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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短時間で書いたやつ

カラクリ娘は思い出す






 ハイ、お友達。


 なにから書こうか?






 そうね。わたしの名前が順当なところかな。

 わたしはジル。




 このデータを読めるような端末が、ずっと残ってたらいいんだけど。




 あなたに名前をつけよう。チャー。どう? 気にいった?

 わたし達の仲間は、自分で名前をつけるか、仲間からつけてもらうかだったんだよ。親は居ない。

 正確には居るんだろうけど、見たことはない。一度もね。




 ここはラスヴェガスっていうまちだったとこ。まわりは砂だらけ。沙漠っていうやつね。大嫌い。調子が悪くなるから。

 信じられないけど、こんなに砂で囲まれた場所なのに、かつてはひとでにぎわってた。お金を沢山持ってるひとと、そのお金をかすめとろうとしてるひと達、お金を失ってしまったひと達とで。


 チャー、あなたの時代にあるかな? カジノってものがあった場所なのよ。どんなものなのかはいまいちわからないけれど、要するに主をためすような行いをしていたらしい。


 どうしてわたしがここに居るのかは、書くと長くなる。

 でもそれを書いたほうが、わたしが落ち着くだろうし、その間にここにも慣れるだろうって、パトリックがいってる。

 パトリックっていうのはわたしの仲間。最近ちょっと、故障気味。ちょっとだけね。彼だけはずっと稼働してるから。そろそろ誰かに役目をおしつけて、眠ったほうがいい。多分十日程。できるなら半年程。彼の知恵に頼らなくちゃいけない情況が訪れたら三分で起きてもらうことになるし、その公算が高いからって彼は寝ようとしない。




 どこから話そうか?




 まずは、二〇〇五年の夏のことを話そう。


 その時わたしは八歳だった。どこにあるかわからない、どんな場所かわからないところに居た。気付いた時にはそこに居たの。そこで、毎日、稼働状態を調べたり、修理してもらったり、いろいろしてた。


 外のことはくわしくないから、これは後から知ったこと。わたしが涼しい部屋でアイスを食べたいって文句たらたらだったあの夏、コーンシロップが高騰した。二〇〇二年以来の高値をつけたの。


 ホームのなかは快適だったけど、外はそうでもなかったってこと。記録的な猛暑と、四十日(!)続いた快晴が、なにもかもをひからびさせた。コーンシロップは高騰したし、飼い葉はなくなったし、家畜は水を飲めなくて死んだ。人間もね。自前の井戸を持ってる人間が随分儲けたらしい。

 ニュースでは連日、そのことを報道していたんだって。


 わたしが理解できていることは少ない。これ以前から、テロリストがいろんな場所や建物を爆発させていたり、ひとを沢山殺したり、戦争もあったし続いてた。でもそれは小規模なもの。

 この年から世界的に経済がおかしくなりはじめた。パトリックはこの年にみんなが助け合えていたらよかったんだっていう。




 ねえ、ごめんね。ニュース、あなたは知ってるかな。TVはある?

 説明は難しいな。世界中でなにが起こってるか、すぐにわかるようになってたの。当時は。

 勿論わたし達は隔離されていたから、知らないんだけど。




 次は二〇〇六年ね。

 その年、わたしには親友ができた。別のホームから大勢の子ども達が移送されてきて、仲間になったの。一緒にご飯を食べ、一緒に整備され、修理され、一緒に訓練をうけた。わたし達はすぐに打ち解け、すぐに仲間になれた。

 そのなかに彼女が居た。

 彼女はわたしと同じ、茶色いブーツをはいてた。まったく同じもの。それで、ちょっと喋ったんだよね。すぐに意気投合して、部屋も同じにしてもらった。ほかの仲間と違って、彼女とは特別に仲が好かったって、わたしは思ってる。


 外では相変わらず、いろんなものが不足して、いろんなものが高くなって、いろんなものがなくなっていた。

 太平洋のまんなか辺りで、海底火山が噴火したのもこの年。正確には、最初に噴火したのは、ね。ここから散発的に、二〇〇八年まで噴火は続く。最初の噴火は、二〇〇六年の三月の終わり頃だった。

 火山灰で飛行機は太平洋を横断できなくなったし、その後一年以上かけて、飛行機が飛べる範囲はどんどんせまくなっていった。それと同時に、日照が足りなくなって、あれだけ上がっていた気温が今度は急速に下降した。去年干魃と水不足に喘いでいた地域は、今度は寒さで作物が育たなくなったの。もともと寒冷な地域は住めたものじゃなくなって、それでもそこにしかすみかのないひと達は地下へ潜った。このことが、その後彼らを幾らか救う。




 二〇〇七年は、その前の年と前の前の年に比べたら、それなりに平穏だった。少なくとも十月までは。




 当然よね。航空機がほとんど飛べない状態になって、太平洋ではまだまだ海底火山が荒れ狂ってる。人間同士が争うひまはなかった。

 ない筈だった。

 海の汚染もひどくなっていった。溶岩がかたまったものが細かくなって、海面を覆ってしまった。酸素不足で魚が大量に死んだり、日を遮るから海藻や珊瑚もダメージを受けた。飛行機が飛べなくなった所為でほぼ唯一の海を越える手段になっていた船も、エンジンやなにかに火山灰と溶岩が悪さをするから、特別なカバーをつけた船しか航行できなくなってた。

 パトリックのいうとおりで、この時に人間達が助け合おうとしていたら、その後の破綻はなかっただろう。でも人間は、どんな情況でも争いの種を見付けるのが得意だ。自分達と所属が違う、それだけの理由で戦える。


 わたしは十歳になって、二月と六月に外に出た。それってめずらしいことだったの。普通、わたし達は外に出してもらえない。


 外っていうのは、建物の外って意味じゃない。敷地の外って意味。ホームの敷地はひろかった。

 わたし達が訓練する場所も、わたし達の稼働状態を調べる場所も、勿論あった。敷地の南西には森があって、そこには野生動物が沢山住みついてたんだよ! 可愛いウッドチャックをみんなで捕まえて、餌をあげたりしてた。




 そう、外の話ね。吃驚した!

 なんだか変な感じだったよ。わたしは重たいコートを着て、シスター・グレイスと手をつないでた。道路っていうのが変な感じだったの。勿論、ブーツははいてたけど、踏んだ感じがいやだった。

 それに空はずっとくらかった。あれは降灰の所為だったんだろう。


 シスター・グレイスは、ちょっと歳いった、白人の女性。シスターっていうのはわたし達の世話をしているひと達のこと。そういう女性は、若いひとからおばあちゃんまで何人も居て、そのひと達には敬意を払って会話しなくちゃいけない。呼ぶ時も、かならず「シスター」ってつける。彼女らはわたし達を「子ども達」って呼ぶ。いろんな命令をして、いろんなことをさせる。

 特に呼びかけかたが決まっていない男のひと達も居た。お揃いの服を着て、しかつめらしい顔で立ってたり、椅子に座っていたり、訓練で教官になったりする。わたし達を観察していた。見張りでもあったんだろう。そのひと達には、訓練時以外は、本当にどうしようもない時にしか口をきいちゃいけない。

 そういう決まりだった。気難しい、眉毛の切れたパパが居て、そのパパが決めたこと。

 パパはパパ。名前は知らない。子ども達以外は、彼をサーと呼んだ。




 わたしが外の道路の踏み心地の悪さや、煩い人間達、自分と同じぐらいの歳に見えるのに赤ちゃんみたいに大騒ぎする子に目をまるくしてたあの年の十月の終わり、突然戦争が始まった。


 国民はそうなることをわかっていなかった。少なくとも、当時の新聞はそう伝えてる。地下シェルターに残ってるの。新聞や、本、雑誌の残骸が。

 パトリックはそういうものを読んで学んだほうがいいっていう。それにわたしには、なにか書くようにっていうのが付け加えられたって訳。彼はわたしを過大評価してる。自分が寝ている間にお前が指揮を執れっていう。それができるくらいになったら自分は眠るって。




 二〇〇七年の最後の二ヶ月は、多分その時代に生きていたひと達にとっては思い出したくない時期なんじゃないかな。その時代に生きていたひと達がどれだけ残っているのかは別として。


 わたしにとってもあんまりいい思い出じゃない。


 パパが来た。パパは時間だっていった。それでわたし達は、とうとう戦争が始まったってこと、わたし達が責任を果たす時が来たってことを知った。


 ばかみたいな話だけど、わたしやわたしの仲間達は、戦う為に訓練されてる子どもだった。訓練され、改良された、戦士だった。






 戦場がどこかは、すべてを覚えている訳じゃないし、地名は知らない。自分が「どっち」側で、「どこ」と、或いは「誰」と戦ってるのかも、はっきりしなかった。教えてくれたひとは居ない。シスターも、教官達も、パパも。

 わたし達は国に対して忠誠を誓っていたんじゃない。パパに逆らわない、シスターに逆らわない、教官に逆らわない、それがわたし達がなによりも叩きこまれていたこと。


 わたしは親友を含む仲間達と、十二人で部隊を結成した。人数は決まっていたけれど、編成はわたし達に委ねられた。わたし達の自由はそれくらい。

 隊長はパトリック。ミニ司令官。ちっちゃな将軍。

 彼は理不尽にも、この手の重荷をずっと背負わされてる。


 パトリック、これを読んだ?

 あとで怒るのはなしよ。じゃないと、わたしはあなたを砂のなかに沈めてやるからね。勿論、炉を停めてから。




 どこまで書いたっけ?




 そう。わたし達が改良された戦士だってところまで。

 改良って、パパやシスターはいってた。よりよい人間、よりよい戦士、そうする為に手を加える。古い車のエンジンを最新のものにとりかえるみたいに。

 パパはわたし達を「万軍」と呼んでいた。自分が主であるかのように。




 わたし達は負けなかった。

 仲間がひとりでも欠けることを負けだとするなら、負けてる。

 その後も負け続けているのかもしれない。




 わたし達は倒せといわれたものは倒したし、殺せといわれればそうした。わたし達の見た目はいろいろと役に立った。


 子どもだし、人種も様々。わたしはアジア人と白人のミックスだけど、ユダヤ系、アフリカ系、北欧にルーツがある子、いろんな子が居たの。そんなわたし達がお揃いの服を着て歩いてきたら、どう思う? ちょっときどった制服の学校が、遠足かなにかに子ども達をつれだしたんだって思われるだけ。あちこちで銃火を交えてるのに、暢気な金持ち達が子どもを危険地帯に誤って送りこんだんだって。

 ちょっとだけ派手な頭の色の子も何人か居たけど、それは問題じゃない。髪を染めてる子どもなんてめずらしくもなかった。それがもともとの色だと考えるひとは居ない。

 かくいうわたしはピンク色の髪をしてる。今となっては、さほどめずらしくはない色よね。あの頃にはめずらしかったんだよ。これは改良の所為なんだって。


 多分パパはそういうことも考えてたんだろう。わたし達の見た目が便利だってこと。

 戦争は全面的なものになってしまって、ばかみたいに長引いた。各国は戦争が始まる前から気にいらない国に自国の兵士を沢山送りこんでいたから、まちのあちこちで突然銃声が響いて、虐殺がはじまるの。「軍」と「国民」はほぼ同じ文脈で用いられた。あの時代は。




 銃は知ってる? チャー。パトリックはあれをなくすっていってる。あんなものがあるからおかしなことが起こるんだって。彼は賢いから、多分正しいんだろう。




 とにかく、戦場は戦場じゃなかった。ていうか、世界そのものがすべて戦場になったようなものだった。あっちで銃声が響き、こっちで誰かが殺され、周囲を見れば血と空薬莢。そういうこと。

 それでもわたし達には、清潔な服や立派な装備、栄養価の高い食べものがあった。

 わあ! 素敵な地獄よね。

 でもねチャー、この時はまだ地獄じゃなかった。


 付け加えよう。隣町では老人達の白兵戦、ご近所でも奥さんがたが殺し合い、川の向こうでは自警団が機関銃をぶっぱなし、そして子ども達は兵士だった。

 わたし達はどこかの私立学校の制服みたいな、お揃いのしゃれた格好をして、戦闘が始まった地域へ忍びこんだ。敵兵の認識は簡単だった。

 今はそんなものないけど、当時の兵士は後生大事にタグを持っていたの。わたし達はみんな、敵対してる国の兵士のタグがわかるように改良されてた。自国の兵士はひっかからない。でも、敵国の兵士を見るとわかる。


 大勢のなかに知っている顔を見付けた時みたいな感覚ね。ぱっとひらめく。こつは殺さなくちゃ! って。

 わたし達はそのひらめき、直感に逆らったことはない。






 ひどい気分のひと月が終わって、十二月の初めに親友が死んだ。

 はじめて仲間を失ったの。




 チャー、怒らないでくれる?

 あなたの名前は親友からとった。彼女はチャー。もといたホームではジルと呼ばれてた。わたしと同じ名前よ。だから、別の名前をつけてよっていわれたの。ややこしいから。どちらにせよ、わたし達は仲間同士でしか名前で呼ばないから、問題ない筈だったんだけどね。彼女は多分、わたしともっと仲好くなりたいと思ってくれていたんだろう。

 わたしは彼女をチャーと名付けた。慈悲の心を持ったひとだったから。


 チャーが生きていたらと今でも思う。彼女はとても素敵なひとだった。彼女が居たら、衝突は幾らか避けられていただろうし、わたし達のトライブはもっと平和な環境にあったかもしれない。


 彼女の改良は、もとからあるものをより強くするものだった。

 彼女は刺されても撃たれても簡単には稼働停止しなかったし、普通の人間には聴こえない音でも聴こえたし、匂いにも敏感だった。その上、右手でなんだって切り裂いた。目にもとまらぬすばやさで。

 十五㎝もある鋼の板でも切り裂けるんだよ。間違いなく彼女は一番だった。彼女の切れ味は。




 わたし達はその日も、例によって例のごとく、戦闘がはじまった地域へもぐりこんだ。突然戦闘にまきこまれた市民のようなふりをして、油断している兵士をたたきのめす。それがわたし達の仕事。

 油断していない兵士は居なかった。わたし達が戦えることがわかっても、子どもは子どもだって考える。子どもが相打ち覚悟でやってきたんだと。わたし達は「改良された」子どもなのに。


 パトリックはその日の朝、部隊をみっつに分けた。激しい戦闘が行われている場所が複数あったからだと思う。わたし達が幾らか、敵の兵士を殺せば、戦況は一気にこちらの優位になる。ちょっと手を加えてあげるだけでいい。


 「こちら」がなんていう国なのかは知らない。多分アメリカだろう。

 アメリカは当時世界一の国だった。

 新鉱石とそれを利用した新エネルギーの発見以来、アフリカ諸国には大きく水をあけられていたし、日本も運よく瀬戸内海に、新鉱石が信じられないくらい埋蔵された鉱床を見付け、居丈高に同盟を反故にしてきた。

 経済は下降気味で、建国したばかりのケベックにさえ負けそうになっていたし、ネブラスカ・ウィスコンシン・アラスカで国民へ粉ミルクとチーズクラッカーを届ける筈だった軍用輸送機の事故が続いた「悪夢の三日間」から、政府は信頼を失いつつあった。

 でも国民はまだ、アメリカが世界一だって信じていた。パトリックはそういってる。


 そうね。あなたにはわからないかも。説明しておこう。国っていうのは、大きなトライブのことよ。凄く大きな家族。同じ考えを持って同じように行動する。わたし達みたいなトライブは、まだ国というには不充分なんだって。パトリックがね。

 あなたの時代にはまた、国ができているのかな?






 わたしと彼女はその日別の班になった。

 わたしは外付けの改良だ。普通は人間にない機能を付け加えられてる。パトリックもそう。彼は体の至る所に武器や兵器が埋め込まれてるし、小型の炉をふたつも体のなかに持ってる。


 夢のエネルギー源、ユニ。一九九八年にザンビアで見付かった新鉱石・ユニをつかった炉は、決して体格のよくないパトリックの体のなかに幾つもおさまるようなサイズなのに、大型の原子力発電所よりも圧倒的に多くのエネルギーを生み出す。

 旧型の改良だと核融合炉だったんだけど、事故があってからユニにかわった。わたしもそう。パトリック程のエネルギーは生み出せないけど、その三分の一くらいならなんとかなる。

 この国はなけなしのユニを軍に投入した。だから、ユニの発電所はなかったらしい。わたし達の体のなかにしか。

 ユニは人類の夢で、それは最後悪夢にかわった。






 チャーが生きている姿を見たのはその日の朝、パトリックが部隊をみっつの班に分けた時だった。チャーとはなんの話をしたっけ?

 記憶力は改良されてない。パトリックじゃあるまいし。彼はわたし達の誰よりも改良されてるし、誰よりも優れてる。大概のことは知っているし、大概のことはできる。彼は改良されていないひと達から主と呼ばれることもある。つくられた神だと彼は笑うの。


 チャーはその頃、家に帰りたいといってた。わたしは、ホームはここでしょ? って思ってた。

 彼女は「本当の」家の記憶があったみたい。多くは語らなかったけど、わたしやパトリックと違って、彼女はうまれて数年は実の親に育てられたようだった。

 ほかにもそういう子は居た。日曜には一緒に教会へ行ったんだとか、アストロズの応援にお父さんと行ったとか、そういう話をする子が。

 なかでもチャーは、その記憶がはっきりしていたみたい。

 わたしとパトリックはなんにも。まったく、なにも覚えてない。だから、親とかなんとかも、よくわからない。知らないもの。




 わたしの体には便利なアームがついている。

 単なる腕じゃないの。

 ユニを添加した金属でできたアームは、伸縮自在、普通の鋼鉄くらいじゃ決して傷付かず、銃弾だって跳ね返す。

 手入れしていれば水に触れても錆びないし、四本あるアームの先には便利な刃物やよくしなるむちなんかがついていて、いろんな用途につかえる。手入れだって面倒じゃない。せなかにあるんだけど、もしその気になればとりはずしたっていいんだし。

 寝る時にも邪魔にはならないよ。格納できるようになっているから。でも、仰向けで寝ると痛いし、後ろから心臓を圧迫される感じで、好きじゃない。わたしはいつも俯せか、横向きで寝てる。

 わたしは最初、パトリックをまもる係だった。パトリックにふたつ目の炉がとりつけられて、ユニを転用した各種兵器が彼の体をむしばむまでは。


 わたしは、改良で体が透明になるようになったマーサや、体中が毒でできているウォルター達と一緒に、目標の兵士を殲滅した。パトリックとつながっているヘザーに指令が来て、わたし達は笑いながら集合地点へ行った。

 そこには七人しか居なかった。チャーは居なかった。彼女は居なくなってしまった。永遠に。




 チャーは躊躇してしまったらしい。兵士を殺すことを。

 少し、チャーに似ているひとだったそう。パトリックが、親子は似るらしいから、チャーの親に似ていたんじゃないかっていってた。彼がそういうから、そうなんだろう。彼は慎重で、間違ったことをできるだけいわないようにしている。

 チャーは至近距離からショットガンの弾を叩きこまれ、それが運悪く炉にあたってしまった。


 旧型の核融合炉より随分安全になっているからって、炉に大きな衝撃が加わってなんでもない訳がない。チャーは稼働停止し、その場に倒れた。わたしは外付けの改良だから、炉が停まってもアームをつかえなくなって体が重くなるだけですむ。パトリックもそうだ。兵器や武器を動かせなくなり、体が重くなって、思考力が少し鈍る程度。それでも、わたし達は訓練されているから、退避することくらいはできる。

 でもチャーや、チャーみたいにもともとの機能を高める改良をされている子は、そうじゃない。炉のエネルギーに大きく依存してる。チャーは炉が停まって動けなくなった。

 その上、条件さえ整えば理論的には永久に膨大なエネルギーを生み出すユニが、ひびのはいった彼女の体からしみだしはじめていた。


 そうなったら危険だとわたし達はパパに教わっていた。


 みんなはやるべきことをやった。わたし達は訓練で、戦闘に関するすべてを体に染みつくまで教え込まれていた。とっさの時ほど、それが大きくものをいう。戦闘でとっさに人を殺せるのも、とっさに攻撃をかわせるのも、訓練のたまものだ。

 チャーと同じ班になった子達は、彼女の体からブルーベリースムージーみたいなユニがにじみだしはじめているのを見て、即座にその場を離脱した。くるっと踵を返して一度も振り向かずに全速力で逃げたのだ。




 彼らの判断は正しかった。チャーの体からしみだしたユニは空気中の二酸化炭素と反応し、結果として爆発した。彼女をショットガンで撃った兵士をまきこんで。




 わたしは逃げた彼らを責めることはできなかった。任務は終わったんだからもう帰ろうというパトリックにも、怒るつもりはなかった。

 わたしが腹をたてたのは、パパにだ。

 パパはチャーの残骸を回収することさえ考えていないようだった。わたしやパトリックが、チャーの炉はとりわけ小型だったから、それが爆発した程度ならば彼女の右腕は現場に残っている筈だと訴え、それを回収してほしいと頼んでも、彼はなにもしなかった。


 それまでは、わたし達は戦うのが普通だし、それでしか生きていくことはできないのだと思っていた。

 でもそうじゃなかった。わたし達はパパに怒り、パパに反抗することでも充分生きていけると確信した。




 パトリック、あなたには感謝してる。本当に。

 だから少しだけでいい。眠って。あなたはもう二十年も、休まず稼働してる。がたがきてるのは自分でわかってるでしょう。一度、炉の整備をしなくちゃ。大丈夫、コニーがやってくれる。その間、電力はわたしの炉でまかなえばいい。わたしだけじゃない、みんなも居る。




 二〇〇八年。人間達はあの年を「災厄の夜」と呼んでる。もしくは黙示録と。最後の審判だと。

 一部のひと達は「救済の朝」だという。

 わたし達は後者。


 二〇〇八年一月四日、ユニをつかった爆弾が世界各地に降り注いだ。

 火山灰で冷えた地球は、どこかがおかしくなったらしい。磁場が異常に荒れたのだ。その結果、どこかの国のお粗末な防衛システムが暴走した。その国は核弾頭よりもよっぽど厄介なユニ・ミサイルを沢山持っていた。ばかみたいに、ひとつじゃなく沢山。


 核弾頭の小型化はある程度のところで研究がストップしていた。だって、もっと便利でもっと小型化できるユニがあるから。


 システム・エラーは致命的なものだった。敵国がユニ・ミサイルを発射したとシステムが訴え、ばかな人間がそれを信じた。

 その結果、ミサイルは何百㎞も飛び、あらゆる場所へ降り注いだ。その国から攻撃された別の国が反撃し、地球の表面に穴ぼこを開ける愉快なゲームがはじまった。

 鉱山から掘り出されたユニは、加工されていきものを殺しながら四散し、また地中深くへ没した。

 最初に発射されたユニ・ミサイルは、「にがよもぎ」という名前だったと伝わってる。こんなにも笑えない話はない。




 わたし達はチャーの一件以来、パパに対して不信感を募らせ続けていた。

 ミサイルが雨のように降り注いでくる「おしまいの一週間」がはじまってすぐ、パパは中央政府の掌握を目論んだ。戦争に関しての会議が行われていた議事堂にも、ミサイルは撃ち込まれたのだ。大統領は死に、それを引き継ぐべきひと達もほとんどが死んだ。この辺りは、わたしは後から聴いた。

 パパは自分が国で一番になりたかった。その為には、チャーが死のうがどうしようが、関係ないのだ。

 わたし達は、パパに命令された。ひとを殺すようにと。それはタグを持っていない人間だった。敵国の兵士ではない。わたし達はそんなことしたくなかった。ううん、もう彼の為に働くのはうんざりだった。敵国の兵士だって殺したくなかった。

 パトリックは従ったふりをして、わたし達を外へつれだした。部隊の十一人だけじゃなく、ホームの子ども達の八割をつれていった。それくらいの戦力が必要になるとパパを説得して。

 そしてひとりで戻っていった。わたしは彼が心配になって、追いかけた。




 パトリック、あなたはついてくるなっていったわよね?

 あなたでもわからないことがあるのね。あなたがチャーみたいに死ぬかもしれないのに、どうして黙って送り出せるの。

 同じことがあったらわたしはまたあなたを追いかける。




 ごめんね、チャー。あなたに話しているのに。


 パトリックはシスター達や、お揃いの服を着た教官達を殺していた。わたしも加勢した。まず最初にシスター・グレイスを殺してやった。あのいやみったらしい女を。何故かって?

 ひらめいたの。直感が、彼らを殺せといった。わたしはそれに従っただけ。

 実際のところ、彼らはわたしとパトリックを攻撃していた。反撃するのは仕方ない。


 パトリックは弾切れを起こした。彼は体内の炉で銃弾に似せたエネルギー弾を生成しているのだけれど、激しい稼働状態が続くと冷却機能が強く働いて、彼の生命維持の為にエネルギー弾の生成がストップする。

 わたしのアームの出番だ。


 わたしの腕は、チャーが死んでも顔色ひとつかえなかったシスター達をくびり殺し、切り裂いた。パパをサーと呼ぶ教官達をたたきのめし、頭を潰した。銃弾からパトリックをまもりぬいた。そして、パパを殺した。

 パトリックとふたりでだ。パトリックはチャーを愛していたんだと思う。




 それから、わたし達は一緒に逃げた。ホーム内に残っていた子達もつれて。

 戦いは続いていた。ユニ・ミサイルは、数こそ減らしていたけれど、冗談みたいにきっかり七十七日間降り注いだ。結果として、すべての国がまともな活動を停止した。

 わたし達は略奪し、邪魔する者を殺し、歩き続けた。みんな、体のなかに炉があるから、エネルギー切れは起こさない。パトリックやコニーが居れば炉の整備も問題なかった。少しの空腹なら、我慢できた。


 そして、水が飲めないものに変化した。


 ユニ・ミサイルが雨あられと降り注いでいても、地下へ逃れていたひと達の幾らか、それに運がよかったひと達は無事だった。でも、どの国もミサイルを撃ちつくし、首脳陣の大半を失ってまともな国としてやっていける状態ではなくなった後、海底火山の最後の大噴火が人類にとどめを刺した。


 大陸が割れた。幾つもの島が沈み、あらたな陸地ができた。地震と津波と台風と猛吹雪が間断なく地表を覆い、破壊し尽くした。

 人間が風邪をひいたら熱を出すのと一緒で、人間を排除する為に地球の免疫が働いたんだってパトリックはいう。僕らは病原菌のようなものだと。

 地球の免疫反応だったのだとしたら、それはうまくいった。ミサイルの所為でもあるけれど、あらゆる水が汚染されて、人間はばたばた死んでいったから。




 わたしはその時、十四歳だった。パトリックもそう。コニーは十七歳。

 わたし達は全部で二十人居た。ホームをぬけだした時にはもっと居たのに、どんどん減っていたの。自分から離れていった子も居なくはないけれど、大半は、ばかみたいに資源を独占しようとする人間や、わたし達を襲う人間に殺された。

 まわりが沙漠のここなら、並みの人間は辿りつけない。だからここにした。わたし達の改良部分に砂がはいりこむのは不快だけど、安全にはかえられない。特に、ヘンリーやノースみたいなまだちいちゃな子達が居たから、わたし達は成る丈安全な場所を求めていた。

 パトリックはここに辿りついたその日に、地下にホームに似た施設を見付けて、決断した。自分以外を眠らせて、自分がこの町を整備し、水を飲める状態にするって。




 わたしは抵抗した。いやだった。目が覚めたらパトリックが居ないんじゃないかと思った。

 チャーみたいに。




 でもパトリックは譲らなかった。

 外付けの改良もされているし、体そのものの改良もされているパトリックは、めったなことじゃ死なない。毒になってしまった水もなんでもなかった。それはわたしとコニーもだけれど、毒をくらった時に備えて、大概の毒を分解できる装置が組み込まれてる。

 だったら、わたしとコニーも起きてる。そのほうが作業はきっとはやくすすむ。そういった。

 でもパトリックは、承知しなかった。自分がだめだった時にどちらかを起こすといっていた。だめでなくても、十年経ったらコニーは起きるようにしておく。それまでにはなんとかするつもりだって。

 わたしは泣いた。代謝機能は失われていない。わたし達はまだ人間だ。改良された人間。それもまた、パトリックの理論の因子だった。わたし達には生殖能力がある。彼にもあるけれど、貴重な女性を死なせる訳にいかないと彼はいった。いつかの為に。




 わたしは泣く泣く、棺にはいった。

 棺、とわたし達が呼んでいるものだ。ばけつにそっくりの形をしているから、みんなそこにはいる前にはふざけて蹴っ飛ばしていた。その時にはもう、みんなふざける元気もなかったけど。

 それにはいって、炉を棺に同期させ、その上で低機能モードにきりかえると、わたし達はそのなかで安全に眠ることができる。二年も三年も、十年だって、そのまま眠っていられる。眠ったまま死んでしまうか、誰かがばけつを蹴っ飛ばすまで。

 いやないいかただけど、これは本当。設定した時間が来るか、外から大きな衝撃をうけると、蓋が開くようになってるの。


 蓋を閉めてくれたのはパトリックとコニーだった。わたしは体内の炉と棺を同期させ、低機能モードにした。パトリックは棺のタイマーを触っていた。






 そして、二ヶ月前にわたしは目を覚ました。たった今眠りにはいったつもりで。


 ここは様変わりしてた。相変わらずまわりは砂だらけだけど、沢山の人間が住んでる。植物も増えていた。改良されていない人間が、パトリックの炉から電力を得て、その電力で綺麗な水を得て、植物を育てて日々の糧にし、暮らしている。

 彼らはいつの間にか集まってきたんだって。自分達に危害を加えようとしないから、働いてもらっているとパトリックはいう。

 そう、パトリックは背が伸びていた。自分で改良したんだ。本当は、兵器や武器の位置の為に、身長は伸びないように改良されていた。ずっと子どものままでいるように。

 でもパトリックはそれを反対にした。一番活動しやすいくらいまで体を成長させて、また停めた。兵器や武器の位置もちゃんと調整した。

 わたしは十五年の間、わずかに成長していたみたい。髪が少しだけ伸びていて、目を覚まして三日後にコニーに切ってもらった。ピンクの髪。今はもうめずらしくない。

 災厄の夜からこちら、異常な磁場やユニ・ミサイルの残したものが人間達に影響し続けている。赤ん坊達は水色や緑色の髪をしていることがめずらしくない。人間はそれでも繁殖している。




 わたし達を改良した人間には慣れない。




 彼らがパパではないことも、多分パパの仲間でもないことも、理解してる。なにも知らなかったひと達だろう。なにも知らず、唐突に戦争がはじまって、怯えていたひと達。自分達の国が世界一だと信じて疑わなかったひと達。

 でも、わたしは改良されていない人間は信用できないし、苦手だ。パトリックが彼らを庇護しているから仕方ないけれど、わたしは彼らと関わりたくない。味方にもなりたくないし、対立もしたくないってこと。


 現にそういう、改良されていない人間達のトライブが、わたし達のトライブを攻撃してくることがある。だから尚更、信用できない。わたし達は改良されていない人間をまもって戦う。彼らが戦争をひきおこすような社会を築いたのに。彼らが子どもを改良して戦わせるような政府にしたのに。彼らがチャーを殺したのに。






 チャー、もっと沢山あなたと話したい。あなたの声が聴こえてくるみたいだわ。わたしの言葉に対して、そうなのジル? とか、それは凄いじゃないジル、なんていってくれているような気がする。

 でも疲れたみたい。

 続きは今度にしよう。わたしの炉が停まるまで、わたしの体が動かなくなるまでは、書き続けるよ。

 今度は、わたし達がここに落ち着くまでの話をしようか。メアリ・アンが誘拐されてわたし達が助けに行ったこと、モンタギューが改良されていない女の子を好きになって彼女の為に仲間をぬけたこと、茶色のスカートがわたしのお気にいりになったこと、ロビンとヴィクが途中で結婚したこと、決死の覚悟で沙漠へ這入っていったこと、チャーの右腕をさがしにいったこと。もっともっといろんなことがあった。

 そう、ホーム時代のこともまだまだある。わたしの名前はパトリックがつけた。彼はその時昔の殺人鬼についての本を読んでたの。チャーがジルと呼ばれていたのもそれが由来だったんだろう。彼女はなんだって切り裂けたから。

 パトリックの名前は、わたしがつけた。由来はないしょ。パトリックとわたしだけの秘密。

 もしかしたら、あなたにはいつか教えてあげるかもね。


 続きは明日ね。また会いましょう、チャー。主に感謝して、このデータを読める端末が残っていますように。誰かに読んでもらいたい。わたし達が生まれたのがどうしてかを考えてほしい。救済の朝の本当の姿を知ってもらいたい。

 わたし達が自由を勝ちとった年のことを。






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[良い点] 退廃した近未来な世界観も大好物な自分にとっては、嗜好にぶっ刺さる作品でございました。(-ω-*) 自分もよく「過去に大きな戦争とかがあって、生き残った人類がボロボロになった世界でたくましく…
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