話す割引券
4人が降り立ったのは、巨大な岩窟だらけの世界だった。目の前に、岩でできた塔が二本、立っている。人工的ではなく、地面から生えてきた木が岩になったような、自然な形だ。塔の脇からは岩石の山が連なり、浜辺で作った砂山が大きくなったような景色が続いている。二本の塔の間をくぐり抜けると、岩石でできた街が広がっていた。
岩窟をくり抜いて造られた家からは、窓代わりの穴から灯りがこぼれている。その灯りは周りの岩に囲まれ、大切に守られているようにも見える。また住処にならない岩も、自然にできたであろう穴から動物が出入りをしたり、オブジェになっていたりで、町に溶け込んでいる。後方には平らな岩が防波堤のように街を囲み、その上にひときわ高い山が見える。火山だろうか、単なる山だろうか。遠くからではよくわからないが、この岩だらけの町の様子に、4人はただ息を呑むだけだった。
全く不思議な夢だった。夢というものは、整合性がなく、朝起きると大半が忘れているものだ。一生懸命思い出そうとしても、ワンシーンやイメージくらいのもので、覚えておく意味のないものだ。しかし今日の夢は違った。確かに不思議な出来事はあったが、一連の流れがあったし、岩石に触れた感触も残っている。誰が何を言っているかも鮮明に覚えていて、実際に起こったことのようだった。
「ケン、宿題を出して」
マナが宿題を集めにきた。夢の登場人物なので、ずっと一緒にいたような気になったまま、宿題を手渡すと、マナもまたケンをじっと見ていた。
授業が始まっても、ケンは夢のことを考えていた。街にあった大きな館は、塀がぐるりと建物を守るようにそびえ立っており、近づきにくく感じた。もし裏口から人を呼んだら、どんな人が出てきたのだろう。中はさぞかし、立派に違いない。庭のきっと広いのだろう。
そんなことを考えていると、マナの筆箱が目に付いた。筆箱の中にカードが入っている。カードの半分には男の人の顔が書かれてあり、吹き出しには「行きは無料だよ」。どこかで見たことがある。ケンは慌てて自分の筆箱を開けると、夢でもらった運転手の名刺が入っている。にっこり笑った運転手の吹き出しには「行きは無料だよ」。
名刺を取り出し、じっくりと見た。確かに夢で見たあの割引券だ。なぜこれがここにあるのだろう。考えをまとめようと、必死で考えていると、割引券の顔が動き、声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
その低い声に、クラスの皆がケンを見た。慌てて割引券を裏にして、自分もわざと辺りを見回した。視線がなくなると、恐る恐る割引券をひっくり返した。
「ご用命ではなかったのですか?おっと、失礼。別のお客様からのお呼び出しだ。ああ忙しい」
運転手はそう言うと、動かなくなった。そしてリュウの机から、声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
リュウは慌てて割引券をポケットにしまったようだった。3人は急いでリュウの席に向かい、黙ったまま、それぞれの割引券を出した。ただし裏向きで。
「何だよ、このカード」
放課後、リュウの苛立った声を合図に、3人もポケットから割引券を取り出した。4枚に並べられると、運転手も戸惑いの表情を浮かべていた。それはまるで電気屋さんに並べられたテレビが同じ場面を映しているような光景だった。
「いらっしゃいませ」
運転手の営業スマイルに誰も応答することはなく、4人は割引券をポケットに入れたまま、秘密基地へと向かった。
「まず落ち着こう」
小屋へ入るなり、レイが切り出し、昨日見た夢の話を始めた。「ネイチャー・キャッスル」と呼ばれる場所へ行ったこと、カーブミラーからタクシーが出てきたこと、道中の景色が素晴らしかったこと、そして割引券をもらったこと。そしてこの割引券が手元にあること。
「しかも前日には犬が喋った」
リュウが言った。
「夜に迎えに来たのも、犬だった」
ケンが言った。
「お金をくれたのも犬だった」
マナがつぶやくと、レイが割引券を見ながら言った。
「全ての始まりはあの犬かもしれない。あの犬はどこにいるのだろう。何がどうなっているのか、知りたい。そもそもなぜ、あの場所に連れて行ったのだろう。あの場所に何かあるのかもしれない」
4人は裏返しの割引券を見つめた。この券を使えば、再びあの場所に行けるのだろうか。そしてそこには何があるのだろうか。考えていても仕方がない、ケンは立ち上がって言った。
「行ってみよう」




