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花に恋う  作者: 日次立樹
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2.同窓会

 大型連休の初日、十年ぶりに高校の同窓会があるというので地元へ帰ってきた。駅のホームに到着し、人の多さに面食らう。

 田んぼばかりのほのぼのとした田舎町はどこへ行ったのか。数年前に建て替えられた駅舎は司郎を見知らぬ場所へ迷い込んだ気分にさせた。駅前にはでかい案内板なんかも設置されていて、すっかりいっぱしの観光地の顔をしている。待合室に置かれていたパンフレットを見れば、子供たちの遊び場になっていた神社が観光スポットとして紹介されていた。

 故郷というものはずっと同じ顔で出迎えるのだと思い込んでいたから、司郎はひそかに落胆した。人も建物も知らないものばかりだ。


 同窓会までには時間があるから、商店街でもぶらつこうかと足を向けた。観光客に混じって物珍しげに周囲を見回す。すると新しいと思った建物が実は壁を塗り替えただけであったり、商店街の若い店員が顔なじみの店主の孫であるということに気づいた。この場所がたしかに自分の知る過去と地続きの未来であることを確信すれば、迷い子のような不安はすこしだけ薄らいだ。


「あれ、もしかしてエイちゃんじゃないか」

 そう声をあげた男は緑のエプロンをつけていて、あきらかに観光客ではなさそうだった。壁際に男女四人でかたまって立ち話をしていたうちの一人だ。司郎をエイちゃんと呼んだことから同級生の誰かだろうとわかった。こちらに駆け寄ってくる彼を追いかけ、先ほどまで彼と話をしていた三人も司郎に近づいてくる。


「俺だよ、俺」

 そういって指さす顔には見たような面影があるし、声も知っている。しかし名前は出てこない。

「マサ、それじゃオレオレ詐欺みたいだろ」

 もう一人の男が突っ込みを入れ、マサ、というあだ名でようやく思い当たる。


「武井か? 野球部の」

「そうそう」

 以前は丸刈りだった頭に毛が揃っている。くせ毛なのか気をつかっていないだけなのか、ところどころ跳ねた髪はやんちゃそうな印象を与え、高校時代の生真面目な彼とは重ならなかった。

「俺はわかる?」

「中野だろ。全然変わってないな、お前」

 こちらは全く顔が変わっていないうえに、着ているシャツの胸元に中野豆腐店という縫い取りがあったのですぐに分かった。変化といえば多少太ったぐらいだろう。武井正樹、中野裕也、そしてあとの二人も商店街に実家があり地元を離れなかった『残留組』のようだ。


「えっと、あとは……萩原と、小沢だな」

 二人とも高校時代は学年中の男子の人気を集めた美少女だったのでよく覚えている。活発で健康的な萩原皐と清楚でおとなしい小沢恵梨香は正反対のタイプだが幼馴染ということで仲が良かった。萩原は食堂の、小沢は本屋の娘だったはずだ。


「よくわかったね。私は変わったほうだと思うんだけど」

 少し残念、という顔で小首をかしげたのは小沢だ。十年前は真っ黒な髪を三つ編みにして眼鏡をかけた物静かな少女だった。司郎は彼女を好きだと思ったこともあったが、華奢で色白な彼女は下手に触れると傷つけてしまいそうで、司郎は声すらかけられなかった。淡い初恋の思い出というやつだ。

 小沢の髪は暗めの茶色に染められ、三つ編みは活動的なポニーテールに、メガネはコンタクトになり、細かった腕は本屋という仕事のせいかしっかり筋肉がついて太くなっている。本人の言うとおり、まるきり印象が変わっていた。身長も伸びて、同級生とわからずに会っていたら気づかなかったに違いない。


「萩原はもう結婚したのか?」

「そうそう。お婿に来てもらったから苗字は変わってないけどね」

 萩原の指には指輪があった。

 聞いてみると、四人中、武井以外は既婚者だった。萩原には子供もいるらしい。四歳になったばかりだという娘の写真を自慢げに見せられた。


 そういう話を聞くと、もう十年たったのだなあ、と思うし、まだ十年しかたっていないのに、とも感じる。十年で自分も変わりそれなりに成長したと自負していたのだが、司郎の知らない故郷の話を聞くと自分だけが高校生で時間が止まってしまったかのようだ。記憶喪失やタイムスリップというのはこういう感覚なのだろうか。


「これから天嶺んとこでゼロ次会するんだけど、英もこないか」

 中野が菓子や飲み物が入っているらしいビニール袋を掲げる。天嶺というのは高校の同級生の一人だ。司郎とは親しかった覚えはない。といっても、天嶺は少し変わっていたがおとなしい生徒で、中野や武井とも特別交流はなかったように思う。しかし同窓会の受付時間まではどこか適当にぶらつこうと思っていたので、ゼロ次会とやらに異論はない。四人について天嶺の店に向かった。



 『まじない屋あまね』という看板の前で四人は足を止める。看板には白い狐の面が描かれている。店の前には見覚えのない焼き物の狐が二匹向かい合って座っていた。以前は天嶺の祖母がやっていた店だが、数年前に継いだらしいということを武井が言った。


「よう、天嶺。一人増えたんだけどいいか」

 カウンターで本を読んでいた人物が顔を上げる。細面に釣り目、それから薄い唇。店の前にあった狐によく似ている。困っていない時でも困ったように眉を下げて笑う顔は記憶に残っていたとおりだ。


「もちろんいいよ。俺は場所を提供するだけだし。久しぶり、英」

 親しげに話しかけながら、司郎のことを英と呼んだ。高校時代、司郎は天嶺のこのよそよそしさが苦手だったのだ。ほかの同級生は司郎のことをあだ名で呼ぶのに、天嶺だけはかたくなに苗字で呼ぶ。誰に対してもそれは変わらず、あだ名どころか誰かを下の名前で呼ぶのを聞いたこともなかった。


「少し英と話がしたいから、中野たちは先に二階に行っててくれる? 奥の和室を開けておいたから」

「りょーかい」

 天嶺の言葉に軽く手を挙げて答え、四人はカウンターの中にある階段を上がってしまう。取り残された司郎はぐるりと店内を見渡した。

 実は司郎はこの店に入るのは初めてで、こうしてみても天嶺の祖母がやっていたときと何か変わったのかどうかすらわからなかった。看板にはまじない屋とあったが、商品として棚に並んでいるのは観光客向きのご当地ストラップや天然石のブレスレットなどだ。カウンターに手書きで「占いします」と料金が書かれた紙が貼られているのを除けば他のみやげ物屋と大差ないように見えた。


「天嶺、話ってなに」

 引き留めたくせになかなか話しだそうとしない天嶺を促すと、彼はためらいがちに口を開いた。

「あのさ、英、最近なにか花と縁があったんじゃないか。できれば、話を聞かせてほしいんだけど」

 最近、なにか。曖昧な言い方だったが、司郎には心当たりがあった。しかし、なぜあの花のことを天嶺が知っているのだろう。司郎は一人暮らしだし、あの花のことは誰にも言っていなかった。


「なんでそんな事知ってるんだ」

「甘い花の匂いがするよ。えっと、あまりよくない感じがするから、心配で」


 天嶺はすん、と匂いを嗅いでから顔をしかめる。

 甘い匂い、というのは司郎にはわからなかった。天嶺以外に指摘されたこともないし、誰も気付いているようなそぶりはなかった。あまりよくない感じ、というのも感覚的過ぎて理解できない。

 天嶺が変わっている、というのはこういうところだ。普通の奴にはわからないことを言う。同級生の間でもこいつは霊感があるんじゃないか、とひそかに噂になっていた。


「花を育ててるんだ。まだ蕾で、甘い匂いっていうのはよくわからないけど」

「どんな花なのかな」

「どんな花っていわれても」

 聞かれても、司郎は花には詳しくない。せいぜいチューリップやひまわり、朝顔といったものがわかるだけだ。桜と梅の区別すらあやしい。

 そう答えると、天嶺は先程カウンターに置いた本を広げ、この中に似ているものがないかと問う。

 本といっても、手書きのページを綴じたもののようだ。それはかなり古いものらしく、ざらついた紙は黄ばんでいる。あちこちに染みや虫食いがあった。乱暴に取り扱ったら紙が破れてしまいそうだった。

 どんな内容の本だろうと気にはなったが筆で書かれた文字はミミズがのたくったようにしか見えず、司郎に読み解くことはできなかった。ところどころにある絵だけを追っていく。人間の顔のついた花や動物の体に絡みつく植物の絵などがあって、かなり不気味だ。


「あ、こんな感じのやつ。葉っぱが地面に広がってて、真ん中の茎の先に白い蕾がついてた」

 本のなかばあたりでそれらしい絵を見つけた。長い葉が何枚もうねって放射状に伸びて地面を覆い、中央から細く伸びた茎の先に一つだけついた花が重たげに首を垂れている。細い花弁が重なりあい、内側のものは中へゆるく丸まっている。絵の横に月下美人ノ様、と漢字で書き添えられていた。ここだけ後で加えられたものらしく字が違った。


 司郎が示した絵を見て、天嶺は下がっていた眉をますます斜めにする。

「まだ蕾だっていってたね。それ、花が咲く前に手放したほうがいいよ。燃やすか、人が寄り付かないところに捨てるか」

「なんでだ」

「……上に行こう。中野たちをあんまり待たせるのは悪いからね」

 天嶺は視線をそらし、下手なごまかしで司郎の疑問には答えないまま、本を片付けて立ち上がる。思わせぶりなことを言っておいて、説明する気はないらしい。ため息をついて、天嶺の後に続いた。


 酒は持ち込んでいないようだが、四人はジュースと菓子だけですっかり盛り上がっていた。まるで学生時代に放課後友人宅に押しかけてたむろしていた時みたいなノリだ。

 天嶺が武井の隣に腰を下ろしたため、司郎は萩原の左隣に座った。中野、武井、天嶺と、小沢、萩原、司郎の三対三で向かい合う形になった。

 司郎のこの位置だと、萩原の指にはまった指輪がよく見える。彼女の手は水仕事のせいで荒れ、火傷や切り傷の跡があった。


 以前司郎の自宅で彼女に昼食を作ってもらったことを思い出す。あれは高校三年の夏だった。両親が旅行に行って家に一人だったので、当時付き合っていた彼女を家に呼んだのだ。エアコンが壊れていて、二人とも暑い暑いと言いながらチャーハンを食べた。

 司郎と萩原が付き合っていたのは半年程度だ。萩原から告白されてなんとなく付き合い始めたが、司郎が進学し地元を離れると、次第に会うこともなくなり自然消滅した。


 萩原は司郎に未練はないのだろうか。ないのだろうな。司郎は自分がそれほどいい男だったとは思わないし、こちらだって彼女に未練などない。萩原が司郎に告白してきたのだって、おそらく司郎が進学してここを離れることが決まっていたからだった。一人娘で地元を離れられない萩原は外に出ていくことに憧れていたのだろう。


 萩原が結婚して子供までいると聞いて驚いたが、それはそれ。商店街の住人たちは結婚をして一人前という風潮もあり、珍しいことではない。白いエプロンの後ろ姿を、司郎は脳裏から追い出そうと努めた。胸の奥でちりちりと焦げているのは恋の残りかすではなくて、順調に家庭を築いている彼女に対して、司郎には恋人すらいないことへの焦りだろう。そう分析して、司郎はサイダーで唇を湿らせた。


 天嶺は酒と大勢で騒ぐのが苦手なので同窓会には参加しないつもりらしい。せっかくの同窓会なのに同級生と旧交を温めないなんて、と中野が言い出して、このゼロ次会をすることになったのだと小沢が説明する。地元組だけならいつでも集まれるから、駅前でだれか捕まえようと待ち構えていて、初めに見つけたのが司郎だったようだ。天嶺と中野たちの繋がりは商店街仲間ということだったのかと納得した。


 司郎以外の五人は最近の商店街の話で盛り上がっている。観光客が増えたことで活気づいたということなので、司郎が寂しく思った故郷の変化というものは、彼らにとってはいいものなのだろう。

 彼らの話に適当に相槌を打ちながら聞き流していると、部屋にあった古風な時計が鳴った。ボーン、と鈍く低い音が五回繰り返される。


「あれ、もうこんな時間」

 同窓会の開始は午後五時半からだったはずだ。天音の店から会場までは徒歩で十五分ほどかかる。小沢の声に全員慌ただしく片づけをはじめた。

「あとは俺がやるからいいよ。同窓会、楽しんで」

 天嶺のその言葉に、四人はそれぞれ彼に声をかけて下へ降りていく。司郎も続こうとすると、天嶺に行く手を遮られた。天嶺は誰もいない室内を見回して軽く頷き、内緒ごとのように司郎の耳に手をあてて囁く。

「さっきの、花のことだけど。もし花が咲いても、絶対に応えないで」

 だからどういう意味だ、と天嶺を睨む。何かあるなら言えばいいのに。天嶺はまたへにゃりと眉を下げたが、その口はへの字になっていた。



 同窓会が始まっても、二つの忠告が司郎の頭の中を回っていた。花を捨てること。もし咲いても、応えないこと。一つ目はまだわかる。毒があるとか、栽培が禁止されているとか、そういうものだったりしたら、処分するように言うのは何もおかしくない。だが、花に応えるな、というのはどういう意味だろう。花が何か要求してくるとでもいうのか。水やりとか、肥料とか。そんな馬鹿な話があるか。


 司郎が考えこんでいると、会場の入り口のあたりでわっと声が上がる。

 人だかりの中心には藤堂葵がいた。司郎はあまり詳しくないが、女優になったとかで、テレビに出ているのを見かけたことがある。学生時代はそう目立つ生徒ではなかったが、今はまるで別人のようだ。口元のほくろだけが当時と変わらない。同級生の中で今一番の有名人といえば彼女に違いないだろう。大勢に注目されているのに全く動じない姿は自信に溢れていた。


「エイちゃん、飲んでるか」

 壁際でぼんやりと人だかりを眺めていると、中野がグラスを手に寄ってきた。だいぶ飲んでいるようだ。

「そこそこにな。でも酒より人に酔いそう」

 来ないやつもいるとはいえ一学年ぶん、百人以上が集まるのだ、会場は熱気がこもっていた。気休めに近くにあった窓を開けて窓枠に寄り掛かる。中野も同じように窓を開けた。ぬるい風だが、ないよりはましだ。


「エイちゃん、天嶺になんか言われただろ」

 中野の口から店でのことが話題になる。さっさと二階へ行ってしまったし、そのあと何も言われなかったので気にしていないのだと思っていた。

「ん。何がしたいのかよくわからなかったけどな」

「あいつ、昔っから霊感あるとか噂になってたろ。商店街の奴らは皆信じてる。俺は信じてなかったけど、いろいろあって信じざるを得なくなった。悪いことは言わないからあいつの忠告は聞いておけ」


 確かに天嶺は変わっている。しかしそれを霊感だのなんだのと安易に片づけてしまうのはどうなのか。ばかばかしい、と笑い飛ばしてしまいたかったが、中野は真剣な顔をしていた。昔は迷信だの心霊現象だの、そういったものは信じないと豪語するタイプだったというのに。


「いろいろってなんだよ」

「いろいろはいろいろだよ。やばいからこれ以上は言わない。でも、ほんとにあいつの言うことは聞いておいたほうがいい」


 いいか、俺は言ったからな、と念押しして中野は離れていった。

 窓の外に頭を出してぬるい風に吹かれる。天嶺と中野、二人して司郎をからかっているのだろうか。天嶺はよくわからないが、中野はこうした冗談に乗って人を笑うような男ではなかったはずだ。

 ふわりと甘い香りを嗅いだ気がして、腕に顔を近づけて匂いをたしかめる。使っている柔軟剤の石鹸のような匂いしかしなかった。


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