第18話 活路
お久しぶりです。あとちょっとお付き合いください。
少女はゆっくり目を開いた。その瞳は、黄金色だった。
「あれが、神……?」
僕は目を疑う。
「ああ、そうだな。——暴走し膨れ上がった魔力が、中途半端な神性を顕現した。いわば、生まれたての『神』だ」
ヴィクトリアさんの説明に、僕は歯噛みする。
——僕は、神なんて見たことがなかった。今の今までは。
神の存在なんて感じたことがない。どんなに祈っても、僕を助けてはくれなかった。
けど、目の前にいる。——驚愕。そして。
「頭がッ」
クリスが頭を抑えて膝をついた。
頭が痛い。軋む。苦しい。
——魔法感知が、強く反応している。きんとした音が、頭をつんざく。
魔法なら、解析できる。
「いま起こっている現象を観察するんだ!」
なりふり構ってはいられなかった。
叫んだ僕に、クリスは歯を食いしばり——マーキュリーは、白い髪をなびかせ——口の中に忍ばせた短い牙で、指を噛んだ。
その瞬間、目を赤く染めて、その短い髪を長く伸ばし。
「この手段だけは、使いたくなかったんだけどね」
いつしか聞いた話。——彼女は、吸血鬼の末裔。何代にもわたる由緒正しき吸血鬼の家系で、その血は極めて——強力。
叫ぶ神——アリアに、マーキュリーは告げる。
「落ち着いて——頭を、冷やしてください!」
吸血鬼の力。爆発的に増える魔力の感覚は、急速に『冷たく』なっていく。
霜が降りる。白く澄んだ光の粒は、アリアに降り積もっていく。
——物質の温度を下げる魔法。空気にも及ぶその能力の効果。而して、それ自体には彼女を止められない。
苦しそうな悲鳴を上げるアリア。——マーキュリーが、叫んだ。
「クリスちゃん! ——隙を」
呼ばれた少女は頷いて、手を構える。
「歯ァ、食いしばれ! 目ェ覚ませッ! バカァァァ——ッ!」
閃光が瞬いた。強い耳鳴り。
魔力の渦が、閃光が、轟音が、熱が、熱が、熱が——神の脳天を狙う。
暴走。しかし——クリスの目には、光が宿っていた。
……暴走を、制御している?
魔力の暴走。普通は制御できるものではない。魔力弁を壊す、なんてもんじゃない。必要以上に強く押し出しているような状態。
暴走。強力な魔法を放てる、という一点に限れば強力なものの、その心身にかかる負担は尋常ではない。
故に、精神が蝕まれる。蝕まれた精神は、魔力弁を解放する。負のループだ。
暴走を御する。理論上は可能であるものの——出来る者は、数少ない。個人差が強く響くからだ。
それを可能にする条件。それは、精密な魔力操作と、卓越したセンス。そして——類い希なる、強靱な精神。
僕は息を呑んだ。
彼女は天才だ。本人が認めないだけで……僕にはないものを、たくさん持っている。
けれど——その閃光は、防御魔法によって弾かれる。作れるのは、一瞬の隙だけで。
その間隙を作れただけで、充分だった。
「ありがとう、クリスちゃん!」
マーキュリーは感謝を述べる。——神の、足下で。
「ごめんなさい、アリアちゃん」
そう言って、彼女はアリアの足首に噛みついた。
——吸血鬼は、その通り、血液を吸う。その際に血を通して魔力弁にアクセスして……魔力を、吸い上げる。
アリアが苦しみ出す。頭の軋みが止まる。魔法で軽減していた音、否、精神干渉魔法が。
吸血鬼の魔力吸収に抗うために、魔法の使用を止めた。
使える魔力の量は限られている。
魔力弁が壊れた状態——つまり、魔力の道が無尽蔵に広がってしまっている状態でも、広がる幅には限界がある。
だから、意識があるのかないのかはわからないが、無意識にでも抗わねばならない。無尽蔵に魔力を動かせるわけではないからだ。
魔力を吸い尽くせば、アリアは止まるはず。
——いまのマーキュリーは、神と張り合っているのだ。
「動かねぇのか? 坊ちゃん」
ヴィクトリアに尋ねられる。僕は迷いもせず答えた。
「観察してるんだよ」
「カンサツぅ? んなことしてる間に——あのガキ、助けらんなくなっちまうぞ」
「……その糸口を、辿るためですよ」
——神を、攻略する。アリアを救い出す。そのために——僕は、分析していた。神を。
ここまでの状況で、彼女の「欠点」は見えていた。
「今のアリアに、弱点はない。元々の弱点だった通常属性魔法も使っていない。だが——限界は、ある」
だから、その限界を殴れば——でも、どうやって?
それをしたら、アリアは死ぬのではないか。命を、落とすのではないか。
ああ、だめだ。あと一ピースが足りない。
どうすれば、神との接続を絶って——アリアだけを、救い出せるのか。
僕は熟考する。深呼吸して、思考を巡らせ——。
「言っておくが——神の魔力は、無限だぜ。魔力弁から、無限に魔力が注がれている。魔力源——魔力の袋には限界があるが、なくなればなくなった分だけ神の魔力が注がれる」
ヴィクトリアの言葉に、僕は目を見開いた。
「……じゃあ、マーキュリーがいまやっていることは」
「はっきり言って、無駄だな」
その断言に、僕は心が打ち砕かれ——そうになる。
いいや、無駄なことがあるか!
何か、あるはずだ。解法が。神の力を、無力化する——神を殺す方法が。
——マーキュリーが膝をついた。
悩んでいる間に、限界が来たのか?
……魔力源には限度があるからか。吸える絶対量には、限りがある。
「早くしなさいよ。……早く、何かしないと……」
暴走の反動からか座り込んでいるクリスの催促に、僕は再び歯噛みし——。
天啓が、舞い降りた。
「できる。……かも、しれない」
僕の溢した言葉に、クリスが叫ぶ。
「かもしれないって何よ! ちゃんと助け出せる方法を……」
「そんなのはない! 100%、確実になんて……そんなもの、この世界には存在しない」
「でも——」
言い淀むクリスに、僕は。
「けど……少しでも可能性のある方法があるなら、試したい。試さなきゃ……その可能性は、ゼロだから」
その言葉に、クリスは息を呑んで——。
「決まったようだな」
ヴィクトリアさんの声に。
『はいっ!』
二人の声が重なった。
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