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1.3 呪師モモゾノの力

夢の中なのに目の前に世界が広がらない、という状況はあまり楽しくなく、私はこのナカメグローの異人との会話を切り上げようかと思い始めていた。


― それで、あなたの申し出に対する私の答えは自明だと思うけど、ほかに何か要件はあるのかしら。


― え、待って、待ってよう。あのね、私には切り札があるの。これを知ったら、きっとマリアンヌ様も納得してくれると思う。


― 切り札を切る前に自分から明かすのは珍しいわね。


― うう、手加減して・・・もっと優しくして。


ナカメグローの社会がどうなっているのか想像はつかないけれど、この声の持ち主は家宰も社交もしっかりできそうにない。暮らし向きには不自由していないと言っていたけれど、たとえ名家に生まれても嫁ぎ先に困ったでしょうね。


― いいから切り札とやらを切ってみたらいかが?このままだと埒が明かないわ。


― う、うん。あのね、驚かないで聞いてね、このままだとマリアンヌ様は2年後に断罪されてしまうの。私と入れ替わってくれれば、私が立ち回って、なんとかしてあげる。入れ替わるのはその間だけだから。


― せっかく違う夢だと思っていたのに、あなたまでその話題を出すのね。


― え?もう知っているの?予知夢ってやつ?


結局は違う版の同じ夢だったのかしら。ブランディを飲んだだけでは断罪の夢から逃げられないのね。映像がないだけ曖昧でいいけれど、起きたら内容は忘れられるかしら。


私は早くも夢から覚めたい気持ちになってしまっていた。


― 断罪の予知夢に苦しまされているのは確かよ、それは認めましょう。でも話を聞いている限りでは教養も鋭敏さもないあなたに任せても状況が改善する見込みがないわ。


― そんなひどいこと言わなくても・・・でもね、マリアンヌ様の性格は、王子とこれから現れる男爵令嬢との組み合わせに、相性がどうしても悪いの。


― それは分かっていてよ。でもそのために、誇りも自我も捨てるというのは本末転倒だわ。私にも公爵令嬢としてのプライドがあってよ。ましてや身代わりがあなたみたいなナカメグローの蛮族だなんて、家門に傷がついてしまうわ。


― ナカメグロは文明的だってば!でもその高いプライドで、マリアンヌ様の周りの人達も不幸になっちゃうんだよ。


異邦人はこの夢で初めてそれなりに鋭い指摘をしてきた。確かに私自身の自己満足で修道院に入ったとして、弟や両親に害が及ばないかは心配で、夢では何度かそれを匂わす描写もあった。


― しかしながら、あなたが暗躍してあの男爵令嬢を妾に落とし込んだところで、結局私は幸せにはなれないわ。そしてあなたの築いた凡庸な令嬢としての評判を私が引き継いで、お飾りの王妃と笑われながら愛のない一生を送るのよ?


― 大丈夫、私実はね、王子と男爵令嬢のことをよく知っているの。内面も。私の頭はぱっとしないけど、我慢だけはできると思うんだ。うまく立ち回って、男爵令嬢を他の貴公子と引き合わせて、タイミングを見計らってマリアンヌ様ができるだけ幸せになるように、なんとかするから。


なんとかする、なんて意味のない約束を信じる気はないけど、今までの夢を思い出すと、あの男爵令嬢が他の貴公子とペアになるところは確かに想像ができた。今の私の正面突破の戦略よりも有効そうにも思える。


― あなたの目論見はよくわかりました。でも、王子をよく分かっているですって?どんな情報源が城内にあるのか知りませんけど、長年王子と接してきた私が一番よく分かっているわ。


― 王子の右肩に古傷があるでしょう?マリアンヌ様を猟犬からかばったときの。それと、王子は素朴なチーズケーキが好きだけど、マリアンヌ様の意向で誕生日にはもっと豪華なケーキを用意しているよね。


― ・・・・・・


どちらもごく近親の者しかしらないはず。このナカメグローの異邦人は超能力者か何かだと思う。


― なるほど、他人の未来も見えるのかしら。情報だけはあるようね。でもあなたが今の調子でおどおどし始めたら、怪しまれて何かを始める前に田舎で静養させられるわ。


― 大丈夫。私、実はマリアンヌ様の大ファンなの。マリアンヌ様自身の高貴さは再現できなくても、設定は全部覚えているし、できるだけ頑張るから。


― 「がんばる」、「なんとかする」、なんてさっきから頼りないけれど、私に入れ替われと無理な要求をしているという自覚はあるのかしら?王子との仲を取り持ってもらえても、私の評判が地に落ちるかもしれないのよ?家族がどう思うかしら。


― うーん、マリアンヌ様自身は優秀だけど、ご実家はマリアンヌさんがレディでいる限りは気にしないでしょう?私も淑女でいることならできるし、マリアンヌ様の直言や「賢すぎる」ところはご家族もあまりよく思っていないよね。


― それもそうね。


このナカメグローの呪師は私の置かれた状況をつぶさに把握していた。


少し不気味ではあるけれど、こうして客観的に見られる人に任せるというのもまた一興かもしれない。今のように不安に苛まれつつ奈落に落ちていくよりも。


私は真剣に彼女の提案を考え始めていた。

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