表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/33

第009話 消 息(ミステリアス)

 部下の声は、確実に私の耳に届いていた。

 届いていたからこその動揺だろうし、一瞬でも視界も暗くなったのだ。だが、そのときはそんなことを考える余裕すらなく、私は部下に()き返してしまった。

「すまんが、もう一度言ってくれ」

 私の言葉に、目前のエレオノーラ・ヴィルタ中尉が反応する。

「アーシェス・レーン()()の乗った貨物宇宙船が、昨日、消息を()ちました」

「……()中尉だ。報告は正確にしろ」

 くだらない言葉が私の口から飛び出してしまう。なにを(いら)だっているのだ、私は。

「す、すみません」

 エレオノーラが身体(からだ)をこわばらせる。森人族(エルフ)の若い女だ。若いといってもそう見えるだけで、実際の年齢は私よりもかなり上なのだが、そんなことは今はどうでもいい。

「詳細を聞かせてくれ」

「はい。アーシェス・レーン()中尉の操縦するトランスキャット社所属の小型宇宙貨物船(コンパクト・カーゴ)、通称『トランスキャットⅩⅩⅦ(にじゅうなな)』は、昨日〇九三〇時、アイリーンⅣの第三宇宙港(ドッキングベイ)から出港。一四時間後の同日(どうじつ)二三三七時、管制塔(コントロール)のレーダーから突然消えました」

「レーダーの故障という可能性は?」

「ありません。ここアイリーンⅢにあるわが軍のレーダーでも、同じ時刻に同船の……同船の消失を確認しているそうです」

 エレオノーラの顔面からは血の気がひいている。おそらく私も同じような顔をしていることだろう。

「そのポイントで亜空間跳躍(ワープ)した可能性は?」

 無駄なことを()いた。亜空間跳躍(ワープ)すればその痕跡(こんせき)は必ず残る。そうでなければ、すべての船が行方不明扱いになってしまうではないか。

「ありません」

 即答だった。エレオノーラもすでに同じようなことを考え、同じように否定していたのだろう。自分の頭が上手(うま)く回っていないことを、自覚せざるをえない。

「捜索のほうはどうなっている? むろん、出ているのだろう?」

「はい。航空保安庁の第一〇四宇宙警備隊が、現在、消失ポイントを中心に捜索しています。トランスキャット社の依頼を受けて、民間の捜索船団も協力しているそうです」

「消失してからの経過時間は?」

「二二時間です」

「……そうか」

 宇宙服(スーツ)の生命維持システムが作り出す酸素は二四時間でなくなる。ファルタークがもし船外に放り出されているとすれば、猶予(ゆうよ)はほとんどない。

「ど、どうしましょう、隊長!」

 我慢できなくなったのだろう。エレオノーラが悲鳴に似た声をあげる。

「あわてるな。まだ何もわかってはいないんだろう?」

 私――ミランダ・アークウェットは、そう自分に言い聞かせた。


 三日後。

 私は、アイリーンⅢにある自身の執務室で、ふだんと変わりなく軍務を続けていた。

 いや違う。意識して、変わらないように見せているだけだ。許されるものなら、私自身も捜索に行きたい。第三飛翔(ひしょう)中隊を動員して、それが(かな)わぬなら私ひとりででも捜索に行きたい。だが、私は軍人だ。個人の都合を優先させることがあってはならない。

 机上に置かれたノート型のパソコンを使って、あがってきたいくつかの報告書を再度確認してみる。ファルタークが消えたあの日、同じポイントで同じ時間に時空震が発生していたことが判明していた。その規模から、最低でも全長一五キロを超える物体が亜空間跳躍(ワープ)アウトしたと軍の技術情報部では推測している。

 おそらくは《モビィ・ディック》だろう。そうなると、《モビィ・ディック》が起こした時空震にファルタークが巻き込まれた可能性も出てきた。最悪のケースは衝突だ。

 しかし、もしそうであると仮定するなら、ファルタークが操縦していた貨物船の残骸が見つかってもいいはずだ。何かが発見されたという報告は、現場からはまだあがってきていない。

 私は深いため息をつくと、無意識に胸のポケットから自身の端末(タブレット)を取り出して操作していた。これを見るのはもう何度目だろうか。


昨夜(ゆうべ)はご馳走(ちそう)さまでした。ミハイル星系から戻ったら、また連絡します』


 ファルタークが、あの日の翌日に送ってくれた文字通信(メッセージ)だ。すぐにでも返信したかった。だが、入港手順(シーケンス)に入った宇宙連絡艇(シャトル)の規則が、それをさせてはくれなかった。

 ファルターク、お前はいま何処(どこ)にいるのか?


 それからさらに四日後。

 急変があった。トランスキャットⅩⅩⅦが、アイリーンⅣに戻ってきたというのだ。

 第一報を受けて私は心底安堵(あんど)した。だが、第二報を持って執務室に飛び込んできたエレオノーラ・ヴィルタの表情は、混乱と困惑に満ちているようだった。

「トランスキャットⅩⅩⅦは無事に宇宙港(ドッキングベイ)に入りました。ですが、隊長。ですが――」

「落ち着け、エレオノーラ」

 私は副官を(たしな)めた。

「す、すみません。トランスキャット社所属の小型宇宙貨物船(コンパクト・カーゴ)、通称『トランスキャットⅩⅩⅦ』は、本日一八〇三時、アイリーンⅣの第三宇宙港(ドッキングベイ)に無事に入港しました。しかしながら、乗員の姿は確認できていません。船には誰も乗っていなかったそうです」

「誰も乗っていない? 自動操縦(オート・パイロット)で戻ってきたというのか?」

「はい。アーシェス・レーン元中尉の姿は何処(どこ)にもなかったそうです。船体、輸送コンテナ、コンテナ内の積荷(つみに)を含むその他のものについての異常は見つかっていません。レーン中尉だけがいなかったそうです」

「なぜだ?」

「わかりません。ただ、いくつか不可思議(ふかしぎ)な点も報告されています」

「不可思議な点?」

「はい。トランスキャット社の従業員が確認したところ、トランスキャットⅩⅩⅦの船体が綺麗(きれい)すぎるというんです」

綺麗(きれい)すぎる? どういうことだ? もっとわかりやすく言えないのか」

 私はもう一度エレオノーラを叱った。

「だって……他に言いようがないんですよ、隊長。オンボロだったトランスキャットⅩⅩⅦが、ピカピカになって戻ってきたそうなんです。機体番号も何もかも同じなのに、あったはずのキズや(へこ)みとかがまったくないらしいんです。『いやいや、これは新品だろう』って、その従業員も騒いでいました。そんなことってありますか、隊長?」

 エレオノーラが早口に(まく)したてる。そうして、私をさらに驚かせる報告を、森人族(エルフ)の若い女はするのだった。


「トランスキャットⅩⅩⅦの操縦席(コクピット)に、()()()()()が置かれていたそうです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ