アザライの民の裔
魔術師アザライは、青き衣の一族に生まれた。
一説には、奴隷に生ませた子であったと言われる。
彼は働ける年頃になると、駱駝の糞を拾い、それに火をつける仕事を教わった。
落ちたそばから干からびる糞は、大変軽く、よく燃えた。
火は、茶を沸かすために使われた。
沸かした茶に、男たちは入れられるだけの砂糖を入れた。
彼らはその茶を回し飲み、過酷な旅の疲れを癒した。
一族の男たちは、四百頭の駱駝を率いて、砂漠の南北を行き来した。
三月かけて北へ奴隷を運び、三月かけて南へ岩塩を運んだ。
灼熱の午後も、凍える夜明けも、男たちは茶を飲み、アザライは糞を拾った。
歌うことも糞拾いの仕事だった。
歌うのは駱駝のためだった。
年寄りたちが言うように、駱駝は歌の良し悪しを判断した。
良い歌に機嫌を良くし、悪い歌に体調を悪くした。
老人たちは古い歌を、奴隷たちは異国の歌を、駱駝たちは歌い方をアザライに教えた。
ある夜。
火を抱いて歌を歌っていたアザライは、火を操るすべとして、偶然魔術を発見した。
その不思議な力は、盗賊から財産を守り、大砂虫から人命を守った。
彼は、何かあるごとに、隊商の中に、地位を得ていった。
青き衣の一族は、たちまち、アザライの民と呼ばれた。
アザライは、そのわざを正しく使った。
またそのちからを子孫に伝えることに成功したので、アザライの民はよく栄えた。
砂漠の民にとって族長とは、一族を守る武勇を持つ者を意味する。
アザライに地位を譲った元族長の子ナデフは、掟に従い、砂漠を出た。
彼は、地縁を頼るのを恥として、遠き国を求めた。
新しい生活はうまくゆかず、神もナデフを助けなかった。
彼の高貴な血は、奴隷の首輪をつけることを拒んだ。
その結果、坂道を転がるように、ならず者に身を落としていった。
食べるために罪を犯すことは、ナデフの良心を傷つけ、彼を日陰に縛りつけた。
尊き出自を示す、父の形見の宝刀は、手下の盗人に持ち去られた。
報復すれども、宝は帰ってこなかった。
ナデフの死後、彼の子孫はナデフの境遇を語り伝えた。
ナデフの宝刀と自称する彼らは、数代を経て、怒りをアザライとその民に向けた。
薄暗い闇の中で恨みを確かめ合い、ついに彼らのやり方で復讐を果たした。
二人の強大な王が、砂漠の塩鉱とアザライの民の秘術を求めた。
二度の戦争と大きな犠牲の果てに、勝利した方が帝国を打ち立てた。
アザライの民は殺し尽くされ、魔術だけが残された。
帝国だけが魔術を持ち、帝国だけが富み栄えた。
アザライの民の裔の最後の一人は姫で、従者の老婆を従えていた。
暗殺者が、二人をいよいよ追い詰めた時、その従者は荷物から一振りの刀を取り出し地面に置いた。
見事なり。ナデフの子らよ。
これを持ちゆけ。
これなるは、ナデフの宝刀。
ナデフの忠臣が、ナデフより持ち去りしものなり。
かの者はナデフの窮状を我々に伝えんとして盗みを働いたのだ。
彼は主を救おうとしたが、掟がそれを叶えなかった。
彼の名誉を我らは保証する。
その者の名は、と暗殺者が問えば。
ラムアダ、と従者は答えた。
心臓が四つ打つ間、二人は見つめ合った。
信じよう。
暗殺者は、受け合って、剣を閃かせた。
老婆はうなずいて、事切れた。
美しい姫も老婆を抱いて死んだ。
ラムアダ。
二人を斬った男は刀を拾うと、そう呟いて、その場を去った。
そこここに潜んでいた男たちが、何も言う事なく、それに続いた。