チケットの正体
一通り話し終えたユウは、徐々に飛び跳ねる力を弱めながら、リュウの近くに戻ってきた。恐らく疲れたのだろう、動きを止めた魚姿のユウは、口をパクパクとさせている。自信満々に語った内容に、今ひとつ理解のできないリュウは、ゆっくりと話し始めた。
「感情を抜き取られた人はどうなる?それで何が起こっているのかを、教えてくれ」
「仕方ないな、お前はなんて想像力のない奴だ。感情を抜き取るということは、情熱を抜き取るということだ。情熱を失うと、人は行動しなくなる。逆を返せば、命令されたことしかできなくなる。そういった状態のやつは、非常にコントロールしやすくなるのだよ。感情を抜き取ってコントロールができるようになった人間を、ネイチャー・キャッスルに連れてくることだってできる。最近、遊びに来て、帰らなくなる奴が多いのも、このためかもしれない」
「誰が、何のためにそんなことをしている?」
「それはわからない。イチもおそらくは命令されて箱を運んでいるだけで、中身がなにかは知らないはずだ。ああいった、物事を一方向からしか見えない奴が、一番使いやすいんだ。適当に褒美を与えれば、自分が何をしているのかも知らずに、忠実な下僕となる。あとで責められたって『言われたから、やりました』と壊れたレコーダーのように言うのさ。面白くないコメディだ。そういったやつらを思い通りに動かそうとしている奴がいるということさ」
感情を抜き取る、果たしてそんなことが可能なのか。考えたところで答えが出るはずもない。ユウは大発見だというが、リュウにとって重要度は高くなかった。そもそも自分が戻ってきたのは、友達に会い、ヒロを見つけることなのだ。そのためには、どうやってここを出るかを考えなければならなかったが、ユウの関心事は抜き取られた感情に向けられていた。ユウは小さな魚の尾びれを異常な程バタバタと動かし、興奮しながら話しを続けた。
「感情にはいいろいろあるが、どの感情を抜き取るのかは箱によって決まるようだ。蓋付の入れ物の蓋をとって、改札機に入れる。俺が見たのは幸い赤い箱で、喜びや楽しさの感情用の箱だった。ここでは赤は喜び、青は悲しみ、黄は怒りと決まっているのだ。そして改札機を開けて、入れ物に蓋をして、空の容器入れ替えてここへ運んだ、という訳さ。俺はイチの胸ポケットの淵ギリギリのとこらから眺めていたのだが、ヘタをすると落ちてしまうところだった」
「ここへ運ばれた後、入れ物の中身はどうなるのかな?」
「それはわからない。だからこれから調べるんだ」
それならばキヨ婆さんに聞くのが手っ取り早い、とユウに伝えた。今はいないが、そのうちに帰ってくるはずだ。それまでは感情と色について詳しく教えてもらうことにした。
興奮が収まってきたユウの話は、大まかには次のような話だった。
運転手が作っていたサービス券はネイチャー・キャッスルに生えている木の葉が材料になっており、葉の色は赤、青、黄色の3種類がある。この葉は注いた水の感情や近くにいる人の感情によって葉の色が決まる。
ネイチャー・キャッスルでは、その木が村全体の感情に反応するので、赤が喜び、青が悲しみ、黄が怒りの感情が伝わって各々の色になるので、木を見ると人々が今どのような感情かが把握できる。単体では何の害もないチケットだが、同じ色のチケットを持った奴が、同じ感情をもったとき、それは一種の周波数となり、同じ周波数の奴とつながり、会話ができるようになるのだ。葉っぱは生き物だから、寿命はあるけれど、本気で呼びかけたとき、誰かとつながるらしい。
トモがもっていたキャンディの包み紙もこの葉で作られていたため、ユウはトモにメッセージを直接送ることができた。でも残念なことに赤色の葉だったようで、楽しいメッセージが伝わり、深刻さが伝わらなかったのだ。しかし黄色のカードを持ったトキが来てくれたおかげで、ユウのメッセーシが伝わったというわけだ。ユウはこの葉っぱを管理しているから、どんな色のカードにもメッセージを送ることができるということは、リュウがユウとつながったときは楽しい感情だったということだ。あんな不安な状況で、少しでも少しでも楽しい気持ちを持てた自分を褒めた。そうでなければスムーズにユウと会えなかったかもしれないのだ。トモには赤いカードを渡してあるから、深刻な事態に陥っていない限り、呼びかけに応じてくれるだろう。




