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捕らわれたリュウ

 しばらくして車が停まるとイチはトランクを開け、小箱を取り出すと後部座席のドアを開けた。

「降りろ」

 高い位置からの命令にも似た口調に威圧され、リュウは車を降りた。着いた場所は、初めに来た場所とは全く違う、小さな門の前だった。

 タクシーを降り、明らかに裏口と思われる門をくぐると、細い坂道が続いていた。警官に囚われた罪人のように、後ろを歩くイチに見張られながら小高い坂を登ると、岩をくりぬいて造られた建物が見えた。岩に沿って造られているので、中の広さや、奥行は全くわからないが、仮に岩全体が建物だとしたら、とてつもない広さだろう。そしてその入り口が、目の前の玄関だけだとしたら、逃げ出すことが難しいことは容易に想像できた。

「ユウを名乗る、怪しい奴を連れてきました。改札機の周りをウロウロしているところを捕まえたのです」

 イチが岩に面した出窓を乱暴にノックすると、窓から老婆が顔を出したのは、トンネルで案内したキヨだった。

「ばあさん!助けてくれ!」

 リュウは知り合いに会い、突破口を見つけた喜びと、ユウを探し出さねばという焦りから、叫びにも似た声を上げた。しかしキヨからの返事は、リュウの叫び声を瞬時に吸収した岩と同じく、一瞬にして希望をかき消すものだった。

「確かにユウではないな、こちらで預かろう」

「キヨばあさん、確かに俺はユウではないが、これには理由があるのだ。聞いてくれ」

 リュウは必死で説明をしようとしたが、イチはそれ見たことか、と得意げな笑を浮かべながら言った。

「しかしこいつはネイチャー・キャッスルのことはやたらと詳しかったです。向こうの世界を自由に移動できるのですから、どこぞのスパイかもしれません。捕らえたのは鉄塔の麓のイチです、お忘れなく」

 イチは窓の横に置いてあったメモに、自分の名前と住所を書いた。自分をここへ連れてきたことで、何か褒美でも出るのだろうか。いや、それよりも自分は今からどうなるのだろう。高く聳える岩山が、自分に立ちはだかる壁にも見え、逃げるなら今しかない、と走り出した。しかしすぐにイチの大きな腕に掴まれ、身動きができなくなった。

「ほら見てください、やはり怪しい奴です。俺が奥までお連れしましよう」

 イチはリュウをしっかりと掴んだまま、鉄格子のドアを開け、中へ押し込むと再びドアを閉めた。

「おい、ちょっと待て。なぜこのようなことをする?それに俺は車に忘れ物がある、俺の大切なビー玉がどこかにあるはずだ。ここへ閉じ込めてもいいから、車の中を確認させてくれ!」

「甘いな、そんな嘘を言って逃げようとするつもりだろう?でも俺は優しいから、荷物を取りに戻るついでに見ておいてやる。もう一度来るから、待っておけ」

 イチはそう言って坂道を降りていった。キヨは黙ったままイチの後ろ姿を見つめ、リュウには目もくれず、メモを見つめていた。

 『お前の探し物があったぞ』とイチがビー玉を投げてくれるのを期待しながら、リュウは鉄格子の扉を握りしめて、イチが戻ってくるのを待っていた。ユウさえ戻ってくれば、あとはどうにでもなるのだ。しかし戻ってきたイチは、両手に改札機から取り出した箱を持ち、キヨに預けるとすぐに戻っていった。

「おい、ビー玉は?おいもっと探してくれ!」

 リュウは坂道を下るイチの後ろ姿に何度も大声を上げたが、彼の姿はすぐに見えなくなったと同時に、リュウの僅かな希望も消え、その場に座り込んだ。岩肌が背中と尻に突き刺さる不快さを避けようと無意識に体勢を変える以外に、リュウの体が動くことはなかった。

 しばらくして、ふと顔を上げ、少し奥に空間があることに気づいた。力なく立ち上がり、覗いてみると、そこではキヨがイチから預かった箱を開けていた。箱の中には小さな入れ物が十個ほど乱雑に入れられてあり、婆さんはそれを丁寧に並べ、空いたスペースには別の箱に入ってあるものを足して、効率よく詰めると蓋を閉じ、テープで固定した。

 リュウは淡々と作業を進めるキヨの横に行き、置いてあった別のテープを手に取り、作業を手伝った。

「行きたい場所には行けなかったようだな」

 キヨは独り言のように言った。

「いや、行くだけは行けたよ。でも帰ってきた」

「バカな奴だな。こんなところに戻ってくるなんて」

「頼むよ、婆さん。ここから出してくれ」

「無理じゃ。怪しい奴らは出すなという命令を受けている。それにワシは鍵を持っていないので、ドアが開かない」

「でも婆さんが出入りする場所はあるだろう?そこから出してくれ」

「無理じゃな。ワシの出入口からはお前は出られない」

「どういうことだ?」

「いずれわかるさ」

 婆さんはそう言うと、梱包の終わった箱を窓の外に置いた。窓はリュウの顔がかろうじて出る程の大きさのため、ここから出ることはできない。再び鉄格子の扉の前まで行き、開けようとしたが、やはり開かない。

「婆さん、カギはないのか?」

「ない。あのイチという奴が持っているようだ」

 キヨはそう言うと、鉄格子に向かってまっすぐに歩き始めた。

「婆さん?ぶつかるぞ?」

 リュウが声をかけたと同時に、キヨの体は鉄格子をすり抜け、扉の向こう側に出た。リュウは驚いて、自分の体を鉄格子にくっつけてみたが、鉄の固くて無機質な感覚が頬に伝わっただけで、外に出ることはできなかった。

「これでわかっただろう。お前は生身の人間だ。お前がお前である以上、鍵なしでは出られない」

「では俺はずっとこのままか?イチがまた来るのはいつだ?」

「チャンスはいずれやってくる。あいつはまた荷物を持ってやってくるから、そのその時までに策を練ることだな」

 キヨはそう言い残すと、坂を下りどこかへ消えていった。



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