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監獄の屋敷

「また一人になった」

 リュウは岩肌に背をもたれかけた。岩の間から時々、露が落ちてくる。所々にある小さな窓から、風が入ってきては、消えてゆく。思えばケンたちと別れてトンネルに向かってから、一人の時間が多い。やっと出会えた人たちは、なぜか離れ離れになり、結局誰とも会えていない。それよりも気になるのはユウだ。今まではトモと安全な場所にいたが、車のなかに置き去りにされたなら、今度こそ見つけるのが難しくなってしまう。トモにも怒られるだろうな。そういえばトモは無事に着いただろうか、自分みたいにどこかで捕らわれていないだろうか。性格の良さそうな運転手と一緒だから大丈夫だと信じたいが、思いもよらないことが起きている可能性だってある。何とかして、ここを出なければ。

 リュウは立ち上がって、奥へと進んだ。外から見ると立派な建物だから、中はきっと広いはずだ。もしかしたら、出口が見つかるかもしれない。洞窟の中は不思議と明るかった。窓からの光も多いが、リュウの周りに飛び交う、妙な火の玉のお陰だ。始めは驚いたが害のない、いや返って役に立つアイテムだと知って助かった。暗くなった心を、少しだけ明るくしてくれた火の玉は、もの言わぬペットのような存在になっていた。


 奥に進むと階段があった。廊下は丁寧に加工してあり、階段にも壁にもデコボコのない空間はどう見ても、普通の大きな家だった。階段を登ると、部屋が何部屋もあるのだろう、扉が整然と並んでいた。岩の上を同系色であるベージュのカーペットがまっすぐに敷かれており、ここが洞窟とは思えないほど平面が確保されている。

 廊下には花が生けてあり、その周りを火の玉が飛んでいるということは、生花なのだろう。外に出られないことを除けば普通の屋敷で、不気味さなど微塵もない。閉じ込められたリュウとしては、牢屋とは程遠い環境に、言いようのない違和感があった。

 一つだけ開いた扉の奥を覗いて見ると、客間だった。ベッドにソファと、ホテルのように一通りの家具が揃っている。塵一つ落ちていないのは、奥で掃除をしている人のおかげだろうか。

「お待たせしました、お部屋の用意ができていますよ」

 見るからに清掃員といった服装の、太ったおばさんが笑顔で言った。リュウが戸惑っていると、背後ろに周り、背中を押して部屋へ招き入れた。

「不自由なことがあれば、この呼び鈴か火の玉に言ってくださいね、飛んできますから」

「あの、これはどういうことですか?」

「この部屋を自由に使ってくださいと、キヨさんから言付かっていて、皆さんのお世話をしています」

「皆さん?」

「ええ、ここには何人かの人がいらっしゃいますから、お隣の方をご紹介しますね」

 おばさんはドアを通り抜けて隣の部屋入って行くと、すぐにドアを開けて出てきたのは、ターボのお母さんだった。

「リュウくん!」

「あらお知り合いですか?それはよかった。では私はこの辺で」

 おばさんは満足そうに言うと、階段を下りて行った。ターボのお母さんは呆気に取られるリュウの手を引き、部屋へと招き入れた。

「あなた、こんなところで何をやっているの?あなたも捕まったのね?」

 リュウは黙って頷いた。目まぐるしく入れ替わる登場人物に頭がついていけないが、とにかく目の前の状況に対応しなければならない。

「ええと、ターボのお母さんはどうしてここへ?」

「捕まったのよ、ここの住人に」

「いえ、そもそもどうしてこの国に?」

「ターボって最近、様子が変だったでしょ?毎日毎日寝てばかりだったけど、ある日夜中に出かけるものだから、後をつけたの。そしたら駅前から出るバスに乗ったから、私も乗ったらここに着いたのよ。でも肝心のあの子を見失ってしまって」

 ターボのお母さんは、どこか緊張感のない笑顔だった。ターボを見失って時間が経ったからなのか、諦めたのかわからないが、自分とは比べ物にならないくらい落ち着いているように見えた。それが大人の余裕、と言われれば納得できなくもないが、ユウとトモと別れた直後のリュウにとっては、大人しくこの建物のなかにいることが不思議に思えてならなかった。脱出を試みたり、掃除のおばさんに掴みかかったりしなかったのだろうか。しかし今、そんなことを聞いても仕方がないし、特に興味もない。

「とにかくここから出ましょう。出てケンたちを探さないと」

「出られないのよ」

「どこかに一つくらい、出口があるはずだ」

「見張られているから無理よ」

「見張られている?誰もいないぞ」

「幽霊みたいな存在が、私が逃げようとすると出てくるの。逃げようと思わなければ出てこないから、ずっとここにいるの」

「意味がわからない。それでは逃げられない」

「そう、だから逃げられないの」

「逃げられないではなく、逃げないのでしょ?」

「いいえ、逃げたいと思っているけど、不気味なやつのせいで、逃げられないの」

「そいつは何か攻撃してくるのか?」

「いいえ。でもここを出ることが、いかに難しいかを丁寧に教えてくれるのよ。それを聞くと、本当にその通りだと思うから、ここをでない方がターボのためになるかと思うのよ。ケガでもしたら、本当に会えなくなるから」

 リュウはターボのお母さんの言っていることが全く理解できずにいた。彼女は頑なまでに、その幽霊の存在を信じていたので、これ以上話をしてもラチがあかないと判断して部屋を出ようとしたが、次の一言がリュウの足を止めた。

「そういえばケンとレイに会ったわ。あの子たちもここへ来ているのね」

 二人と幽霊屋敷で出会ったこと、その後でレイが幽霊に連れて行かれたこと、そしてトンネルに行った話を聞いた。トンネルで見かけたのは、やはりターボのお母さんだったのだ。リュウはその時、自分もトンネルにいたこと、そして一度は元の世界に帰れたが、また戻ってきたことを話した。

「そうだったのね。あのトンネルに行ったのは、知り合った人たちに誘われたからなのだけれど、やはり怖くなって逃げたのよ。近所の人もいたような気がしたわ。あの後、ターボを探して何日も歩いたけれど、トンネルで出会った人には誰にも合ってないわ。一体どうなったのかしら」

「結局、ターボには会えなかったのですか?」

「ええ、ターボを見かけたという人はいたのだけれど、全然。あの子はどこにいても、私を困らせるのよ。そうしているうちにトンネルに案内してくれた男の人に見つかって、ここへ連れてこられたのよ。トンネルに連れて行ってくれたときは優しかったのだけれど、ここへはとても乱暴に押し込まれたわ」

 ターボのお母さんはまた力なく笑った。リュウにはこの意味のない笑いが、無性に気に障る。地獄に落とされた弱者が、それでも幸せだと勝手な解釈をしているようで全く同調できない。自分を取り繕う前に、怒りの感情を出してくれた方がリュウにはわかりやすかった。

 しかし情報をくれたことには感謝しなければならない。自分がいなくなった後、なぜ幽霊屋敷に行ったのだろうか。もし自分がついていたら、レイが取り残されるようなことはしなかったのにと思うと、自分勝手な解釈がターボのお母さんと被るようで、なんとも釈然としなかった。

 今度こそ突発的な行動を取らないと決め、用意された部屋へと戻った。これからどうしたらいいのか、そして不本意ではあるが、ターボのお母さんと協力して、何とかここを出なければならない。大切な人を探す、という目的だけは一致しているのだから、しばらくは仲間として扱おうと決めたのである。


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