7.種
店に帰ってから、二階の自室に上がり、英の手紙を広げる。はがき同様に落ち着いた状態で書かれたものではないらしく、字の大きさはばらばら、文章も乱れていて読みづらい。何度か読み直してようやく内容を把握することができた。
英はあの赤い花の咲く場所から蕾だった白い花を持ち帰ったようだ。その後天嶺に忠告を受けたが、処分する前に花が咲き、そのままずるずると花が枯れるまでそばに置いていた。そして花はなぜか英を食べないまま枯れてしまった、と。だから白いままの花びらがあったのかと納得する。花が知っている女性に化けたということや、月の光がないと化けられないという考察はとても興味深い。少女が英を食べることを拒んだということも。
「花にも、心があるのかな」
英が少女に惹かれて食べられてもいいと思ったように、花も英を食べないで枯れてしまってもいいと思ったのだろうか。そう独り言をつぶやいて、そんなことを思いついてしまった自分に天嶺は呆れる。
結局、自分の忠告は役に立たなかった。その上、祖母の言いつけを破ってまであの場所に行ったのに、手遅れだった。何もできなかったくせに、少しでも救いのある結末を想像して自分を納得させようとするのは傲慢にすぎる。
それにもし白い花に心があったとして、英のために枯れることを選んだのだとしたら、そちらのほうがよほど報われないではないか。
英は自分の好いた少女ではなく、赤い花に食べられてしまったのだから。
手紙と花びらはあの花について書かれた本に挟んでおくことにした。
後味の悪い結末に、気分を変えようと外食することに決めた。
天嶺は普段は自炊しているのだが、今日はそんな気力もない。騒がしい場所は苦手だが、今日に限っては人がいるほうが気がまぎれるだろう。
「天嶺、今日はどっか行ってたのか。店が閉まってたけど」
夕食は商店街の中にある食堂『萩』で食べようと思って行く途中で、中野にはち合わせした。保冷ボックスを肩から掛けているので、配達の帰りらしい。
「ああ、ちょっと野暮用があって。なにかあった?」
「たいした用じゃない。回覧板取りに行ったのにいなかったからさ」
「あ、ごめん。忘れてたよ。とってくる」
天嶺の店は一人でやっているので、店を閉めてから回覧板を回すことになる。中野はそのことを知っているので、配達に余裕があるときはわざわざ店にとりに寄ってくれるのだ。玄関を出たばかりだったので引き返し、バインダーをとってきて渡す。
「背中、何かついてるぞ」
そういって中野は天嶺の背中を強めに何度かはたいた。山の中をずいぶん歩いたから、葉っぱでもついていたのだろうか。
「よし、取れた」
「ありがとう」
天嶺はそのまま中野と別れ、今度こそ食堂に向かって歩き出す。
天嶺の背中から落ちたのは数粒の種だった。風は止んでいたが、種はころころと転がって移動していく。しかし、誰もそれに気づくことはなかった。