第002話 人 類(ヒューマン)―後篇―
ほかの種族のことについても、少しだけここで話しておこう。
まずは森人族。先のとがった長い耳をもつこの種族を「エルフ」と名付けたのは、いったいどこの種族なのだろう。地人族たちが西暦の時代に書いた小説にも似たような種族が登場するらしいけど、それをモデルに地人族が名付けたなんて冗談はこの宇宙では通用しない。「お前は何を言ってるんだ」と馬鹿にされるのがオチだ。森人族の歴史は地人族のそれよりもずっと長く、「汎人類交流会議」に参加したのも地人族たちより遥かに昔のことだ。単なる偶然か。それとも、太古の昔に地球を訪れた森人族をモデルに「エルフ」が描かれたせいなのか。可能性が高いのは前者だけど、後者のほうが夢がつまっている。素直にここは「侵略しないでくれてありがとう」と言っておこう。その他の身体的特徴は、地人族と大差はない。寿命は……ずいぶんと長いらしいけれど。彼らはヴルーム星系にある惑星オーランドを母星として、レゴラス首長国連合を形成している。最高指導者のことは「代表首長」と呼んでいるらしい。
お次は竜人族。一見しただけでは地人族と区別がつかないけど、かなり怒りっぽい性格の種族だと聞いている。そして、いちど怒らせると手がつけられないほど怖い種族だ。なにせ激昂すると竜に変身するのだから。いや、比喩ではなく本当に。爬虫類を思わせる硬い鱗に覆われた身体。するどい鉤爪と無数の牙とコウモリのような長くて大きい翼。どれをとっても地人族たちが昔から想像していた竜にそっくりだという。東洋の龍ではなくて西洋の竜。個人差はあるらしいけど、体長一〇メートルから一五メートルくらいの竜に変身する人もいるようだ。地人族と同じような体型から何をどうすればそんな姿に変われるのかわからないけど、事実なんだからしょうがない。人間体のときは両肩を覆うようにだけ鱗が生えているため、服を着ているときは竜人族かどうかはわからない。そんな、好戦的で矜持の高い種族だ。彼らの矜持が高いのは、「この宇宙を創造った」と各地に伝えられている伝説上の生き物と、姿かたちが似ているせいなのかもしれない。もちろん、「大昔の竜人族がその伝説を捏造った」という意地悪な噂もあるのだけど。彼らの国のなかでいちばん大きなものは、エルダー星系の惑星ドミニオンを主星とするヴィアテイル竜王国だ。
続いて巨人族。その名のとおり巨人で、成人の身長はだいたい六メートルほど。岩盤のような固い皮膚に覆われた裸族だ。他の種族と違って頸部に相当する部分がなく、頭のてっぺんから肩の先にかけて直線的なラインを描いている。影だけを見れば「シャツを脱ぎかけた地人族」といったところだろう。プロメテウス星系の惑星ヒュベリオンをはじめとするいくつかの惑星で、小さな集団を作って生活している。あまり人前に出てくることはなく、「汎人類交流会議」には彼らに選ばれた聖人族か森人族かが代理として出席しているらしい。国をもたず、言葉を口にしない。けれど他種族の言葉は理解できるし、精神感応波を使って語りかけてきたりもする。だから彼らも立派な「人類」だ。
それから獣人族。人間的な特徴と獣の特徴を併せもつ種族だ。誤解のないように言っておくと、ここでいう「人間」とはもちろん地人族から見ての「人間」であって、獣人族にしてみれば彼らこそが「人間」ということになる。このあたりを間違うと喧嘩になるので、そこはよく理解しておかないとダメだろう。主観と客観を履きちがえると、世の中を上手く渡っていくことはできないのだ。つけくわえて言うなら「獣人族」とは彼らの総称であって、外見的にはひとまとめにできないほど多くの違いがある。たとえば猫の特徴を併せもった猫耳族、狼の特徴を併せもった狼人族、鷲の特徴を併せもった鷲人族など、数えあげるときりがない。だから総称して、便宜上「獣人族」と呼ばれている。その多くは「人間」と同じように二足で歩行をしているが、獣のように駆けまわる獣人族もいるらしい。彼らが治めている国でいちばん有名なのはディヴァーナ星系の惑星シヴァにあるドゥルガー獣王国なのだけど、他にも多くの国があるらしい。
最後に魔人族。彼らも一見しただけでは地人族と区別がつかない。いや、何時間眺めようとおそらくは区別がつかない。なぜなら、彼らと地人族の違いは「魔法が使えるか使えないか」だけだからだ。一瞬で火を起こせたり、水を作ったりする。飛ぶこともできる。いわゆる彼らは「魔法使い」というわけだ。彼らもこの宇宙で長い歴史をもつ種族なのだけど、固有の国は持っていない。他の種族にまぎれて、この宇宙のあちらこちらで生活している。二〇〇〇年ほど前には彼らにも大きな国があったらしいけど、竜人族との戦争で滅んだらしい。だから今でも、そう今でも、竜人族とは仲が悪い。
これらの七つの「人類」は、それぞれの種族だけで社会を作っているというわけでもない。地人族の国に魔人族が生活していたり、獣人族の国に森人族が生活していたりもする。ひとつの国に多くの種族がいる。それが普通だ。だから当然、混血種もいる。宇宙の異なる場所で発祥した異なる種族の間でも子供を作ることができる。生物学的にそれはどうなんだとは思うけど、それがこの世界の現実だ。かつて地球にも他の種類と交配して子孫を残すという魚が存在していたらしいから、それと似たようなものかもしれない。あるいは、外宇宙に出ていけるだけの力をもった「人類」は、同じような種子から生まれ、同じような進化の道をたどってきたのかもしれない。巨人族と他種族との混血種にはいまだ出会ったことはないけど、宇宙の何処かに存在していてもおかしくはない。
ついでに、単位の話もしておこう。
もちろん、ここでいう「単位」とは、スクールを卒業するために必要な学習量のことではなく、量を数値で表わすための「基準」として決められた一定量のことだ。それがどの「人類」の歴史であれ、量の観念は数の観念と一緒に発達してきた。そして「基準」は、客観的かつ不変でなければ意味がない。
時の数え方に関する基準は、さきほども言ったとおりだ。「星暦」を基準にすれば、地人族にとっては一日が二七・五時間、一年が四八七日になるだけのことだ。ただ、一日が小数点付きの時間で終わるのは計算上面倒だったのか、地人族たちは二七・五時間を二四等分して、それを「一時間」とした。この考え方はやがて「汎人類交流会議」に参加する他の種族にも伝わり、結果、一日を表現する言葉としては「二四時間」が当たり前になった。太陽系連合の標準時を基準にすれば「一時間」は一・一四六時間ということになるのだけど、太陽系連合自体がすでに過去の存在となっているから、気にする人は誰もいない。ただし、惑星の自転周期はその惑星固有のものなので、
「この惑星じゃ、昼が三日続いたあと夜が三日続くんだぜ」
といった会話が自然と発生することになる。これについてはもう……どうしようもない。
長さの基準についていえば、「汎人類交流会議」には「ミータル」という単位がある。種族によっては「モートル」だとか「マータル」だとかいった発音の違いはあるけど、一般的には「ミータル」と言われている。
「汎人類交流会議」において、「一ミータル」は、光が三億分の一秒間に進む長さと規定されている。その長さは、太陽系連合時代の地人族が使っていた「一メートル」とわずか〇・七ミリの違いでしかなかったから、地人族たちはそのまま「一ミータル」を「一メートル」とすることに決めた。それにともない、体積の単位である「リットル」も少しだけ容量が増えることになった。
次に重さの単位。かつて地球で使われていた「一キログラム」は、地球の重力下における純水一リットルの質量と定義されていた。「汎人類交流会議」には、重さの単位として「一ガルゲルム」というものが存在した。「一ガルゲルム」は換算すると一・二八八キログラムになる。そのことを知った当時の太陽系連合のとある議員が、「一ガルゲルムを一キログラムとする」という法案を議会に提出して、なかば強引に成立させてしまった。その議員が女性だったことは言うまでもない。全地人族の体重が、もれなく二八・八パーセント軽くなった。
最後に通貨の単位だ。現在、この宇宙では七つの「人類」に共通する通貨単位としては「ディナール」が使われている。もちろん、各種族はそれぞれ独自の通貨を使用しているのだけど、外貨との交換レートさえしっかりしていれば、まず問題になることはない。ちなみに、現在の地人族の平均初任給は二五万ディナール。高いのか安いのかはよくわからない。
星暦四七〇一年。
二七歳になったばかりの俺――アーシェス・F・レーンは、そんな宇宙の片隅で、しがない運送人をやっていた。そう、あの瞬間までは。