1.1 見たくない夢
その日は早く眠りにつきたくて仕方がなかった。髪をまとめ終わると、私はメイドを呼ぶ鈴をならした。
「マリアンヌ様、お茶をお持ちしますか、ブランディにいたしますか。」
ここ数日答えは決まっていた。
「ブランディを頂戴。」
「はい、只今お持ちいたします。」
部屋を出るメイドを目で追いながらため息をつく。ここ数日、床につく度に憂鬱になっていた。
昔から、妙に鮮明な悪い夢を見ることがよくあった。私が男爵令嬢をいじめ抜いた末、舞踏会で皆の前で糾弾され、王子との婚約を破棄され、修道院に一人寂しくおさまり、短い生涯を終えてしまう夢。
そのうち序盤のいくつかの要素が現実になり始めて、私は焦っていた。この頃王子が私を見る目はまさに夢の中のそれだった。夢の中で男爵令嬢へのいじめに加担をしながら最後には私を見捨てる令嬢たちは、最近私に近づいてきている。
でも夢の中の出来事を繰り返すまいとしても、どうしても空回りしてしまう。私の性格なのだと思う。婚約者である王子に対して、避けることも卑屈になることも私のプライドがどうしても許さない。夢の中でとった判断を思わずなぞって、悪い方向に転がっていく。
このまま私らしさに固執して、没落していく運命なのかしら。でも夢に怯えて私らしくない選択をして、王子が男爵令嬢に色目を使うのを懸命に耐え忍んだところで、どう転んでも幸せな将来が見えてこない。結局夢に見たのは未来であって、私自身の力の及ばないものなのかしら。
ドアが静かに開いて、カートを押したメイドが入ってきた。
「ブランディをお持ちしました。」
「ありがとう。下がっていいわ。」
ブランディを飲むと夢があまり鮮明ではなくて、起きたときに悩まされずに済むことに、最近気づいていた。
鮮明な夢を見て対策を講じるべきなのかもしれない。確かに未来に怯えて直視しないのは私の性に合わない。でも眠っているときくらいは力が抜けないと、公爵令嬢に恥じない堂々とした居住まいが保てなくなる。
「もう何周もしたし、嫌というほど覚えているわ。今更うなされなくてもいいと思うの。」
自分に言い聞かせるように独り言をいってブランディをあおると、私は無理矢理に芽をつぶってベッドに横になった。