1.2 ナカメグローの異邦人
― モシモシ、聞こえますか?
ここは夢の中かしら。頭に直接響くように誰かの声が聞こえる。なぜか何も見えなくて、音だけ響いている。
いつもの夢とは違うだけ、まだ良いかもしれない。
― 聞こえるけれど、「モシモシ」とは何のことかしら。
― えっ?デンワをするときに・・・そっか、デンワがないんだね。今は夢の中で話しているから、なんて挨拶するといいんだろう・・・
私に話しかけている自覚があるのかどうか。一人でしどろもどろになる声は、妙に自身がなさそうに聞こえる。
― なにやらとても馴れ馴れしく要領を得ない話し方をされていらっしゃるけど、どちらさまなのかしら。
― あっ、ごめんなさい。私、モモゾノ・マリっていうの。
― マリー家など聞いたことがありませんけど、どちらの土地の方かしら。
― 違うの、モモゾノが名字で、マリは下の名前。モモゾノ家はマリアンヌ様のおうちほど名門ではないけど、ナカメグロに家があるの。
相手は私のことを知っているようだけれど、領地も家名も聞いたことがなかった。
― ナカメグロー?異国風の名前ね。
― そうね、異国って言えば異国かも。それにしても、急に知らない人に話しかけられた割には落ち着いているね、マリアンヌ様。
― 近頃おかしな夢ばかり見ていたから、これくらいなんでもないわ。
でも少しだけ飽きてきた。あまりおしゃべりを楽しめそうな、機知に富んだ相手ではなさそうね。
ー それで、要件は何なのかしら。
― えっと、これは夢だけど夢じゃなくてね。提案、というかお願いがあって、マリアンヌ様にお話することにしたの。
― ようやく本題にはいったのね。手短にまとめて頂戴。
― えっとね、私と入れ替わってほしいの。それがマリアンヌ様を救うためにもなるし、私も助かるの。
何を言い出すのかしら、この異邦人は。
― 私に家族や婚約者を捨てて、不毛の地ナカメグローを開拓せよとでも言うつもりかしら。
― 違うよう!ナカメグロは繁栄してると思うし、住みたい街ランキングでいつもベストテンに入っているよ?モモゾノ家はマリアンヌ様の家と比べたら使用人も少ないけど、暮らしに不自由はしないと思うの。
― 誰のランキングか存じませんけど、そもそも騒々しい街の暮らしは衛生環境の心配もあるので、私の屋敷の方がずっといいわ。使用人も減ってしまうだなんて、あなたの提案には先程から何も魅力を感じないわ。
― え、そんな・・・
夢の中なら入れ替わってみてもいいかしらと一瞬だけ考えたけれど、そんな辺境の地に飛ばされるのも気が進まずに、私は様子見を決め込んだ。