第12話
カール・ヘイツ子爵が治めるアルデン街の城塞とは、現代日本で言うと、行政を司る役所、裁判所、警察署等を一纏めにして、さらに魔物や他国の侵略を想定し、頑強な砦としても機能するように建造された街の中心にある城に近い建物である。
その城塞の窓もない一室に半ば閉じ込められた状態のセリカちゃんは、貴族の子供が着る衣装に着替えさせられ、ヘイツ子爵の長女であるレイラの話し相手になっていた。
レイラは、セリカちゃんと同じ7歳。父親譲りの優しい印象を与える眉毛と目尻は、セリカちゃんの緊張感の緩和にも役に立っている。また職業がレアな『軍師』ということもあり、『指揮』という相手の思考を誘導するスキルも、マナー違反にならない程度に使用し、女の子同士、話を弾ませていた。
「そう大変だったのね。でも、いろいろな人から…諦めと覚悟を諭されているのでは?」
「諦めと覚悟ですか?」
「はい。私で例えるならば、生まれる前…まだ母親の子宮にさえいないときから、名は伏せてきおきますが…ある伯爵の下で…お父様と同じようにある小都市を治める子爵との婚姻が決まっていましたの」
セリカちゃんは、驚き…つい護衛のために扉の前に立つエレリックス隊長に目を向けてしまう。エレリックス隊長は、目を閉じながら軽く頷いた。
「それも…本妻ではなく妾です…。一体、私の旦那様は…お幾つなのでしょうね」
農家であるセリカちゃんには、難しい話である。しかし、レイラは事実を知ると飛び跳ねるように驚く、セリカちゃんへ面白がって、ついつい…いらぬことまで教えてしまっている。顔を真っ赤にして、お茶を飲むセリカちゃん。
「つまり、何が幸せか…。夢を掴み取り、真実を知った上で、それでも努力できるか…ということです。あなたも聖女に憧れたのではないのですか? 聖女は政治にりようされ、助けられる人も助けられず、多くの屍の上で輝く…儚い存在です。どうですか? 考えもしなかったでしょう?」
「はい…。考えたこともありませんでした」
「でしょうね。私でさえ…。嫁いだ先でどれほどの苦痛を味わうのか…想像も出来ません。私は…一体…何のために生まれてきたのでしょうか?
毎日、毎日、狂いそうになるまで悩みました。
ですが、私が犠牲になることで、多くの人達が笑ってくらせるということを…ある人に教えて頂き…気持ちが楽になったのです。
それに…このアルデンにも、生きたくても…何も口に出来ずに、死んでいく…同じ年齢の子供たちもいるのです。
我儘を言うわけにはいきません」
ニコッと寂しそうに笑うレイラ。
「それは…どういう?」
「一言で言うのは難しいです。例えば、内乱が避けられたり…街と街で流通が新たに生まれる…でしょうか?」
同じ7歳の少女が、諦めと覚悟の境地に達していることに悔しさと驚きと敬意を抱いた。
「ねぇ。セリカ。お願いがあるの…。お友達になって…くれませんか?」
「も、勿論です!! こ、こちらこそお願いします!!」
勇者になったセリカちゃんを真に理解できる友達は周囲にいない。レイラに引き合わせたヘイツ子爵とエレリックス隊長の思惑が功を奏したのだ。