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眠気に襲われる部屋

部屋に戻ってもユウはまだ寝ていた。リュウはターボのお母さんの部屋の前まで行くと、一つ大きく深呼吸した。特に用がある訳ではなかったが、先ほどの気配を不気味に感じ、誰かと話をしたい気分に駆られたのだ。そうでなければ、わざわざ知り合いのお母さんの部屋を訪ねたりはしない。

「あら、いらっしゃい。どうぞ入って」 

 ノックの後、いつもと変わらない雰囲気のターボのお母さんを見て、リュウは安心をした。人は孤独や不安に襲われたとき、誰かとつながりたいという欲求に駆られるものだと心の奥深いところで感じていた。訪問の理由付には窓の話を選んだ。というのもそのくらいしか話題が思いつかなかったのだ。

「あの、出口を見つけたのです」

「出口?」

「はい、2階上の廊下に窓があるのですが、そこから出られそうなのです」

「本当?見たことなかったわ」

「試してみたら出られそうだったので、この後で出ようと思うのです。一緒に行きましょう」

「私は無理よ。出られないわ。私が一緒に行っても足でまといになるから」

「なりませんよ。それにターボを探しに来たのでしょう?」

「そうなのだけれど、あの子はきっと私に会いたがらない。だから行っても無駄なのよ」

「ではずっとここに居るつもりですか?」

「そんなことはないわ。いつかは行くつもりよ。準備が出来たら」

「何の準備ですか?」

「もっとこの世界のことを知らなければならないし、ほら武器とかもいるでしょ?何が起こるかわからないから。あと私のせいでレイくんが連れて行かれたから、申し訳なくて」

「レイのことは関係ないですよ」

「とにかく今度は失敗したくないのよ。窓の場所は教えて。決心が付いたら、後を追いかけるから」

 リュウが何を言っても、頑ななまでに一緒に行くのを拒むには、何かあるのだろうか。何かがあったとしても、今この場で脱出する機会を失うのは理解できないし、もはや理解するつもりもなかった。何を言っても言い訳を返してくるターボのお母さんに嫌気がさして、リュウは話を中断した。

 奥底から湧いてくる怒りを押さえようと、深呼吸をして部屋を見回した。そういえばこの部屋には窓がない。火の玉が飛んでいるので暗くはないが、部屋に窓がないのも不思議な話だ。


 ふとターボのお母さんの背後に何かが動いているのに気がついた。しかし目を凝らして見ても、何が見えるわけではない。ターボのお母さんの周りには火の玉が飛んでいるのは当然のことではあるが、その少し後ろでも、火の玉が飛んでいる。誰かいるのか?

 同時に眠気が襲ってきた。このまま目を閉じて、下を向くと確実に寝てしまう。危機感を感じたリュウは部屋を飛び出し、自分の部屋へと戻った。あの部屋には一体、何がいたのだろうか。

 何を言ってもオウム返しのように、頑なに部屋を出ようとしないターボのお母さん、姿は見えないが、確実に冷気が漂っていた。そして襲われた眠気・・。ターボのお母さんが何かを出していたのだろうか。そんなこと、今はどうでもいい。とにかくユウを起こして、ここを出よう。

「ユウ、ユウ、起きろ」

 もしかしてユウは眠らされていたのではないだろうか、そんな不安をかき消すかのように、耳元でシェイカーを振るように、激しく動かした。

「何だよ・・・」

 ちいさなうめき声で手を止め、手を開くと機嫌の悪そうなユウの顔があった。といっても魚の姿なのだが。

「よかった、気がついたか。早くここを出よう。出口を見つけたのだ」

「婆さんを待つのではなかったのか?」

「婆さんは外でも待てるさ」 

 目をパチパチと動かし、それでもまだ気だるそうなユウを握り締めドアノブを回そうとしたが、ドアが開かない。必死にガチャガチャと回し、少しずつ扉が開いてきた時に、隣の部屋で感じた冷気が背中を襲った。

「リュウ、後ろに何かいるぞ」

 ユウの声で振り返ったが、何も見えない。でも確かに冷気とともに何がいる。

「お前は何者だ?」

 リュウが声を出した途端、なぜ自分が急いで部屋から出ようとしているのか不思議になった。別に今すぐに出なくてもいいのではないか?婆さんが帰ってくるまで、待てばいいさ。ユウも眠いだろう、少し眠らせてやってもいいのではないか。運転手もこっちへ向かっている。どこで待ったって同じなら、今部屋にいてもいいのではないか。そうだ、そうだ、もう少し待とう。そんな気持ちになり、リュウはドアノブから手を離し、再びベッドへ腰をかけた。フカフカのベッドに横たわると、体中の力が抜け、気持ちが軽くなる。今までの不安や怒り、後悔が抜けていくようで、ベッドにしがみつきたくなる。この空間だけは自分を守ってくれるのではないかという安心感に包まれた。

「どうした?外へ出るのではなかったのか?」

「何だか眠くなったから、少し寝てからにしよう。そのうちに婆さんも帰ってくるだろう」

「ダメだ、寝るな。いいかリュウ、俺の声にだけ従え。いいかドアを開けろ。感情に惑わされるな、何も考えるな、ドアを開けることにだけ集中しろ。二度と帰れなくなるぞ」

 二度と帰れない、その言葉にリュウは反応した。眠くなり、思考が定まらない状態でも、それだけは避けたいことだった。全てが面倒で、少し休みたい。でも帰れなくなるのはゴメンだ。

 リュウはなんとか立ち上がり、ドアへ向かった。ドアまでの距離がひどく遠く感じると同時に、外へ出る恐怖が湧いてくる。


 外へ出れば、また奇妙な体験をするだろう。そしてまた一人になるかもしれない。ここにいれば友人に会えないけれども、ユウがいる。ターボのお母さんだっているのだから、そのうちに誰かが迎えに来てくれるかもしれない。それなら無理して今、出なくてもいいのではないか、そんな思いとユウのいつになく厳しい口調とのせめぎあいの中にいた。

「外へ出ろ、あとは出てから考えればいい」

 その言葉に背中を押されながらドアノブを回すが、うまく回らない。



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