」
少年はそんなわたしの涙を手で拭って、そっと抱きしめた。
「きみは、友達だから」
彼は優しい声で囁くように告げる。
「死んだってなにも変わらないなら、きみに生きていてほしい。だって……幸せな日常は、みんながいないと始まりはしないから」
「……そのみんなに、わたしは」
「いないといけない。居てほしい。だから——帰ろう」
そんな彼に手を引かれ——優しい声に導かれ。
「……はい。ありがとう、ございます」
暖かい光に、わたしは登っていった。
——目を覚ますと、そこはうっそうと茂る森の中。
「アリアちゃん!」
白い髪を長くした少女が、わたしに涙を落とす。
「……マーキュリーさん、だいぶイメチェンしましたね」
「あなたを助けるためにがんばったんだよ……?」
にへら、と笑った彼女。
「ありがとう……ございます」
起き上がったわたし。声が聞こえた。
「久しぶりね。ばか」
金髪の少女は近くの切り株に腰掛けて、わたしに笑いかける。
「……意外ですね、クリスさん。もっとイヤミを言われるもんだと」
「私をなんだと思ってんのよ」
唇をとがらす彼女。少し落ち着いた様子で、髪の先をいじりながら頬を染めて。
「……あんたがいないと、寂しくて仕方ないのよ」
そんなことを言った。
そのとき。
「……ん、ぅ」
小さな声が聞こえた。
彼は、すぐ隣で起き上がった。
潤んだ目を細めて、彼は言った。
「——おはよう」
その一言だけで、何かが救われたような気がした。
*
通信が入る。
「——実行犯、降伏を宣言。繰り返す。実行犯、降伏を宣言。蘇生班、医療班を頼む。まだギリギリ助かるはずだ。……これでいいんだよな? スミカ。……どうぞ」
「こちらスミカ。ええ。上出来よ。至急、蘇生班、医療班を手配するわ。ありがとう。以上」
そう言って、私は相棒——ヴィクトリアとの魔法通信を終える。そしてすぐさま小型の無線機——特例で認めさせた手作りの遺物、小型のアマチュア無線機を手元ではじいた。
モールス信号という概念が存在しないこの世界でも、あらかじめ決めておいた内容の信号を送ることで合図として活用できる。事前の手回しの成果だ。
「ようし、向こうは『終わった』ようだね。アンタはどうする?」
告げる相手は、目の前の男。白衣を着た、黒い髪の男。
彼はわなわな震えて、歯を食いしばる。
私は不敵に笑った。
「なんとか言いなよ。——首謀者のせんせ」
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