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ユウとの再会

 リュウは頭の中で作戦を立てた。まずはどうやってここを脱出するかだ。洞窟の中の建物とはいえ、どこかに窓の一つくらいあるはずだ。ターボのお母さんがアテにならないならない以上、自分で探すしかない。気持ちを切り替えて、ユウにいい報告をするために建物を調べようとドアノブに手をかけたとき、どこからか小さな声が聞こえた。

「おい、いい加減に気づけよ」

 リュウは部屋を見渡したが、誰もいない。気のせいかと今度こそ部屋を出ようとしたら、また声が聞こえる。

「おい、このバカ。いつまで待たせるんだ」

 リュウは再び部屋を見回したが、やはり誰もいない。

「誰だ?隠れてないで出てこい」

「出てはいけないが、赤のカードを出せ」

「赤のカード?」

 ポケット中を探ると運転手から受け取った赤の割引カードから、微妙な震えと共にBの声が聞こえてきた。

「お前が俺をしっかりと掴んで置かなかったせいで、転げ落ちたではないか」

「ユウか?お前今どこにいる?」

「イチの車だ。とんでもない事がわかったぞ」

「何だ?」

「詳しくは着いてからだ。今からイチが回収した箱を持ってそっちに行くから、俺は奴のポケットに忍び込み、着いたら脱出する。ところでお前もしかして、捕まったのか?」

「ああそうさ。なぜわかる?」

「このカードが使えるということは、不安に感じることがあったということだ。俺も車から降りて、一緒に行っても良かったのだが、箱の中身が気になったので、引き返したんだよ。しかし赤のカードを持たせておいてよかった。これは大事な通信手段だから、なくすなよ。不安に思ったら、それに向かって呼びかけろ」

 イチが戻ってきたのだろうか、ユウの声はそれきり聞こえなくなった。不安を感じた?確かに不安は感じてはいるが、なぜそれがわかるのだろう。このカードはもしかしたら、不安を感知するカードなのかもしれない。もし不安を感じたおかげでユウとつながったのなら、普段はリュウが最も嫌がる感情も少しは役に立ったという訳だ。


 ユウがもうすぐやってくるのなら、きっとこの状況を何とかしてくれるに違いない、彼はこの国の住人なのだから。そんな思いがリュウの心を軽くした。ユウが着くまでの間に建物の様子を把握するべく、リュウは部屋から出た。廊下を改めてじっくり見ると、自分の部屋の他に4つの部屋があるようだ。しばらく廊下にいても扉が開け閉めされる様子は全くない。ターボのお母さんも、出てくる気配はない。中で何をやっているのだろう。

 階段を登った先は、似たような雰囲気のフロアだった。整然と並んだ扉の他には何もないく、病院のように静かだ。その雰囲気に居心地の悪さを覚え、リュウはさらに上の階へと上った。次の階も同じだったので、さらに上へと上った。こんなにたくさんの部屋があるのに誰にも出会わない不思議さと不気味さを感じながら、逃げるように階段を上った。最上階のフロアで違っていたのは、廊下の突き当りに小さな窓があることだった。頭一つがやっと通るほどの大きさなので、出ることはできないが外を見ることはできた。

 山肌に沿って造られた建物からは、眼下に村を見下ろすことができる。この館以外に周辺には何もなく、この建物だけが別エリアにあるようだ。裾野が広いということは、相当に高い山なのだろう。その小さな窓から覗く自分の存在など、誰かに気づかれるはずもない。

 見下ろした先の村が、とても小さく見える。タクシーで坂を登り、建物の階段も登ったとは言え、ここまで小さく見えるものだろうか。ビル10階ほどの高さにいるようだ。その高さはリュウから逃げる勇気を奪い、建物内にとどまる言い訳を与えた。今はユウが来る間に、建物の様子を探るのが目的だ。勝手なことをしてまた連絡が取れなくなったら、それこそユウの迷惑になってしまうから、とリュウは自分に言い聞かすように何度も言った。

 ふと遠くに一台のタクシーが見えた。あまりに小さくて見えないのだが、ユウを乗せたタクシーかもしれない。リュウは喜びのあまり、窓から顔を乗り出した。狭い窓に肩と頭が触れると思ったが、窓にせき止められることはなく、上半身が窓から乗り出て落ちそうになった。リュウは慌てて上半身を引き戻して窓の大きさを確認したが、最初に見た通り、顔がやっと出るほどの大きさしかない。ゆっくりと窓に近づき、顔を通してみると、今度は窓の淵が肩にぶつかった。

 リュウはもう一度窓から離れ、不安に思いながら真っ直ぐに窓の外に顔を出すと、やはり肩が邪魔で、それ以上は外に出ることはできなかった。妙な安心感と、先ほどの開放感は何だったのかという疑問が残ったが、窓に触れた手が期待通りに、岩のゴツゴツとした感触と少し湿った感触を得たので、やはりあれは自分の感覚がおかしかったのだと言い聞かせ、再び小さな窓に顔を向けた。


 先ほど目に映っていたタクシーはもう見えなかった。きっと今頃、カーブの多い坂道を登っているのだろう、リュウは急いで階段を下りた。下の階までは12段、それを二回繰り返すと、鉄格子の扉が見える。階段横の岩肌は巨大なスキー場と同じくらいに、なだらかに、そして長く続いていた。12段の階段がなぜこんなにも長く続くのかと違和感を覚えつつ走った。

 扉の前で停まったのは、やはりイチのタクシーだった。今回もトランクから荷物を降ろして、出窓まで持ってゆく。

「なんだ、婆さんはいないのか」

 イチはご機嫌に独り言をいいながら箱を置くと、また車に戻っていった。リュウはユウの姿を探したが何せビー玉だ、遠くからその場所を見つけることはできなかった。真剣な眼差して鉄格子をんでいるリュウに鼻息を一つ鳴らし、嫌味な顔で声をかけてきた。

「よう、お坊ちゃん。まだそんなところにいたのか。お友達はできたかな?」

「うるさい、早食いここから出せ。何のためにこんなところへ閉じ込めるんだ?」

「何のためって、簡単なことよ。褒美がもらえるからさ」

「誰から?」

「お偉い人からだよ。お前もここで戦うんだな」

「戦う?どう言う意味だ?」

 イチは問いかけに答える事もなく、荷物を出窓に置くとタクシーに乗り、坂を下っていった。扉横の出窓のある部屋にキヨ婆さんの姿はなく、窓の前には箱が山積みになっていた。リュウは箱の中身を一つずつ丁寧に確認して、部屋の中へと入れた。中身は前回と同じで、赤、青、緑の蓋付の便が転がっており、放っておいても良かったのだが、キヨ婆さんがこれを一人でやることは大変な作業だと思ったし、どこかにユウが入っているのではないかと思ったからだ。

「おい、何をしている?」

 ユウの声が聞こえた。部屋の中を一巡したが、彼を見つけることはできない。

「何をやっている。ポケットの中だ」

 リュウは胸ポケットに目をやると、奥にビー玉があった。ユウだ。

「ユウ!よかった、無事で」

「だから、最初から無事だって言っただろう?イチのポケットに忍び込んで、出窓に近づいた時に出てきたんだ。元はといえばお前が俺を放り出したから、こんなことになったんだぞ。でもおかげで、すごい収穫があった。人目につかないところで話そう」

 リュウはユウを連れて、自分の部屋へと向かった。清潔でホテルのように生活感のない部屋は、ユウが来た今、居心地のいい部屋になっていた。なぜならばユウがきっとここから出してくれるの違いないと、確信していたからだ。リュウはユウをベッドの真ん中に置くと、自分も大の字になって横たわった。

「さあユウ、話してくれ。何がわかった?」

「まあ落ち着け」

 落ち着けといいいながら、ユウは興奮した様子でベッドの上を蚤のように飛び跳ねていた。トモの部屋にいた時には水槽に入れられていたものだから飛ぶことができなかったが、ビー玉と言うよりはゴムボールのようになっていて、高く跳躍できるようだ。

「いいか、よく聞け。あいつらは改札機を使って人々から何かを取っていたのだよ。何かわかるか?」

「お金か?」

「バカ!そんな当たり前のことを俺が聞くと思うか?取っていたのは人々の感情だよ」

「感情?」

「ああ、感情だ。人々がかざす手を通じて、感情を抜き取っていたのだ」

 ユウはそこまで言うと、改札機の中に入るまでいかに大変だったか、自分の運動神経がいかに良くて、うまく入り込んだか、そして入れ物の中身を知った時の驚きのリアクションを延々と語ってみせた。リュウは『抜き取られた感情』とは何なのかを詳しく聞きたかったが、興奮して飛び跳ねながら話しているユウを止めることができず、相槌を打ちながら適当に聞いていた。


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